魔宮

やなぎ怜

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 一宏は目を覚ました。

 ガンガンと鍋の底でも叩いているかのような音が、一宏の頭を揺さぶった。

 次いで鮮明さを取り戻し始めた視界に移ったのは、見事な天蓋。

 目だけで周囲を見渡せば、やたらに広く薄暗い部屋の中心部に、これまた大きなベッドが備えつけられており、一宏はそこに寝そべっていることがわかった。

 なんでこんなところに?

 一宏は混乱した。そしてどうしてこうなったのか、必死で思い出そうとした。

 予想だにしない事態に、一宏の心臓はドクドクと嫌な感じに鼓動を立てている。

 体は熱かった。じっとりと汗をかいていて、股間ではペニスが勃起し、その亀頭は腹につきそうだった。

 一宏はたしか、間宮に家へと招かれて、以前来たときと同じ白いティーポットとカップを出された。

 ティーポットの中身は以前と同じお茶だった。それに口をつけた。……それから、記憶が飛んでいる。

 一宏は焦りを覚えた。一瞬、間宮兄にハメられたのかという、被害妄想すら脳裏を駆け巡る。

 しかしその疑念も、すぐに氷解した。

「起きた? 一宏さま……」

 どこか楽しげな様子を漂わせて、どこから現れたのか、間宮がベッドのふちに膝を乗せる。

 その重みで、ベッドのスプリングがかすかに鳴るのを、一宏は背中で聞いた。

 一宏は、体を動かそうと思った。けれども手足の先はしびれたようになって、動かない。

 じんわりとにぶい手足の先端とは対照的に、体の中心部――主に股間部――の肌は敏感になっていて、ちょっとした空気の流れも察知できた。

「しよっか、一宏さま」

 間宮は一宏に覆いかぶさり、馬乗りになると、にやりと笑った。

 どこか奇妙に歪んだその笑みは、美しくもあり、同時に底知れぬ不気味さも湛えていた。

 間宮が腰を浮かす。

 勃起した一宏のペニスを手にとって、自身の肛門へとその亀頭をあてがう。

 一宏は間宮の名を呼ぼうとした。

 呼んでから、どうしようとしたのかまではわからない。

 恐らく、この理解不能な状況について問い質そうとしたのだろう。

 けれどもそんな思考は、ペニスから直接脳を直撃する快楽にかき消された。

 それは、今までに感じたことのないほどの、圧倒的な快感だった。

 ペニス全体が敏感に反応して、より強い刺激を求める。

 それに応えるように間宮のトロトロの腸壁は食い締めるように一宏のペニスをくわえ込んだ。

 びくびくと腸内がわなないて、小刻みに一宏のペニスへ刺激を送る。

 そこに間宮の上下左右の腰の動きが加わって、一宏に無上の快楽を与えた。

 あっという間に、一宏は射精を迎えた。

 間宮の中でだらしなく精液を垂れ流す。

 その射精される感覚を受けてうめく間宮を見ながら、一宏はふと冷静さを取り戻した頭で周囲を見やった。

 暗闇に、目が慣れたのだろうか?

 先ほどよりも部屋の中を見渡せた。

 部屋の中には、人がいた。

 薄暗い部屋の中にひしめき合う、無数の人、人、人、人、人……。

 みなぼうっと、その場に突っ立っている。

 人間はみな男だった。そしてみな服を着ていない。全裸だ。

 そしてもっとも異常なのは、彼らの目に生気が宿っていない点だった。

 濁った目でぼんやりと中空へ視線をやり、なにも身に着けていない姿のまま、一宏たちがいるベッドを取り囲むように、棒立ちになっている。

「気がついた?」

 至極楽しげな様子で、間宮が一宏の顔を覗き込んだ。

 間宮は一宏の顔の横に手を置いて、にやにやとした顔で一宏を見下ろしている。

 一宏はそんな間宮の様子に、心がざわついた。

 明らかに、異常だった。

 それを、肌で、空気で、感じる。

「まみ、や……」
「一宏さま、紹介するね」

 一宏は声を出そうとしたが、舌がしびれていて上手く回らなかった。

 舌ったらずな声で間宮の名を呼んだが、間宮はそれを意に介した様子はない。

 一宏はなにか情報を拾い上げようと、せわしなく視線をさまよわせた。

 そしてそのうちに気づいた。

 無数に立ち並ぶ全裸の男たちのなかに、間宮兄の姿があることに。

 間宮兄を一宏が見つけたことに、間宮は気づいたらしい。

 くすくすと声を上げて一宏から視線を外し、間宮兄が立つ方向へ振り返った。

「これ、みーんな俺の精子貯蔵庫なんだよ」

 一宏は、「はあ?」と疑問の声を上げようとしたが、それは言葉にならず、吐息として出るだけだった。

 わけがわからずに、間宮の顔を見る。

 間宮の美しい顔はニタニタといやらしく歪んで、一宏の顔を見下ろしていた。

 そしておもむろに一宏の勃起したままのペニスを手に取ると、再び肛門にくわえ込ませた。

「おっ、お……!」

 先ほど射精したばかりで敏感な亀頭が、再び熱々の腸壁に包まれる。

 ぎゅぎゅっと幹を締めつける間宮の腸内の動きで、一宏は強制的に脳に快楽を送り込まれた。

 一宏の腰はびくびくと跳ねて、ベッドから尻が浮かぶ。

 間宮はそれを見て面白そうに騎乗位のまま腰を上下に動かした。

「俺、人間だけど人間じゃないっていうか……ここがまだ山だったころに遠いところから来たんだよね。それでここに住み始めた。残念なことに俺はひとりじゃ生殖できないから、ちょくちょく里に下りて人間と交配してたんだ。美人って言うの? なんか俺はそういう顔らしいんだよね。だから生殖活動には苦労しなかったよ。向こうからほいほいやって来てくれるんだもの。それで俺はさ、次の俺の体を産むのも必要なんだけど、眷属って言うの? まあそういうのも産まないといけないからさ、そのうちに里にいちいち下りるのが面倒になったんだよね。だから攫ってきていつでも精子が出てくる貯蔵庫にしちゃえばいいんだ! って思ってさ。俺が『兄さん』って呼んでたのも単なる精子貯蔵庫で別に『兄』でもなんでもないんだよね。気づかなかった? 全然似てないでしょ? いたほうが都合がいいこともあるから知性は残してたんだけど、どうも俺と交わるたびにそういうのって退化していっちゃうみたいでさ~……『兄さん』ももう限界かなって感じで……」

 一宏は、間宮がピストン運動をするたびに理性と、もっと大事ななにかが擦り切れていくような気がした。

 その、大事ななにかは一宏を一宏たらしめる部分なのだろう。

 けれども一宏にはもう、それを考えるだけの力は残されていなかった。

「一宏さま、途中で気づかなかったの? あんな都合良く人間がアンアン言うわけないし、素直に奴隷になるわけないじゃない。あー……でも写真撮ってないのに持ってる風に言ってきたのは面白かったなあ。よく考えたなあって思ったもん。俺のああいう場面を見た男はみんなアレコレ手を回して俺を犯そうとするんだけど、半分くらいは後先考えずに襲って来ちゃうからね。そういう点では一宏さまはまだ知能があったほうだと思うよ。あ、そうだ。今度一宏さまが俺を孕ませるところ撮ってあげるね? 人間じゃない、わけわかんないやつと子ども作っちゃうわけだけど、今まで散々好き勝手に俺の穴を使わせてあげたんだから、それくらいイイよね?」

 じゅぷっ、じゅっ、ずぷぷっ、ぶぼっ。

 間宮と一宏の交接部が下品な水音を上げる。

 相変わらず一宏の腰は浮いたままだった。

 何度も何度も腰を浮かせて間宮の穴を突き上げる。

 まるでそうプログラムされたかのような、機械的な動きだった。

「一宏さまの単純なところは大好きだよ。でもこれからは俺のためだけに俺に射精して、生殖行為に付き合ってね? もう家には戻れないし家族にも会えないけど、いいよね? これから俺の中でいっぱい気持ちよくなって、いっぱい精子を出せるんだもん。俺の専用精子貯蔵庫になれてうれしいよね? 一宏さま♪」
「おっ、おっ、おぉぉぅっ……!」

 一宏はだらしのないうめき声を漏らしながら、間宮の中で二度目の射精を迎える。

 膨らんだ海綿体をびくびくと震えさせて、びゅっびゅっと間宮の腸壁に向かって精液をほとばしらせる。

 支配した気でいて、支配していたのは間宮だった。

 一宏は、なんの警戒もなく間宮の「巣穴」に飛び込んでしまったのだ。

 快楽をむさぼり、間宮をいいように犯していた「つもり」だった一宏。

 しかしそれはすべてがウソだった。

 だがもう、一宏にはそれを考えるだけの知性は退化していて、残っていなかった。

「ふあぁっ……! ああ、いいよ、一宏さまっ! いっぱい出して! 俺を孕ませて、たくさん産ませてっ!」

 一宏の脳を支配するのは、間宮とセックスすることだけだった。

 一宏に残されたのは、間宮の精子貯蔵庫としての運命しかなかった。

 しかしそれを一宏が自覚することはない。

 このベッドルームに詰め込まれた多くの名を失った男たちと同じように、ただ間宮の中で射精するだけの人生。

 それが一宏に残された運命の、すべてだった。
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