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建の「一生のお願い」はかおるの予測通り「恋人のフリをして欲しい」というものだったので、断った。
落胆する建を見ると、樹のときとは違う罪悪感のようなもの感じた。樹のときにそれを抱かなかったのは……普段の行いの差であろう。
「どうしても、無理なのか?」
眼鏡越しになんだか建の瞳が困ったように潤んでいる風に見えて、かおるは流されそうになる。
しかし脳内に唐突に花の幻影が現れて、「流されるのはよくないよ!」とかおるを奮い立たせる。
そう、ここで甘い顔をして一度流されれば、『ダブル・ラブ』のシナリオ通りの展開になったときにも、流されてしまう可能性がある。それは絶対に避けたかった。
かおるは言葉を発する代わりに、重々しく頷いた。
建は残念そうに「そうか……」とだけ言った。
「建カワイソー。かおるがいじめるからしょげちゃってるじゃん」
「いじめてなんかないんだけど!?」
「おれは別にしょげてなんか……」
樹の言葉にかおるは重ねて「無理なものは無理!」と言った。
そう、実際に「無理」なのだから仕方ない。かおるは建と樹の恋人になりたいわけではないので、『ダブル・ラブ』のシナリオ通りにコトが運ぶのは絶対にノーなのである。
だからここは心を鬼にして建と樹の「お願い」を断るしかない。
双子が困っていることは真実であったから、それを助けられない状況に良心が痛むものの、ときになにかを手にするためにはなにかを捨てなければならないのが人生である。今がまさにそういう場面だとかおるは己に言い聞かせる。
一方の花も「ニセの恋人依頼」イベントに遭遇し、断るのに四苦八苦していたことを知るのはあとになってからだ。
ふたりは「心を鬼にして頑張ろう!」と互いを励ましあい、そして『ダブル・ラブ』のシナリオに抗うことを改めて誓い合ったのであった。
「流されるのは絶対にダメ! 『ダブル・ラブ』に出てくるわたしたちみたいに流されヒロインになっちゃう。そうなればエロ展開が不可避のものになる……だから良心が痛んでも、心の中で血の涙を流しても、流されるのは絶対に回避!」
花の言葉にかおるは居住まいを正して力強く頷いた。
しかし、ふたりの誓いはすぐ次の日には破らざるを得なくなってしまうのであった――。
事件は、ある日の放課後に起こった。
花から「緊急事態発生!!」というメッセージが届いたのである。
そのメッセージの前には「イズミが月羽さんに呼び出されてどっかに行ったってアオイ兄さんが言ってる! ちょっと兄さんとイズミ探してくる!」という不穏なテキストが送信されていた。
かおるは丁度「月のもの」がきている真っ最中だったので、女子トイレでコトを済ませていた。そのときに上記のメッセージを受信したというわけである。
そして女子トイレを出ればすぐそこに建と樹が待っていたので、かおるは複雑な気持ちになった。
確かに女の子をひとりきりにするのは危険だ。しかし不浄の場という認識であるトイレから出てきてすぐに異性がいるというのは、かおるの心を複雑な気持ちにさせた。
「花からなにか聞いてる?」
「なんも」
「おれたちは『かおるがひとりになっちゃうから早く来て』とだけ……」
「……イズミくんになにかあったのかな」
そう言いながらかおるは花に「なにがあったの?」と返信する。
花からは「ひとまずイズミとアオイ兄さんと教室に戻るから、かおるも教室に戻ってて!」とだけ返ってきた。
未だに状況は不明のままだったが、かおるは嫌な予感が止まらなかった。
そしてかおるの当たって欲しくなかった予感は、見事に的中することになる。
「月羽きらりに襲われた?!」
放課後を迎えてから結構な時間が経ったため、六人しかいない教室。
建と樹がそろって声を上げたが、それを気にする人間はこの場にはいない。
月羽きらりに襲われたという、被害者であるイズミは不快そうに眉根を寄せたまま、目を伏せている。ショックを受けているような様子ではないし、イズミの性格的にそういうタマてはないだろうとわかってはいたが、かおるは心配になった。
「えっと……花と山野先輩が見つけたから、未遂なんですよね?」
