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アルフレッドの両親――すなわちこの国の王様とお后様と、ララタたちの食事会はなごやかに終わった。
アルフレッドとララタはいわゆる幼馴染。これまでにも王国の問題を魔法で解決してきた実績もあって、ララタは国王夫婦から全幅の信頼を寄せられている自覚があった。
しかしそれはそれ、これはこれ。「お試し」と言えども一時的に王室の末席に並ぶのだ。それを告げたときいつもは鷹揚で心優しいふたりがどんな反応をするのか、ララタはちょっと恐ろしかった。
だがフタを開けてみれば食事会は至極なごやかなうちに終わったのである。ひとまずは安心してもいいのではないだろうかと、ララタは内心で大きな安堵の息を吐いた。
しかしまあ相手は王様だ。腹芸くらいいくらでもできることはララタも承知である。本心がどこにあるのかはわからないとはララタも思ってはいる。
表向きなごやかに受け入れられたからといって、本心から受け入れられるかどうかはまた別だ。王様はたくさんの顔を持っているものなのだ。素直ではないララタはそんなことを考える。
今思うに、よくぞこの一見隙のなさそうな王様の頭上を飛び越えてアルフレッドと出会えたものだ。魔法使いはすべて善人だとでも思っていたのだろうか? ――そんなわけはない。
しかし当時のララタは幼さも手伝ってその違和に気づくことはなかった。なんか偉そうな――アンブローズ翁が「会ってくれ、会ってくれ」と言うままに相対を果たしたわけだ。アンブローズ翁はアルフレッドの命が惜しくなかったのだろうか?
この点、しばらくしてから初対面よりも確実に親しくなったアンブローズ翁にララタは問うたことがある。
当時から后の子で王様の第一子であったアルフレッドの王位継承権は堂々の一位。
しかし先祖返りによってイレギュラー的に強大な魔力を持って生まれたアルフレッドは、その流れが乱れていたためにとにかく床に寝ついてばかりいる虚弱な子であった――というのは前述の通りである。
おそらく、成人するまで持ちはしまい。病弱は生まれつきのもので治しようがないと大陸全土の医者に匙を投げられた。
そういうわけで当時はアルフレッドの王位継承権は変わらず一位であったものの、それがいつまで続くかは怪しいところであったのだ。
病弱な第一子よりも、健康な第二子以降の、妃が産んだアルフレッドの弟たちと縁づいている貴族たちが、にわかに活気づいていた。
アンブローズ翁はそんなアルフレッドを哀れに思って、最後の頼みの「神頼み」へと挑んだわけだ。溺れる者は藁をもつかむ。それはハタから見ればバカバカしい行いだった。
しかし、神様は――いるとすれば――その願いを気まぐれを起こしたのか聞き届けた。そしてララタは異世界にやってきた……。
なぜ、ララタだったのか。神様が――いるとすれば――いじめられっ子で孤児のララタを哀れに思ったのだろうか? ……いや、きっとこれは、まったくの恐ろしい偶然だろう。素直じゃないララタはそう解釈する。
けれどもララタはこの異世界でそれなりに大事にされて生きている。なにせ古の時代に伝わる「魔法」を使う「魔女様」なのだ。
魔法があった時代の名残である魔物を倒し、災害を治め、王様からは信頼され、民草たちからは下にも置かない扱いをされている。
急に人生がイージーモードに切り替わったような気分だった。ララタはなにも変わっていない。今までに蓄えた知識を総動員して元の世界では珍しくもない魔法を行使しているだけだ。
それを思うと自分がズルをしているような気がする。ララタは素直ではないので、そうやって周囲からの称賛を受け入れることには難儀していた。
けれども元の世界に帰りたいとは思ったことはなかった。
