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スマートフォンを壊した帰り道。わたしは落ち込みながらも頭の冷静な部分で「時間が確認できないのは困るなー」と思っていた。
それから親になんて説明したらいいかも。わたしは生来よりの引っ込み思案なので、スマートフォンを故意に壊してしまったという負い目がある手前、なんだか親に言い出しにくいと思ってしまっていたのだった。
しかしわたしのスマートフォンは完膚なきまでに壊してしまった。壊してしまったのだから、適当なウソで誤魔化して買い換えてもらうしかない。
「階段から落としたって言えばいいかな……」
ちょっと落とした、程度では済まないスマートフォンを思い浮かべる。
以前は口下手だった自分が、一丁前にウソをこねくり回している姿を鑑みて、わたしはさらに落ち込んだ。
なにもかもが偽り。ウソ。そう思うと自分がひどく醜い生き物に見えて、ヘコんでしまう。
「……生きにくいやっちゃで、ホンマ」
「どわっ?!」
突如として後頭部の辺りに声がかかり、わたしは乙女らしからぬ悲鳴を上げて勢い良く振り返った。
そこにいたのは、ブタをデフォルメしたような二頭身の生物――
「ブダナウスさん?!」
「せや。久しぶりやな、お嬢ちゃん」
「あ、お久しぶりです……。その後は大丈夫でしたか?」
ブダナウスさんとの出会いを思い出し、彼の体につけられた引っかき傷はどうなったかと尋ねる。
見た目からしてもすっかり良くなっているようだったが、実際にももうとっくの昔に治ったとのこと。まあ、当たり前か。
「その時はホンマ助かったわ」
「いえいえ……」
「ホンマお嬢ちゃんは変わらへんなあ……。えろう腰が低い」
「……わたしは、偉くもなんともないので」
「いやいや! 普通は『催眠アプリ』なんてもろたらこの世の春やろ? 絶対、エロエロ目的に使う! そうでなくても金手に入れるにせよなんにせよ、やりたい放題や。けどお嬢ちゃんはぜーんぜんそんなことせえへんかったからな~……」
「えっ……見ていたんですか?」
「……まあ、たまに、や。たまに」
「そうですか……」
ブダナウスさんはなにやらわたしに対して感心し切りの様子だったが、現実のわたしは「エロエロ目的」に「催眠アプリ」を使ったという人間となんら大差はない。そこは、訂正しなければならないと思った。
「……わたしだってやりたい放題やりましたよ。わたしと友達になりたい人なんていないのに……無理矢理友達になって……。でも、分不相応でしたね。なにもかも」
「……そう落ち込むなや。おっちゃんが渡した手前、落ち込まれるとツラいわ」
「すいません。……でも、事実なので」
「せや、お嬢ちゃんちょっとスマホ出してや」
「え?」
「ちゃうちゃう! もうアプリは入れへんて。ちょい直してやるだけや」
「そ、それじゃあおねがいします……?」
「おう、まかせとき。――ぬーんぬんぬんぬんぬんぬん~~~!!! ぬんっ!!!」
ブダナウスさんは最初にアプリをインストールしたときのように、形容しがたい奇声(?)を上げて画面がバッキバキになったわたしのスマートフォンにひづめをかざす。
するとわたしがちょっと瞬きをした隙に、完膚なきまでに壊れていたスマートフォンは、新品同然へと戻っていたのだった。
わたしの元のスマートフォンはカドがちょっと削れて汚れていたり、どこかで引っかいたような傷があったが、それらもすっかりなくなっていた。
「うわっ……ありがとうございます」
「礼には及ばんで。アフターサービスもバッチリなんがわいのアピールポイントやねん」