「そうだね。俺と花以外に目撃者はいないから、誤解に基づく噂が流れるような隙はない」
「ギリギリセーフって感じかな……」
アオイと花の言葉にかおるはひとまず胸を撫で下ろす。
建と樹はイズミと同じく不快感を隠そうともしない表情をしたままだ。
「うげえ。もう名前を口に出したくもない……」
「同感だな」
「イズミくんが相手にしないからって、実力行使に出るなんて……」
かおるの言葉に、なぜか花とアオイは複雑そうな顔をする。その真意がわからず、かおるは尋ねるような視線をふたりに寄越した。
そんな視線を受けて、アオイが口を開く。
その口調は恐らく月羽きらりを思い出しているのだろう、アオイにしては珍しく非常に忌々しげだった。アオイはいつも綺麗に本心は隠してしまうので、そういう風に感情をあらわにするのは珍しかった。
しかし、月羽きらりがそれだけのことを仕出かしただけの話である。アオイはブラコンというほどではないにしても、花と同等に弟であるイズミのことも大切にしているのだ。
そんな弟が襲われたとあっては、平静でいられないのが兄というものなのだろう。
「月羽きらりは実力行使自体が目的じゃないみたいだったよ」
「『実力行使自体が目的じゃない』……? じゃあ、他に目的があって……?」
「襲ってきたのは月羽きらりだけど、流れを知らない第三者が目撃すれば、そんなことまではわからない……かもしれない。……月羽きらりの目的は『それ』だよ」
かおるは絶句した。
下手をすればイズミの名誉が傷つけられていたかもしれないその危うさはもちろん、月羽きらりの他人を考えなさ過ぎる軽率すぎる行動にもドン引きした。
恐らく、月羽きらりは四人に相手にされず、また『ダブル・ラブ』の正規ヒロインであるかおると花の協力も得られない状況で、博打にうってでた、ということなのだろう。
「月羽さんは……わたしたちが駆けつけたときには、なんていうか……半裸で……あ、ブラはつけてたけど! うん、まあ、そういう状況でさ……」
かおるの想像を、実際の目撃者である花が事実だと補強する。
ずっと目を伏せていたイズミは視線を上げたが、そこには月羽きらりへの嫌悪が満ち溢れていた。
「僕、花姉ぇのことで話があるって言われて……。下手に断って花姉ぇになんかされるのがイヤだったからついていったんだけど……。そしたら空き教室で急に突き飛ばされて……びっくりしてるあいだに脱ぎだしてさ。……マズイと思って外に助けを呼べなくって」
「……それで、ちょうどイズミに会いに行ったらいなくて。花のところに行っているのかなと思ったらそっちにもいないし。――で、そこに丁度イズミから助けを求めるLIMEがきたから、花といっしょに向かったわけ」
「よくその状況でLIME送れたね……」
かおるの言葉にイズミはますますイヤそうな顔をした。
「あんま言いたくないんだけど……なんていうか……あの女の目的はわかってたからさ。だからその気になったフリをして『兄さんもまぜてあげよう』って言ったらなんかノってきて……それでそのときにLIME送れたの」
かおるはにわかに頭痛を覚えた。
同時に、月羽きらりの脳内がピンク色の花畑一色であることも確信した。
それはそうだろう。『ダブル・ラブ』は花によれば一八禁乙女ゲームなのだから、そのヒロインになりたいということは……つまりはそういうことなのだ。かおるは遅まきながらそのことに気づいて、ますます頭が痛くなった。
「変態じゃん、変質者じゃん、痴女じゃん」
イズミと同じような顔をして、樹がまくし立てた言葉に、みんななんとなく頷いてしまう。
「これって……先生に言ったほうがいいよね?」
「先生、月羽さんのこと止められるのかな……?」
かおるの問いかけに答えたのは花だった。思わず、かおるはうなり声を上げてしまいそうになる。
そんなかおるに、花は悲愴な決意に満ちた目を向ける。
「もう、さ……ここはもう、やるしかないよ……わたしたちが」
花の言葉は四人には意味不明だっただろう。けれども、かおるにはわかった。
月羽きらりに引導を渡せるのは……恐らく、『ダブル・ラブ』のヒロインである「藤島かおる」と「山野花」だけ。
