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神業すぎる整体師の情事

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 ――― カランカランッ


 入り口の扉が、聴き慣れた鈴の音を鳴らしながら開かれる。

「……こ、こんばんは」
「ああ、高橋様。いらっしゃいませ」

 そこから現れた人物に、私は相好を崩す。初めて会った時には歩くのも辛そうで、げっそりと顔色を悪くして訪れた高橋様だったが、毎週の施術を続けるうちに、段々と肌艶も良くなっているような気がするのは、きっと私の欲目ではないだろう。

「腰の調子はどうですか?」
「あ、はい。先生に言われたストレッチ、続けてみたら結構いい感じです」

 へにゃ…と目尻を下げて笑うのはこの人の癖みたいだ。一見どこにでもいるような非常に一般的な容姿の男性なのだが、不意に見せる表情が何故か庇護欲を擽ることもあれば、それとは逆にとんでもない嗜虐心を自分に植え付けてくるのだ。


(本当に、面白い人だ……―――)


 『ゴッドハンド』というのは、学生時代の友人がふざけてつけた渾名(あだな)だった。

 昔から祖父に整体技術を仕込まれていた私は、人体における筋肉や関節、骨格の造りから、それらを矯正するための知識と技量を有していた。
 将来整体院を継ぎたいとも思っていたし、武者修行のようなつもりで友人や、その友人、さらにその先の友人に片っ端から施術を行なっていた。私はその地道な努力によって、人の身体に触れた際のわずかな反応で、どれくらいの力加減が適切か、どこがその人にとって「気持ちのいい」箇所なのかが分かるようになったようで。これは施術の時にも、でも、非常に便利で有用な技術なので重宝していた。

 仲間内だけで通じる異名だったはずなのだが、巡り巡って何故かこの特別なお客様に伝わったらしい。

「……ふふっ」

 高橋様が施術着に着替える間、カルテを見ながら初めて来院した際のアンケート内容を思い出して笑っていると、不思議そうな顔をした彼に首を傾げられる。

「島崎先生?」

「あぁ、これは失礼いたしました。準備は出来ましたか?」
「はい! 今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それではまず通常コースから。今日も腰から状態を診ていきますので、うつ伏せでお願いいたします」

 律儀にぺこりと頭を下げる高橋様につられるようにしてお辞儀をする。そうして挨拶を終えてから施術に移るのが、ここ最近のお決まりだった。

 これから行うのは通常通りの施術と、の二種類だ。それぞれ45分ずつ、計一時間半を使って丁寧に身体を解していく。内容によってはどちらかに時間を多く振り分けることもあったが、しっかりとお金をいただいている以上、高橋様の身体も、心も、とき解して差し上げたい。
 私は整体師としてのプライドと個人的な好意で、彼の長年の悩みであるという腰の痛みを緩和出来ればと本気で思っている。

「っん……♡ ぁっ、ぁ……」

 少しずつ力を入れていけば、高橋様の唇から艶かしい声がこぼれ出る。初めてそれを聴いた時には些か驚いたものの、妙に心地いいその響きに魅了されて、もっと聴きたいという欲望のもと、いつも以上に力の入った施術を行ってしまったものだ。

「ゃんっ♡ ぁあっ、先生……っ、先生……っ! もぉ、そんなに、ぐりぐり……されたら……っぁ…っ♡」
「ここがどうしても凝ってしまうようですね。うーん、私の力不足で申し訳ないです」
「っんん、そ、そんな……♡ 先生には、いつもっ、んぁッ♡ よくして、貰ってますぅぅ……っ♡♡」
「そうでしょうか。高橋様は褒め上手ですね」

 そう答える私の声に、喜色が混じってしまうのも仕方がないことだろう。本当にこの高橋様という人は、全面的に私のことを信頼、信用してくれているようだ。どうやらこの「人に触れられると出てしまう恥ずかしい声」が幼少期から彼にとってはコンプレックスだったようで、それをおかしい事ではないのだと受け入れた私を、刷り込みのように信じ切っていた。

 それこそ、普通では考えられない施術を行ったとしても、何も疑問に思わない程に。



 ――― ピピピピ……ッ


 鳴り響く機械音。これは通常コースの終わりを告げるアラームの音。
 それを聴いて、手に触れる高橋様の身体がぴくりと揺れたのを感じる。期待で震えるかのようなその様子に口元を緩めながら、あえて耳のすぐそばまで近づき、吐息を多く含んだ声で囁く。

「次は、特別コース、ですね」
「……っ♡ は、はい……っ!」

 顔を真っ赤にさせた高橋様は、先ほどまでの心地よさで力が入らないのだろう身体を懸命に起こして、のろのろと施術服を脱いでいく。




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