2 / 12
(2)
しおりを挟む
わたしはこの世界のヒロインだと思っていた。
……が、もちろんなんの根拠もなくそんなことを考えていたわけではない。
わたしには前世の記憶があり、今生きる世界が前世で読んだことのある少女向けライトノベル『聖乙女アンマリア』の世界と非常に酷似していることに気づいたのだ。
おまけに魔法の素質を見出されて、田舎の村から王都へ上がれば、わたしは聖乙女候補として「アンマリア」という新たな名前を授けられたのである。
そのときに天啓が降ったように思い出したのだ。前世も、前世で読んだ『聖乙女アンマリア』のことも。
ただそのどちらもうすぼんやりとしか思い出せてはいない。恐らく、思い出した時点でわたしの魂が今の世界に馴染みすぎていたとか、なんかそういう理由なのだろう。……わたしの記憶力が悪すぎるとかではないと思いたい。
『聖乙女アンマリア』のストーリーは王道の少女小説といったところだ。友情あり、恋愛あり。主人公のアンマリアが明るく前向きに、困難に屈せず、着実に栄光をつかみ取って行くというストーリー。
わたしは興奮した。前世の己のことはうろ覚えだったが、『聖乙女アンマリア』の主人公であるアンマリアのように、ひとかどの人間だったわけではないということだけは、たしかだ。
むしろ主人公アンマリアの逆を行くのが前世のわたしだった。ハッキリとものを言えない大人しい性格が災いして、軽いイジメに遭って人間不信をこじらせて、それでもどうにか物語の世界に支えられて生きていた。
正直に言って、パッとしない人生だろう。
でも、今世は違う。わたしは、主人公アンマリア。いずれ聖乙女となって恋に友情に生きる人生を送るんだ!
わたしはそう思った。いや、そう思い込まないと到底現実には耐えきれなかった。
聖乙女の座には名誉と名声、地位に権力……栄光のほとんどが詰まっていると言っても過言ではない。だから、聖乙女という役職は魔法の素質を持つ女の子が一度は夢見る栄光の座なのだ。当然、聖乙女の座を射止めるまでのレースは過酷を極める。
わたしは当たり前のように先輩聖乙女候補による苛烈なイジメの標的にされた。食事に泥を混ぜられたり、聖乙女候補のお仕着せの服を隠されたり、ズタズタに引き裂かれたことも一度や二度の話ではない。
同時期にやってきた聖乙女候補は、当然のようにわたしを助けてはくれない。なぜなら蹴落とすべきライバルだからだ。そんな相手に手を差し伸べる人間はいなかった。むしろ、先輩の聖乙女候補と一緒になってわたしをイジメ抜いてくる始末。
わたしがイジメの標的になったのは、聖乙女候補の中で頭ひとつ――いや、頭半分くらいは図抜けていたからだ。だから、そんなわたしを聖乙女にさせまいと他の候補は苛烈なイジメ行為に走り、脱落させようと躍起だったのだ。
前世の記憶があるぶん、精神的に大人だったからわたしはそのことに気づけた。彼女らが焦って醜い行動に走っているのだとわかれば、精神的には若干の余裕が生まれた。
そして卑劣な行為を告発することにあまり意味がないこともわかった。聖乙女候補を集めている神殿側は基本的にイジメ行為は放置というクソっぷりだったので、わたしは告発をあきらめた。
しかしあきらめたのは告発だけだ。聖乙女になるという目標は、決してあきらめなかった。
イジメの首謀者、実行者たちにやり返す方法もなくはなかったが、わたしはそうしなかった。
わたしは、いずれ聖乙女になるのだという強い確信があったから、相手にしている暇はなかった。とにかく今すべきことは実技に座学にと勉強で忙しかったこともある。
一番大きかったのは、『聖乙女アンマリア』の主人公は復讐なんてしないということだ。主人公のアンマリアはやられればそれなりにやり返すし、言い返しもするけれど、復讐を練って盛大に実行するようなタイプじゃなかった。
だからわたしもそうした。聞こえる陰口には「陰口の時間を勉強にあてたら?」なんて言い返したし、食事に泥を混ぜられればその場で大声で「食事皿に泥が入っていまーす!」だなんで言ったりした。そうすると、大抵相手は泡を食ったような顔になるのでちょっと面白かった。
そして努力に努力を重ねて、魔法の腕を磨いた。腕を磨けば磨くほど、授業で褒められるからイジメはエスカレートした。でもわたしが褒められたときの、相手の悔しそうな顔を見てはほくそ笑んでいたのは秘密だ。
まあそれでも憂さ晴らしに禁術の本を読んだりしてはいたけれど……。
もちろん、正直に言ってイジメられるのはつらかった。つらかったけれど、折れるほうがずっとイヤだった。簡単に折れてしまえば、それは前世のわたしとなんら変わらないと思ったからだ。
それに当時の聖乙女様がなにかとわたしを気遣ってくれたことも大きい。聖乙女様は神殿のクソっぷりを理解していて、自分の力が及ばず、候補たちのあいだでイジメが蔓延していることにも心を痛めておられた。
そんな聖乙女様は引退の際に神殿の不正を一挙に告発して去って行かれた。お陰様で、完全にとはいかなかったものの、腐敗した上層部のほとんどが神殿を去ることをよぎなくされたのだから、わたしにとってはこれ以上ない贈り物となった。