かおるは――本当に、かなり、だいぶ、嫌々ながら――腹を括った。
落胆する建を見ると、樹のときとは違う罪悪感のようなもの感じた。樹のときにそれを抱かなかったのは……普段の行いの差であろう。
「どうしても、無理なのか?」
眼鏡越しになんだか建の瞳が困ったように潤んでいる風に見えて、かおるは流されそうになる。
しかし脳内に唐突に花の幻影が現れて、「流されるのはよくないよ!」とかおるを奮い立たせる。
そう、ここで甘い顔をして一度流されれば、『ダブル・ラブ』のシナリオ通りの展開になったときにも、流されてしまう可能性がある。それは絶対に避けたかった。
かおるは言葉を発する代わりに、重々しく頷いた。
建は残念そうに「そうか……」とだけ言った。
「建カワイソー。かおるがいじめるからしょげちゃってるじゃん」
「いじめてなんかないんだけど!?」
「おれは別にしょげてなんか……」
樹の言葉にかおるは重ねて「無理なものは無理!」と言った。
そう、実際に「無理」なのだから仕方ない。かおるは建と樹の恋人になりたいわけではないので、『ダブル・ラブ』のシナリオ通りにコトが運ぶのは絶対にノーなのである。
だからここは心を鬼にして建と樹の「お願い」を断るしかない。
双子が困っていることは真実であったから、それを助けられない状況に良心が痛むものの、ときになにかを手にするためにはなにかを捨てなければならないのが人生である。今がまさにそういう場面だとかおるは己に言い聞かせる。
一方の花も「ニセの恋人依頼」イベントに遭遇し、断るのに四苦八苦していたことを知るのはあとになってからだ。
ふたりは「心を鬼にして頑張ろう!」と互いを励ましあい、そして『ダブル・ラブ』のシナリオに抗うことを改めて誓い合ったのであった。
「流されるのは絶対にダメ! 『ダブル・ラブ』に出てくるわたしたちみたいに流されヒロインになっちゃう。そうなればエロ展開が不可避のものになる……だから良心が痛んでも、心の中で血の涙を流しても、流されるのは絶対に回避!」
花の言葉にかおるは居住まいを正して力強く頷いた。
しかし、ふたりの誓いはすぐ次の日には破らざるを得なくなってしまうのであった――。
事件は、ある日の放課後に起こった。
花から「緊急事態発生!!」というメッセージが届いたのである。
そのメッセージの前には「イズミが月羽さんに呼び出されてどっかに行ったってアオイ兄さんが言ってる! ちょっと兄さんとイズミ探してくる!」という不穏なテキストが送信されていた。
かおるは丁度「月のもの」がきている真っ最中だったので、女子トイレでコトを済ませていた。そのときに上記のメッセージを受信したというわけである。
そして女子トイレを出ればすぐそこに建と樹が待っていたので、かおるは複雑な気持ちになった。
確かに女の子をひとりきりにするのは危険だ。しかし不浄の場という認識であるトイレから出てきてすぐに異性がいるというのは、かおるの心を複雑な気持ちにさせた。
「花からなにか聞いてる?」
「なんも」
「おれたちは『かおるがひとりになっちゃうから早く来て』とだけ……」
「……イズミくんになにかあったのかな」
そう言いながらかおるは花に「なにがあったの?」と返信する。
花からは「ひとまずイズミとアオイ兄さんと教室に戻るから、かおるも教室に戻ってて!」とだけ返ってきた。
未だに状況は不明のままだったが、かおるは嫌な予感が止まらなかった。
そしてかおるの当たって欲しくなかった予感は、見事に的中することになる。
「月羽きらりに襲われた?!」
放課後を迎えてから結構な時間が経ったため、六人しかいない教室。
建と樹がそろって声を上げたが、それを気にする人間はこの場にはいない。
月羽きらりに襲われたという、被害者であるイズミは不快そうに眉根を寄せたまま、目を伏せている。ショックを受けているような様子ではないし、イズミの性格的にそういうタマてはないだろうとわかってはいたが、かおるは心配になった。
「えっと……花と山野先輩が見つけたから、未遂なんですよね?」
「そうだね。俺と花以外に目撃者はいないから、誤解に基づく噂が流れるような隙はない」
「ギリギリセーフって感じかな……」