元の世界へ帰れば、またみそっかす扱いのいじめられっ子に逆戻りだ。唯一の心残りは、もっと勉強をしておけばよかったということくらいであろうか。
それでもこちらの世界へ来てからもララタは研鑽を欠かしてはいない。王様に頼んで魔法があった時代の古文書を日夜翻訳しては勉強に役立てている。そこで味わった元の世界のありがたさは、「だれにでもわかりやすく書かれた教科書ってスゴイ」ということだった。
逆に言えばそれ以上に元の世界への未練を感じたことはない。ホームシックになる予兆すら感じたことがない。ララタは気がつけばこの異世界で唯一の「魔女様」として順応していた。
そうやって順応したから帰るのもなんだかなあ、という気もある。
しかし最大の要因は――アルフレッドだった。
瞬く間に、とはいかなかったにせよ、都合三ヶ月かけてアルフレッドの魔力の流れを正常に戻したララタは、彼からひどく感謝され「命の恩人」とまで言ってもらえた。
もちろん感謝の意を示したのはアルフレッドだけではない。アルフレッドの教育係を務めるアンブローズ翁は泣いて喜んでいたし、母親であるお后様からも感謝された。お后様はアンブローズ翁のように泣き叫ぶほどではなかったにせよ、そのまなじりには涙がそっと輝いていた。
それから父親である王様も、もちろんララタに感謝して、なんでも褒美を取らせようと言ったのだ。
そのときにはすでにララタはこの異世界に移住できるならしたいと思っていたので、そのことを告げた。
ただしこの魔法が衰退した世界ではララタは自分がかなりの危険人物である自覚があった。だから人の寄りつかぬ辺境の地に家が欲しいと乞うたのであった。
辺境の地には魔法があった時代の名残である魔物が出る。その魔物を監視できるという理由を掲げた。ララタはスムーズな移住が実現できるよう必死だった。
しかし他者の目からすれば、それは非常に謙虚で勇敢な求めであった。だれもが偉大な「魔女様」であるララタの慎ましさに感嘆を覚えた……ということを彼女自身は知らない。
とにかくその必死のアピールもあって、ララタはこの世界でまず家を得ることに成功した。
次に王様からの提案で王室お抱えの魔法使いになることが決まった。元の世界であれば出世確実の超エリートコース。しかしララタは素直ではないのではじめはそれを辞退しようとした。
しかし周囲があまりに引きとめるので、ララタは気を取り直してそのありがたい申し出を受け入れた。これで職を手に入れて、自動的に賃金も得られることになった。
とんとん拍子に進んだこのことを、まだ全快していないアルフレッドに告げると、なぜか彼はララタが王宮に住んでくれるのだと誤解した。はじめに王室お抱えの魔法使いになったと告げたからだろう。ララタはしゃべる順番を間違えたのだ。
次いでララタが王都から遠く遠く離れた辺境の地で暮らすと告げれば、アルフレッドはあからさまに落胆して見せた。それはもう、ちょっとララタの心が痛むくらいに。
だからララタは思わず口をすべらせてしまったのだ。
「殿下は魔力があるんですから、頑張ればいつでも飛んで行けますよ」
その言葉がアルフレッドに火をつけた。
以来彼は一日も欠かさず鍛錬に励んだ。規則正しい生活を送り、栄養バランスのいい食事をとり、肉体を鍛え、魔法を覚え――ララタの教え方が幸いにもよかったせいもあるだろうが――なんと一年後にはひとりで彼女の家まで文字通り飛んで行くことができるようになったのだった。これにはだれもがおどろいた。ララタもおどろいた。
アルフレッドは、はにかんだ笑顔で「ララタをおどろかせたかった」のだと告げた。ララタはそんなアルフレッドの言葉に、不覚にもキュンときてしまったものだ。
それからアルフレッドはたびたびララタの家をおとなうようになり、やがてララタも彼のことを「殿下」ではなく名前で呼び捨てるようになり、ついには愛称の「アル」で呼ぶようになった。
