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かおるは心の冷静な部分で「理不尽だなあ」と笑えた。けれども表のかおるはそんな風には鼻で笑えなくて。
なぜ月羽きらりが「建と樹を解放して」などというのかくらい、すぐに理解できた。似たようなことはあの双子を恋慕う人間から言われたことがあるからだ。
かおるが双子を縛りつけているとか、「そんな出来事」のせいでそばにいられるなんてズルい、とか。
そのたびにかおるは「そんなこと言われても……」という気持ちを隠さないでいたし、真実困惑した。
かおるの脚には大きな傷があって、それはインドアな性格に関係なく今でも走るのが苦手なくらいのものだった。
同じ時期に引っ越してきて、歳が同じで家が近かったので仲良くなった建と樹の兄弟。
かおるはどちらかと言えば、ふたりに振り回される側だった。当時はかおるも歳相応にお転婆な女の子だったので、ときにはふたりを振り回すこともあったが、割合としては双子に負ける。
そんな風にいつものような遊びの一環で、入るなと言われていた山に入って――かおるは怪我をした。大騒ぎになったのを今でも覚えていて、そのときの空気は思い出すだにかおるをいたたまれない気持ちにさせる。
怪我をしたのはだれのせいでもない。強いて言うならかおるの自業自得だろう。だれかに突き落とされたとかいうわけでもなく、単に足を滑らせて崖から落ちてしまっただけの話なのだから。
けれども山へ行こうとかおるを誘った双子はそうは思わなかったらしい。そのときに一度、かおるが親からの言い付けを守ろうとしていたことも、影響しているかもしれなかった。
しばらく双子との関係がぎくしゃくしたが、結局今は知っての通りの間柄だ。
かおるにとって、大怪我をした過去は記憶の箱から抹消して欲しい事柄である。自業自得でだれかを恨む気持ちもないし、自分の過失による傷であるわけで、そうなるとなんとなく恥ずかしいという感情も湧いてくる。
しかし双子は口にこそしないが、今でもかおるの脚の傷のことを気にしていることは明白で――。
――解放してあげたいのは私のほうだよ。
月羽きらりにそう言いたかったが、なんだか言葉にならなかった。
かおるが双子の好意を肌で感じながらも、応えられないのはそこに同情心があるかもしれないと卑屈に思ってしまうからである。
そう、文武両道、眉目秀麗なあの幼馴染ならば、わざわざ私「なんか」を選ばなくても他に女の子なんて選び放題だ。――かおるの本音は、そうだった。
黙り込んでしまたかおるに焦ったのか、月羽きらりに花が反論する。
「いや、『解放して』って何様よ? なんの権利があってそんなこと言ってるの?」
「あたしにヒロインの座を譲ってくれるんじゃないの? ヒロインだったら攻略対象を幸せにするのは当たり前じゃない」
花が小声で「ゲーム脳乙……」とつぶやいた。かおるは「それを言うならわたしたちも相当では?」と思った。
しかし花は気を取り直し、月羽きらりへ更に反論を加える。
「建と樹のかおるに対する過保護は『ダブル・ラブ』通りなら過去の出来事がかかわってるのは本当だけどさ……でもかおると建と樹は、本人たちの自由意思で友達やってるんだよ。それを第三者が口を挟んだり直接的にどうこうするのってなんか違うんじゃない?」
かおるが花の「異世界転生者」だという主張を受け入れたのは、彼女に話したことのない出来事を当てられたからだった。
当時からかおるたちを知っているのであれば、怪我の件も知っていてもおかしくはないが、花と知り合ったのは中学時代。
そしてかおるは積極的に脚の傷について花に話したことはなかったので、それを正しく当時の状況まで言い当てられれば、ここが『ダブル・ラブ』の世界だと信じざるを得なかったのだ。
月羽きらりも『ダブル・ラブ』のヒロインの行動を踏襲しているということは、花と同じくかおるが話したがらない過去を丸々知っているに違いない。
それこそ、月羽きらりが「異世界転生者」である証であった。
そんな月羽きらりは花の言葉に噴き上がった。
「やっぱりあたしに協力する気ないんじゃん!」
