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「うん」
高宮の返事は拍子抜けするほど早く、簡潔なものだった。しかもその目は「そんな当然のことをなんで聞いて来るの?」と言わんばかりで、なんだかひとりで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなって来る。
少し肩の力が抜けて、うしろの背もたれにそっと背中をつける。
「……なりたいんだ」
「そうだけど。急にどうしたの?」
「いや……」
どこから、どうやって話せばいいのやら、おれは逡巡した。
「おれたちは、その、つがいになれる関係だから……この先、どうするのかなって」
「……思って」。その言葉を口にすると同時に、うかがうように高宮を見る。高宮は先ほどまでの切なげな面影は引っ込めて、至極上機嫌な顔をしていた。
「なに」
「うれしい」
「うれしい?」
馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返す。高宮も「うん、うれしい」と、にこにこ笑顔でそう言う。
「透が俺との将来を考えてくれて」
「えっ」
たしかにおれの発言は高宮との将来を見据えたものと捉えられてもおかしくはなかった。けれどもそこまでの深い意図を持って発言したわけではないおれは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「これから先、俺といっしょにいること、考えてくれたんだ」
「いや、そのー……」
言い淀むおれの前で高宮はにこにこしていたかと思うと、ふっとそれを引っ込めてまた真剣な顔を作る。
「そうだよね。透はもう発情期が来てるから……そういうこと考えなくちゃいけないんだよね」
「うん。まあ」
「なんか、そういうことってもっと将来の話かと思ってた」
「そんなもんじゃない?」
おれたちはまだ高校生だ。この世の大多数を占めるベータであれば、結婚の「け」の字も具体的に考えていなくたって、それは特におかしいことではない。
「俺はさ」
「うん」
「透とは……なんていうか、ゆっくり? うーん……手順を踏んで? 進みたいと思ってて……」
「……うん?」
「どう言えばいいのかな。ベータみたいに……っていうのもなんか変だけど、要するに本能だけとか、発情期だけの関係にはなりたくないって思ってる。アルファとかオメガとか関係なく、一個の人間同士での関係を深めたいというか、進めたいというか……あーっ」
高宮がもどかしさゆえか、乱雑に髪をかきまわす。
おれの知る高宮はいつだって余裕に満ちあふれていたから、そうやって歯がゆさにいら立つ姿は新鮮だった。
高宮の言葉を聞いて、おれはうれしくなった。
高宮もそういう気持ちなんだと思うと、急に体がふわふわとおぼつかない気分になる。
おれが高宮を好きだと思う気持ち、高宮がおれを好きだと思う気持ち。そこにアルファとオメガという性の引力が作用していなかったかと問われれば、否定は出来ないだろう。アルファやオメガといった性は、おれたちの人生とわかちがたく繋がっているのだから。
アルファとオメガの本能のままに惹かれあって、つがいになることは悪いことじゃない。むしろそっちのほうが自然と言える。
けれども高宮はそういう自然さから一歩引いて、おれと付き合いたいと、そう言ってくれた。
そういうのを、回りくどいとか、面倒くさいことをしていると思う人もいるだろう。おれだってそういうことを少しでも考えなかったかと言われれば、嘘になる。
けれども高宮の言ったそういう付き合い方は、おれの心にすとんと落ちて、ごく自然に受け入れられた。これがおれたちに合った付き合い方なのだと、直感的に思えたのだ。
オメガじゃなければよかったと、今でも思う。発情期が来てしまった現実も、どうしようもなく恐ろしい。
けれども高宮となら、そういう感情と連れ立っていてもいいような気がした。
「おれも、高宮とは性別とか関係なく付き合いたいと思ってる。アルファだから惹かれなかったかって言われたら否定できないけど……でも好きになったのはアルファ性じゃなくて、『高宮祐一』だから。高宮が高宮じゃなかったら、きっとこんなにも好きにはならなかったと思う」
なめらかにその言葉を舌に乗せられたわけじゃない。ところどころつっかえてたし、途中でどうしようもなく気恥しくなった。
けれどもここで、伝えなければならないと思った。言葉にして、高宮が好きなのだと伝えたかった。
言い終わったあと、高宮が急に顔を突っ伏したのでおどろく。
「高宮?」
「もー……なにそれ」
「え?」
「……ズルい。そんなこと言われたらますます好きになっちゃうじゃん」
顔を上げた高宮の顔は、ほんのりと朱色に染まっていた。それを見たおれの頬にも、さっと熱が集まる。
おれたちはしばらくのあいだ、見つめあっていた。
高宮の真っ黒な瞳孔を覗きこんでいると、なんだか無性に彼を好きだという気持ちが湧き出て来て、この場から走り去りたいような衝動に襲われる。もちろん実際にそんなことはしなかったけれども。
「すぐにでもつがいになりたい欲求がないわけじゃないけど」