ふたりの距離はじわじわと、確実に縮まって――しかし限りなく近くなっても、なかなかそれ以上にはがっつりと縮まりはしなかった。
ララタには理由がわかっている。己が素直じゃないせいだと。
好意を示してくれるアルフレッドのそれが、どこまで本気なのかと計りかねている部分もあった。
けれども最大の要因はララタの中にある素直じゃない感情のせいだ。
これがある限り、自分とアルフレッドが結ばれることはない――。
そう、思っていたのだが……。
「『お試し』だと結婚式だの披露宴だのしなくていいのは楽ね」
「ララタはそういうのはしたくないの?」
「だって疲れるじゃない。お金もかかるし。アルは?」
「気持ちはわかるかな。でも王族としては義務のようなものだから」
「でしょうね」
――なんの因果か、「お試し」だけれどアルフレッドの妻になるとは……。
今、ふたりは王子に与えられた私室で今しがた終えた食事会について会話を交わしていた。
ララタが気になるのは自分の印象だ。アルフレッドは「気楽な食事会」と言ったものの、気合を入れざるを得ないのが恋する乙女心というものだ。
アルフレッドは珍しく化粧をしてめかしこんだララタを褒めそやした。もちろんそれはうれしいのだが、問題はアルフレッドのご両親――王様とお后様にどういう印象を与えられるかだった。
ララタとしては満点とはいかないまでも、及第点ではないかと思っている。アルフレッドはもちろん「満点だよ」と笑顔で告げてきたが、ララタは素直ではないのであまり納得していなかった。
あとからあとから思い出すに、「あのとき、ああしていれば!」と元が高貴ではない自分のアラが気になる。だからララタは白いカウチに寝そべって、ぐったりとした様子なのだった。
けれども一方でアルフレッドにあまり気を使わせるのはイヤだったので、話題の矛先を変えたのだ。それが結婚式や披露宴の話だった――というわけである。
ララタとしては結婚式や披露宴に夢を見なかった時代はなくはない。しかしそれなりに年を重ね、自分の性質というものを理解できた今となっては、「面倒」と思ってしまうのも事実。
冴えない自分には結婚式だの披露宴だのといった華やかな場は似合わない――。そういう思い込みをララタがしているという理由もあった。
「そうだ、『お試し』ってことはハネムーンもないのよね?」
「ハネムーン?」
「新婚旅行。結婚したばかりの夫婦で行く旅行?」
「なんで疑問形なの」
「いや、だって改めて聞かれるとは思わなかったから……。で、新婚旅行って習慣はないんだっけ?」
「ないね。一番の理由は『そんな余裕はない』ってところかな。金持ちなら別かもしれないけど。あとは魔物が出て危ない地域とかもまだまだあるから、基本的に遠出はしないというのもあるよ」
「あー……なるほど」
思えば元の世界の庶民の生活は、それなりに豊かで恵まれていたのだなとララタは思う。加えて、交通網が元の世界よりこちらの世界は貧弱だ。そういった理由もあって、「旅行」などができるのは金と時間によほど余裕のある人間に限られているのが現実である。
「それで新婚旅行ってなにするの? なんのために行くの?」
「なにって……それは」
アルフレッドの目にからかう意図はない。あまりに純真な目を向けられて、ララタは言葉に詰まった。
「し、刺激を受けたりとか」
「……ああ、そういうこと」
ララタが必死で絞り出した言葉だけで、アルフレッドはすべてを察した。
「長く交際していた場合でも、旅行先であれば新鮮な気持ちで子作りに励めるってことなんだね」
「もうちょっと言い方があるでしょ!」
「これ以上にいい言い方なんてあるかなあ? というかその反応を見ると僕の推測は間違ってないんだね。なるほど……新婚旅行か」
ララタは当然のごとく生娘だったし、年齢的にはまだ小娘といって差し支えなかった。
だからそういった性的な話題には慣れていない。今後、慣れる予定もないと本人は考えている。
一方のアルフレッドは過剰に恥ずかしがっているララタへ追い打ちをかけるように、「新婚旅行っていいね」などと言い始める始末であった。
もちろんララタはごく普通の女の子なので、好きな人――つまりアルフレッド――とのアレやコレやを想像したことはある。
そんな普段は夜にしかしない妄想が、アルフレッドの不意の言葉を受けてララタの脳内へドッと氾濫する。
それがますます恥ずかしくて、もし自分の思考が周囲に漏れていたらどうしよう、なんてことまで考えだして、ララタは必死でその桃色の妄想をかき消そうとした。
「し、新婚旅行は一概にいいものとも言えないと思う」
「なんで?」
「新婚旅行で破局することって珍しくないから。ほら、相手の今まで見えてこなかった面が見えちゃったりとかしてさ」
必死で言い募るララタを可哀想に思ったのか、アルフレッドは話題の矛先を変えてやる。しかし必死なララタを可愛いとアルフレッドが思ってしまったことは、彼女には秘密だ。
「まあどちらにせよ、私的な理由で長く王宮を離れるのは無理だろうからね」
「だよね!」
「でもふたりっきりの旅行っていうのは……あこがれるね」
「楽しいんだろうなあ」。アルフレッドのそんな言葉には、すこしだけさみしさ、のようなものがにじんでいた。
ララタはそれに気づいたけれども、アルフレッドの願いは叶えられてあげられそうにない。
この世界では「魔法使い」と言えばどんな願いでも叶えられるスーパーマンみたいな扱いである。けれども現実に「魔法使い」であるララタは、目の前にいる愛しい人のささやかな願いを叶えられない程度の「魔女様」であった。
「……今なら、ふたりっきりじゃない。アルの私室だから新鮮さはないけど」
「……それもそうだね」
「あ! もちろんわたしはかりそめの妻だから、ふたりっきりになっても困るとか! そういうことはちゃんと理解してるから!」
あわてて言い訳めいた言葉を口にするララタの必死な様子が、アルフレッドには愛らしく映る。
そして今はかりそめだけれど、ララタを妃にしてよかったと、アルフレッドは心の中でそっと噛みしめるように思うのであった。
アルフレッドとララタはいわゆる幼馴染。これまでにも王国の問題を魔法で解決してきた実績もあって、ララタは国王夫婦から全幅の信頼を寄せられている自覚があった。
しかしそれはそれ、これはこれ。「お試し」と言えども一時的に王室の末席に並ぶのだ。それを告げたときいつもは鷹揚で心優しいふたりがどんな反応をするのか、ララタはちょっと恐ろしかった。
だがフタを開けてみれば食事会は至極なごやかなうちに終わったのである。ひとまずは安心してもいいのではないだろうかと、ララタは内心で大きな安堵の息を吐いた。
しかしまあ相手は王様だ。腹芸くらいいくらでもできることはララタも承知である。本心がどこにあるのかはわからないとはララタも思ってはいる。
表向きなごやかに受け入れられたからといって、本心から受け入れられるかどうかはまた別だ。王様はたくさんの顔を持っているものなのだ。素直ではないララタはそんなことを考える。
今思うに、よくぞこの一見隙のなさそうな王様の頭上を飛び越えてアルフレッドと出会えたものだ。魔法使いはすべて善人だとでも思っていたのだろうか? ――そんなわけはない。
しかし当時のララタは幼さも手伝ってその違和に気づくことはなかった。なんか偉そうな――アンブローズ翁が「会ってくれ、会ってくれ」と言うままに相対を果たしたわけだ。アンブローズ翁はアルフレッドの命が惜しくなかったのだろうか?