「アフターサービス……? だからわたしの前にまた現れたんですか?」
「……まあ、そんなところや。しっかしこんなんするんは、悪魔失格やもしれへんなあ」
ブダナウスさん曰く、本当だったら人間を堕落させるのが悪魔の役目。悪魔のアイテムを渡したからには、堕とすところまで堕とすのが悪魔の仕事。
「それをあきらめてしもうて……手ぬるいわ」
ブダナウスさんはそう言って頭を左右に振り、自嘲的な笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、ブダナウスさん」
「やめやめ! そういうのわいには似合わん!」
「でも、本当にありがとうございます。スマホ直してくれましたし」
「ええねんええねんそれくらい! 悪魔にとっちゃそれほどの力やないねん!」
照れているらしいブダナウスさんはひづめを前に突き出して左右に振っている。
その姿がなんだかおかしくて、わたしはちょっとだけ笑えた。クスッと笑えるだけの気力が戻ってきた。
「そうだ。わたしが使った『催眠アプリ』の影響ってもう切れてるんですよね?」
「せやね。やからもうお嬢ちゃんがアプリつこうて友達になった相手は友達やなくなっとる」
「……わたし、ケンカを止めるのにアプリを使ったんです。効果が切れたら――」
「わかったわかった! もうここまできたら乗りかかった船や! お嬢ちゃんの心配事はぜーんぶなんとかしといたる! ……けど、それで最後や」
「はい! ありがとうございます、ブダナウスさん!」
「ホンマにこれで最後やで? せやからもう、悪魔が現れても取引したりしたらアカンで?」
「……はい。わかってます」
「……まあ、そう落ち込みなさんな。そのうちいいことあるって」
「そうですかね……?」
友達の皮を被って酷いことをしたわたしに、「いいこと」なんてあるんだろうか?
半信半疑のまま返すが、ブダナウスさんはそれ以上はなにも言わなかった。
「ほな、ここらで失礼するわ」
「はい。本当にありがとうございました」
「ええねん。元はお嬢ちゃんがわいを助けてくれたから、わいもなんか礼がしたかっただけや。お互いさまやわ。……じゃ、達者でな」
「はい。ブダナウスさんも」
深く頭を下げる。顔を上げれば、空へと飛び去るブダナウスさんが見えた。その背に軽く手を振る。ブダナウスさんに見えているかはわからなかったけれど。
「――あれ? 香津子」
「――ひえっ?!」
しばらくそうしていたわたしの背に、声がかかる。聞き間違えようもない、鴻一郎の声だ。
振り返ってみてみれば、白い市販の使い捨て用マスクをつけて、片手にコンビニの白い袋を提げた鴻一郎が立っている。
わたしは中空に向かって手を振っていた不審感満載の姿を見られたかと、冷や汗をかく。
そういえば鴻一郎は風邪を引いたとかで、今日は休んでいたのだった。そのことをようやく思い出したあとで、最大の違和感がわたしの元にやってくる。
――あれ? そういえば「催眠アプリ」の効果って、切れてるんじゃなかったっけ?
しかしそんな疑問を鴻一郎にぶつけるわけにもいかず、薄ぼんやりとした笑顔を彼に向ける。
そんなわたしに、鴻一郎はまるでずっと友人だったかのような声をかけてくる。
「なんか、落ち込んでる?」
わたしはその言葉になんだか――無性に泣きたくなった。
「ううん。今、元気になった」
「そっか。最近話してなかったけど、なんか香津子の姿見たら気になって」
――よくわからないけれど、ブダナウスさんの言っていた「いいこと」ってこのことなのかな?
