3 / 8
(3)
しおりを挟む
「どうしてこうなったんだろう」と思わず遠い目をしてしまう。
特に近頃はそのように思う機会が多いような気がする。ガーネットとの同居だって、そうだ。占術の結果とはわかっていても、やはり「どうしてこうなったんだろう」と思わざるを得ない。
わたしはもう一度心の中で「どうしてこんなことに……」とつぶやきつつ、小さくため息をついた。
「ローザ!」
あわてた様子のガーネットの声が聞こえて、次いでわたしの目が彼の姿を捉える。
ガーネットを見ると、複雑な気持ちが湧き上がるのは前々からそうだった。つまり、彼の「運命の相手」になる前からそうだったという話だ。
今はそこに気まずさやうしろめたさ、叱られやしないかと、ガーネットの態度を恐れる気持ちが加わっている。
なにせ、わたしが今いる場所が場所だ。
「びっくりした。警察署にいるって聞いたから」
そう、わたしは今警察署の中にいる。
もちろん、わたしがなにか悪いことをしたわけではない。ただ事件に巻き込まれただけだ。
そして右の足首をひどくくじいた。
警察署は病院ではないから松葉杖なんてないし、事件に巻き込まれたあととあっては、だれか親しいひとに迎えにきてもらったほうがいいと強く言われて、わたしは渋々ガーネットに連絡を取った。
ガーネットは肩を大きく揺らして、息を切らせている。連絡を受け取ってすぐに警察署までそれこそ飛ぶ勢いできてくれたのだろうということは、すぐにわかった。
電話越しではあったけれども、口頭で大まかな成り行きは説明してある。それでもガーネットは急いできてくれたのだ。それが、じんわりとうれしい。
けれどもやはり申し訳なさのほうが先に立つ。ガーネットの気を無駄に揉ませたことはたしかだからだ。
始まりはなんてことない、迷子を捜してくれないかという話だった。
近所に住む女の子の姿が見えないとかで、正確には迷子ではないだろうが、困っているので助けて欲しいと乞われては、断るほうがよほど面倒だろう。
ましてやわたしはこれでも一応占術を習う学生だ。近所のひとももちろんそのことを知っていたから、わたしに頼んできた理由はすぐにわかった。
とは言え、イヤイヤやったというわけではない。他人との距離が近い田舎育ちということもあって、こういう付き合いはわたしにとっては苦痛ではなかった。
ただ、ガーネットと違って半人前の占術師であるわたしがどれほどの役に立てるのかは未知数だった。
わたしの目は昼でも星を捉えられる、星見の目をしていた。その日の体調は万全だったし、星々の輝きからわたしは女の子の居場所を知ることができた。それはとても幸運なことだった。
女の子は人さらいに拉致されて、ある場所に監禁されていた。さすがにそこまで星を見ていなかったわたしは困惑したし、続く騒動で足首を思い切りくじいた。――そういうわけで、今警察署にいる。
ガーネットを前にして改めてその経緯を順序だてて話せば、ガーネットはちょっと目を丸くしたあと、小さいため息をついた。
わたしはそんなガーネットを見て、怒られるのかなと身構える。
でも、仕方がないじゃない。占術で術者自身の運命を見ることはできないのだから、この怪我はどうやったってわたしには予測できなかったものだ。
そんな言い訳をする準備をしていたが、ガーネットから出てきた言葉はわたしの予想から外れていた。
「タクシーでここまできたから、帰りもそうしよう。それで途中で医者に寄ろう」
「う、うん……」
「医者なんて大げさな」と思ったけれども、歩くたびに足首が痛むということは、わたしが思うより重傷なのかもしれない。
それになにより、ガーネットの目が「有無を言わせない」とばかりに力強かったので、わたしはうなずくことしかできなかった。
「ローザってスポーツの授業は残ってたっけ?」
「ううん。もう全部終わってるよ」
「そう。じゃあ学園には通えるだろうけれど……痛いなら休んだほうがいいね」
もう卒業が近いので、必要な単位を取り終わっている教科もいくらかあった。スポーツはその中に入っていたので、ガーネットの言う通り座学に出るだけなら問題はないだろう。
「そんなに痛くないから、学園には行くよ」
「あとから痛くなってくるかもしれない」
「心配しすぎだよ」
「するよ。だって、ローザの体なんだから」
わたしは目をぱちくりとさせたあと、腑に落ちた。
そうだ、わたしはガーネットの「運命の相手」なのだ。もう、ただの仲のいい幼馴染、じゃない。
ガーネットの「運命の相手」ということは、彼の子供を産むのにもっとも最適な女性であることを意味する。
わたしの体はわたしのものだけれど、もうわたしだけのものではないのだ。
そう思うと、奇妙な気持ちになった。むずがゆいような、心臓をズタズタに引き裂かれたような。相反する感覚がわたしを襲う。
「うん……わかってる」
