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「――ってことがあったんだけど」
「セクハラじゃん。直球のセクハラじゃん」

 ベネディクトから度肝を抜かれるような「匂わせ」をされたレンは、悩んだ末にアレックスに言ってみた。相談でも愚痴でも告発でもなく、なんとなく「話を聞いて欲しくて」と切り出した、なんとも言えないような内容だったが、それでもアレックスは真剣だ。さすがは友人だとレンは少し感動する。

 しかし言ってしまったあとで本当にこれでよかったのだろうかという思いがレンの中で頭をもたげる。アレックスはベネディクトのことをあまりよく思っていないようなのだ。理由は定かではない。しかしだれにだって相性の悪い人間は存在する。なんとなく気に食わない人間だっているだろう。アレックスの場合はそれがベネディクトであるという可能性もあった。

「ハーレムから追い出せば?」
「って言ってもねえ……」

 レンが言葉を濁したのには様々な感情があった。

 ひとつはベネディクトの物言いに本気で傷ついたわけではないということである。というか、別にレンは傷ついていない。単にびっくりしただけであった。直截な物言いもベネディクトの性格をそこそこ把握しているレンからすれば、またいつものことかと言えるていどのびっくり具合であった。

 もうひとつはベネディクトがレンのハーレムに加わったことによって引き起こされた功罪。予測どおりにレンのハーレムに入るというハードルは、ベネディクトがそれに加わったことで高くなった。奨学生スカラーにして学年主席、そしてとんでもない美貌。これに勝ると自負できる男子生徒は、彼が予測したとおり多くはなかった。

 しかしそんなベネディクトだからこそ、狙っていた女子生徒もそれなりにいた。いや、男子生徒の中にすらベネディクトとお近づきになりたいと願っている者はいた。だから、そんな引く手あまたのベネディクトを「もの」にしたレンは、よくない目を向けられることも多々起きた。ヘイトを集めてしまったのだ。

 後者の事情があったので、アレックスはごくたまにだが、ベネディクトをハーレムから追放してはどうか、というようなことを冗談交じりに提案するようになった。それがあんまり冗談を含んでいないことは、レンにもなんとなく察せられた。

 アレックスは、レンのお守りを学長から頼まれている。そしてレンを異世界から召喚してしまった張本人。だから、年上だがどうも頼りなく危なっかしく映っているらしいレンから離れることが出来ない。けれどもそんなレンはアレックスからすれば「いけ好かない」ベネディクトをニセハーレムに加えてしまった……。

 そんな事情があるからこそ、表向きは冗談交じりに受け止められる調子で、気に入らないベネディクトとどうにか距離を置きたい。レンから離れるという選択肢は、諸々の事情であり得ない。きっと、アレックスが考えているのはそんなところだろうとレンはアタリをつける。

 都合のいいことを言えば、アレックスとベネディクトには仲良くして欲しいのがレンの本音だった。しかし無理矢理に仲良くする、なんてことはできっこない。

 だがせめて顔を合わせれば刺々しい応酬をするのくらいはやめて欲しい、とレンは思う。目の前でそういうことをやられると、口を挟むべきか静観すべきかいつも悩むのだ。たいていは状況を見て仲裁に入るが、そのたびに胃が痛むのでたまったものではなかった。

 そしてアレックスはベネディクトがニセハーレムに加わってから、ちょっぴりレンに対しても意地悪になった……気がするのだ。

「センパイが一八になってヤってくれって迫ってきたらどうするの?」

 ――ほら、また意地悪な顔になってる……。

 そうは思うものの、なんだか真っ向から指摘するのは憚られて――というか日和って、レンは内心で大きなため息をついた。指摘したとしてもアレックスのことだ、上手くはぐらかしてしまうだろうことは想像に難くない。

「いや、普通になにもしないけど」
「……本当に?」
「本当もなにも、現役高校生に手は出せないっていうか、出したくないっていうか」
「でも一八なら成人じゃないけど合法だよ?」
「合法でもナシ。私の倫理観とか的にナシ」

 ベネディクトとレンの歳の差は三つ。これが成人した人間であれば、「たった三つ」と言えるが、そうではない場合は「三つも」と思ってしまうのがレンだった。「成人するまでの一年差はデカい」、というのが彼女の持論なのだ。

 アレックスはと言えば「ふーん」と、ちゃんとレンの話を聞いているのかいないのか、わからないような声を発する。いつの間にかその顔から薄ら笑いと取れるような表情は消えていたが、レンはなんだか怖くて突っ込めなかった。

「じゃあセンパイと年齢差がなかったらアリなの?」
「私が同じ現役高校生だったらってこと?」
「別に逆でもいいけど」
「う、うーん……」
「……そんな返答に困る?」
「いやあ……私、恋愛経験値ないから、ベネディクト先輩みたいなキレーなひとに迫られたら、絶対ドキドキしちゃうよなあって……思って」
「ふーん」
「ふーん、て」

 そう、レンには悲しいほどにその手の経験がなく、また比例して耐性もない。だから、もしベネディクトに少女向け恋愛漫画のヒーローみたいな真似をされたら、絶対に胸を高鳴らせてしまうだろうという自信があった。……百歩ゆずって仮にそんな展開が訪れたとしても、ベネディクトは恋愛対象外なので、レンとしてはナシなのだが。それはそれ、これはこれ、というやつであった。

「じゃ、オレは?」
「え?」
「オレがレンと同い年で、レンとヤりたいって迫ったらどーする?」
「……普通にお断りしますけど」
「えー? なんで?」
「なんでもなにも、恋人じゃないからだよ……」
「そこは流されないの?」
「うーん。アレックスだしなあ……」
「どーいう意味?!」

 最終的にいつものノリに持ち込めて、レンはそっと胸を撫で下ろす。しかしアレックスの物言いは冗談めいていながらどこか真剣で、レンの心臓はイヤな感じに鼓動を刻んでいる。その証拠にレンはアレックスの顔が見れなかった。笑っている気配はあるが、あの鮮やかなグリーンアイズが笑んでいなかったらと思うと、どうしてもその顔を見れなかった。

 ――なんで私はこんな緊張を強いられているんだ……?! 別にアレックスもベネディクトもあくまでハーレムメンバーのフリをしてもらっているだけであって、本当のハーレムメンバーってわけじゃないのに!

 そう思うとなんだか今の状況が理不尽に感じられたが、小心なレンがそれをふたりにぶつけられるわけもないのであった。
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