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レンはざわざわとする周囲を素知らぬフリをしてやり過ごす。そんなレンの姿を見てなにを思ったのか、イヴェットは密かに深いため息をついた。
「レンってば……色々と危なっかしいわね。心配だわ」
「……そうですか?」
年下に心配される状況にレンは内心でちょっとあわてた。先ほどの返答はそんなにイヴェットとしては「ナシ」だったのだろうか。しかし一度口から放たれた言葉をなかったことにするなどできはしないわけで。レンは思わず食事の手を止める。
イヴェットのハーレムの成員も、アレックスも、アレックスの友人たちも、イヴェットの言葉には同意であるらしい。ある者はうんうんとうなずいていたし、またあるものは半ば呆れた顔をしてレンを見ていたのだから。
「こんな調子で大丈夫かしら? 猛獣の檻に子ウサギを放つようなものだと思うのだけれど」
「え、ええ?! そんなにダメでしたか……?」
「ダメっていうか……ねえ」
密かに焦りだしたレンに対し、イヴェットは厳しい顔をしている。そこへ割って入ったのはアレックスだった。
「レンはダメダメだから、オレが面倒を見ますよ。学科は違いますけど、学長から生活面の面倒を見てやれって言われているんで」
「だっ、ダメダメ……?!」
レンは己のことを頼りがいがある存在だと思われているなどと考えたことはないし、しっかり者であるという自負もない。けれども人並みていどには自立が出来ていると思っていたので、年下であるアレックスの「ダメダメ」発言にはショックを受けた。
しかしイヴェットはアレックスの発言にホッとしたような顔を見せる。レンだけが場の流れに置いていかれるばかりだった。
「そう。一年生同士だし、助けてくれる人が同じ学年にいるのなら少しは安心ね。そりゃ学長もなんの考えもなくレンを受け入れたりはしないわよね。ああ、でもレン。なにかあったらすぐにわたしたちに相談してくれて構わないから」
「ありがとうございます……!」
イヴェットの手厚い言葉にレンは内心で感激した。さすがは高校生にして小規模といえどハーレムを運営しているだけのことはあるな、と思う。こういう甲斐性があるからこそ、イヴェットのハーレムの成員たちは彼女を信頼し、ついてきているのだろう。
イヴェットはレンを挟んで向こう側にいるアレックスを見やる。
「それじゃあ女子寮長として、あなたにレンのことをお願いするわね。レンはまだまだこの世界の常識には疎いみたいだから、あなたが色々と教えてあげて?」
「ええ、もちろん。それくらい、お安い御用です」
アレックスはイヴェットの言葉に胸を張って答える。レンは己がこの場で最年長なのに、幼児と同じような扱いを受けていることに密かに落ち込む。異世界にきたばかりなのであるから、そういった扱いになってしまうのは仕方がないと頭ではわかっているのだが、どうしても「二〇歳にもなって……」という考えが頭をよぎる。
「レン、アレックスとはできるだけ一緒に行動したほうがいいわ」
「……肝に銘じておきます……」
「改めてよろしくな、レン。オレのこと、頼りにしてくれていいぜ?」
「ハイ……」
腹は膨れたが心はしぼんだ。そんな体験をして初めての食堂でのおしゃべりは幕を閉じた。
その翌日からは怒涛の高校生活が始まった。
まず手配された制服の下はスカートかズボンかを選べたが、レンは当然のようにズボンを選択した。元の世界で高校生をしていたときはそんな選択肢は用意されていなかったのでスカートで過ごしていたが、似合わない自覚はあった。「オトコオンナの女装」などと陰で言われていたのをレンは知っている。
そういうわけで迷わずズボンを選んだので、全身鏡の前に立ったレンは男か女かと問われれば、一〇人中九人が「男」と答えるような装いとなった。体のラインなどは女性であるが、極端に肉づきが悪いので、どうしてもパッと見は男に見える。しかし、こちらのほうが男子ばかりの学校では目立たないだろうと考えて、これでもいいかとレンは納得する。
それから携帯端末――スマートフォンも学長から支給された。いざというときに助けを求められるし、学内で交友関係を築く上で必須だろうとの学長の慈悲によって与えられたものだ。真っ先に番号を交換したのはイヴェットである。次はアレックス。アレックスはいたずらっぽく「オレが一番じゃないのかよ」と肘でレンをつついたが、レンは華麗にスルーした。
そして学生の本分は勉強である。名門校と言えど高校生レベルだから楽々ついていけるかと思えば、まったくそんなことはなかった。さすがは名門校と言われるだけのことはある。楽勝とは行かず、レンはついていくだけで精一杯だった。
特に普通科でも習う魔法の基礎知識はちんぷんかんぷん。基礎と銘打たれているにもかかわらず、魔法のない世界からやってきたレンには異次元の話題すぎて、ノートに書き留めてもまったく理解できないのには参った。
なので、レンは一念発起した。
レンは「異世界を楽しむ」と掲げたこともあったし、学長の慈悲によってこの学校に籍を置いてもらえているという認識もあったから、勉強が出来ないという状況はマズいと考えたのだ。
レンは使えるものはすべて使った。時間、人脈、頭脳。毎日遊ぶことなく予習復習を繰り返し、イヴェットやアレックスの知恵を借りて基礎知識を頭に叩き込む。放課後は質問のため教師のもとへ通い、与えられていたお小遣いをフリートウッド校の外にある書店で参考書を購入するのに使い、基礎から応用までカバーした。
レンが異世界へきてからちょうど一ヶ月後には定期考査が控えていた。レンのこの異世界に対する知識が赤子レベルらしいということは教師陣にも伝わっていたため、考査を免除するという話も検討された。しかしレンはチャレンジする道を選んだ。その意思が固かったので、最終的にはレンも同じ内容のテストを受けられることになった。
そして――。
「勉強するのだけは得意だからね」
成績上位者が貼り出されている壁を前に、呆然とするアレックスへレンは満足げに言う。アレックスは貼り出しを何度も見て、かなり下のほうではあったが上位者としてレンが名を刻んでいるのを確認し、「ええええええーっ?!」と叫んだ。
「レンってば……色々と危なっかしいわね。心配だわ」
「……そうですか?」
年下に心配される状況にレンは内心でちょっとあわてた。先ほどの返答はそんなにイヴェットとしては「ナシ」だったのだろうか。しかし一度口から放たれた言葉をなかったことにするなどできはしないわけで。レンは思わず食事の手を止める。
イヴェットのハーレムの成員も、アレックスも、アレックスの友人たちも、イヴェットの言葉には同意であるらしい。ある者はうんうんとうなずいていたし、またあるものは半ば呆れた顔をしてレンを見ていたのだから。
「こんな調子で大丈夫かしら? 猛獣の檻に子ウサギを放つようなものだと思うのだけれど」
「え、ええ?! そんなにダメでしたか……?」
「ダメっていうか……ねえ」
密かに焦りだしたレンに対し、イヴェットは厳しい顔をしている。そこへ割って入ったのはアレックスだった。
「レンはダメダメだから、オレが面倒を見ますよ。学科は違いますけど、学長から生活面の面倒を見てやれって言われているんで」
「だっ、ダメダメ……?!」
レンは己のことを頼りがいがある存在だと思われているなどと考えたことはないし、しっかり者であるという自負もない。けれども人並みていどには自立が出来ていると思っていたので、年下であるアレックスの「ダメダメ」発言にはショックを受けた。
しかしイヴェットはアレックスの発言にホッとしたような顔を見せる。レンだけが場の流れに置いていかれるばかりだった。
「そう。一年生同士だし、助けてくれる人が同じ学年にいるのなら少しは安心ね。そりゃ学長もなんの考えもなくレンを受け入れたりはしないわよね。ああ、でもレン。なにかあったらすぐにわたしたちに相談してくれて構わないから」
「ありがとうございます……!」
イヴェットの手厚い言葉にレンは内心で感激した。さすがは高校生にして小規模といえどハーレムを運営しているだけのことはあるな、と思う。こういう甲斐性があるからこそ、イヴェットのハーレムの成員たちは彼女を信頼し、ついてきているのだろう。
