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とは言えども、信じてもらえるとは思っていなかった。ミオリ自身、今でも信じられない気持ちでいっぱいだからだ。超常的な力で突如家から外へと連れ出されたなんて、そんなことを本気で主張したならば、頭がおかしいやつだと思われても仕方がないだろう。
ミオリは、ときおりつっかえながらも「真実」を話した。シュヴァーもラーセも、聞きたいことが色々とあるだろうに、ミオリの話の腰を折ることはしなかった。そのことにまず、ミオリは安堵して話し終えることができた。
しかし問題はここからだ。
「逃げたかったわけじゃないんだね」
シュヴァーはどこか、ほっとした様子だった。それを見て、先ほどまでのシュヴァーの顔が、多少なりとも強張っていたのだということにミオリは気づいた。ミオリは、シュヴァーの言葉に力強くうなずく。信じて欲しい気持ちが先走って、二度も首肯した。
ミオリにこの家から逃げたいという気持ちはなかった。逃げ出したとしても、行ける場所も、帰る場所もないのだということは、ミオリもよくわかっている。
「……仮に逃げたかったとしても、自然だと思うがな」
ラーセが、珍しくミオリを見つめていた。いつも通り、シュヴァーのようにわかりやすく目じりをゆるめるというような顔ではなかったものの、言葉からして、ミオリの気持ちに寄り添おうという意思は感じられた。
「急に変な世界に来て、閉じ込められっぱなしなんだ。俺たちに心を許せなかったり、逃げ出そうと試みるのは別に変な行動じゃない」
「でも今回の件はその……よくわからない不審な人物のせいなんだよね?」
ラーセがわざわざフォローするような言葉を口にしているのだとミオリも気づいた。シュヴァーも、ミオリに同意を求めるように視線を寄越す。ミオリはまた、黙ったままながらこくりと肯定のためにうなずいた。
「人間かもわからないしな。もしかしたら、女神様ってやつかもしれない」
「でも仮にそうだとしたらわけがわからないな。自分で女性たちを奪っておいて、別の世界からミオリちゃんみたいな小さな女の子を連れてくるなんて」
「神様なんて、理不尽なもんだろ。いずれにせよ、人間の合理で測れないものだったとしてもおかしくはない」
ラーセとシュヴァーのあいだで会話が始まってしまったので、ミオリは口を出さずに大人しくしていた。ふたりの口に上った「女神様」について聞きたい気持ちはあったものの、以前問いかけてみてあまりよい反応が得られなかったこともあり、ミオリは黙っているという選択肢を取った。
「……鍵のことはわかった。お前が玄関扉を通っていないのなら、施錠がそのままでもおかしくはない」
「状況自体は、だいぶおかしいけれどね……」
「どちらにしてもこいつには鍵を渡していないんだから、内から出られても外から鍵をかけることは不可能だ」
ラーセの結論に、ミオリはまた安堵の息を漏らす。ラーセとシュヴァーは、玄関扉の錠がかかったままという不可思議な状況も手伝ってはいるだろうが、ミオリの主張を信じてくれたのだ。それは少し心が浮つくくらいには、ミオリにはうれしいことだった。
「……元の世界に帰りたいか?」
そんな中、ラーセがぽつりとつぶやくような、それほど大きくない声量で問いかけの言葉を口にした。ミオリははじめ、自分に投げかけられた言葉だとすぐには認識できなかった。それくらい、なにげないような雰囲気をまとった言葉だった。
「それは」
ミオリは、言葉に困った。この世界ではミオリは明らかな異物だ。そんなミオリが生きて行くためには当然お金が必要で、それは今のところラーセやシュヴァーの懐から賄われている。それを考えると、自分はこの世界にいるべきではない人間なのだとミオリは思う。
けれども、ならば、「帰りたい」のか。当然「帰らなければならない」という気持ちはある。しかしラーセの問いかけに、ミオリは困ってしまったのが現実だ。「帰りたい」のではない。「帰らなければならない」のがミオリという存在だろう。
「……帰らないといけないと、思います」
ミオリはラーセからの問いかけと、自身の言葉の狭間にある溝を認識しながらも、そう答えた。そしてはっきりと言葉にしたことで、ミオリは自分に居場所など存在しないことに気づいた。この世界はミオリがいるべき場所ではなく、元の世界にもミオリがいられる場所なんてないことに気づいた。
ミオリは、急に暗い中空へと身ひとつで放り出されたかのような、心細い気持ちになった。けれどもその、言語化しづらい感情をぶつける先もなく、知らず知らずのうちにミオリはまたうつむいてしまっていた。
「……『帰りたい』とは言わないんだな」
「それは、その……」
ミオリが元の世界に戻れたとしても、母親や義父は喜ばないだろうという想像しかできなかった。あのふたりにはマナという娘だけが必要で、ミオリという娘はいらないのだ。ミオリはその事実をありありと理解してしまった。今までぼんやりと、思考を鈍麻させることで見据えようとはしなかったその事実を、ミオリはこの異世界でしっかりと見てしまった。
けれども、「元の世界に居場所なんてない」という事実を、頭では理解できても口にすることまではできなかった。その言葉を外へ吐き出した瞬間に、それは完全な、動かしがたい事実となってミオリの前に現れる。そんな気持ちに駆られて、恐ろしくて口になどできなかった。
「……お前が保護されたときに、検診を受けただろう。わけあって、そのときのカルテには俺たちも目を通してある」
ラーセの言葉に、ミオリは反射的に服の上から腕の内側を押さえてしまった。日に当たっていない、生白くて柔らかいその腕の内側の皮膚にあるものを、とっさに隠すように。
なんで今さらこの話題を出してきたんだろう、とミオリは思った。医師の診察を受けさせられたことは、もちろんミオリは赤ん坊ではないからわかっている。けれどもそのときにも、そのあとも、今の今までなにも言われはしなかった。問われはしなかった。
ミオリの体についた、不注意の怪我だと言い訳するには難しい――アザの数々については。
ミオリは、ときおりつっかえながらも「真実」を話した。シュヴァーもラーセも、聞きたいことが色々とあるだろうに、ミオリの話の腰を折ることはしなかった。そのことにまず、ミオリは安堵して話し終えることができた。
しかし問題はここからだ。
「逃げたかったわけじゃないんだね」
シュヴァーはどこか、ほっとした様子だった。それを見て、先ほどまでのシュヴァーの顔が、多少なりとも強張っていたのだということにミオリは気づいた。ミオリは、シュヴァーの言葉に力強くうなずく。信じて欲しい気持ちが先走って、二度も首肯した。
ミオリにこの家から逃げたいという気持ちはなかった。逃げ出したとしても、行ける場所も、帰る場所もないのだということは、ミオリもよくわかっている。
「……仮に逃げたかったとしても、自然だと思うがな」
ラーセが、珍しくミオリを見つめていた。いつも通り、シュヴァーのようにわかりやすく目じりをゆるめるというような顔ではなかったものの、言葉からして、ミオリの気持ちに寄り添おうという意思は感じられた。
「急に変な世界に来て、閉じ込められっぱなしなんだ。俺たちに心を許せなかったり、逃げ出そうと試みるのは別に変な行動じゃない」
「でも今回の件はその……よくわからない不審な人物のせいなんだよね?」
ラーセがわざわざフォローするような言葉を口にしているのだとミオリも気づいた。シュヴァーも、ミオリに同意を求めるように視線を寄越す。ミオリはまた、黙ったままながらこくりと肯定のためにうなずいた。
「人間かもわからないしな。もしかしたら、女神様ってやつかもしれない」
「でも仮にそうだとしたらわけがわからないな。自分で女性たちを奪っておいて、別の世界からミオリちゃんみたいな小さな女の子を連れてくるなんて」
「神様なんて、理不尽なもんだろ。いずれにせよ、人間の合理で測れないものだったとしてもおかしくはない」
