そして、当然の帰結

やなぎ怜

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「井原くんのことが好きなんです」

 彼も小柄で、庇護欲をそそるような容姿をしていた。

 ただ、在雅がいわゆる「キレイ系」ならば、彼は「カワイイ系」だろう。

 京太郎はあからさまなオメガに見える彼を前にして、そんなことを考えていた。

 つい先日在雅が告白されたのと同じ場所で、京太郎はクラスは違うが同級生のオメガの男にそう言われて、目を白黒させるばかりだ。

 京太郎は在雅の影に隠れがち――というわけでもないが、しかし彼に比べればこういった類の告白をされることは稀だった。

 それには京太郎のどこか威圧的な容姿が関係しているのかもしれないし、単純にアルファとして、男としての人気がないだけなのかもしれない。

 いずれにせよ、こうして真っ向から京太郎に好意を告げてくる人間は、珍しいということであった。

 そう広くない肩幅、華奢な腕、細い腰。そういうものを見ると自然と在雅を思い起こしてしまう。

 ――つい先日、好きなひとがいることを肯定した、彼のことを。

「お試しでも遊びでもいいんです! どうか僕と一度だけでいいから付き合ってください!」
「――そういう提案はいただけないな。もっと自分を大切にすべきだ」

 京太郎が目を細めれば、オメガの彼はあからさまにおどおどとした態度を取る。

 それでもそれは長くは続かず、そらされていた瞳もすぐに京太郎の目へと戻った。

「――それくらい、好きなんです。遊びでもいいからって、思うくらい」
「オレとは顔見知りでもないだろう」
「……一目惚れしたんです。あの、知り合いが剣道部にいて、それで、試合を見に行ったときに井原くんを見て――」

 そう言われても、京太郎にはピンとこなかった。

 彼がオメガだろうと見当をつけても、その性に惹かれることもない。

 一目惚れ。試合を見たということは、オメガとして京太郎の体格や、勝負強さに惹かれたのだろうか?