アオイと花の言葉にかおるはひとまず胸を撫で下ろす。
建と樹はイズミと同じく不快感を隠そうともしない表情をしたままだ。
「うげえ。もう名前を口に出したくもない……」
「同感だな」
「イズミくんが相手にしないからって、実力行使に出るなんて……」
かおるの言葉に、なぜか花とアオイは複雑そうな顔をする。その真意がわからず、かおるは尋ねるような視線をふたりに寄越した。
そんな視線を受けて、アオイが口を開く。
その口調は恐らく月羽きらりを思い出しているのだろう、アオイにしては珍しく非常に忌々しげだった。アオイはいつも綺麗に本心は隠してしまうので、そういう風に感情をあらわにするのは珍しかった。
しかし、月羽きらりがそれだけのことを仕出かしただけの話である。アオイはブラコンというほどではないにしても、花と同等に弟であるイズミのことも大切にしているのだ。
そんな弟が襲われたとあっては、平静でいられないのが兄というものなのだろう。
「月羽きらりは実力行使自体が目的じゃないみたいだったよ」
「『実力行使自体が目的じゃない』……? じゃあ、他に目的があって……?」
「襲ってきたのは月羽きらりだけど、流れを知らない第三者が目撃すれば、そんなことまではわからない……かもしれない。……月羽きらりの目的は『それ』だよ」
かおるは絶句した。
下手をすればイズミの名誉が傷つけられていたかもしれないその危うさはもちろん、月羽きらりの他人を考えなさ過ぎる軽率すぎる行動にもドン引きした。
恐らく、月羽きらりは四人に相手にされず、また『ダブル・ラブ』の正規ヒロインであるかおると花の協力も得られない状況で、博打にうってでた、ということなのだろう。
「月羽さんは……わたしたちが駆けつけたときには、なんていうか……半裸で……あ、ブラはつけてたけど! うん、まあ、そういう状況でさ……」
かおるの想像を、実際の目撃者である花が事実だと補強する。
ずっと目を伏せていたイズミは視線を上げたが、そこには月羽きらりへの嫌悪が満ち溢れていた。
「僕、花姉ぇのことで話があるって言われて……。下手に断って花姉ぇになんかされるのがイヤだったからついていったんだけど……。そしたら空き教室で急に突き飛ばされて……びっくりしてるあいだに脱ぎだしてさ。……マズイと思って外に助けを呼べなくって」
「……それで、ちょうどイズミに会いに行ったらいなくて。花のところに行っているのかなと思ったらそっちにもいないし。――で、そこに丁度イズミから助けを求めるLIMEがきたから、花といっしょに向かったわけ」
「よくその状況でLIME送れたね……」
かおるの言葉にイズミはますますイヤそうな顔をした。
「あんま言いたくないんだけど……なんていうか……あの女の目的はわかってたからさ。だからその気になったフリをして『兄さんもまぜてあげよう』って言ったらなんかノってきて……それでそのときにLIME送れたの」
かおるはにわかに頭痛を覚えた。
同時に、月羽きらりの脳内がピンク色の花畑一色であることも確信した。
それはそうだろう。『ダブル・ラブ』は花によれば一八禁乙女ゲームなのだから、そのヒロインになりたいということは……つまりはそういうことなのだ。かおるは遅まきながらそのことに気づいて、ますます頭が痛くなった。
「変態じゃん、変質者じゃん、痴女じゃん」
イズミと同じような顔をして、樹がまくし立てた言葉に、みんななんとなく頷いてしまう。
「これって……先生に言ったほうがいいよね?」
「先生、月羽さんのこと止められるのかな……?」
かおるの問いかけに答えたのは花だった。思わず、かおるはうなり声を上げてしまいそうになる。
そんなかおるに、花は悲愴な決意に満ちた目を向ける。
「もう、さ……ここはもう、やるしかないよ……わたしたちが」
花の言葉は四人には意味不明だっただろう。けれども、かおるにはわかった。
月羽きらりに引導を渡せるのは……恐らく、『ダブル・ラブ』のヒロインである「藤島かおる」と「山野花」だけ。
かおるは――本当に、かなり、だいぶ、嫌々ながら――腹を括った。
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