上 下
11 / 15

(11)

しおりを挟む
 月羽きらりはまたたく間に有名人となって行った。かおると花に対する態度を見ていればわかるだろうが、もちろん、悪い意味で名を馳せている。

 月羽きらりに対する評価は概ね「残念美少女」というところに固まっていた。

 もはやこの頃になると彼女が特定の男子生徒たちを追いかけ回していることは周知の事実となっていたのだ。

 彼女が追いかけている相手はもちろんアオイとイズミの山野兄弟と、建と樹の村崎兄弟の四人である。

 かおるたちの世代の女子は、積極的に異性に誘いをかけることはあっても、ここまでしつこく相手を追い回すことはない。そういった行為は大抵「イケてない」という認識を持たれている。

「イイ女」は黙っていてもイイ男のほうから寄ってくるものであり、女のほうが男をしつこく追いかけ回すことはイコール「イケてない」ことを誇示しているも同然といったところである。

 複数の男に声をかけること自体は特に批難はされない。かおるたちの世代の女子は、複数の男子とお付き合いすることはさして珍しいことではないからだ。

 月羽きらりの評価が「残念美少女」であることからもわかる通り、彼女は顔立ちは非常に整っている。乙女ゲームのヒロインだと言われても違和感がないくらいの愛らしい容姿であった。

 そういうわけで当初からただでさえ少ない女子であり、かつ容貌に優れた月羽きらりをちやほやする男子生徒はいた。

 いたのだが、月羽きらりはそういった男子生徒を徹底的に無視した。彼女が手に入れたいのは『ダブル・ラブ』に登場するキャラクターの心であったからだ。そこらへんの――月羽きらり曰く――モブには興味がないわけである。

 そんな態度を取っていれば自然と男子生徒たちは離れて行く。実のない将来のことを考えれば、それは当然のことであった。

 そうして月羽きらりから男子生徒は離れ、一方の女子生徒もまったく同性と会話する気のない月羽きらりに冷たい視線を送っていた。

 既に複数の男子生徒と付き合っている女子生徒は、月羽きらりがしつこく特定の男子生徒を追いかけ回しているのを見て、自らの群れとも言うべき集団に彼女がちょっかいをかけないか警戒していた。

 かおると花からすればそれは杞憂であるのだが、もちろんそんなことは他の女子生徒に伝えられるはずもない。「ここは乙女ゲームの世界で月羽きらりはヒロインになりたがっているんです」……だなんて、完全に頭のおかしい人間である。

 かおると花は暴走を続ける月羽きらりをどうするべきか、手を出しあぐねていた。

 先の話し合いで決裂してしまったからには、思い込みの激しい月羽きらりの中でかおると花は完全に敵になっているだろう。

 実際に、『ダブル・ラブ』のヒロインになりたい月羽きらりからすれば、『ダブル・ラブ』の正規ヒロインとも言うべきかおると花は邪魔者なのだ。

 利害は一致しているのに、このふたりとひとりはどこまでも交わらない、平行線をたどっている。

「どーしてこうなるの?」。花は月羽きらりの暴走を見ては、たびたびそうこぼしたが、かおるは引きつった苦笑を浮かべるしかなかった。


「いっしょ~のお願いっ!」

 顔の前で両手のひらを合わせる樹に、かおるは困った顔をするしかなかった。

 月羽きらりの暴走はとどまるところを知らなかった。

 今日は勝手に弁当を作ってきては渡そうとして断られ、しまいには教室の視線が集まる中で泣き出したというのだから始末に負えない。

 生真面目で律儀な建ならともかくも、樹の場合は月羽きらりの――ガチ泣きだかウソ泣きだかわからない――涙を見ても動じなかったが。

 しかし今日の出来事で樹も月羽きらりにはほとほと嫌気が差したらしい。

 樹からすれば、ただでさえ月羽きらりは正体不明で意味不明な存在なのだ。そんな存在に追いかけ回され、挙句手作り弁当の受け取りを断れば公衆の面前で泣かれる。樹からすれば、鬱陶しいことこの上なかった。

 そんなことがあって、普段から唯我独尊で周囲のことなんて気にしないの樹も、月羽きらりをいい加減どうにかしたいと思うようになった。

 そこで「一生のお願い」である。

 意外と今までにかけられたことのないセリフに、かおるは嫌な予感がして眉根を寄せた。

「……なに?」
「オレと恋人になって♡」
「え、やだ」
「即答~~~?」

「そりゃ即答するよ」とかおるは心の中でつぶやく。

 恐らく樹は「月羽きらりを追い払いたいから恋人のフリをしてくれ」と言いたいのだろう。それくらいはかおるにもすぐにわかった。

 けれどもかおるは『ダブル・ラブ』のシナリオに沿った樹とのエロ展開を回避したいのだ。

 花によると『ダブル・ラブ』の第二弾ヒロインである「藤島かおる」には諸々事情あってキャラクターの「恋人のフリをしてあげる」イベントが存在しているそうであるから、なおさら樹の提案は呑めないと感じた。

 ワケありのふたりが偽りの恋人になったものの、それが本当の恋人になる……だなんて使い古された展開だ。

 そして花によるとどうやらその両者のあいだにエロシーンがあり、それがきっかけとなってふたりは互いを意識するようになる……らしい。

 肉体から始まる関係だなんていうのも、ありふれた展開だとかおるは思った。しかし裏を返せばそれだけ陳腐ながら共感を得やすい題材なのかもと考える。処女であるかおるにはよくわからなかったが。

 しかしかおるにすげなく断られても樹はあきらめない。

「いや、本当に困ってるんだけど」
「困ってるのは知ってるけど……でも私にはどうしようもできないし、私がかかわったら絶対にこじれる自信あるし」
「んー……まあ、確かにこじれるだろうね」
「じゃあ、なおさら無理」
「そこをなんとか」
「無理ったら無理! だれか他の女子に頼めばいいじゃん」
「それはイヤ」
「わがまま……」

「かおる、樹、終わったぞ」

 人がまばらな放課後の教室に用事を終えた建が入ってくる。

 かおるはホッとして建のほうへ顔を向けた。「聞いてよ、樹が無茶なことを言ってくるんだよ」と建に訴えようとして、かおるは呆れた顔を作る。

 しかし――。

「ところでかおる……一生のお願いがあるんだが」

 ……中身は正反対なくせに、こういうところはイヤというほど双子だなとかおるは思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

女性が少ない世界へ異世界転生してしまった件

りん
恋愛
水野理沙15歳は鬱だった。何で生きているのかわからないし、将来なりたいものもない。親は馬鹿で話が通じない。生きても意味がないと思い自殺してしまった。でも、死んだと思ったら異世界に転生していてなんとそこは男女500:1の200年後の未来に転生してしまった。

【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!

夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。 そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。 ※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様 ※小説家になろう様にも掲載しています

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

男女比:1:450のおかしな世界で陽キャになることを夢見る

卯ノ花
恋愛
妙なことから男女比がおかしな世界に転生した主人公が、元いた世界でやりたかったことをやるお話。 〔お知らせ〕 ※この作品は、毎日更新です。 ※1 〜 3話まで初回投稿。次回から7時10分から更新 ※お気に入り登録してくれたら励みになりますのでよろしくお願いします。 ただいま作成中

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

【R18】タイムマシーン

名乃坂
恋愛
ヤンデレ男に監禁されたヒロインが、ヤンデレ男に未来の自分を見せさせられるところから始まるヤンデレSSです。 無理矢理表現が含まれます。

処理中です...