「霊感がある」

やなぎ怜

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前編

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 ――根がめんどくさがりなんですよね。学生時代も休みがちだったし。あ、いじめられてたとか、そんなことはなくて……ただ、朝早く起きるのがめんどうくさくて結構休んでたんですよね。だから、まあ大学受験はしなくて、流れでフリーターに。家もいわゆるマンションじゃなくてアパートで、築年数も結構で。おかげさまで安く住ませてもらってたんですけど。

 めんどくさがりだから生活費とかもどんぶり勘定で。まー……貧乏でしたね。当たり前ですけど。でも、まあ、めんどくさがりなんて深く考えることもなく、まあまあなんとかひとり暮らししてました。たまーに親から仕送りもありましたからね。カップ麺とか、食べ物を。

 でも住んでたそのふっるいアパートの取り壊しが決まっちゃって。なんだったかな、土地の再開発とかだったかな。まあ、とにかく住んでたアパートがなくなることが決まっちゃって。そりゃもう困りましたよ。お金ないですからね。いついつまでに出てってねって言われたけど、次に住むところどうすんだよって。

 こりゃもう親に泣きつくしかないなあ、実家帰って小言いわれるのやだなあって思ってたときに、中学高校と同じところに通ってたAちゃんから急に連絡があって。学生時代はそこそこ仲良くしてたんですけど、向こうが普通に大学に進学して、わたしがフリーターってわかれちゃったからかな? まあそのころはぜんぜんやり取りがなくなってたんですけど。

 もうこういうときって宗教勧誘とか、マルチ勧誘とかって決まってるじゃないですか。連絡してきてくれた時点で理由も話してくれなかったし。こりゃあ十中八九勧誘だわ、と。……でもまあ一度会ってみるかと思って。ファミレスで会おうって話になって、会ったんですよ。わたし、めんどくさがりなんですけどAちゃんと仲良かった思い出とかがまだ薄れてなかったので、会ったんですよね。

 会ってまずびっくりしたのが、Aちゃんがすごい細くなってたこと。スリムとかじゃなくて、ガリって感じで。つまり不健康な痩せ方をしていたということです。おまけに顔が土気色で、言っちゃなんですが死人に近くて……まあおどろきましたね。勧誘の話じゃなくて、借金の話だったらどうしようって思いました。わたし、貸すお金なんてなかったですからね。そのときは財布に一〇〇〇円も入ってなかったんじゃなかったかな。

 Aちゃん、会って一番にすごい真剣な顔で「ねえ、見えない?」って言ってきたんですよ。当然、「なにが?」ってなりますよね。そのまんま言い返して、それでもしやオーラとかスピリチュアルな方向の勧誘かなあ……と思い始めたところで、Aちゃんがふかーいため息をついたことはよく覚えてます。

 Aちゃんはそれから「私、幽霊に取り憑かれてるみたい」って言い出したんですよ。それがあんまりにも唐突で、荒唐無稽なのにAちゃんはものすごくシリアスな表情だったから、なんかこう……変な笑いが込み上げてきて抑えるのが大変でした。わたしは、幽霊とかオーラとかまあ……そういうオカルトなことって信じてませんでしたから。

 Aちゃんは大学の飲み会の延長で心霊スポットに行って、帰ってきてからなにか変だと言いました。心霊スポットでは特になにもなかったそうなんですが、帰りの車の中でAちゃんだけ「変なもの」を見てから、おかしいと。「変なもの」というのは、薄っぺらくて白い人間みたいなもので、Aちゃんはそれを幽霊だと言っていました。それが車の後部座席に乗っていたAちゃんに向かって手を振っていたと。それからなにかおかしいと。

 「絶対に部屋にいる」というのがAちゃんの主張でした。覚えている範囲だと、部屋にある物が移動したり、はたまた一瞬目を離したすきにどこかへ消えたり。きわめつきがバスルームのドアにぼんやりと成人男性くらいの人影が映って……限界になって今は大学の友達の家に避難しているという話でした。