この点、しばらくしてから初対面よりも確実に親しくなったアンブローズ翁にララタは問うたことがある。
当時から后の子で王様の第一子であったアルフレッドの王位継承権は堂々の一位。
しかし先祖返りによってイレギュラー的に強大な魔力を持って生まれたアルフレッドは、その流れが乱れていたためにとにかく床に寝ついてばかりいる虚弱な子であった――というのは前述の通りである。
おそらく、成人するまで持ちはしまい。病弱は生まれつきのもので治しようがないと大陸全土の医者に匙を投げられた。
そういうわけで当時はアルフレッドの王位継承権は変わらず一位であったものの、それがいつまで続くかは怪しいところであったのだ。
病弱な第一子よりも、健康な第二子以降の、妃が産んだアルフレッドの弟たちと縁づいている貴族たちが、にわかに活気づいていた。
アンブローズ翁はそんなアルフレッドを哀れに思って、最後の頼みの「神頼み」へと挑んだわけだ。溺れる者は藁をもつかむ。それはハタから見ればバカバカしい行いだった。
しかし、神様は――いるとすれば――その願いを気まぐれを起こしたのか聞き届けた。そしてララタは異世界にやってきた……。
なぜ、ララタだったのか。神様が――いるとすれば――いじめられっ子で孤児のララタを哀れに思ったのだろうか? ……いや、きっとこれは、まったくの恐ろしい偶然だろう。素直じゃないララタはそう解釈する。
けれどもララタはこの異世界でそれなりに大事にされて生きている。なにせ古の時代に伝わる「魔法」を使う「魔女様」なのだ。
魔法があった時代の名残である魔物を倒し、災害を治め、王様からは信頼され、民草たちからは下にも置かない扱いをされている。
急に人生がイージーモードに切り替わったような気分だった。ララタはなにも変わっていない。今までに蓄えた知識を総動員して元の世界では珍しくもない魔法を行使しているだけだ。
それを思うと自分がズルをしているような気がする。ララタは素直ではないので、そうやって周囲からの称賛を受け入れることには難儀していた。
けれども元の世界に帰りたいとは思ったことはなかった。
元の世界へ帰れば、またみそっかす扱いのいじめられっ子に逆戻りだ。唯一の心残りは、もっと勉強をしておけばよかったということくらいであろうか。
それでもこちらの世界へ来てからもララタは研鑽を欠かしてはいない。王様に頼んで魔法があった時代の古文書を日夜翻訳しては勉強に役立てている。そこで味わった元の世界のありがたさは、「だれにでもわかりやすく書かれた教科書ってスゴイ」ということだった。
逆に言えばそれ以上に元の世界への未練を感じたことはない。ホームシックになる予兆すら感じたことがない。ララタは気がつけばこの異世界で唯一の「魔女様」として順応していた。
そうやって順応したから帰るのもなんだかなあ、という気もある。
しかし最大の要因は――アルフレッドだった。
瞬く間に、とはいかなかったにせよ、都合三ヶ月かけてアルフレッドの魔力の流れを正常に戻したララタは、彼からひどく感謝され「命の恩人」とまで言ってもらえた。
もちろん感謝の意を示したのはアルフレッドだけではない。アルフレッドの教育係を務めるアンブローズ翁は泣いて喜んでいたし、母親であるお后様からも感謝された。お后様はアンブローズ翁のように泣き叫ぶほどではなかったにせよ、そのまなじりには涙がそっと輝いていた。
それから父親である王様も、もちろんララタに感謝して、なんでも褒美を取らせようと言ったのだ。
そのときにはすでにララタはこの異世界に移住できるならしたいと思っていたので、そのことを告げた。
ただしこの魔法が衰退した世界ではララタは自分がかなりの危険人物である自覚があった。だから人の寄りつかぬ辺境の地に家が欲しいと乞うたのであった。
辺境の地には魔法があった時代の名残である魔物が出る。その魔物を監視できるという理由を掲げた。ララタはスムーズな移住が実現できるよう必死だった。
しかし他者の目からすれば、それは非常に謙虚で勇敢な求めであった。だれもが偉大な「魔女様」であるララタの慎ましさに感嘆を覚えた……ということを彼女自身は知らない。
とにかくその必死のアピールもあって、ララタはこの世界でまず家を得ることに成功した。
次に王様からの提案で王室お抱えの魔法使いになることが決まった。元の世界であれば出世確実の超エリートコース。しかしララタは素直ではないのではじめはそれを辞退しようとした。
しかし周囲があまりに引きとめるので、ララタは気を取り直してそのありがたい申し出を受け入れた。これで職を手に入れて、自動的に賃金も得られることになった。
とんとん拍子に進んだこのことを、まだ全快していないアルフレッドに告げると、なぜか彼はララタが王宮に住んでくれるのだと誤解した。はじめに王室お抱えの魔法使いになったと告げたからだろう。ララタはしゃべる順番を間違えたのだ。
次いでララタが王都から遠く遠く離れた辺境の地で暮らすと告げれば、アルフレッドはあからさまに落胆して見せた。それはもう、ちょっとララタの心が痛むくらいに。
だからララタは思わず口をすべらせてしまったのだ。
「殿下は魔力があるんですから、頑張ればいつでも飛んで行けますよ」
その言葉がアルフレッドに火をつけた。
以来彼は一日も欠かさず鍛錬に励んだ。規則正しい生活を送り、栄養バランスのいい食事をとり、肉体を鍛え、魔法を覚え――ララタの教え方が幸いにもよかったせいもあるだろうが――なんと一年後にはひとりで彼女の家まで文字通り飛んで行くことができるようになったのだった。これにはだれもがおどろいた。ララタもおどろいた。
アルフレッドは、はにかんだ笑顔で「ララタをおどろかせたかった」のだと告げた。ララタはそんなアルフレッドの言葉に、不覚にもキュンときてしまったものだ。
それからアルフレッドはたびたびララタの家をおとなうようになり、やがてララタも彼のことを「殿下」ではなく名前で呼び捨てるようになり、ついには愛称の「アル」で呼ぶようになった。
ふたりの距離はじわじわと、確実に縮まって――しかし限りなく近くなっても、なかなかそれ以上にはがっつりと縮まりはしなかった。
ララタには理由がわかっている。己が素直じゃないせいだと。
好意を示してくれるアルフレッドのそれが、どこまで本気なのかと計りかねている部分もあった。
けれども最大の要因はララタの中にある素直じゃない感情のせいだ。
これがある限り、自分とアルフレッドが結ばれることはない――。
そう、思っていたのだが……。
「『お試し』だと結婚式だの披露宴だのしなくていいのは楽ね」
「ララタはそういうのはしたくないの?」
「だって疲れるじゃない。お金もかかるし。アルは?」
「気持ちはわかるかな。でも王族としては義務のようなものだから」
「でしょうね」
――なんの因果か、「お試し」だけれどアルフレッドの妻になるとは……。
今、ふたりは王子に与えられた私室で今しがた終えた食事会について会話を交わしていた。
ララタが気になるのは自分の印象だ。アルフレッドは「気楽な食事会」と言ったものの、気合を入れざるを得ないのが恋する乙女心というものだ。
アルフレッドは珍しく化粧をしてめかしこんだララタを褒めそやした。もちろんそれはうれしいのだが、問題はアルフレッドのご両親――王様とお后様にどういう印象を与えられるかだった。
ララタとしては満点とはいかないまでも、及第点ではないかと思っている。アルフレッドはもちろん「満点だよ」と笑顔で告げてきたが、ララタは素直ではないのであまり納得していなかった。
あとからあとから思い出すに、「あのとき、ああしていれば!」と元が高貴ではない自分のアラが気になる。だからララタは白いカウチに寝そべって、ぐったりとした様子なのだった。
けれども一方でアルフレッドにあまり気を使わせるのはイヤだったので、話題の矛先を変えたのだ。それが結婚式や披露宴の話だった――というわけである。
ララタとしては結婚式や披露宴に夢を見なかった時代はなくはない。しかしそれなりに年を重ね、自分の性質というものを理解できた今となっては、「面倒」と思ってしまうのも事実。
冴えない自分には結婚式だの披露宴だのといった華やかな場は似合わない――。そういう思い込みをララタがしているという理由もあった。