 色々と考えては見るものの、ここまでの情熱を向けられる理由が、やはり京太郎にはよくわからなかった。

 それに、情熱があるのはよろしいものの、その使いどころはいただけない。

 しばしば品行方正がすぎると形容される京太郎は、自然と顔をしかめてしまう。

「井原くんは……宮益くんとつがいなんですか?」

 泣きそうな顔で見られると、悪いことをしているわけでもないのに、京太郎は弱ってしまう。

 おまけにここでも在雅とつがいだという、根も葉もないウワサが飛び出てくる始末だ。

 京太郎は平静を装って彼の問いを否定した。

「違う。それは単なるウワサだ」
「じゃあ……じゃあ、宮益くんとつがいじゃないんだったら、ぼくと――」
「それは、できない」
「どうして……」

 今、京太郎には付き合っている相手もいなければ、明確に恋情を抱いている相手もいない。

 となれば試しに告白してきた彼と付き合ってみる……というのも、ひとつの手段だろう。

 あるいは返事を保留にして、あとで答えを出すということもできた。

 ……けれども、そのような気持ちでは、いずれにせよ早晩、彼を傷つけることになるだろう。

 なにより、京太郎は在雅に対してひとことでは言い表せない感情を抱いてしまっている。

 そういう気持ちは隠していても、隣にいればわかってしまうものだ。

 それがわかったとき、もし恋人でもいれば彼、ないし彼女は傷つくことになるだろう。

 だからこそ、京太郎は今目の前にいるオメガの彼の気持ちには、応えられないと考えた。

 そういうことを――在雅の部分はあえて省いて――京太郎はとつとつとオメガの彼に伝える。

 オメガの彼はそれを聞いて京太郎を情のない人間だとなじることもなかったし、いつかのマネージャーのように機嫌を損ねるようなこともなかった。

 ただ、泣きそうな顔をしながらも一度京太郎に頭を下げて、「僕の話、聞いてくれてありがとう」と言って走り去ったのだった。

 後味は、当然よくない。

 けれども今の京太郎が、彼の願いを叶えられるはずもなかった。

 仕方のないことなのだ、と自分に言い聞かせようとはするものの、やはりもやもやとした雲のようなものが胃の腑を覆う。

 ――在雅から「発情期が来た」、と短いメッセージが届いたのは、そんなときだった。


 *


 ちょうど、今は考査期間を前にして部活動が休みに入ったばかりだった。

 当然のように京太郎は在雅に付き添って、ひと通りの少ない昼の住宅街をのろのろと歩いて行く。

「発情期が来た」とは言ったものの、まだフェロモンが無制限に垂れ流されるような状態にまではなっていない。

 在雅はまだ成人していないため、発情期の期間が一定ではない。しかし、フェロモンが分泌されるパターンは、あるていどは定まってきている。

 在雅の場合は発情期が始まってからすぐはフェロモンはそれほど分泌されない。二日目、三日目に性欲が増大すると共にフェロモンも強く周囲に散布されるようになる。

 そして三日目を頂点として、四日目には急激に性欲もフェロモン放出も減退する。

 早熟で発情期が来るのも早かった在雅は、おおむねそのような感じだった。

「テスト期間に入る前でよかったな」
「ああ……」

 在雅の家も、京太郎の家も共働きの家庭である。

 ひとの気配のない在雅の家の玄関に、真昼間からいるのはなんだか京太郎を不思議な気分にさせる。

 加えて、つい先日在雅への形容しがたい感情を自覚してしまったばかりだ。

 こういうことをするのも、もしかしたらこれで最後になるかも思うと、京太郎はなんとなく名残惜しい思いに駆られてしまう。

「……すまない。俺の部屋まで付き添ってくれないか?」
「いちいち謝らなくていい。それくらい付き合ってやる」

 在雅とは違う、筋張ったごつごつとした手で彼を支える。

 在雅の体は、どこも柔らかい。

 さすがに女性性のオメガと比べれば肉は薄いが、それでも年頃の男性性にしては、肉づきはよいほうであった。

 階段を上がるのも、在雅は苦しそうにしている。

 こういう姿を見るたびに自分になにかできないかと考えはするものの、つがいでもない自分には結局なにもできることはないのだと、京太郎は思い知るばかりだ。

 ――発情期にもっとも覿面なのは、もちろんその本能に従って性交をすることである。

 だから、京太郎が在雅にしてやれることはない。

 一時の性欲に駆られて体を重ねることなど在雅はしないのだと、なにより京太郎は知っているからだ。

 当人の外見の印象そのままの、整えられた在雅の部屋に入り、京太郎はベッドのふちに彼を座らせる。

 そこでようやくひと息つけたらしく、ふーっと在雅が息を吐いた。

「京太郎……」
「どうした? 水でも持ってくるか?」
「水は……今はいい。それより」

 ふいに在雅の手が鍛えられた京太郎の腕をつかむ。

 そうしてなにか京太郎が考えるより早く、在雅の手が前に引かれた。

 そこで倒れこむような京太郎ではなく、たたら踏んで勢いに耐える。

「……残念」
「なにが」
「このまま俺を押し倒してくれないかと思ったんだが」
「……あんまりそういうことはするな。お前は――」
「オメガだから?」
「ああ」

 発情期ゆえに濡れた瞳が京太郎を見上げる。

 そんな在雅を見ると、京太郎は奇妙な気分に襲われた。

 足元がぐにゃぐにゃとなってしまうような、尻の置き所に迷ってしまうような、そんな気分だ。

「……悪戯心で軽率にそういうことをすると、勘違いする輩が現れないとも限らん」

 いや、可憐な在雅が相手では、十中八九誤解が生まれる。

 在雅がこちらに気があって、誘っているという、甚だしい誤解だ。

 しかし――

「勘違いして欲しくてしたんだ」

 きっぱりとした在雅の物言いに、京太郎は思わず瞠目する。

「京太郎、俺とセックスしてくれ」
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