 「うち、事故物件とかじゃないのに」とAちゃんはげっそりした顔で言っていて、それからすごく真剣に悩んでいることは伝わってきたので、学生時代のノリで茶化すのはちょっと無理でしたね。

 それでAちゃんがなんでそんなことをわたしに話したかと言うと、わたし、中学生のときに「霊感がある」って言ったことがあるんですよね。もちろん、そんなものはないですよ。その場のノリで……あのときは怖い話をしてたんだったかな。まあその場のノリで友達を怖がらせようと思って、まあそういうしょーもない嘘をついたんですよ。わたしもAちゃんに言われるまで忘れてたくらいなのに、なぜかAちゃんはしっかりそれを覚えていて……で、わたしに相談してきたというわけですよ。

 「霊感あるんだよね? ねえなにか見えない?」ってAちゃんが泣きそうな顔で言うんで、わたしはAちゃんが可哀想になって。だから、また出まかせを言ってしまったんですよね。Aちゃんの気持ちが少しでも軽くなればいいと思って。わたしは、幽霊がいるとか考えたことはなかったから、Aちゃんは大学に入って環境が変わったせいで疲れてるんだと思って。

 「ちょっと祓えないか試してみる」って。完全な出まかせです。純度一〇〇パーセントの嘘でしたね。もちろんわたしは幽霊なんてものを見たことはないから、お祓いなんてできません。それまでやったこともありませんでした。でもAちゃんがあんまりにもやつれていたので……。気休めになればいいと思って。

 漫画かドラマか、なにで見たのかは忘れたんですが、わたしはファミレスのボックス席を立ってAちゃんに近づいて、左肩を軽く三回たたいてから、ホコリでも払うような仕草をしました。なんか、あれ……なんて言うんでしたっけ? ああ、仰々しくノリトとか唱えるよりも、そういう日常の動作の延長線上にあるようなやり方のほうが、玄人っぽいというか、ホンモノっぽく見えませんか?

 まあとにかくそうやってから、「気休めにしかならないかもしれないけど……」とAちゃんに言いました。Aちゃんは「肩が軽くなった気がする」と言って会ってから初めて笑顔を見せました。それを見て、やっぱりAちゃんは心が疲れてしまっているんだな……と思いました。

 多少の罪悪感は当然あって、「ホント、気休めていどだから」と何度か言ったんですけど、Aちゃんからすると完全に解決したように見えたらしくて。何度もお礼を言われて、そのときはファミレスのステーキセットを奢ってもらいました。

 結局、そのときのAちゃんが本当に幽霊に取り憑かれていたのかはわからないままです。ただ、わたしがお祓いをしてあげて以降、Aちゃんの部屋で心霊現象は起きなくなったらしいです。もとからただの気のせいだったのかもしれません。Aちゃんは精神的な疲労から幻覚を見ただけかもしれません。……ただ、わたしが「幽霊を祓った」ということだけは事実として語られるようになったんです。

 それからですね。ぽつぽつわたしのところに「取り憑かれたみたいだから祓って欲しい」って話がくるようになったのは。

 そういうの、たいてい気のせいなんですよ。あるいは考えすぎ。「幽霊に取り憑かれた」って主張するひとって、思い込む力が強いんだと思います。……だから、わたしが見よう見真似の、効くはずもないお祓いをしたら、それだけで「大丈夫」って思い込んで解決したと思い込むんですね。わたしが見てきたのはそういうパターンばかりでした。

 幽霊なんて信じてないし、見えもしないのに霊能力者ごっこを続けたのは、お金に目がくらんだからです。

 最初は一万円札一枚とか……まあそれくらいしか貰っていませんでした。お祓いが成功すると、相談してきたひとたちはすごく感謝してくれて、こちらが謝礼を受け取るまで食い下がってくるんですよね。だから、そのうち断るのがめんどくさくなって。こんな嘘っぱちのお祓いでお小遣いくらいのお金も貰えて、感謝されるなんていいことづくめじゃん、て思うようになっていきました。