「わかってる」。そう己に言い聞かせる。
ガーネットはわたしのことが好きだから、いっしょに暮らしているのではない。わたしが好きだから、体を繋げているのではない。
すべては義務だ。
義務感が、ガーネットにそれらをさせる。
ガーネットは真面目で、優しい人間だから、わたしを粗末には扱わないけれど――
「わかってるから、だいじょうぶ」
義務で繋がった関係なのだと、わたしは肝に銘じておかなければならない。
勘違いを、してはいけない。
特に近頃はそのように思う機会が多いような気がする。ガーネットとの同居だって、そうだ。占術の結果とはわかっていても、やはり「どうしてこうなったんだろう」と思わざるを得ない。
わたしはもう一度心の中で「どうしてこんなことに……」とつぶやきつつ、小さくため息をついた。
「ローザ!」
あわてた様子のガーネットの声が聞こえて、次いでわたしの目が彼の姿を捉える。
ガーネットを見ると、複雑な気持ちが湧き上がるのは前々からそうだった。つまり、彼の「運命の相手」になる前からそうだったという話だ。
今はそこに気まずさやうしろめたさ、叱られやしないかと、ガーネットの態度を恐れる気持ちが加わっている。
なにせ、わたしが今いる場所が場所だ。
「びっくりした。警察署にいるって聞いたから」
そう、わたしは今警察署の中にいる。
もちろん、わたしがなにか悪いことをしたわけではない。ただ事件に巻き込まれただけだ。
そして右の足首をひどくくじいた。
警察署は病院ではないから松葉杖なんてないし、事件に巻き込まれたあととあっては、だれか親しいひとに迎えにきてもらったほうがいいと強く言われて、わたしは渋々ガーネットに連絡を取った。
ガーネットは肩を大きく揺らして、息を切らせている。連絡を受け取ってすぐに警察署までそれこそ飛ぶ勢いできてくれたのだろうということは、すぐにわかった。
電話越しではあったけれども、口頭で大まかな成り行きは説明してある。それでもガーネットは急いできてくれたのだ。それが、じんわりとうれしい。
けれどもやはり申し訳なさのほうが先に立つ。ガーネットの気を無駄に揉ませたことはたしかだからだ。
始まりはなんてことない、迷子を捜してくれないかという話だった。
近所に住む女の子の姿が見えないとかで、正確には迷子ではないだろうが、困っているので助けて欲しいと乞われては、断るほうがよほど面倒だろう。
ましてやわたしはこれでも一応占術を習う学生だ。近所のひとももちろんそのことを知っていたから、わたしに頼んできた理由はすぐにわかった。
とは言え、イヤイヤやったというわけではない。他人との距離が近い田舎育ちということもあって、こういう付き合いはわたしにとっては苦痛ではなかった。
ただ、ガーネットと違って半人前の占術師であるわたしがどれほどの役に立てるのかは未知数だった。
わたしの目は昼でも星を捉えられる、星見の目をしていた。その日の体調は万全だったし、星々の輝きからわたしは女の子の居場所を知ることができた。それはとても幸運なことだった。
女の子は人さらいに拉致されて、ある場所に監禁されていた。さすがにそこまで星を見ていなかったわたしは困惑したし、続く騒動で足首を思い切りくじいた。――そういうわけで、今警察署にいる。
ガーネットを前にして改めてその経緯を順序だてて話せば、ガーネットはちょっと目を丸くしたあと、小さいため息をついた。
わたしはそんなガーネットを見て、怒られるのかなと身構える。
でも、仕方がないじゃない。占術で術者自身の運命を見ることはできないのだから、この怪我はどうやったってわたしには予測できなかったものだ。
そんな言い訳をする準備をしていたが、ガーネットから出てきた言葉はわたしの予想から外れていた。
「タクシーでここまできたから、帰りもそうしよう。それで途中で医者に寄ろう」
「う、うん……」
「医者なんて大げさな」と思ったけれども、歩くたびに足首が痛むということは、わたしが思うより重傷なのかもしれない。
それになにより、ガーネットの目が「有無を言わせない」とばかりに力強かったので、わたしはうなずくことしかできなかった。
「ローザってスポーツの授業は残ってたっけ?」
「ううん。もう全部終わってるよ」
「そう。じゃあ学園には通えるだろうけれど……痛いなら休んだほうがいいね」
もう卒業が近いので、必要な単位を取り終わっている教科もいくらかあった。スポーツはその中に入っていたので、ガーネットの言う通り座学に出るだけなら問題はないだろう。
「そんなに痛くないから、学園には行くよ」
「あとから痛くなってくるかもしれない」
「心配しすぎだよ」
「するよ。だって、ローザの体なんだから」
わたしは目をぱちくりとさせたあと、腑に落ちた。
そうだ、わたしはガーネットの「運命の相手」なのだ。もう、ただの仲のいい幼馴染、じゃない。
