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ララタにとってパーティーなどというものは、憂鬱の気を喚起する以外に、特に意味のない催し事である。
ゴマをすられるのはうんざりだったし、逆に敵意のある目も飽き飽きだ。異世界人を見る好奇の視線も、無関心を装った冷やかな目線も、いっそ燃やしてやりたい。……もちろん、良識あるララタはそんなことをしはしないが。
特にアルフレッドと同年代か、ちょっと下のあたりのご令嬢たちの視線は、絶対零度かぎらぎらと敵愾心に燃えている。ララタは彼女らにとって明確なライバルだった。
アルフレッドと長い間そばにいる幼馴染にして、彼が慕う命の恩人。アルフレッドが恋愛感情云々を抜きにしても、ララタに好意を抱いていることはだれの目にも明らかだった。
だから年頃のご令嬢方にとって、ララタは目の上のたんこぶみたいなものだ。冴えない赤毛の異世界人がしゃしゃり出て――ってなもんである。
この世界にきたばかりのララタだったならば、きっとできるだけ身を小さくして嵐が過ぎ去るのを待っただろう。
ララタは生粋のいじめられっ子だった。自分に対し過剰に自信がなく、周囲の人間は自分をあげつらって笑うものだとばかりと思い込んでいた。
それを変えてくれたのが、アルフレッドであったり、アンブローズ翁であったり、アルフレッドの両親である王様とお后様であったり、この国の民であったり。――というわけで、ララタはそれなりに自分の相応の価値というものを理解して、つたないなりに経験を積んで、まあまあ普通の人間になれたわけだ。
だからもう、ご令嬢方の冷たい視線なんて浴びても、ララタは縮こまったりはしない。シャンと背中を伸ばして、堂々とパーティーに出された食事だって平らげられる。それがまた淑女らしからぬとしても、「ああそうですか」と受け流せるだけの強さがララタにはあった。
ララタはパーティーに浮かれる人間や、にぎやかな雰囲気自体は嫌いではない。ララタはたしかに友人というものに縁薄いが、厭世家というわけでもない。他人と深い関係を築けないのは、ただ過去の傷が深すぎるだけだ。
他人の目をあまり気にしなくなっても、受けた傷がなくなるわけではない。いじめられていた経験は、確実にララタの今の性格に影響を与えている。素直になれないのも、己の心のやわらかい部分を晒して、破滅的な展開が訪れたときが恐ろしく、耐えられないからだ。
閑話休題。ララタがパーティーを好きではないのには理由があり、ひとつがそこに集まる有象無象の存在で、ふたつは着飾らなければならないということであった。
パーティーには当然ながらドレスコードというものがある。異世界人の「魔女様」とてそれは守らねばならない。ローブに身を包んでパーティーに参加することは叶わないのである。
ララタはオシャレってやつがとんと苦手だった。そもそもがオシャレに気を使う余裕がない貧乏人だったのだ。「それでいつかはお金を稼ぐようになったらお化粧やオシャレをしたい……」などと健気に思っていたかと言われると、ララタの場合は違う。
ララタは最低限、他人を不快にしない程度のオシャレに気を遣えば、あとは魔法書を買い集めるのに必死だった。
ララタは自分が冴えない女の子だということをわかっている。そんな自分が他人を見返す方法は、オシャレではなく勉強だった。
だからララタは周囲の人間がオシャレに目覚め始める頃合いになっても、ひたすら勉強勉強勉強だったわけだ。そしてそのまま異世界に連れられてやってきた。
元の世界のララタの人生にオシャレの入る余地はなく、そして絶対に必要なものでもなかった。
しかしこの世界では違う。ララタはパーティーによく招待されるし、それが王室が主催したものであれば、普段の関係からして欠席することは困難であった。
つまり、この世界にきてララタは人並み程度のオシャレをする必要性に駆られたのである。
「うーん……赤か緑か……赤も緑ももう少し濃い目の方が大人っぽいかな? いや、ちょっと重すぎるか……?」
ドレスをとっかえひっかえ、うんうん唸っているのはララタ――ではなく、アルフレッドであった。