わたしは深く考えず、鴻一郎とおしゃべりしながら帰路に就いた。
鴻一郎はやはりここ数年はずっとわたしとしゃべってたことなんてなかった、というテイで話してきたので、やはりアプリの効果は切れているんだろう。
……なんだ、アプリなんてなくても、鴻一郎と昔みたいに話すこと、できるんじゃん。
そう思うと、地の底まで落ち込んでいた心が、ちょっとだけ浮上するような気になれた。
「ありがと、コウくん」
そう言って笑うと、鴻一郎も微笑み返してくれた。
今のわたしには、それだけで十分だった。
それから親になんて説明したらいいかも。わたしは生来よりの引っ込み思案なので、スマートフォンを故意に壊してしまったという負い目がある手前、なんだか親に言い出しにくいと思ってしまっていたのだった。
しかしわたしのスマートフォンは完膚なきまでに壊してしまった。壊してしまったのだから、適当なウソで誤魔化して買い換えてもらうしかない。
「階段から落としたって言えばいいかな……」
ちょっと落とした、程度では済まないスマートフォンを思い浮かべる。
以前は口下手だった自分が、一丁前にウソをこねくり回している姿を鑑みて、わたしはさらに落ち込んだ。
なにもかもが偽り。ウソ。そう思うと自分がひどく醜い生き物に見えて、ヘコんでしまう。
「……生きにくいやっちゃで、ホンマ」
「どわっ?!」
突如として後頭部の辺りに声がかかり、わたしは乙女らしからぬ悲鳴を上げて勢い良く振り返った。
そこにいたのは、ブタをデフォルメしたような二頭身の生物――
「ブダナウスさん?!」
「せや。久しぶりやな、お嬢ちゃん」
「あ、お久しぶりです……。その後は大丈夫でしたか?」
ブダナウスさんとの出会いを思い出し、彼の体につけられた引っかき傷はどうなったかと尋ねる。
見た目からしてもすっかり良くなっているようだったが、実際にももうとっくの昔に治ったとのこと。まあ、当たり前か。
「その時はホンマ助かったわ」
「いえいえ……」
「ホンマお嬢ちゃんは変わらへんなあ……。えろう腰が低い」
「……わたしは、偉くもなんともないので」
「いやいや! 普通は『催眠アプリ』なんてもろたらこの世の春やろ? 絶対、エロエロ目的に使う! そうでなくても金手に入れるにせよなんにせよ、やりたい放題や。けどお嬢ちゃんはぜーんぜんそんなことせえへんかったからな~……」
「えっ……見ていたんですか?」
「……まあ、たまに、や。たまに」
「そうですか……」
ブダナウスさんはなにやらわたしに対して感心し切りの様子だったが、現実のわたしは「エロエロ目的」に「催眠アプリ」を使ったという人間となんら大差はない。そこは、訂正しなければならないと思った。
「……わたしだってやりたい放題やりましたよ。わたしと友達になりたい人なんていないのに……無理矢理友達になって……。でも、分不相応でしたね。なにもかも」
「……そう落ち込むなや。おっちゃんが渡した手前、落ち込まれるとツラいわ」
「すいません。……でも、事実なので」
「せや、お嬢ちゃんちょっとスマホ出してや」
「え?」
「ちゃうちゃう! もうアプリは入れへんて。ちょい直してやるだけや」
「そ、それじゃあおねがいします……?」
「おう、まかせとき。――ぬーんぬんぬんぬんぬんぬん~~~!!! ぬんっ!!!」
ブダナウスさんは最初にアプリをインストールしたときのように、形容しがたい奇声(?)を上げて画面がバッキバキになったわたしのスマートフォンにひづめをかざす。
するとわたしがちょっと瞬きをした隙に、完膚なきまでに壊れていたスマートフォンは、新品同然へと戻っていたのだった。
わたしの元のスマートフォンはカドがちょっと削れて汚れていたり、どこかで引っかいたような傷があったが、それらもすっかりなくなっていた。
「うわっ……ありがとうございます」
「礼には及ばんで。アフターサービスもバッチリなんがわいのアピールポイントやねん」
「アフターサービス……? だからわたしの前にまた現れたんですか?」
「……まあ、そんなところや。しっかしこんなんするんは、悪魔失格やもしれへんなあ」
