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木槿視点(3)
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「おめでとう、木槿」
三日ぶりに目を覚ました木槿を出迎えたのは、“偉大なる魔女”であった。
木槿はしばらく頭の中が混乱する思いをしたが、そのうちにきちんと経緯を思い出せた。
“偉大なる魔女”に見いだされて“魔女の執事”となる決意を固めた木槿だったが、彼が決心したからといってすぐに“魔女の執事”になれるわけではなかった。“新米魔女”に選ばれて、認められて、初めて木槿は“魔女の執事”になれる――。“偉大なる魔女”はそう言ったのだ。
木槿は、芙美花に選ばれなければ“魔女の執事”にはなれない。選ばれなければ以前と同じ、蔑まれ、虐げられるみじめな生活に戻らなければならなかったのだが。
「あんたはひとまず“魔女”によって選ばれた」
“偉大なる魔女”の言葉に半ば喜びかける木槿であったが、そこへ冷や水を掛けるように“偉大なる魔女”は言った。
「ひとまず、と言っただろう? 喜ぶってことは“魔女”との生活は上手く行っていたようだけれど……あんたがこれから真の“魔女の執事”になれるかは、“魔女”の選択次第ってところだからね? 選ばれなければ、あたしはあんたの記憶を消さなきゃならない。そうならないように気合を入れて“魔女”に尽くすんだよ?」
「それはもう……誠心誠意、尽くす所存で御座います」
三日寝ているあいだに木槿は夢の中で芙美花と三年の月日を過ごした。しかしそれは“偉大なる魔女”曰く、“新米魔女”を選定するための期間だった。試用期間ですらない、木槿と芙美花の日々は、その前段階だと言うのである。
「明日、あんたの御主人様をこの世界に喚ぶ。明日からは生身の御主人様に仕えることになるってわけ」
「御主人様は……」
「……あんたが薄々察している通り、あんたが今まで仕えていた御主人様は別世界の人間なんだ。だから、こっちに喚んだとしても“魔女”になることを了承するかどうかはわからない。この世界のために、生まれ故郷を捨てろと迫るわけだからね。あたしとしてはあんたにはどんな卑怯な手練手管を使ったって構わないから“魔女”をこの世界に引き留めて欲しいってところなわけ。わかったかい?」
“偉大なる魔女”はそう言って「なんて貧乏くじだよ」とため息をつく。
「御主人様が……元の世界へ帰りたいとおっしゃられた場合は――」
「仕方ないけれど、帰すよ。いきなり故郷を捨てる辛さはあたしにはわかるからね。無理強いはできないさ」
「けれど、魔女様がいらっしゃらなければ、この世界は」
「またアプリで気長に探すとするよ。あちらとこちらでは時の流れの速さが違うからね。幸い、プレイヤーは増加傾向。入ってきた新規プレイヤーの中にいくらか“魔女”適性のある人間は混じってるだろうし、そこからまたいい感じのやつを連れてくるしかないね」
「アプリ……?」
「あんたは理解しなくていいよ。つまり、あちらの時の流れのほうが速いから、こちらの世界が破局的場面に行きつくまで時間的猶予があるから気にするなってこと」
“偉大なる魔女”は誤魔化すように咳き込んだので、木槿は目をぱちくりとさせるしかなかった。
「――ごほん! わかったら、身綺麗にしてきな。屋敷に移動するからね。明日の朝は早いよ」
「……これからは本当に屋敷で暮らすことになるのですね。御主人様と」
「そうだよ。……御主人様とは離れたくないなら、その顔で籠絡するなり、情につけ込むなりなんなりして、どうにかこの世界に骨をうずめる覚悟を決めさせなきゃならない。わかったね?」
「はい……」
「気合の入ってない返事だねえ……」
“偉大なる魔女”はぶつくさ言いつつも、それ以上文句を口にすることはなかった。
「御主人様は……僕との生活のすべてを覚えていらっしゃるのですか?」
「記憶力が並みなら普通は覚えてるだろうよ。あんたがこうして目覚めたあとも、しっかりと覚えているようにね。あとは夢の中でしてきた仕事を現実でもすればいいだけだ。ただ、負担は多くなるだろう。生身の御主人様を相手にするわけだしね。その分、仕事も増える」
「僕に……」
木槿は己にそんな大役が務まるのか心配になった。けれどもそう思ったあと、ふと脳裏を芙美花の姿がよぎる。
『庭の手入れに屋敷の掃除、料理までできるなんてムーさんはすごいよね。それでいつもわたしのいいところを見つけてくれる……ムーさんはやっぱりすごい』
「なんだい。『僕にできません』だなんて、泣きごとを言うつもりかい? 悪いけど――」
「――いえ。できます。やってみせます。立派な“魔女の執事”に、御主人様に恥ずかしくない、ふさわしい執事に、なります」
“偉大なる魔女”は感心した様子で片眉を上げた。
ハッキリ言って、木槿に自信はカケラもない。けれどもいつだって芙美花は木槿を「すごい」と褒めるので、そんな彼女の幻想を守りたい、壊したくないと思ったのだ。そうするにはもう、木槿は腹を括るしかなかった。
「いいね。覚悟の決まった人間の顔だ」
「はい」
「よし。ひとっ風呂浴びておいで。執事の服を用意しておくから、今日の内から慣れておくんだよ。風呂が済んだら腹ごしらえだ」
「ありがとうございます、魔女様」
……そして生身の芙美花と会う運命の明日は、あっという間に訪れた。
三日ぶりに目を覚ました木槿を出迎えたのは、“偉大なる魔女”であった。
木槿はしばらく頭の中が混乱する思いをしたが、そのうちにきちんと経緯を思い出せた。
“偉大なる魔女”に見いだされて“魔女の執事”となる決意を固めた木槿だったが、彼が決心したからといってすぐに“魔女の執事”になれるわけではなかった。“新米魔女”に選ばれて、認められて、初めて木槿は“魔女の執事”になれる――。“偉大なる魔女”はそう言ったのだ。
木槿は、芙美花に選ばれなければ“魔女の執事”にはなれない。選ばれなければ以前と同じ、蔑まれ、虐げられるみじめな生活に戻らなければならなかったのだが。
「あんたはひとまず“魔女”によって選ばれた」
“偉大なる魔女”の言葉に半ば喜びかける木槿であったが、そこへ冷や水を掛けるように“偉大なる魔女”は言った。
「ひとまず、と言っただろう? 喜ぶってことは“魔女”との生活は上手く行っていたようだけれど……あんたがこれから真の“魔女の執事”になれるかは、“魔女”の選択次第ってところだからね? 選ばれなければ、あたしはあんたの記憶を消さなきゃならない。そうならないように気合を入れて“魔女”に尽くすんだよ?」
「それはもう……誠心誠意、尽くす所存で御座います」
三日寝ているあいだに木槿は夢の中で芙美花と三年の月日を過ごした。しかしそれは“偉大なる魔女”曰く、“新米魔女”を選定するための期間だった。試用期間ですらない、木槿と芙美花の日々は、その前段階だと言うのである。
「明日、あんたの御主人様をこの世界に喚ぶ。明日からは生身の御主人様に仕えることになるってわけ」
「御主人様は……」
「……あんたが薄々察している通り、あんたが今まで仕えていた御主人様は別世界の人間なんだ。だから、こっちに喚んだとしても“魔女”になることを了承するかどうかはわからない。この世界のために、生まれ故郷を捨てろと迫るわけだからね。あたしとしてはあんたにはどんな卑怯な手練手管を使ったって構わないから“魔女”をこの世界に引き留めて欲しいってところなわけ。わかったかい?」
“偉大なる魔女”はそう言って「なんて貧乏くじだよ」とため息をつく。
「御主人様が……元の世界へ帰りたいとおっしゃられた場合は――」
「仕方ないけれど、帰すよ。いきなり故郷を捨てる辛さはあたしにはわかるからね。無理強いはできないさ」
「けれど、魔女様がいらっしゃらなければ、この世界は」
「またアプリで気長に探すとするよ。あちらとこちらでは時の流れの速さが違うからね。幸い、プレイヤーは増加傾向。入ってきた新規プレイヤーの中にいくらか“魔女”適性のある人間は混じってるだろうし、そこからまたいい感じのやつを連れてくるしかないね」
「アプリ……?」
「あんたは理解しなくていいよ。つまり、あちらの時の流れのほうが速いから、こちらの世界が破局的場面に行きつくまで時間的猶予があるから気にするなってこと」
“偉大なる魔女”は誤魔化すように咳き込んだので、木槿は目をぱちくりとさせるしかなかった。
「――ごほん! わかったら、身綺麗にしてきな。屋敷に移動するからね。明日の朝は早いよ」
「……これからは本当に屋敷で暮らすことになるのですね。御主人様と」
「そうだよ。……御主人様とは離れたくないなら、その顔で籠絡するなり、情につけ込むなりなんなりして、どうにかこの世界に骨をうずめる覚悟を決めさせなきゃならない。わかったね?」
「はい……」
「気合の入ってない返事だねえ……」
“偉大なる魔女”はぶつくさ言いつつも、それ以上文句を口にすることはなかった。
「御主人様は……僕との生活のすべてを覚えていらっしゃるのですか?」
「記憶力が並みなら普通は覚えてるだろうよ。あんたがこうして目覚めたあとも、しっかりと覚えているようにね。あとは夢の中でしてきた仕事を現実でもすればいいだけだ。ただ、負担は多くなるだろう。生身の御主人様を相手にするわけだしね。その分、仕事も増える」
「僕に……」
木槿は己にそんな大役が務まるのか心配になった。けれどもそう思ったあと、ふと脳裏を芙美花の姿がよぎる。
『庭の手入れに屋敷の掃除、料理までできるなんてムーさんはすごいよね。それでいつもわたしのいいところを見つけてくれる……ムーさんはやっぱりすごい』
「なんだい。『僕にできません』だなんて、泣きごとを言うつもりかい? 悪いけど――」
「――いえ。できます。やってみせます。立派な“魔女の執事”に、御主人様に恥ずかしくない、ふさわしい執事に、なります」
“偉大なる魔女”は感心した様子で片眉を上げた。
ハッキリ言って、木槿に自信はカケラもない。けれどもいつだって芙美花は木槿を「すごい」と褒めるので、そんな彼女の幻想を守りたい、壊したくないと思ったのだ。そうするにはもう、木槿は腹を括るしかなかった。
「いいね。覚悟の決まった人間の顔だ」
「はい」
「よし。ひとっ風呂浴びておいで。執事の服を用意しておくから、今日の内から慣れておくんだよ。風呂が済んだら腹ごしらえだ」
「ありがとうございます、魔女様」
……そして生身の芙美花と会う運命の明日は、あっという間に訪れた。
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