ラーセとシュヴァーのあいだで会話が始まってしまったので、ミオリは口を出さずに大人しくしていた。ふたりの口に上った「女神様」について聞きたい気持ちはあったものの、以前問いかけてみてあまりよい反応が得られなかったこともあり、ミオリは黙っているという選択肢を取った。
「……鍵のことはわかった。お前が玄関扉を通っていないのなら、施錠がそのままでもおかしくはない」
「状況自体は、だいぶおかしいけれどね……」
「どちらにしてもこいつには鍵を渡していないんだから、内から出られても外から鍵をかけることは不可能だ」
ラーセの結論に、ミオリはまた安堵の息を漏らす。ラーセとシュヴァーは、玄関扉の錠がかかったままという不可思議な状況も手伝ってはいるだろうが、ミオリの主張を信じてくれたのだ。それは少し心が浮つくくらいには、ミオリにはうれしいことだった。
「……元の世界に帰りたいか?」
そんな中、ラーセがぽつりとつぶやくような、それほど大きくない声量で問いかけの言葉を口にした。ミオリははじめ、自分に投げかけられた言葉だとすぐには認識できなかった。それくらい、なにげないような雰囲気をまとった言葉だった。
「それは」
ミオリは、言葉に困った。この世界ではミオリは明らかな異物だ。そんなミオリが生きて行くためには当然お金が必要で、それは今のところラーセやシュヴァーの懐から賄われている。それを考えると、自分はこの世界にいるべきではない人間なのだとミオリは思う。
けれども、ならば、「帰りたい」のか。当然「帰らなければならない」という気持ちはある。しかしラーセの問いかけに、ミオリは困ってしまったのが現実だ。「帰りたい」のではない。「帰らなければならない」のがミオリという存在だろう。
「……帰らないといけないと、思います」
ミオリはラーセからの問いかけと、自身の言葉の狭間にある溝を認識しながらも、そう答えた。そしてはっきりと言葉にしたことで、ミオリは自分に居場所など存在しないことに気づいた。この世界はミオリがいるべき場所ではなく、元の世界にもミオリがいられる場所なんてないことに気づいた。
ミオリは、急に暗い中空へと身ひとつで放り出されたかのような、心細い気持ちになった。けれどもその、言語化しづらい感情をぶつける先もなく、知らず知らずのうちにミオリはまたうつむいてしまっていた。
「……『帰りたい』とは言わないんだな」
「それは、その……」
ミオリが元の世界に戻れたとしても、母親や義父は喜ばないだろうという想像しかできなかった。あのふたりにはマナという娘だけが必要で、ミオリという娘はいらないのだ。ミオリはその事実をありありと理解してしまった。今までぼんやりと、思考を鈍麻させることで見据えようとはしなかったその事実を、ミオリはこの異世界でしっかりと見てしまった。
けれども、「元の世界に居場所なんてない」という事実を、頭では理解できても口にすることまではできなかった。その言葉を外へ吐き出した瞬間に、それは完全な、動かしがたい事実となってミオリの前に現れる。そんな気持ちに駆られて、恐ろしくて口になどできなかった。
「……お前が保護されたときに、検診を受けただろう。わけあって、そのときのカルテには俺たちも目を通してある」
ラーセの言葉に、ミオリは反射的に服の上から腕の内側を押さえてしまった。日に当たっていない、生白くて柔らかいその腕の内側の皮膚にあるものを、とっさに隠すように。
なんで今さらこの話題を出してきたんだろう、とミオリは思った。医師の診察を受けさせられたことは、もちろんミオリは赤ん坊ではないからわかっている。けれどもそのときにも、そのあとも、今の今までなにも言われはしなかった。問われはしなかった。
ミオリの体についた、不注意の怪我だと言い訳するには難しい――アザの数々については。
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