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例の大立ち回りの一件以来、ユーリはハルと行き会えば律儀に声をかけてくるようになった。
しかし気になるのは、ユーリは他の女子生徒と違い、ぞろぞろと男たちと連れ立っていないことだった。さりとて女子生徒と一緒にいる場面も見ない。
「お前、友達いねーの?」
「えっ……」
「いつもひとりじゃん。学園の中とは言えど、女ひとりでうろちょろするなんてあぶねーだろ」
「……ああ、心配してくれてるの? ありがとう」
「っ! そういうんじゃねーよ! お前がバカみたいなことしてっから――」
共に次のコマに授業が入っていない時間帯。食堂でユーリと並んで座ったまま、ハルは声を荒げかけたが、彼にも周囲の視線を気にする程度の社会性はある。わざとらしい咳ばらいをひとつして、脚を組み直した。
女とお近づきになりたいと願うのは、男としてごく自然な欲求だ。たとえ女の横に男がいたとしても、それは一妻多夫が当たり前のこの世界では、女をあきらめるという選択肢にはなり得ないわけである。
今だってそうだ。ユーリの隣にはハルがいるが、隙あらば彼女に声をかけてやろう、お近づきになってやろうという欲望の視線をひしひしと感じる。
ユーリに「友達いねーの?」などと言っておきながら、ハルにはなんだかその、彼女に対する下心まみれの好意の視線が、不愉快に感じられた。
ユーリはそんな複雑なハルの感情の揺れ動きなど知らないので、いつも通りの顔で話を続ける。
「価値観は近いひとと付き合ったほうが不幸はないと思うんだよね」
しかしその切り口はハルには少々突飛に聞こえた。
「は? なんだ突然」
「ハロルドが『友達いない』って言うから、その説明」
「はあ?」
「つまりね、価値観が違うから――というか、違うようになってしまったから、友達がいなくなったというか……」
そこからユーリはぽつぽつと話し出す。いつもはまっすぐに、そのこげ茶色の目を相手に向けるユーリだったが、このときばかりは食堂のテーブルの木目に視線を落としていた。
この世界に女が少なく、男が有り余っているという現実は、どうやったってすぐには揺るがしようがない。
そうしてこの世界の「常識」を聞かされた、ユーリを含む異世界の二六人の少女たちは、それぞれに身の振り方を考えることになった。そして多くは男を侍らせて、養ってもらうという選択肢を取ることにした。無論、そこには男に子を授けるという「労働」が伴うわけだが。
その選択をした少女たちは、政府の斡旋で見合いをしたり、政府主催の婚活パーティーに出席するなどして、日々を忙しく過ごしているのだと言う。
学園へ編入するという選択をした、少数の少女たちも究極的には同年代の、自分好みの男を見つけるために学園にいるようなものだった。
その中で、ユーリだけが浮いていた。
ユーリは、どうにか自立して働ける道がないかとたったひとり模索しているのだ。
必然、前述のような目的を持って、日常を送っている少女たちとは、話が合わなくなる。
「みんな将来のために頑張ってるんだよ」
ユーリは話をそう締めくくった。それは、ユーリが己に対して言い聞かせているような言葉に聞こえた。
ハルは、ユーリのことを馬鹿だと思った。
女に生まれれば、一生を男にかしずかれて暮らせる。出産という、場合によっては生きるか死ぬかの大業をこなせる女は、男にちやほやされて生きる価値があると、この世界では見なされている。
ユーリの世界の女の立場を、ハルは知らない。けれども、今のところユーリは元の世界に帰れる可能性はほとんどない。だったらこの世界の常識に染まって――流されて生きるほうが、ずっと楽なはずだ。なにしろこの世界では女は下に置かれることはないのだから。
だから、ハルはユーリのことを馬鹿だと思った。
「なんなのお前。まさかそっちじゃねーよな?」
「『そっち』……いや、わたしは今のところ異性愛者だと思うよ」
「『今のところ』ってなんだよ」
「人生どうなるかわからないからね。この先、女の子に恋する瞬間がないとは言い切れない」
ハルは「バカじゃねーの」と言おうとして、やめた。「人生どうなるかわからない」――ユーリが言った通りだと思ったからだ。実際、ユーリは異世界に拉致されるという驚天動地の経験を、現在進行形で体験しているわけで。
「人生どうなるかわからないから、ちゃんと手に職をつけておきたいというか……」
「金の心配してんなら、腐るほど男と結婚したほうが確実だろ。結婚すればするだけ財布が増える」
「そうかもね。でも、わたしにとって『結婚』ってそういうものじゃないから」
「……バカだろ」
ついこぼれたハルのその言葉に、ユーリはいつもの困った微笑を浮かべて「そうだね」と言う。
ハルは、ユーリが浮ついた理想を追求して、現実を前にさっさと折れてしまえばいいと思った。一方で、そんなユーリを見たくないとも思った。まっすぐで素直なユーリ。彼女にはそのままでいて欲しいと、心のどこか、無意識のうちで、ハルは願っていた。
「というか、ハロルドだっていつもひとりじゃん」
「うるせー。オレはいいんだよ。男なんだから」
「あはは……。……この世界の女って、なんだか大変だね」
ため息のようなユーリの言葉に、ハルはなにも返せなかった。
しかし気になるのは、ユーリは他の女子生徒と違い、ぞろぞろと男たちと連れ立っていないことだった。さりとて女子生徒と一緒にいる場面も見ない。
「お前、友達いねーの?」
「えっ……」
「いつもひとりじゃん。学園の中とは言えど、女ひとりでうろちょろするなんてあぶねーだろ」
「……ああ、心配してくれてるの? ありがとう」
「っ! そういうんじゃねーよ! お前がバカみたいなことしてっから――」
共に次のコマに授業が入っていない時間帯。食堂でユーリと並んで座ったまま、ハルは声を荒げかけたが、彼にも周囲の視線を気にする程度の社会性はある。わざとらしい咳ばらいをひとつして、脚を組み直した。
女とお近づきになりたいと願うのは、男としてごく自然な欲求だ。たとえ女の横に男がいたとしても、それは一妻多夫が当たり前のこの世界では、女をあきらめるという選択肢にはなり得ないわけである。
今だってそうだ。ユーリの隣にはハルがいるが、隙あらば彼女に声をかけてやろう、お近づきになってやろうという欲望の視線をひしひしと感じる。
ユーリに「友達いねーの?」などと言っておきながら、ハルにはなんだかその、彼女に対する下心まみれの好意の視線が、不愉快に感じられた。
ユーリはそんな複雑なハルの感情の揺れ動きなど知らないので、いつも通りの顔で話を続ける。
「価値観は近いひとと付き合ったほうが不幸はないと思うんだよね」
しかしその切り口はハルには少々突飛に聞こえた。
「は? なんだ突然」
「ハロルドが『友達いない』って言うから、その説明」
「はあ?」
「つまりね、価値観が違うから――というか、違うようになってしまったから、友達がいなくなったというか……」
そこからユーリはぽつぽつと話し出す。いつもはまっすぐに、そのこげ茶色の目を相手に向けるユーリだったが、このときばかりは食堂のテーブルの木目に視線を落としていた。
この世界に女が少なく、男が有り余っているという現実は、どうやったってすぐには揺るがしようがない。
そうしてこの世界の「常識」を聞かされた、ユーリを含む異世界の二六人の少女たちは、それぞれに身の振り方を考えることになった。そして多くは男を侍らせて、養ってもらうという選択肢を取ることにした。無論、そこには男に子を授けるという「労働」が伴うわけだが。
その選択をした少女たちは、政府の斡旋で見合いをしたり、政府主催の婚活パーティーに出席するなどして、日々を忙しく過ごしているのだと言う。
学園へ編入するという選択をした、少数の少女たちも究極的には同年代の、自分好みの男を見つけるために学園にいるようなものだった。
その中で、ユーリだけが浮いていた。
ユーリは、どうにか自立して働ける道がないかとたったひとり模索しているのだ。
必然、前述のような目的を持って、日常を送っている少女たちとは、話が合わなくなる。
「みんな将来のために頑張ってるんだよ」
ユーリは話をそう締めくくった。それは、ユーリが己に対して言い聞かせているような言葉に聞こえた。
ハルは、ユーリのことを馬鹿だと思った。
女に生まれれば、一生を男にかしずかれて暮らせる。出産という、場合によっては生きるか死ぬかの大業をこなせる女は、男にちやほやされて生きる価値があると、この世界では見なされている。
ユーリの世界の女の立場を、ハルは知らない。けれども、今のところユーリは元の世界に帰れる可能性はほとんどない。だったらこの世界の常識に染まって――流されて生きるほうが、ずっと楽なはずだ。なにしろこの世界では女は下に置かれることはないのだから。
だから、ハルはユーリのことを馬鹿だと思った。
「なんなのお前。まさかそっちじゃねーよな?」
「『そっち』……いや、わたしは今のところ異性愛者だと思うよ」
「『今のところ』ってなんだよ」
「人生どうなるかわからないからね。この先、女の子に恋する瞬間がないとは言い切れない」
ハルは「バカじゃねーの」と言おうとして、やめた。「人生どうなるかわからない」――ユーリが言った通りだと思ったからだ。実際、ユーリは異世界に拉致されるという驚天動地の経験を、現在進行形で体験しているわけで。
「人生どうなるかわからないから、ちゃんと手に職をつけておきたいというか……」
「金の心配してんなら、腐るほど男と結婚したほうが確実だろ。結婚すればするだけ財布が増える」
「そうかもね。でも、わたしにとって『結婚』ってそういうものじゃないから」
「……バカだろ」
ついこぼれたハルのその言葉に、ユーリはいつもの困った微笑を浮かべて「そうだね」と言う。
ハルは、ユーリが浮ついた理想を追求して、現実を前にさっさと折れてしまえばいいと思った。一方で、そんなユーリを見たくないとも思った。まっすぐで素直なユーリ。彼女にはそのままでいて欲しいと、心のどこか、無意識のうちで、ハルは願っていた。
「というか、ハロルドだっていつもひとりじゃん」
「うるせー。オレはいいんだよ。男なんだから」
「あはは……。……この世界の女って、なんだか大変だね」
ため息のようなユーリの言葉に、ハルはなにも返せなかった。
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