「いやいやいや……協力すること、イコール、あの人らと友達やめる、ってことになるのはおかしくない? それとこれとは関係なくない?」
「あんたたちが離れなきゃ、あたしがヒロインになれないって言ってるの!」
「いやいや、別にわたしたちはヒロインをまっとうする気はないんだから、これからヒロインになれるかどうかは月羽さんの努力次第であって……」
結局、月羽きらりとの話はこじれにこじれ、平行線をたどったまま強制解散と相成った。
最終的に「ヒロインの座を譲るならイズミとアオイ、建と樹からは縁を切れ」という無茶苦茶な主張の月羽きらりがブチ切れて、肩を怒らせながら帰ってしまったのである。
「おっかしーなー……。『ダブル・ラブ』は一八禁ゲーなんだから、そのシナリオを熟知してる月羽さんの中身も一八歳以上のハズなんだけどな……。未成年の割れ厨とかだったのかな……」
「どうだろう……。大人だから、子供の意見だと思うとなかなか聞けないとか? 花はともかく私は普通に未成年だし……」
「どうかなー。かおるの年齢は関係ない気がする。ダメな大人だからこそ思考が凝り固まってて、性格も矯正不可能な領域にあると考えた方が納得いくかも」
かおるはふと花の精神年齢は一八歳以上なんだよな、と思って不思議な気持ちになった。
しかし年齢がどうであればウマが合うのは確かなので、かおるは深くは考えないことにする。
「『ダブル・ラブ』ってライバルキャラっていないんだよね?」
「いない。前にも言ったけど、『いちゃラブ』『あまあま』『溺愛』がコンセプトのストレスフリーの癒し系を目指した作品ってスタッフが公言してたからね。そもそも強烈にイヤな女のライバルキャラが出てくる乙女ゲームって、わたしはあんまりしたことないな……」
花はハアーッとあからさまな深いため息をついた。
「……とにかく、月羽さんの説得は失敗。でもどうにか挽回できないかなあ?」
「うーん……難しいんじゃない……? 月羽さんの性格的に」
「だよねえ。わたしたちはヒロインの座を譲りたい、月羽さんはヒロインになりたい、で意見は一致してるのになー……」
「なーんでこんなことになったんだろ」とつぶやく花に、かおるは小さく頷かざるを得なかった。
なぜ月羽きらりが「建と樹を解放して」などというのかくらい、すぐに理解できた。似たようなことはあの双子を恋慕う人間から言われたことがあるからだ。
かおるが双子を縛りつけているとか、「そんな出来事」のせいでそばにいられるなんてズルい、とか。
そのたびにかおるは「そんなこと言われても……」という気持ちを隠さないでいたし、真実困惑した。
かおるの脚には大きな傷があって、それはインドアな性格に関係なく今でも走るのが苦手なくらいのものだった。
同じ時期に引っ越してきて、歳が同じで家が近かったので仲良くなった建と樹の兄弟。
かおるはどちらかと言えば、ふたりに振り回される側だった。当時はかおるも歳相応にお転婆な女の子だったので、ときにはふたりを振り回すこともあったが、割合としては双子に負ける。
そんな風にいつものような遊びの一環で、入るなと言われていた山に入って――かおるは怪我をした。大騒ぎになったのを今でも覚えていて、そのときの空気は思い出すだにかおるをいたたまれない気持ちにさせる。
怪我をしたのはだれのせいでもない。強いて言うならかおるの自業自得だろう。だれかに突き落とされたとかいうわけでもなく、単に足を滑らせて崖から落ちてしまっただけの話なのだから。
けれども山へ行こうとかおるを誘った双子はそうは思わなかったらしい。そのときに一度、かおるが親からの言い付けを守ろうとしていたことも、影響しているかもしれなかった。
しばらく双子との関係がぎくしゃくしたが、結局今は知っての通りの間柄だ。
かおるにとって、大怪我をした過去は記憶の箱から抹消して欲しい事柄である。自業自得でだれかを恨む気持ちもないし、自分の過失による傷であるわけで、そうなるとなんとなく恥ずかしいという感情も湧いてくる。
しかし双子は口にこそしないが、今でもかおるの脚の傷のことを気にしていることは明白で――。
――解放してあげたいのは私のほうだよ。
月羽きらりにそう言いたかったが、なんだか言葉にならなかった。
かおるが双子の好意を肌で感じながらも、応えられないのはそこに同情心があるかもしれないと卑屈に思ってしまうからである。
そう、文武両道、眉目秀麗なあの幼馴染ならば、わざわざ私「なんか」を選ばなくても他に女の子なんて選び放題だ。――かおるの本音は、そうだった。
黙り込んでしまたかおるに焦ったのか、月羽きらりに花が反論する。
「いや、『解放して』って何様よ? なんの権利があってそんなこと言ってるの?」
「あたしにヒロインの座を譲ってくれるんじゃないの? ヒロインだったら攻略対象を幸せにするのは当たり前じゃない」
花が小声で「ゲーム脳乙……」とつぶやいた。かおるは「それを言うならわたしたちも相当では?」と思った。
しかし花は気を取り直し、月羽きらりへ更に反論を加える。
「建と樹のかおるに対する過保護は『ダブル・ラブ』通りなら過去の出来事がかかわってるのは本当だけどさ……でもかおると建と樹は、本人たちの自由意思で友達やってるんだよ。それを第三者が口を挟んだり直接的にどうこうするのってなんか違うんじゃない?」
かおるが花の「異世界転生者」だという主張を受け入れたのは、彼女に話したことのない出来事を当てられたからだった。
当時からかおるたちを知っているのであれば、怪我の件も知っていてもおかしくはないが、花と知り合ったのは中学時代。
そしてかおるは積極的に脚の傷について花に話したことはなかったので、それを正しく当時の状況まで言い当てられれば、ここが『ダブル・ラブ』の世界だと信じざるを得なかったのだ。
月羽きらりも『ダブル・ラブ』のヒロインの行動を踏襲しているということは、花と同じくかおるが話したがらない過去を丸々知っているに違いない。
それこそ、月羽きらりが「異世界転生者」である証であった。
そんな月羽きらりは花の言葉に噴き上がった。
「やっぱりあたしに協力する気ないんじゃん!」
「いやいやいや……協力すること、イコール、あの人らと友達やめる、ってことになるのはおかしくない? それとこれとは関係なくない?」
「あんたたちが離れなきゃ、あたしがヒロインになれないって言ってるの!」
「いやいや、別にわたしたちはヒロインをまっとうする気はないんだから、これからヒロインになれるかどうかは月羽さんの努力次第であって……」
結局、月羽きらりとの話はこじれにこじれ、平行線をたどったまま強制解散と相成った。
最終的に「ヒロインの座を譲るならイズミとアオイ、建と樹からは縁を切れ」という無茶苦茶な主張の月羽きらりがブチ切れて、肩を怒らせながら帰ってしまったのである。
「おっかしーなー……。『ダブル・ラブ』は一八禁ゲーなんだから、そのシナリオを熟知してる月羽さんの中身も一八歳以上のハズなんだけどな……。未成年の割れ厨とかだったのかな……」
「どうだろう……。大人だから、子供の意見だと思うとなかなか聞けないとか? 花はともかく私は普通に未成年だし……」
「どうかなー。かおるの年齢は関係ない気がする。ダメな大人だからこそ思考が凝り固まってて、性格も矯正不可能な領域にあると考えた方が納得いくかも」
かおるはふと花の精神年齢は一八歳以上なんだよな、と思って不思議な気持ちになった。
しかし年齢がどうであればウマが合うのは確かなので、かおるは深くは考えないことにする。
「『ダブル・ラブ』ってライバルキャラっていないんだよね?」
「いない。前にも言ったけど、『いちゃラブ』『あまあま』『溺愛』がコンセプトのストレスフリーの癒し系を目指した作品ってスタッフが公言してたからね。そもそも強烈にイヤな女のライバルキャラが出てくる乙女ゲームって、わたしはあんまりしたことないな……」
花はハアーッとあからさまな深いため息をついた。
「……とにかく、月羽さんの説得は失敗。でもどうにか挽回できないかなあ?」
「うーん……難しいんじゃない……? 月羽さんの性格的に」
「だよねえ。わたしたちはヒロインの座を譲りたい、月羽さんはヒロインになりたい、で意見は一致してるのになー……」
「なーんでこんなことになったんだろ」とつぶやく花に、かおるは小さく頷かざるを得なかった。
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