ところはアルフレッドの私室。持ち込まれた大量のドレスやらアクセサリーやらで部屋の床は埋まっている。そしてララタはその山の前に突っ立って、やることと言えばアルフレッドの着せ替え人形であった。
王室主催の舞踏会を前にして、アルフレッドはララタのドレスを選定するのに余念がない。ドレスを決めたら次に待つのはアクセサリーをどうするか、化粧をどうするか、ヘアセットをどうするか……というのが延々と続くわけである。ララタの心はあまり躍らなかった。
オシャレに疎いララタからすると、とりあえず流行りに関係のないドレスを選んで、ドレスの色に合わせてアクセサリーを選んで、見苦しくない化粧とヘアセットをすればいいというところである。が、しかしアルフレッドは違う。ララタとは美に対する追求心というものが根っから違う。
ララタはオシャレには疎いが、オシャレをすること自体はやぶさかではない。恋する乙女としては気になる相手の目を惹くようなオシャレができれば万々歳だ。……しかしいかんせん、その気になる相手があまりにも近くにいすぎるのは……問題かもしれない。
だからララタはアルフレッドの着せ替え人形になるのは、イヤではない。イヤではないがこれが何時間も延々と続くので、うんざりしてしまうことはある。
今のララタはワクワク半分、うんざり半分くらいまできていた。
「ララタって緑か赤のドレスばかりだよね。あと濃い青」
「髪の色がうるさいのよね。だから髪の色か目の色に合わせて、ちょっと濃さの違うものの方が無難かなって。いっそ染めてみようかしら?」
「そういう魔法でもあるの?」
「あったけど……覚えてないのよね。わたしには無縁のものと思っていたから」
「魔法以外の方法だと髪が傷みそうだね……。あ、こっちの黄色いドレスはどう? レモンイエローくらいの」
「ちょっと少女すぎない? ふんわりしすぎているというか……」
ララタだって「あれはいい」「これはダメだ」と意見は言う。意見は言うが、たいていそれはいつもの無難なセレクトに落ち着いて行く。アルフレッドはそれがちょっと不満のようだったが、不機嫌になったりはしない。あくまでララタの意見を優先してくれる。
だからララタは安心してアレコレと口を挟める――そもそもがララタの装いの話ではあるが――のであった。
「いっそ、白いドレスはどう?」
「そんなもの着て行ったらなんて言われるか!」
「そうだね。結婚式になっちゃうよね」
「……そりゃ、結婚式になったら白いドレスは着るわよ。たぶんね」
ニコニコと冗談を口するアルフレッドに、ララタは大げさに返してみる。が、実のところアルフレッドの言葉がどこまで冗談なのか、ララタにはわからずドギマギとしてしまう。
アルフレッドはまたドレス選びに没頭して、ああでもないこうでもないと頭を悩ませている。その目の前にあるドレスは白に近い淡いブルーで、ちょっと豪華にすればウェディングドレスにもありそうだな……などとララタの心に邪念が生じる。
「そう言えばさ」
「うん?」
「ララタの世界にもこういう意味はあるの? 『相手にドレスを送るってことは、その相手のことを――』」
アルフレッドは最後まで言わずに、意地悪くララタの顔を見た。
ララタの顔はほのかに赤らんでいた。急に、身にまとっているドレスが頼りないものになったような気がして、ドキドキと鼓動が速くなる。
「……なんか意外と僕の世界とララタの世界って似ているよね。どこにいても人間が考えることは同じってことなのかな」
ララタはなにか言おうとしたが、なにを言っても今は墓穴を掘りそうで躊躇した。
アルフレッドはそんなララタの前に、ドレスを一着持って歩み寄る。彼が手にしていたのは、濃いブルーのシンプルなドレス。
「今回はこれね」
「……なんで?」
「僕のお妃様だから。……僕の目と同じ色。……ダメ?」
その聞き方はズルい、とララタは思わず口をへの字に曲げた。
かろうじて口にできたのは「かりそめのね」という、いつもの可愛げのない言葉だった。けれどもその頬はちょっとだけ赤く染まっていた。アルフレッドはそれをわかっているのかいないのか、いつものようにニコニコと微笑んでいた。
ゴマをすられるのはうんざりだったし、逆に敵意のある目も飽き飽きだ。異世界人を見る好奇の視線も、無関心を装った冷やかな目線も、いっそ燃やしてやりたい。……もちろん、良識あるララタはそんなことをしはしないが。
特にアルフレッドと同年代か、ちょっと下のあたりのご令嬢たちの視線は、絶対零度かぎらぎらと敵愾心に燃えている。ララタは彼女らにとって明確なライバルだった。
アルフレッドと長い間そばにいる幼馴染にして、彼が慕う命の恩人。アルフレッドが恋愛感情云々を抜きにしても、ララタに好意を抱いていることはだれの目にも明らかだった。
だから年頃のご令嬢方にとって、ララタは目の上のたんこぶみたいなものだ。冴えない赤毛の異世界人がしゃしゃり出て――ってなもんである。
この世界にきたばかりのララタだったならば、きっとできるだけ身を小さくして嵐が過ぎ去るのを待っただろう。
ララタは生粋のいじめられっ子だった。自分に対し過剰に自信がなく、周囲の人間は自分をあげつらって笑うものだとばかりと思い込んでいた。
それを変えてくれたのが、アルフレッドであったり、アンブローズ翁であったり、アルフレッドの両親である王様とお后様であったり、この国の民であったり。――というわけで、ララタはそれなりに自分の相応の価値というものを理解して、つたないなりに経験を積んで、まあまあ普通の人間になれたわけだ。
だからもう、ご令嬢方の冷たい視線なんて浴びても、ララタは縮こまったりはしない。シャンと背中を伸ばして、堂々とパーティーに出された食事だって平らげられる。それがまた淑女らしからぬとしても、「ああそうですか」と受け流せるだけの強さがララタにはあった。
ララタはパーティーに浮かれる人間や、にぎやかな雰囲気自体は嫌いではない。ララタはたしかに友人というものに縁薄いが、厭世家というわけでもない。他人と深い関係を築けないのは、ただ過去の傷が深すぎるだけだ。
他人の目をあまり気にしなくなっても、受けた傷がなくなるわけではない。いじめられていた経験は、確実にララタの今の性格に影響を与えている。素直になれないのも、己の心のやわらかい部分を晒して、破滅的な展開が訪れたときが恐ろしく、耐えられないからだ。
閑話休題。ララタがパーティーを好きではないのには理由があり、ひとつがそこに集まる有象無象の存在で、ふたつは着飾らなければならないということであった。
パーティーには当然ながらドレスコードというものがある。異世界人の「魔女様」とてそれは守らねばならない。ローブに身を包んでパーティーに参加することは叶わないのである。
ララタはオシャレってやつがとんと苦手だった。そもそもがオシャレに気を使う余裕がない貧乏人だったのだ。「それでいつかはお金を稼ぐようになったらお化粧やオシャレをしたい……」などと健気に思っていたかと言われると、ララタの場合は違う。
ララタは最低限、他人を不快にしない程度のオシャレに気を遣えば、あとは魔法書を買い集めるのに必死だった。
ララタは自分が冴えない女の子だということをわかっている。そんな自分が他人を見返す方法は、オシャレではなく勉強だった。
だからララタは周囲の人間がオシャレに目覚め始める頃合いになっても、ひたすら勉強勉強勉強だったわけだ。そしてそのまま異世界に連れられてやってきた。
元の世界のララタの人生にオシャレの入る余地はなく、そして絶対に必要なものでもなかった。
しかしこの世界では違う。ララタはパーティーによく招待されるし、それが王室が主催したものであれば、普段の関係からして欠席することは困難であった。
つまり、この世界にきてララタは人並み程度のオシャレをする必要性に駆られたのである。
「うーん……赤か緑か……赤も緑ももう少し濃い目の方が大人っぽいかな? いや、ちょっと重すぎるか……?」
ドレスをとっかえひっかえ、うんうん唸っているのはララタ――ではなく、アルフレッドであった。
ところはアルフレッドの私室。持ち込まれた大量のドレスやらアクセサリーやらで部屋の床は埋まっている。そしてララタはその山の前に突っ立って、やることと言えばアルフレッドの着せ替え人形であった。
王室主催の舞踏会を前にして、アルフレッドはララタのドレスを選定するのに余念がない。ドレスを決めたら次に待つのはアクセサリーをどうするか、化粧をどうするか、ヘアセットをどうするか……というのが延々と続くわけである。ララタの心はあまり躍らなかった。
オシャレに疎いララタからすると、とりあえず流行りに関係のないドレスを選んで、ドレスの色に合わせてアクセサリーを選んで、見苦しくない化粧とヘアセットをすればいいというところである。が、しかしアルフレッドは違う。ララタとは美に対する追求心というものが根っから違う。
ララタはオシャレには疎いが、オシャレをすること自体はやぶさかではない。恋する乙女としては気になる相手の目を惹くようなオシャレができれば万々歳だ。……しかしいかんせん、その気になる相手があまりにも近くにいすぎるのは……問題かもしれない。
だからララタはアルフレッドの着せ替え人形になるのは、イヤではない。イヤではないがこれが何時間も延々と続くので、うんざりしてしまうことはある。
今のララタはワクワク半分、うんざり半分くらいまできていた。
「ララタって緑か赤のドレスばかりだよね。あと濃い青」
「髪の色がうるさいのよね。だから髪の色か目の色に合わせて、ちょっと濃さの違うものの方が無難かなって。いっそ染めてみようかしら?」
「そういう魔法でもあるの?」
「あったけど……覚えてないのよね。わたしには無縁のものと思っていたから」
「魔法以外の方法だと髪が傷みそうだね……。あ、こっちの黄色いドレスはどう? レモンイエローくらいの」
「ちょっと少女すぎない? ふんわりしすぎているというか……」
ララタだって「あれはいい」「これはダメだ」と意見は言う。意見は言うが、たいていそれはいつもの無難なセレクトに落ち着いて行く。アルフレッドはそれがちょっと不満のようだったが、不機嫌になったりはしない。あくまでララタの意見を優先してくれる。
だからララタは安心してアレコレと口を挟める――そもそもがララタの装いの話ではあるが――のであった。
「いっそ、白いドレスはどう?」
「そんなもの着て行ったらなんて言われるか!」
「そうだね。結婚式になっちゃうよね」
「……そりゃ、結婚式になったら白いドレスは着るわよ。たぶんね」
ニコニコと冗談を口するアルフレッドに、ララタは大げさに返してみる。が、実のところアルフレッドの言葉がどこまで冗談なのか、ララタにはわからずドギマギとしてしまう。
アルフレッドはまたドレス選びに没頭して、ああでもないこうでもないと頭を悩ませている。その目の前にあるドレスは白に近い淡いブルーで、ちょっと豪華にすればウェディングドレスにもありそうだな……などとララタの心に邪念が生じる。
「そう言えばさ」
「うん?」
「ララタの世界にもこういう意味はあるの? 『相手にドレスを送るってことは、その相手のことを――』」
アルフレッドは最後まで言わずに、意地悪くララタの顔を見た。
ララタの顔はほのかに赤らんでいた。急に、身にまとっているドレスが頼りないものになったような気がして、ドキドキと鼓動が速くなる。
「……なんか意外と僕の世界とララタの世界って似ているよね。どこにいても人間が考えることは同じってことなのかな」
ララタはなにか言おうとしたが、なにを言っても今は墓穴を掘りそうで躊躇した。
アルフレッドはそんなララタの前に、ドレスを一着持って歩み寄る。彼が手にしていたのは、濃いブルーのシンプルなドレス。
「今回はこれね」
「……なんで?」
「僕のお妃様だから。……僕の目と同じ色。……ダメ?」
その聞き方はズルい、とララタは思わず口をへの字に曲げた。
かろうじて口にできたのは「かりそめのね」という、いつもの可愛げのない言葉だった。けれどもその頬はちょっとだけ赤く染まっていた。アルフレッドはそれをわかっているのかいないのか、いつものようにニコニコと微笑んでいた。
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