「ないわけじゃないんだ」
「そりゃ、あるよ。つがいっていうわかりやすい形が得られたら、安心だし。……でも、もっと俺のことを知って欲しい。知った上で、俺を選んで欲しい」
高宮の真摯な眼差しに、おれの胸は高鳴る。それ以上にあたたかな感情が胸の奥から湧き出て、なんだかいっぱいになる。
こんなにもだれかに大切にされて、尊重されたことはあっただろうか。……もう覚えていないほど遠い昔には、あったのかもしれない。けれどもそんな感覚はほとんど新鮮で、おれの心にじんわりと広がって行った。
「おれも、高宮に選ばれたい。……もっと好きになって欲しい」
欲望には際限がないというのは、つくづく本当だなと思う。
最初はただ友人でいられたらそれで良かったのに、今はもう、そんな風には思えない。
高宮を大切にして、大切にされたい。愛して、愛されたい。そういう欲望が、抑えられない。
好きという気持ちがあふれて止められない。
もう戻れないところまで来てしまった。
いや、違う。
おれはもう、戻りたくないんだ。
遠いからと何度も断ったのに、高宮はおれを家まで送ると言って聞かなかった。
「もっと長くいっしょにいたいんだってば」
冗談めかして「察してよ」と笑う高宮に、おれが勝てるはずもなく。
夕日が落ちて、暗くなり始めた住宅街を高宮と並んで歩く。閑静な住宅街では、すれ違う人もほとんどいなかった。
ありふれた風景の中を高宮と他愛のないおしゃべりをして歩く。それは取り立てて特別な情景ではなかったけれども、おれにとっては幸福の象徴のようなものだった。
家の門の前で、高宮はおれの頬に口づけを落とした。びっくりして高宮を見ると、にっこりと微笑まれる。
「これで一歩、ね」
高宮につられておれの口元もゆるむ。
「じゃあ次は?」
「……口にしてもいい?」
「……うん」
「いつでも」という言葉は飲み込んだ。すぐにでも高宮とわかりやすい関係を持ちたいという欲求はあった。けれども一方で、そういう風にはしたくないという気持ちもある。
――高宮もこんな気持ちなのかな。
同じ気持ちだったらいいな、と思った。
「あ、そうだ」
「なに?」
「俺のこと下の名前で呼んでよって、言うの忘れてた」
そう言えばおれは「透」って呼ばれているのに、高宮は「高宮」のままだ。
「じゃあね……祐一」
「うん、また明日」
名残惜しい気持ちでいっぱいだった。でもまだ、彼と高校でいっしょに過ごせる時間はたっぷりと残っている。
「また明日」
おれはそう信じて疑っていなかった。
高宮の返事は拍子抜けするほど早く、簡潔なものだった。しかもその目は「そんな当然のことをなんで聞いて来るの?」と言わんばかりで、なんだかひとりで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなって来る。
少し肩の力が抜けて、うしろの背もたれにそっと背中をつける。
「……なりたいんだ」
「そうだけど。急にどうしたの?」
「いや……」
どこから、どうやって話せばいいのやら、おれは逡巡した。
「おれたちは、その、つがいになれる関係だから……この先、どうするのかなって」
「……思って」。その言葉を口にすると同時に、うかがうように高宮を見る。高宮は先ほどまでの切なげな面影は引っ込めて、至極上機嫌な顔をしていた。
「なに」
「うれしい」
「うれしい?」
馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返す。高宮も「うん、うれしい」と、にこにこ笑顔でそう言う。
「透が俺との将来を考えてくれて」
「えっ」
たしかにおれの発言は高宮との将来を見据えたものと捉えられてもおかしくはなかった。けれどもそこまでの深い意図を持って発言したわけではないおれは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「これから先、俺といっしょにいること、考えてくれたんだ」
「いや、そのー……」
言い淀むおれの前で高宮はにこにこしていたかと思うと、ふっとそれを引っ込めてまた真剣な顔を作る。
「そうだよね。透はもう発情期が来てるから……そういうこと考えなくちゃいけないんだよね」
「うん。まあ」
「なんか、そういうことってもっと将来の話かと思ってた」
「そんなもんじゃない?」
おれたちはまだ高校生だ。この世の大多数を占めるベータであれば、結婚の「け」の字も具体的に考えていなくたって、それは特におかしいことではない。
「俺はさ」
「うん」
「透とは……なんていうか、ゆっくり? うーん……手順を踏んで? 進みたいと思ってて……」
「……うん?」
「どう言えばいいのかな。ベータみたいに……っていうのもなんか変だけど、要するに本能だけとか、発情期だけの関係にはなりたくないって思ってる。アルファとかオメガとか関係なく、一個の人間同士での関係を深めたいというか、進めたいというか……あーっ」
高宮がもどかしさゆえか、乱雑に髪をかきまわす。
おれの知る高宮はいつだって余裕に満ちあふれていたから、そうやって歯がゆさにいら立つ姿は新鮮だった。
高宮の言葉を聞いて、おれはうれしくなった。