そう、わたしは先代の聖乙女様からの指名を受け、聖乙女の座に就いたのだ。
苛烈なイジメに屈せず、腐らず、努力も怠らず、高潔であろうとした。その結果がついに実を結んだのだ。
これからは『聖乙女アンマリア』の主人公みたいに、恋に友情にを謳歌する日々が始まる! わたしはそう思っていた。
そしてそれは途中まではそうだった。
聖乙女アンマリアとして下にも置かない態度で接せられて、ちやほやされて、「さすが聖乙女様」などと言われてわたしは喜んでいた。
それでも調子に乗らないようにはしていた。なぜなら『聖乙女アンマリア』の主人公は、そんな軽薄な人間じゃないからだ。
だから己を厳しく律し、聖乙女の座に就いてからも「世のためひとのため」を信条に頑張ってきた。
それによってわたしの名声は高まり、いいスパイラルができていたように思う。
だけど――ある日空から“天使ちゃん”が降ってきたことで全部変わってしまった。
……が、もちろんなんの根拠もなくそんなことを考えていたわけではない。
わたしには前世の記憶があり、今生きる世界が前世で読んだことのある少女向けライトノベル『聖乙女アンマリア』の世界と非常に酷似していることに気づいたのだ。
おまけに魔法の素質を見出されて、田舎の村から王都へ上がれば、わたしは聖乙女候補として「アンマリア」という新たな名前を授けられたのである。
そのときに天啓が降ったように思い出したのだ。前世も、前世で読んだ『聖乙女アンマリア』のことも。
ただそのどちらもうすぼんやりとしか思い出せてはいない。恐らく、思い出した時点でわたしの魂が今の世界に馴染みすぎていたとか、なんかそういう理由なのだろう。……わたしの記憶力が悪すぎるとかではないと思いたい。
『聖乙女アンマリア』のストーリーは王道の少女小説といったところだ。友情あり、恋愛あり。主人公のアンマリアが明るく前向きに、困難に屈せず、着実に栄光をつかみ取って行くというストーリー。
わたしは興奮した。前世の己のことはうろ覚えだったが、『聖乙女アンマリア』の主人公であるアンマリアのように、ひとかどの人間だったわけではないということだけは、たしかだ。
むしろ主人公アンマリアの逆を行くのが前世のわたしだった。ハッキリとものを言えない大人しい性格が災いして、軽いイジメに遭って人間不信をこじらせて、それでもどうにか物語の世界に支えられて生きていた。
正直に言って、パッとしない人生だろう。
でも、今世は違う。わたしは、主人公アンマリア。いずれ聖乙女となって恋に友情に生きる人生を送るんだ!
わたしはそう思った。いや、そう思い込まないと到底現実には耐えきれなかった。
聖乙女の座には名誉と名声、地位に権力……栄光のほとんどが詰まっていると言っても過言ではない。だから、聖乙女という役職は魔法の素質を持つ女の子が一度は夢見る栄光の座なのだ。当然、聖乙女の座を射止めるまでのレースは過酷を極める。
わたしは当たり前のように先輩聖乙女候補による苛烈なイジメの標的にされた。食事に泥を混ぜられたり、聖乙女候補のお仕着せの服を隠されたり、ズタズタに引き裂かれたことも一度や二度の話ではない。
同時期にやってきた聖乙女候補は、当然のようにわたしを助けてはくれない。なぜなら蹴落とすべきライバルだからだ。そんな相手に手を差し伸べる人間はいなかった。むしろ、先輩の聖乙女候補と一緒になってわたしをイジメ抜いてくる始末。
わたしがイジメの標的になったのは、聖乙女候補の中で頭ひとつ――いや、頭半分くらいは図抜けていたからだ。だから、そんなわたしを聖乙女にさせまいと他の候補は苛烈なイジメ行為に走り、脱落させようと躍起だったのだ。
前世の記憶があるぶん、精神的に大人だったからわたしはそのことに気づけた。彼女らが焦って醜い行動に走っているのだとわかれば、精神的には若干の余裕が生まれた。
そして卑劣な行為を告発することにあまり意味がないこともわかった。聖乙女候補を集めている神殿側は基本的にイジメ行為は放置というクソっぷりだったので、わたしは告発をあきらめた。
しかしあきらめたのは告発だけだ。聖乙女になるという目標は、決してあきらめなかった。
イジメの首謀者、実行者たちにやり返す方法もなくはなかったが、わたしはそうしなかった。
わたしは、いずれ聖乙女になるのだという強い確信があったから、相手にしている暇はなかった。とにかく今すべきことは実技に座学にと勉強で忙しかったこともある。
一番大きかったのは、『聖乙女アンマリア』の主人公は復讐なんてしないということだ。主人公のアンマリアはやられればそれなりにやり返すし、言い返しもするけれど、復讐を練って盛大に実行するようなタイプじゃなかった。
だからわたしもそうした。聞こえる陰口には「陰口の時間を勉強にあてたら?」なんて言い返したし、食事に泥を混ぜられればその場で大声で「食事皿に泥が入っていまーす!」だなんで言ったりした。そうすると、大抵相手は泡を食ったような顔になるのでちょっと面白かった。