 詳細は伏せますが、あるご夫婦からの依頼で、その一人娘のお祓いをしたときに、わたしは初めて札束を貰いました。そこからはもう一直線というか……先に言ったように初めて手にする大金に目がくらんでしまったんですね。わたしは根がどうしようもなくめんどくさがりでしたから、せこせこバイトし続けるのも馬鹿らしくなって、その依頼をきっかけに完全に「自称霊能力者の無職」になりました。

 すぐに痛い目を見ることもなくて、霊能力者としての依頼は不思議と途切れずに入ってきましたし、なぜか解決できていました。完全に解決できなくても、症状が軽くなったとか……まあ事態は好転させることができていました。だから、感謝されるし謝礼金も定期的に入ってくる。オートロックつきの単身女性向けのマンションに引っ越して、そうやって霊能力者ごっこをして暮らしていました。

 でも廃業を考えたことはありますよ。

 数年前、とある女子中学生のお祓いを引き受けたんです。よくある話で、友達とこっくりさんをしてから様子がおかしくなったと。「キツネ憑き」になったんじゃないかと。中学生なんていう多感な時期の女の子ですから、またいつもみたいに思い込みの力が強く働いて、本人もキツネに取り憑かれたと思って行動しているんだろうと軽く考えていました。

 依頼者である女の子のご両親に連れられて、その子の部屋に通されたときに、霊能力者ごっこを続けていたことを後悔しました。すぐさま廃業を考えました。それくらいヤバかったんですよね。目の前にいるのは女子中学生だってわかっているのに、鳥肌が治まらないし、なんだかヒグマとか……とにかく本能で恐ろしいと感じるなにかにでも顔を覗き込まれているような感覚でした。

 言葉に詰まったのは一瞬どころではなくて、呼吸をすることすら恐ろしいと思うほどで。……とにかくまあ、初めて出会った「ホンモノ」を前にしてどうしていいかわからなくなりました。「幽霊なんていない」というわたしの中の常識は、そのときに全部ぶっ飛ばされました。

 でも背後には女の子のご両親がいて、とても「めちゃくちゃ怖いし、霊感があるとか嘘なので帰ります」だなんて言えませんでした。自業自得とか、因果応報って言葉が脳裏をよぎりました。

 とにかく冷静ではいられなかったですね。だから、逃げることもせず、「手に負えません」とかいうことも言わずに、ベッドに座り込んでいる女の子に近づいた。いつもやっているお祓いの真似事で、女の子の肩に手をやれば、右腕にえぐいくらい鳥肌が立ちましたね。獣みたいに唸り声を上げる女の子よりも、女の子に取り憑いている「ホンモノ」がわたしを見ているんだと思うと、もうずーっと鳥肌が立ちっぱなしで。

 でもしたんですよ。お祓い。女の子の左肩を三回たたいて、ホコリを払うような仕草をして。

 でも冷静じゃなかったから、「この子から出て行きなさい。わたしに取り憑きなさい」とか口走ってしまったんですよね。いつもは、そう言ってもそのあとなにも起きなかった。だから、このセリフは単にわたしを霊能力者っぽく見せて、依頼者を安心させるためだけのパフォーマンスだったんですね。

 取り憑かれた、とかいう感覚はわかりませんでした。でもわたしがさきほどのセリフを口にしたあとに、ばたっと女の子がうしろにものすごい勢いで倒れ込んで、正気に戻ったんですよ。女の子のご両親からはたいそう感謝されて、もちろん謝礼金を貰いました。でもそうやってやり取りしているあいだも、右腕に立った鳥肌はずっと治まらないままで。さすがにマズいな、と思いました。しばらく霊能力者ごっこはやめようと思いました。まだお金には余裕がありましたから。ほとぼりが冷めるまで、大人しくしてようと。
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