高宮もそういう気持ちなんだと思うと、急に体がふわふわとおぼつかない気分になる。
おれが高宮を好きだと思う気持ち、高宮がおれを好きだと思う気持ち。そこにアルファとオメガという性の引力が作用していなかったかと問われれば、否定は出来ないだろう。アルファやオメガといった性は、おれたちの人生とわかちがたく繋がっているのだから。
アルファとオメガの本能のままに惹かれあって、つがいになることは悪いことじゃない。むしろそっちのほうが自然と言える。
けれども高宮はそういう自然さから一歩引いて、おれと付き合いたいと、そう言ってくれた。
そういうのを、回りくどいとか、面倒くさいことをしていると思う人もいるだろう。おれだってそういうことを少しでも考えなかったかと言われれば、嘘になる。
けれども高宮の言ったそういう付き合い方は、おれの心にすとんと落ちて、ごく自然に受け入れられた。これがおれたちに合った付き合い方なのだと、直感的に思えたのだ。
オメガじゃなければよかったと、今でも思う。発情期が来てしまった現実も、どうしようもなく恐ろしい。
けれども高宮となら、そういう感情と連れ立っていてもいいような気がした。
「おれも、高宮とは性別とか関係なく付き合いたいと思ってる。アルファだから惹かれなかったかって言われたら否定できないけど……でも好きになったのはアルファ性じゃなくて、『高宮祐一』だから。高宮が高宮じゃなかったら、きっとこんなにも好きにはならなかったと思う」
なめらかにその言葉を舌に乗せられたわけじゃない。ところどころつっかえてたし、途中でどうしようもなく気恥しくなった。
けれどもここで、伝えなければならないと思った。言葉にして、高宮が好きなのだと伝えたかった。
言い終わったあと、高宮が急に顔を突っ伏したのでおどろく。
「高宮?」
「もー……なにそれ」
「え?」
「……ズルい。そんなこと言われたらますます好きになっちゃうじゃん」
顔を上げた高宮の顔は、ほんのりと朱色に染まっていた。それを見たおれの頬にも、さっと熱が集まる。
おれたちはしばらくのあいだ、見つめあっていた。
高宮の真っ黒な瞳孔を覗きこんでいると、なんだか無性に彼を好きだという気持ちが湧き出て来て、この場から走り去りたいような衝動に襲われる。もちろん実際にそんなことはしなかったけれども。
「すぐにでもつがいになりたい欲求がないわけじゃないけど」
「ないわけじゃないんだ」
「そりゃ、あるよ。つがいっていうわかりやすい形が得られたら、安心だし。……でも、もっと俺のことを知って欲しい。知った上で、俺を選んで欲しい」
高宮の真摯な眼差しに、おれの胸は高鳴る。それ以上にあたたかな感情が胸の奥から湧き出て、なんだかいっぱいになる。
こんなにもだれかに大切にされて、尊重されたことはあっただろうか。……もう覚えていないほど遠い昔には、あったのかもしれない。けれどもそんな感覚はほとんど新鮮で、おれの心にじんわりと広がって行った。
「おれも、高宮に選ばれたい。……もっと好きになって欲しい」
欲望には際限がないというのは、つくづく本当だなと思う。
最初はただ友人でいられたらそれで良かったのに、今はもう、そんな風には思えない。
高宮を大切にして、大切にされたい。愛して、愛されたい。そういう欲望が、抑えられない。
好きという気持ちがあふれて止められない。
もう戻れないところまで来てしまった。
いや、違う。
おれはもう、戻りたくないんだ。
遠いからと何度も断ったのに、高宮はおれを家まで送ると言って聞かなかった。
「もっと長くいっしょにいたいんだってば」
冗談めかして「察してよ」と笑う高宮に、おれが勝てるはずもなく。
夕日が落ちて、暗くなり始めた住宅街を高宮と並んで歩く。閑静な住宅街では、すれ違う人もほとんどいなかった。
ありふれた風景の中を高宮と他愛のないおしゃべりをして歩く。それは取り立てて特別な情景ではなかったけれども、おれにとっては幸福の象徴のようなものだった。
家の門の前で、高宮はおれの頬に口づけを落とした。びっくりして高宮を見ると、にっこりと微笑まれる。
「これで一歩、ね」
高宮につられておれの口元もゆるむ。
「じゃあ次は?」
「……口にしてもいい?」
「……うん」
「いつでも」という言葉は飲み込んだ。すぐにでも高宮とわかりやすい関係を持ちたいという欲求はあった。けれども一方で、そういう風にはしたくないという気持ちもある。
――高宮もこんな気持ちなのかな。
同じ気持ちだったらいいな、と思った。
「あ、そうだ」
「なに?」
「俺のこと下の名前で呼んでよって、言うの忘れてた」
そう言えばおれは「透」って呼ばれているのに、高宮は「高宮」のままだ。
「じゃあね……祐一」
「うん、また明日」
名残惜しい気持ちでいっぱいだった。でもまだ、彼と高校でいっしょに過ごせる時間はたっぷりと残っている。
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おれはそう信じて疑っていなかった。
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