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月羽きらりが異世界転生者であるかどうかは、彼女が自ら宣言しない限りわからない事柄だ。
ふたりはその可能性は限りなく低いと――思い込むことにして、まずは乙女ゲームのシナリオに沿ったイベントが発生しないよう、それらを回避する行動を取ることにした。
そうしてシナリオから外れることで、次の展開が予測できなくなる可能性はあったが、しかし回避しないわけにもいかない。
もし「乙女ゲームの強制力」とやらがあれば、回避しても同じ結果に収束することにはなる。しかし今はその可能性については考えないことにした。
とにかくかおると花のふたりは誓いを立てた。たとえあのイケメンどもに迫られても、決して流されたりはしない……と。
とにもかくにもエロ展開は絶対回避。次に好感度が上がる展開も回避。
『ダブル・ラブ』は限りなくゲーム性が薄い、いわゆる「紙芝居ゲー」というやつであったが、一応は「ゲーム」と銘打ってある。だから、キャラクターふたりと結ばれないエンディングも存在していた。
かおると花が目指すのはそこだ。
問題があるとすれば、花自身はそのエンディングを目にしたことがないという点である。
花曰く、あからさまに嫌われそうな選択肢を選び続けない限り、そのエンディングには到達できないようになっているらしい。
そして前世の花は二次元でもツラい思いをしたくないという理由から、そのエンディングは見ていなかった。
そういうわけで花の所持していた『ダブル・ラブ』のエンディングリストは、バッドエンドと呼べるようなその結末だけは空欄のまま……。気がつけば『ダブル・ラブ』のヒロインに転生していた、というわけである。
花にとって、『ダブル・ラブ』はマストバイなゲームではなかったが、それなりに気に入っていた乙女ゲームらしい。そんな乙女ゲームの世界のヒロインに転生したのであれば、普通は喜ぶのではないだろうか? ……とかおるは思った。
しかし花にとって、前世の自分は他人のアルバムを覗き見しているような感覚だと言う。もはや彼女の魂――あるとすれば――は山野花のものであるらしく、それゆえにアオイとイズミとのエロ展開に乗り気にはなれないらしかった。
「なんかこう……突然現れたイケメン石油王が相手! とかだったら、エロ展開でもオッケーってなったかもしれないけどね」
慎ましさのカケラもない花の言葉には、かおるも苦笑しつつ同意するしかなかった。
花がアオイとイズミを嫌ってはいないように、かおるも建と樹のことは嫌ってはいない。ただ、彼らと「そういうこと」をする想像は、脳が拒否してしまうのだ。それだけ彼らとは親しくて、身内だと思っている。
だからこそ、エロ展開はごめん被りたいわけなのだった。
かおるは当たり前だが前世の記憶なんてないし、『ダブル・ラブ』のことも知らない。
花にヒロインだと知らされてから思うのは、『ダブル・ラブ』に登場する「藤島かおる」はなにを考えて「そういうこと」に及んだのか、ということであった。
花は「強引に迫られて流される感じ」と言っていた。それで、『ダブル・ラブ』の「藤島かおる」は後悔したりしなかったのだろうか? ……幸せに、なれたのだろうか?
しょせんはフィクションと言ってしまえばそう。「イケメンに迫られてちょっと強引な態度で流される」のがイイという感想も、まあかおるにだってわかる。しかし、現実ではごめん被りたいのも確かで――。
花が「突然現れたイケメン石油王に口説かれるほうがいい」と言い出すのも、なんだか理解できてしまうかおるだった。
話は冒頭に戻り、そうしてイベントを徹底的に回避した結果、わかったことがある。
「月羽きらりは――やっぱり異世界転生者だよ」
花の言葉にかおるは今度は疑問を呈したり、否定の言葉を口にしたりはしなかった。
花が思い出せる限りのイベントをすべて回避した結果、なにが起こったか?
……月羽きらりが、まるでヒロインであるかのように振る舞い、イベントを消化しようとする行動に出たのだ。
たとえば、体育の合同授業で怪我をして建に運ばれるというイベント。
かおるは花の忠告通りに怪我をしないよう細心の注意を払った。そうしたことでかおるは怪我をしなかったのだが、代わりとでもいうように月羽きらりが怪我をしたのだ。
体育教師は月羽きらりを保健室へ連れて行こうとした。しかし月羽きらりはその前に建に擦り寄って行って――としか表現ができない――「保健室に連れて行って欲しい」とねだったのである。
面食らった顔をしたのは、かおるだけではなく、建も同じだった。いつもはポーカーフェイスの彼にしては珍しい表情だった。
しかし建はけんもほろろに月羽きらりをあしらい、彼女は体育教師に連れられて保健室へ向かうことになったのであった。
それ一回――いや、樹へ勉強を乞うた件を含めれば二回……だけであれば、かおるも花も「偶然偶然」と笑っていられただろう。
しかしそれが三回、四回、と積み重なっていくにつれ、ふたりから笑顔が消え、余裕も消えた。
そしてふたりはひとつの結論へと至ったのだ。
すなわち――「月羽きらりは異世界転生者である」と。
「どうしよう!? ヒロイン狙いとか絶対ロクでもない人間だよ!?」
「お、落ち着いて花」
「落ち着いてらんないよ! だって、あの子が『ダブル・ラブ』を知ってるってことはさ、わたしたちがヒロインだってことも当然知ってるわけじゃん? となるとわたしたちって邪魔者じゃん? 加えてヒロイン狙いならなにか仕掛けてくる可能性が――」
場所は山野家の花の自室。あわあわとあわてる花の前で、しかしかおるはそれなりに落ち着いていた。
達観しているからというわけでも、諦念を抱いているからというわけでもない。
月羽きらりというふたり目の異世界転生者、かつヒロインの立場に成り代わろうとしていると推測できる人物が現れたことで、かおるの頭にひとつの天啓がくだったのだ。
「発想の転換、逆転の発想、だよ」
「――え?」
「月羽きらりって子がヒロインに成り代わろうとしているなら――成り代わってもらえばいいじゃん」
「!!! そ、そっか……月羽きらりがヒロインの立場になれば……」
「私たちは一八禁展開に怯えることもなくなる……!」
花は「かおる、天才じゃん!」と今度は一転して喜びの声を上げる。
かくしてふたりのあいだでは「月羽きらりは放置」「イベントは引き続き回避」「現状維持」といった意見に落ち着く。
……だがその喜びは長くは続かなかった。
世界は、ふたりの思い通りにはなかなか進まないのであった。
ふたりはその可能性は限りなく低いと――思い込むことにして、まずは乙女ゲームのシナリオに沿ったイベントが発生しないよう、それらを回避する行動を取ることにした。
そうしてシナリオから外れることで、次の展開が予測できなくなる可能性はあったが、しかし回避しないわけにもいかない。
もし「乙女ゲームの強制力」とやらがあれば、回避しても同じ結果に収束することにはなる。しかし今はその可能性については考えないことにした。
とにかくかおると花のふたりは誓いを立てた。たとえあのイケメンどもに迫られても、決して流されたりはしない……と。
とにもかくにもエロ展開は絶対回避。次に好感度が上がる展開も回避。
『ダブル・ラブ』は限りなくゲーム性が薄い、いわゆる「紙芝居ゲー」というやつであったが、一応は「ゲーム」と銘打ってある。だから、キャラクターふたりと結ばれないエンディングも存在していた。
かおると花が目指すのはそこだ。
問題があるとすれば、花自身はそのエンディングを目にしたことがないという点である。
花曰く、あからさまに嫌われそうな選択肢を選び続けない限り、そのエンディングには到達できないようになっているらしい。
そして前世の花は二次元でもツラい思いをしたくないという理由から、そのエンディングは見ていなかった。
そういうわけで花の所持していた『ダブル・ラブ』のエンディングリストは、バッドエンドと呼べるようなその結末だけは空欄のまま……。気がつけば『ダブル・ラブ』のヒロインに転生していた、というわけである。
花にとって、『ダブル・ラブ』はマストバイなゲームではなかったが、それなりに気に入っていた乙女ゲームらしい。そんな乙女ゲームの世界のヒロインに転生したのであれば、普通は喜ぶのではないだろうか? ……とかおるは思った。
しかし花にとって、前世の自分は他人のアルバムを覗き見しているような感覚だと言う。もはや彼女の魂――あるとすれば――は山野花のものであるらしく、それゆえにアオイとイズミとのエロ展開に乗り気にはなれないらしかった。
「なんかこう……突然現れたイケメン石油王が相手! とかだったら、エロ展開でもオッケーってなったかもしれないけどね」
慎ましさのカケラもない花の言葉には、かおるも苦笑しつつ同意するしかなかった。
花がアオイとイズミを嫌ってはいないように、かおるも建と樹のことは嫌ってはいない。ただ、彼らと「そういうこと」をする想像は、脳が拒否してしまうのだ。それだけ彼らとは親しくて、身内だと思っている。
だからこそ、エロ展開はごめん被りたいわけなのだった。
かおるは当たり前だが前世の記憶なんてないし、『ダブル・ラブ』のことも知らない。
花にヒロインだと知らされてから思うのは、『ダブル・ラブ』に登場する「藤島かおる」はなにを考えて「そういうこと」に及んだのか、ということであった。
花は「強引に迫られて流される感じ」と言っていた。それで、『ダブル・ラブ』の「藤島かおる」は後悔したりしなかったのだろうか? ……幸せに、なれたのだろうか?
しょせんはフィクションと言ってしまえばそう。「イケメンに迫られてちょっと強引な態度で流される」のがイイという感想も、まあかおるにだってわかる。しかし、現実ではごめん被りたいのも確かで――。
花が「突然現れたイケメン石油王に口説かれるほうがいい」と言い出すのも、なんだか理解できてしまうかおるだった。
話は冒頭に戻り、そうしてイベントを徹底的に回避した結果、わかったことがある。
「月羽きらりは――やっぱり異世界転生者だよ」
花の言葉にかおるは今度は疑問を呈したり、否定の言葉を口にしたりはしなかった。
花が思い出せる限りのイベントをすべて回避した結果、なにが起こったか?
……月羽きらりが、まるでヒロインであるかのように振る舞い、イベントを消化しようとする行動に出たのだ。
たとえば、体育の合同授業で怪我をして建に運ばれるというイベント。
かおるは花の忠告通りに怪我をしないよう細心の注意を払った。そうしたことでかおるは怪我をしなかったのだが、代わりとでもいうように月羽きらりが怪我をしたのだ。
体育教師は月羽きらりを保健室へ連れて行こうとした。しかし月羽きらりはその前に建に擦り寄って行って――としか表現ができない――「保健室に連れて行って欲しい」とねだったのである。
面食らった顔をしたのは、かおるだけではなく、建も同じだった。いつもはポーカーフェイスの彼にしては珍しい表情だった。
しかし建はけんもほろろに月羽きらりをあしらい、彼女は体育教師に連れられて保健室へ向かうことになったのであった。
それ一回――いや、樹へ勉強を乞うた件を含めれば二回……だけであれば、かおるも花も「偶然偶然」と笑っていられただろう。
しかしそれが三回、四回、と積み重なっていくにつれ、ふたりから笑顔が消え、余裕も消えた。
そしてふたりはひとつの結論へと至ったのだ。
すなわち――「月羽きらりは異世界転生者である」と。
「どうしよう!? ヒロイン狙いとか絶対ロクでもない人間だよ!?」
「お、落ち着いて花」
「落ち着いてらんないよ! だって、あの子が『ダブル・ラブ』を知ってるってことはさ、わたしたちがヒロインだってことも当然知ってるわけじゃん? となるとわたしたちって邪魔者じゃん? 加えてヒロイン狙いならなにか仕掛けてくる可能性が――」
場所は山野家の花の自室。あわあわとあわてる花の前で、しかしかおるはそれなりに落ち着いていた。
達観しているからというわけでも、諦念を抱いているからというわけでもない。
月羽きらりというふたり目の異世界転生者、かつヒロインの立場に成り代わろうとしていると推測できる人物が現れたことで、かおるの頭にひとつの天啓がくだったのだ。
「発想の転換、逆転の発想、だよ」
「――え?」
「月羽きらりって子がヒロインに成り代わろうとしているなら――成り代わってもらえばいいじゃん」
「!!! そ、そっか……月羽きらりがヒロインの立場になれば……」
「私たちは一八禁展開に怯えることもなくなる……!」
花は「かおる、天才じゃん!」と今度は一転して喜びの声を上げる。
かくしてふたりのあいだでは「月羽きらりは放置」「イベントは引き続き回避」「現状維持」といった意見に落ち着く。
……だがその喜びは長くは続かなかった。
世界は、ふたりの思い通りにはなかなか進まないのであった。
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