ブダナウスさん曰く、本当だったら人間を堕落させるのが悪魔の役目。悪魔のアイテムを渡したからには、堕とすところまで堕とすのが悪魔の仕事。
「それをあきらめてしもうて……手ぬるいわ」
ブダナウスさんはそう言って頭を左右に振り、自嘲的な笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、ブダナウスさん」
「やめやめ! そういうのわいには似合わん!」
「でも、本当にありがとうございます。スマホ直してくれましたし」
「ええねんええねんそれくらい! 悪魔にとっちゃそれほどの力やないねん!」
照れているらしいブダナウスさんはひづめを前に突き出して左右に振っている。
その姿がなんだかおかしくて、わたしはちょっとだけ笑えた。クスッと笑えるだけの気力が戻ってきた。
「そうだ。わたしが使った『催眠アプリ』の影響ってもう切れてるんですよね?」
「せやね。やからもうお嬢ちゃんがアプリつこうて友達になった相手は友達やなくなっとる」
「……わたし、ケンカを止めるのにアプリを使ったんです。効果が切れたら――」
「わかったわかった! もうここまできたら乗りかかった船や! お嬢ちゃんの心配事はぜーんぶなんとかしといたる! ……けど、それで最後や」
「はい! ありがとうございます、ブダナウスさん!」
「ホンマにこれで最後やで? せやからもう、悪魔が現れても取引したりしたらアカンで?」
「……はい。わかってます」
「……まあ、そう落ち込みなさんな。そのうちいいことあるって」
「そうですかね……?」
友達の皮を被って酷いことをしたわたしに、「いいこと」なんてあるんだろうか?
半信半疑のまま返すが、ブダナウスさんはそれ以上はなにも言わなかった。
「ほな、ここらで失礼するわ」
「はい。本当にありがとうございました」
「ええねん。元はお嬢ちゃんがわいを助けてくれたから、わいもなんか礼がしたかっただけや。お互いさまやわ。……じゃ、達者でな」
「はい。ブダナウスさんも」
深く頭を下げる。顔を上げれば、空へと飛び去るブダナウスさんが見えた。その背に軽く手を振る。ブダナウスさんに見えているかはわからなかったけれど。
「――あれ? 香津子」
「――ひえっ?!」
しばらくそうしていたわたしの背に、声がかかる。聞き間違えようもない、鴻一郎の声だ。
振り返ってみてみれば、白い市販の使い捨て用マスクをつけて、片手にコンビニの白い袋を提げた鴻一郎が立っている。
わたしは中空に向かって手を振っていた不審感満載の姿を見られたかと、冷や汗をかく。
そういえば鴻一郎は風邪を引いたとかで、今日は休んでいたのだった。そのことをようやく思い出したあとで、最大の違和感がわたしの元にやってくる。
――あれ? そういえば「催眠アプリ」の効果って、切れてるんじゃなかったっけ?
しかしそんな疑問を鴻一郎にぶつけるわけにもいかず、薄ぼんやりとした笑顔を彼に向ける。
そんなわたしに、鴻一郎はまるでずっと友人だったかのような声をかけてくる。
「なんか、落ち込んでる?」
わたしはその言葉になんだか――無性に泣きたくなった。
「ううん。今、元気になった」
「そっか。最近話してなかったけど、なんか香津子の姿見たら気になって」
――よくわからないけれど、ブダナウスさんの言っていた「いいこと」ってこのことなのかな?
わたしは深く考えず、鴻一郎とおしゃべりしながら帰路に就いた。
鴻一郎はやはりここ数年はずっとわたしとしゃべってたことなんてなかった、というテイで話してきたので、やはりアプリの効果は切れているんだろう。
……なんだ、アプリなんてなくても、鴻一郎と昔みたいに話すこと、できるんじゃん。
そう思うと、地の底まで落ち込んでいた心が、ちょっとだけ浮上するような気になれた。
「ありがと、コウくん」
そう言って笑うと、鴻一郎も微笑み返してくれた。
今のわたしには、それだけで十分だった。
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