ガーネットの「運命の相手」ということは、彼の子供を産むのにもっとも最適な女性であることを意味する。
わたしの体はわたしのものだけれど、もうわたしだけのものではないのだ。
そう思うと、奇妙な気持ちになった。むずがゆいような、心臓をズタズタに引き裂かれたような。相反する感覚がわたしを襲う。
「うん……わかってる」
「わかってる」。そう己に言い聞かせる。
ガーネットはわたしのことが好きだから、いっしょに暮らしているのではない。わたしが好きだから、体を繋げているのではない。
すべては義務だ。
義務感が、ガーネットにそれらをさせる。
ガーネットは真面目で、優しい人間だから、わたしを粗末には扱わないけれど――
「わかってるから、だいじょうぶ」
義務で繋がった関係なのだと、わたしは肝に銘じておかなければならない。
勘違いを、してはいけない。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
婚約破棄ですか?はい喜んで!~それでは次は戦場でお会いいたしましょう♡~
てんてんどんどん
恋愛
公爵令嬢フローラ。
彼女は母の死を機に父に恨まれ、使用人たちからも不遇の扱いをうけていた。
そして無理やり婚約させられた王子にはすでに聖女の恋人が存在。
二人から執拗な嫌がらせを受ける日々。
食事とだされた粗末なスープとパンを前にフローラは思う。
生きていても意味がない。このまま死んだ方がみな喜ぶはず――。
生きる事に絶望した彼女は目の前の毒薬を飲み干した。
こうして物語は動き出す。
薄幸の公爵令嬢と、隣国王子の転魂もの。
女 ←→ 男 の身体入れ替わり。
気弱令嬢の中にはいった隣国王子が気弱令嬢のために、富と権力と人脈駆使で気弱令嬢を虐めてた連中をひたすらざまぁするお話。
※超ご都合主義。深く考えたらきっと負け
※男女体入れ替わり注意
※よくある婚約破棄テンプレ
愛を知ってしまった君は
梅雨の人
恋愛
愛妻家で有名な夫ノアが、夫婦の寝室で妻の親友カミラと交わっているのを目の当たりにした妻ルビー。
実家に戻ったルビーはノアに離縁を迫る。
離縁をどうにか回避したいノアは、ある誓約書にサインすることに。
妻を誰よりも愛している夫ノアと愛を教えてほしいという妻ルビー。
二人の行きつく先はーーーー。
私が公爵の本当の娘ではないことを知った婚約者は、騙されたと激怒し婚約破棄を告げました。
Mayoi
恋愛
ウェスリーは婚約者のオリビアの出自を調べ、公爵の実の娘ではないことを知った。
そのようなことは婚約前に伝えられておらず、騙されたと激怒しオリビアに婚約破棄を告げた。
二人の婚約は大公が認めたものであり、一方的に非難し婚約破棄したウェスリーが無事でいられるはずがない。
自分の正しさを信じて疑わないウェスリーは自滅の道を歩む。
幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました
鹿乃目めのか
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。
ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。
失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。
主人公が本当の愛を手に入れる話。
独自設定のファンタジーです。
さくっと読める短編です。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
欲しいというなら、あげましょう。婚約破棄したら返品は受け付けません。
キョウキョウ
恋愛
侯爵令嬢のヴィオラは、人の欲しがるものを惜しみなく与える癖があった。妹のリリアンに人形をねだられれば快く差し出し、友人が欲しがる小物も迷わず送った。
「自分より強く欲しいと願う人がいるなら、譲るべき」それが彼女の信念だった。
そんなヴィオラは、突然の婚約破棄が告げられる。婚約者である公爵家の御曹司ルーカスは、ヴィオラを「無能」呼ばわりし、妹のリリアンを新たな婚約者に選ぶ。
幼い頃から妹に欲しがられるものを全て与え続けてきたヴィオラだったが、まさか婚約者まで奪われるとは思ってもみなかった。
婚約相手がいなくなったヴィオラに、縁談の話が舞い込む。その相手とは、若手貴族当主のジェイミーという男。
先日ヴィオラに窮地を救ってもらった彼は、恩返しがしたいと申し出るのだった。ヴィオラの「贈り物」があったからこそ、絶体絶命のピンチを脱することができたのだと。
※設定ゆるめ、ご都合主義の作品です。
※カクヨムにも掲載中です。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる