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芙美花視点(1)

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 ――運命を信じてみたくなるときは、たまにある。

 芙美花の場合は、三年前の春にサービスが開始された女性向けスマートフォンゲーム『魔女ノ執事』との出会いがそうだ。

 ……より、正確を喫するのであれば、『魔女ノ執事』のチュートリアル終了後に回せるSSR確定ガチャ。芙美花はそこで運命の出会いを果たした。

『魔女ノ執事』のあらすじはこうだ。

 ある日突然“偉大なる魔女”によって選ばれた「あなた」=プレイヤーは世界の均衡を保つ“新米魔女”となって修行に励むことになる。そしてその修行の手伝いをするのが見目麗しい「執事」。「あなた」は「執事」と共に“新米魔女”の修行をこなして行くことになる……。

 特に可もなく不可もなく、といった導入である。目新しさはないが、特段ひどいというわけでもない。

 ゲームの内容も斬新さとはほど遠く、むしろ淡白。戦闘もなければリズムゲームといったミニゲームも存在しない。ただ、「執事」と日々を過ごし、日課のミッションをこなし、一ヶ月に一度、二週間ほど開催される期間限定イベントのミッションとストーリーを楽しむ。

 けれどそこが良かった。切れ間なくイベントが開催され、ランキング上位を狙って「走る」ようなゲームは芙美花の肌に合わなかったが、その点『魔女ノ執事』は良かった。一日の拘束時間は短めに設定されていたし、日課のミッションを消化するのもラク。がっつり時間がかかる――それでも一時間から一時間半くらい――のはイベントストーリーを読むときくらいだろうか。

『魔女ノ執事』のそういう、ゆるい部分が芙美花の肌に合った。

 一方、不満点を挙げればキリはない。こなれてはいるが洗練されているわけではないUI。起承転結に欠けたストーリー……。

 特に不満として挙げられるのは、チュートリアルを終えたあとに引ける「執事ガチャ」だ。先に説明した通り、『魔女ノ執事』はガチャで引いた「執事」と二人三脚でストーリーを進めて行くことになるのだが……この「執事」、一度「雇用する」と基本的に「解雇」や新たな執事を「雇い入れる」ことなどができないのである。

 プレイヤーである“新米魔女”たちは上記の仕様を「クソ仕様」と率直に呼んだり、「漢気おとこぎ仕様」などと揶揄したりしていた。

「執事」を「解雇」も、新しく「雇い入れる」こともできないということは、一番最初以外に「執事ガチャ」は存在しない。常設されているのは「衣裳ガチャ」と呼ばれるもので、「衣裳ガチャ」には開催イベントに合わせた期間限定のものもあり、収益はそこから上げているのだろうと推測できた。

 しかし、この「執事」の着せ替え要素に興味のない“新米魔女”も当然いる。そもそも、『魔女ノ執事』は戦闘や得点を競うミニゲーム、ランキングなどが存在しないゲームなので、「衣裳ガチャ」を回す旨味はない。ただ、「執事」を着せ替えて楽しむだけしかできない。

 ゆえに『魔女ノ執事』は頻繁にプレイヤーである“新米魔女”のあいだで「どうやって運営されているのか」と話題になっていた。

『魔女ノ執事』自体が、泡沫ギリギリのスマートフォンゲームであったことも、上記の話題がよくなされる原因だった。

「執事」のキャラクターデザインは全体的に好評で、「執事」との会話テキストも豊富。ストーリーは淡白だが、「むしろそれが安心して読めていい」という好意的な見方もされていた。

 だが、『魔女ノ執事』自体がSNSなどで話題にされる機会は少なかった。『魔女ノ執事』を気に入っていた芙美花としては、もっと話題に出されてもいいんじゃないかと思っていたが、現実は厳しかった。

 群雄割拠の女性向けスマートフォンゲーム市場で、『魔女ノ執事』の存在感は皆無だった。どれほどダウンロードされているのか、アクティブユーザーはどれくらいなのか……。芙美花の脳裏に「サ終」=「サービス終了」の文字がちらつくことは多かった。

 それでも芙美花は『魔女ノ執事』との三年を駆け抜けた。すべては最初の「執事ガチャ」で出会った「執事」、木槿と過ごしたいがため。


 ガチャの演出が終わり、スマートフォンの画面いっぱいに一枚絵が現れる。キャラクター名は表示されず、星が五つ並んだ左上にSSRの表示があった。

 正直に言って、見惚れた。息を呑むほどに美しい青年だった。

 年の頃は二〇代前半くらい。当時女子中学生であった芙美花よりも年上のキャラクターであることは確実だろう。艶やかな銀の髪に、切れ長ながら大きな金色の瞳。整った顔立ちをはにかませて、画面の向こう側にいる芙美花に微笑みかけているかのようだった。

 まっすぐに画面を見る。気づけば居住まいを正していた。

「……綺麗」

 芙美花はそう言って、口元に笑みを浮かべる。すべて無意識の行動だった。

 もう一度画面をタップすれば、一枚絵が消えて「執事」の立ち絵が表示された。立ち絵はハイクオリティ。アニメーションが思ったよりもなめらかで、自然だ。芙美花はそれだけで『魔女ノ執事』というゲームに対する好感度を上げた。

 にやにやとした笑みを浮かべたまま、芙美花は「執事」との会話テキストを目で追う。

「……それではまず御主人様のお名前を」

 芙美花は乙女ゲームなどで主人公の名前が変更可能な場合は本名を入力することが多かった。『魔女ノ執事』はあくまで「女性向け」スマートフォンゲームと銘打たれており、「乙女ゲーム」というわけではないらしかったが、なんとなく本名を入力する。

「……お手数おかけいたしますが、読み方をお教え頂けますか?」
「フミカ」
「……芙美花様、ですね。お間違いはないでしょうか?」
「ない」

 名前を入力し、送信。次に短い選択肢をタップする。そのあいだもにやにやは止まらなかった。

「……それでは最後に、私に名前を頂けますか? これは強制ではありませんし、後から変えることもできます」

 芙美花は悩んだ。が、それも長くは続かない。

「木槿」
「……読み方をお教え頂けますか?」
「ムクゲ」

 木槿。それはフヨウ属の植物の名である。芙美花の名前には「芙蓉フヨウ」の「芙」の字が入っていたので、とっさに同じフヨウ属の植物の名を「執事」につけた形になる。それ以上の深い意味はなかった。

「執事」――改め、木槿をひと目見て気に入りはしたものの、この時点では『魔女ノ執事』というゲームに深くハマれるかどうかまではまったくの未知数だったのだ。

「……木槿、ですね。これでよろしいでしょうか?」
「うん」
「ありがとうございます、御主人様」

 木槿の立ち絵が変化する。頬を赤く染めている。気がつけば芙美花は目まで細めて、にやにやとした笑みを浮かべていたのだった。

 さすがに入力した名前にボイスがつくわけではなかったものの、自ら執事に名前をつけられるというシステムは愛着が沸くんじゃないだろうか、と芙美花はどこか他人事に考えた。

 まさか、これが運命の出会いだったとはこのときの芙美花は考えもしなかったのである。
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