イヴェットはレンを挟んで向こう側にいるアレックスを見やる。
「それじゃあ女子寮長として、あなたにレンのことをお願いするわね。レンはまだまだこの世界の常識には疎いみたいだから、あなたが色々と教えてあげて?」
「ええ、もちろん。それくらい、お安い御用です」
アレックスはイヴェットの言葉に胸を張って答える。レンは己がこの場で最年長なのに、幼児と同じような扱いを受けていることに密かに落ち込む。異世界にきたばかりなのであるから、そういった扱いになってしまうのは仕方がないと頭ではわかっているのだが、どうしても「二〇歳にもなって……」という考えが頭をよぎる。
「レン、アレックスとはできるだけ一緒に行動したほうがいいわ」
「……肝に銘じておきます……」
「改めてよろしくな、レン。オレのこと、頼りにしてくれていいぜ?」
「ハイ……」
腹は膨れたが心はしぼんだ。そんな体験をして初めての食堂でのおしゃべりは幕を閉じた。
その翌日からは怒涛の高校生活が始まった。
まず手配された制服の下はスカートかズボンかを選べたが、レンは当然のようにズボンを選択した。元の世界で高校生をしていたときはそんな選択肢は用意されていなかったのでスカートで過ごしていたが、似合わない自覚はあった。「オトコオンナの女装」などと陰で言われていたのをレンは知っている。
そういうわけで迷わずズボンを選んだので、全身鏡の前に立ったレンは男か女かと問われれば、一〇人中九人が「男」と答えるような装いとなった。体のラインなどは女性であるが、極端に肉づきが悪いので、どうしてもパッと見は男に見える。しかし、こちらのほうが男子ばかりの学校では目立たないだろうと考えて、これでもいいかとレンは納得する。
それから携帯端末――スマートフォンも学長から支給された。いざというときに助けを求められるし、学内で交友関係を築く上で必須だろうとの学長の慈悲によって与えられたものだ。真っ先に番号を交換したのはイヴェットである。次はアレックス。アレックスはいたずらっぽく「オレが一番じゃないのかよ」と肘でレンをつついたが、レンは華麗にスルーした。
そして学生の本分は勉強である。名門校と言えど高校生レベルだから楽々ついていけるかと思えば、まったくそんなことはなかった。さすがは名門校と言われるだけのことはある。楽勝とは行かず、レンはついていくだけで精一杯だった。
特に普通科でも習う魔法の基礎知識はちんぷんかんぷん。基礎と銘打たれているにもかかわらず、魔法のない世界からやってきたレンには異次元の話題すぎて、ノートに書き留めてもまったく理解できないのには参った。
なので、レンは一念発起した。
レンは「異世界を楽しむ」と掲げたこともあったし、学長の慈悲によってこの学校に籍を置いてもらえているという認識もあったから、勉強が出来ないという状況はマズいと考えたのだ。
レンは使えるものはすべて使った。時間、人脈、頭脳。毎日遊ぶことなく予習復習を繰り返し、イヴェットやアレックスの知恵を借りて基礎知識を頭に叩き込む。放課後は質問のため教師のもとへ通い、与えられていたお小遣いをフリートウッド校の外にある書店で参考書を購入するのに使い、基礎から応用までカバーした。
レンが異世界へきてからちょうど一ヶ月後には定期考査が控えていた。レンのこの異世界に対する知識が赤子レベルらしいということは教師陣にも伝わっていたため、考査を免除するという話も検討された。しかしレンはチャレンジする道を選んだ。その意思が固かったので、最終的にはレンも同じ内容のテストを受けられることになった。
そして――。
「勉強するのだけは得意だからね」
成績上位者が貼り出されている壁を前に、呆然とするアレックスへレンは満足げに言う。アレックスは貼り出しを何度も見て、かなり下のほうではあったが上位者としてレンが名を刻んでいるのを確認し、「ええええええーっ?!」と叫んだ。
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