「そうだ、『お試し』ってことはハネムーンもないのよね?」
「ハネムーン?」
「新婚旅行。結婚したばかりの夫婦で行く旅行?」
「なんで疑問形なの」
「いや、だって改めて聞かれるとは思わなかったから……。で、新婚旅行って習慣はないんだっけ?」
「ないね。一番の理由は『そんな余裕はない』ってところかな。金持ちなら別かもしれないけど。あとは魔物が出て危ない地域とかもまだまだあるから、基本的に遠出はしないというのもあるよ」
「あー……なるほど」
思えば元の世界の庶民の生活は、それなりに豊かで恵まれていたのだなとララタは思う。加えて、交通網が元の世界よりこちらの世界は貧弱だ。そういった理由もあって、「旅行」などができるのは金と時間によほど余裕のある人間に限られているのが現実である。
「それで新婚旅行ってなにするの? なんのために行くの?」
「なにって……それは」
アルフレッドの目にからかう意図はない。あまりに純真な目を向けられて、ララタは言葉に詰まった。
「し、刺激を受けたりとか」
「……ああ、そういうこと」
ララタが必死で絞り出した言葉だけで、アルフレッドはすべてを察した。
「長く交際していた場合でも、旅行先であれば新鮮な気持ちで子作りに励めるってことなんだね」
「もうちょっと言い方があるでしょ!」
「これ以上にいい言い方なんてあるかなあ? というかその反応を見ると僕の推測は間違ってないんだね。なるほど……新婚旅行か」
ララタは当然のごとく生娘だったし、年齢的にはまだ小娘といって差し支えなかった。
だからそういった性的な話題には慣れていない。今後、慣れる予定もないと本人は考えている。
一方のアルフレッドは過剰に恥ずかしがっているララタへ追い打ちをかけるように、「新婚旅行っていいね」などと言い始める始末であった。
もちろんララタはごく普通の女の子なので、好きな人――つまりアルフレッド――とのアレやコレやを想像したことはある。
そんな普段は夜にしかしない妄想が、アルフレッドの不意の言葉を受けてララタの脳内へドッと氾濫する。
それがますます恥ずかしくて、もし自分の思考が周囲に漏れていたらどうしよう、なんてことまで考えだして、ララタは必死でその桃色の妄想をかき消そうとした。
「し、新婚旅行は一概にいいものとも言えないと思う」
「なんで?」
「新婚旅行で破局することって珍しくないから。ほら、相手の今まで見えてこなかった面が見えちゃったりとかしてさ」
必死で言い募るララタを可哀想に思ったのか、アルフレッドは話題の矛先を変えてやる。しかし必死なララタを可愛いとアルフレッドが思ってしまったことは、彼女には秘密だ。
「まあどちらにせよ、私的な理由で長く王宮を離れるのは無理だろうからね」
「だよね!」
「でもふたりっきりの旅行っていうのは……あこがれるね」
「楽しいんだろうなあ」。アルフレッドのそんな言葉には、すこしだけさみしさ、のようなものがにじんでいた。
ララタはそれに気づいたけれども、アルフレッドの願いは叶えられてあげられそうにない。
この世界では「魔法使い」と言えばどんな願いでも叶えられるスーパーマンみたいな扱いである。けれども現実に「魔法使い」であるララタは、目の前にいる愛しい人のささやかな願いを叶えられない程度の「魔女様」であった。
「……今なら、ふたりっきりじゃない。アルの私室だから新鮮さはないけど」
「……それもそうだね」
「あ! もちろんわたしはかりそめの妻だから、ふたりっきりになっても困るとか! そういうことはちゃんと理解してるから!」
あわてて言い訳めいた言葉を口にするララタの必死な様子が、アルフレッドには愛らしく映る。
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それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
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