そして努力に努力を重ねて、魔法の腕を磨いた。腕を磨けば磨くほど、授業で褒められるからイジメはエスカレートした。でもわたしが褒められたときの、相手の悔しそうな顔を見てはほくそ笑んでいたのは秘密だ。
まあそれでも憂さ晴らしに禁術の本を読んだりしてはいたけれど……。
もちろん、正直に言ってイジメられるのはつらかった。つらかったけれど、折れるほうがずっとイヤだった。簡単に折れてしまえば、それは前世のわたしとなんら変わらないと思ったからだ。
それに当時の聖乙女様がなにかとわたしを気遣ってくれたことも大きい。聖乙女様は神殿のクソっぷりを理解していて、自分の力が及ばず、候補たちのあいだでイジメが蔓延していることにも心を痛めておられた。
そんな聖乙女様は引退の際に神殿の不正を一挙に告発して去って行かれた。お陰様で、完全にとはいかなかったものの、腐敗した上層部のほとんどが神殿を去ることをよぎなくされたのだから、わたしにとってはこれ以上ない贈り物となった。
そう、わたしは先代の聖乙女様からの指名を受け、聖乙女の座に就いたのだ。
苛烈なイジメに屈せず、腐らず、努力も怠らず、高潔であろうとした。その結果がついに実を結んだのだ。
これからは『聖乙女アンマリア』の主人公みたいに、恋に友情にを謳歌する日々が始まる! わたしはそう思っていた。
そしてそれは途中まではそうだった。
聖乙女アンマリアとして下にも置かない態度で接せられて、ちやほやされて、「さすが聖乙女様」などと言われてわたしは喜んでいた。
それでも調子に乗らないようにはしていた。なぜなら『聖乙女アンマリア』の主人公は、そんな軽薄な人間じゃないからだ。
だから己を厳しく律し、聖乙女の座に就いてからも「世のためひとのため」を信条に頑張ってきた。
それによってわたしの名声は高まり、いいスパイラルができていたように思う。
だけど――ある日空から“天使ちゃん”が降ってきたことで全部変わってしまった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの結末にはさせない
小梅カリカリ
恋愛
5歳の誕生日に、自分の世界が乙女ゲームの世界とそっくりなことを知ったレティシア。
乙女ゲームの結末にさせないため、自分が幸せをつかむために奮闘する。
レティシアは言う。
「王妃になる気はないわ。何としても、自由な人生を掴むのよ。」
初投稿です。よろしくお願いします。
※カクヨム様にも投稿しています。
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛
卯崎瑛珠
恋愛
カクヨム中編コンテスト 最終選考作品です。
第二部を加筆して、恋愛小説大賞エントリーいたします。
-----------------------------
「本当は優しくて照れ屋で、可愛い貴方のこと……大好きになっちゃった。でもこれは、白い結婚なんだよね……」
ラーゲル王国の侯爵令嬢セレーナ、十八歳。
父の命令で、王子の婚約者選定を兼ねたお茶会に渋々参加したものの、伯爵令嬢ヒルダの策略で「強欲令嬢」というレッテルを貼られてしまう。
実は現代日本からの異世界転生者で希少な魔法使いであることを隠してきたセレーナは、父から「王子がダメなら、蛇侯爵へ嫁げ」と言われる。
恐ろしい刺青(いれずみ)をした、性格に難ありと噂される『蛇侯爵』ことユリシーズは、王国一の大魔法使い。素晴らしい魔法と結界技術を持つ貴族であるが、常に毒を吐いていると言われるほど口が悪い!
そんな彼が白い結婚を望んでくれていることから、大人しく嫁いだセレーナは、自然の中で豊かに暮らす侯爵邸の素晴らしさや、身の回りの世話をしてくれる獣人たちとの交流を楽しむように。
そして前世の知識と魔法を生かしたアロマキャンドルとアクセサリー作りに没頭していく。
でもセレーナには、もう一つ大きな秘密があった――
「やりたいんだろ? やりたいって気持ちは、それだけで価値がある」
これは、ある強い呪縛を持つ二人がお互いを解き放って、本物の夫婦になるお話。
-----------------------------
カクヨム、小説家になろうでも公開しています。
えっ、これってバッドエンドですか!?
黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。
卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。
あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!?
しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・?
よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?
山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる