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 翌日は寮監のジェーンに連れられて学長室まで向かい、そこで入学手続きやらなんやら、魔力測定機なるもので改めて魔力がないことを証明したり、諸々の書類に目を通しサインをする……ということを昼の鐘が鳴るまで続けることになった。

 最後に学長が書類に目を通し不備がないか確認したあと、「よろしい」という言葉でレンはようやく難解な文字の海から解放されたのであった。

 ソファの背に体を預けるレンの耳に、学長室の扉をノックする控え目な音が届く。

「イヴェット・ブルックです。レン・カンベを迎えに来ました」

 その声にレンはあわてて力を抜いていた体を動かし起き上がる。学長が「入っていいわよ」と入室の許可を与えたので、黒檀で出来ているらしい重厚な扉が静かに開く。顔を出したのはレンが思い描いていた通りの、プラチナブロンドの美少女。女子寮長のイヴェット・ブルック。年下だが、今はレンの先輩である。

 イヴェットは昨日約束した通りに、レンを食堂へ案内するついでに共に昼食を取るつもりなのだ。約束を反故にされるなどとは微塵も思っていなかったものの、時間キッカリに学長室へ迎えにきてくれたイヴェットを見るに、彼女は寮長を務めるだけあって優等生なのだろうとレンは推測する。

 美少女で優等生でおまけに面倒見もいいだなんて。おおよそ弱点など見つかりそうにないイヴェットを前に、レンは舌を巻く。

「もう昼食の時間ね。レン、行ってもいいですよ。終わったらまたこちらへ戻ってきてちょうだい。明日からの授業について説明しておきたいことがあるから」
「わかりました。それではまた終わりましたらうかがいます。……では失礼します」
「失礼します」

 レンとイヴェットは学長に頭を下げると、そろって学長室を出る。入室したときにはしんと静まり返っていた廊下も、今は昼休みに入った生徒たちの喧騒がかすかに届いている。そして学長室の外にはふたりの男子生徒が立っていた。そんなことをまったく予測していなかったレンは少なからずおどろく。

 思わずレンは不躾におどろきの目を向けてしまったが、男子生徒たちはにっこりと優雅に微笑んで済ませる。たったそれだけの所作で、粗雑なレンなどは「さすがは名門校の生徒だなあ」などと短絡的に思ってしまう。

「レン、紹介するわね。こっちの眼鏡がマーティン、こっちの金髪がフレッド。学年はわたしと同じ二年だから、あまり会う機会はないと思うけれど……」
「初めまして、レン。困ったことがあったらなんでも言ってくれて構わない」
「初めまして。イヴェットの言う通り、あまり会う機会はないだろうけれど、まあ顔くらいは覚えておいたら、なにかのときには役に立つかもしれない」

 レンはいきなり男子生徒を紹介されておっかなびっくりである。しかしイヴェットに紹介されたマーティンとフレッドは優美な微笑みを浮かべたまま、握手に慣れていないためにカチコチのレンもからかうことなく手を重ねてくれる。レンは己の高校時代を思い出して、そこにいる男子高校生と、今いるふたりのあまりの差におどろくばかりだった。

 ことさら悪く言えば、レンの男子高校生のイメージは「バカガキ」である。レンのことを「オトコオンナ」などとからかって、悪ふざけで本当に胸があるのかどうか確認しようとするような、しつけのなっていないサルみたいな「バカガキ」。レンが男ぶれなかったのはそういう「バカガキ」と一緒にされたくないと言う、ちっぽけなプライドがあったからだ。

 もちろんすべての男子高校生がそんな「バカガキ」ではないということくらい、レンにもわかっている。わかってはいるが、レンの中にあるステレオタイプ化された男子高校生と、今紹介されたふたりの第一印象があまりに違ったので感心してしまったのだ。

「ふふ。どう、カッコイイでしょ?」

 多少ひねくれた心根のレンは、イヴェットの突然の発言にすわマウントかと勘違いする。しかし彼女の言葉を聞いて、マーティンとフレッドはあきれ顔だ。

「イヴェット……そういうことを言って後輩を困らせるな。今会ったばかりなんだ」
「別にいいじゃない。自らのハーレムを自慢することは、女の嗜みよ」

 そんな嗜みがあるのか、とレンはびっくりする。「出る杭は打たれる」などというイヤなことわざがある国で育ったレンからすれば、恋人の自慢をする人間は一般的には煙たがられるものという印象がある。けれどもここは異世界。そういう認識はあまり一般的ではないのかもしれないと思い直す。

「イヴェットには困ったものだ」

 そう言いつつフレッドがイヴェットを軽く抱き寄せた。どうやら「カッコイイ」と言われたことも、レンに自慢されたことも彼はまんざらではないらしい。他方、マーティンも「やれやれ」とばかりに肩をすくめるが、それ以上イヴェットをたしなめたりはしなかった。

「えーっと……先輩たちはイヴェット先輩の……カレシなんですか?」
「ええそうよ。わたしのハーレムの自慢の男たち」

 レンに向かってそう言うイヴェットの笑みは、不思議と嫌味なところを感じさせない美しいものだった。それはレンが彼女に世話を焼かれているというバイアスがそういう風に見せているのかもしれない。

 しかしこの件でイヴェットは単に心優しい少女というわけではない、ということもレンは理解した。ハーレムを自慢するときの顔はさながら雌豹。イヴェットもまたよりよい未来のために男をハンティングすることへ、飽くなき努力をしているのだということが垣間見える。

 ――この世界の女の子って、みんなこんな感じなんだろうか。

 年下であるにもかかわらずレンよりしっかりとしているイヴェット。そんな彼女を見ていると「すごいなあ」などという感想しか抱けない。レンは己が頼りなさすぎるだけかもしれない、という真実に気づくも、ひとまず目をつぶることにした。
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