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47_早くも撤退戦
しおりを挟む(とりあえず、状況は整ったわ。――――勝負は、ここからね)
近衛兵達の予想外の動きに動揺させられたものの、なんとか作戦通り、エセキアスの隣のスペースを確保できた。
そして狙い通り、陣形は崩れ、両軍は入り乱れている。――――この状況でドラゴンを召喚すれば、味方まで焼き殺してしまうことになるから、エセキアスはドラゴンレーベンを使えない。
エセキアスは亜人達の猛攻に怯えていて、私のほうを見ようともしなかった。おそらく、私が隣にいることすら、意識にないはず。
(今のうちに!)
私は指輪に加工した水晶玉を、エセキアスの手に押し当てる。
「うわっ!」
だけど水晶玉が効果を発揮する直前に、誰かに背中を押され、私の手とエセキアスの手はすれ違ってしまっていた。
「何をするんだ!」
私の背中を押したのは、近くにいた近衛兵だった。苛立った近衛兵の間で小競り合いが起こり、突き飛ばされた一人が、私に寄りかかってきたのだ。
「先に押したのはお前だろう!」
「何を言う! お前のほうが――――」
「うるさいぞ、お前達! こっちに来るな!」
今度は後ろから、エセキアスの怒声が飛んできた。
何事かと振り返ろうとしたけれど、その前に私は突き飛ばされて、前によろめく。
(え? 何?)
自分の身に何が起こったのか理解できず、頭が真っ白になってしまった。
「前に出ろ!」
「わっ!」
さらにもう一度、エセキアスに背中を押され、私は前に倒れそうになる。何とか踏み止まったものの、私の隣に立っていたエセキアスの近習は強く突き飛ばされ、顔面から倒れていた。
ようやく私は、事態を理解する。
「俺を守るために、盾になれ!」
――――パニックになったエセキアスが、近くにいた人を手当たり次第、突き飛ばしていたのだ。
「陛下、どうか落ち着いてくだ――――」
「俺以外は全員、外に出るんだ! この粗末な建物を死守しろ!」
「きゃあ!」
近習がエセキアスを宥めようとするも、その努力も虚しく、私達はそのまま背中を押され続け、民家の外へ押し出されてしまった。
「うぶっ・・・・!」
しかも最悪なことに、足がもつれて入口の段差を超えられず、私は顔から地面に倒れてしまう。
「痛――――っ!?」
「魔物を追い払うまで、中には戻ってくるな!」
トドメとばかりに、痛みで立ち上がれずにいる私達にそんな台詞を投げ付け、エセキアスは勢いよく、扉を閉めてしまった。
(あいつ・・・・! どこまで最低なの!?)
痛みと怒りにのたうちながら、私は何とか、片膝を立てる。
扉は、硬く閉ざされていた。閂が賭けられたのか、押しても引いても、反応がない。――――混乱に乗じて、エセキアスのドラゴンレーベンの力を封じるという作戦が失敗したのだと、受け入れなければならなかった。
――――ドラゴンレーベンを奪うという目的は果たせなかったものの、トリエルの嘆きを避けられたのだから、今回はそれで納得するしかない。
(・・・・でも今は、落ち込んでいる場合じゃない)
私は唇を噛みしめ、無力感を頭の端に追いやる。
「きゃあああ!」
村には悲鳴と、怒号が飛び交っていた。砂埃がレースのカーテンのように景色をぼやけさせ、全体像は判然としないが、大勢の人が逃げ惑っている気配は伝わってくる。
(事態を収拾しないと・・・・!)
ある程度の混乱は予想していたけれど、エセキアスと近衛兵の予想外の行動で、混迷の度合いが深まっていた。
近衛騎兵第三連隊が早い段階で戦意を喪失したから、戦いというよりは、村という狭いフィールドの中で繰り広げられる、壮大な鬼ごっこがはじまっていた。近衛兵達が逃げ、鬼である亜人達が追いかけるという構図だ。
だけど幸か不幸か、近衛兵がまったく戦おうとしなかったおかげで逆に衝突が起こらず、当初の予定通り、怪我人はほとんどいないようだ。
(だけど、このままじゃ駄目だわ)
村人の大半は避難し終えたようだけれど、まだ逃げ遅れた人が数人、村内を走りまわっている。彼らがこの無様な追いかけっこに、巻き込まれないようにしなければ。
「もう何が何なんだよ! 俺達は誰を攻撃すればいいんだ!?」
リュシアン達ももう、何をすればいいのかわからなくなっている様子だ。
(私が何とかしないと・・・・!)
この戦いを仕掛けたのは、私だ。自分の手で収集しなければならない。
「こっちに来るな! 来るんじゃない!」
そんなことを考えている間に、あろうことか、近衛兵の一人が村人を羽交い絞めにすると、彼を盾にして、剣を振り回した。
「ち、近づいたら、こいつを殺すからな!」
(何でよ!)
なぜその脅し文句が、亜人に通じると思ったのか。村人の家族にたいしてなら効果はあるけれど、村人と縁もゆかりもない亜人が、その脅しで足を止めるはずがないのだ。
「殺すぞ! 本当に殺すからな!」
――――亜人達が動きを止めないと、その近衛兵はあろうことか、村人の喉元に剣を突き付けた。
「ひっ・・・・!」
村人は青ざめ、硬直する。
その光景を目撃して、頭の奥がかっと熱くなった。
そして、身体が勝手に動く。
「あっ・・・・!」
私は近くにいた近衛兵の腰から、鞘ごと剣を引っ手繰ると、それを鞘から抜かないまま、村人を羽交い絞めにしていた近衛兵の頭を殴りつけた。
「ぐっ・・・・!」
近衛兵は白目をむいて、その場に崩れ落ちてしまう。
私の突然の行動に、まわりは仰天して、束の間、時が止まったように誰も動かなくなっていた。逃げ惑っていた人達まで、ぴたりと動きを止めている。
「守るべき人達を盾にするなんて、恥を知りなさい!」
「妃殿下・・・・」
「ボス・・・・」
とんでもないことをしてしまったと、突き刺さる視線で気づいた。――――でも、勢いよく飛び出してしまった手前、もう引っ込みがつかない。私は必死に、打開策を探して頭を回転させる。
――――だけどここからの誤魔化し方が、絶望的なまでに思いつかない。
「・・・・ひ、妃殿下? なぜ味方を攻撃したのですか?」
近くにいた近衛兵が怖々と、問いかけてきた。
「む、村の人達を盾にするような真似をしたからよ!」
「し、しかし――――」
「私が相手になるわ!」
こうなったら、とことん勢いで押し切るしかないと腹をくくり、私は剣を構え、亜人達の前に飛び出していった。
「・・・・・・・・は?」
亜人達の目が、丸くなる。
「誰も戦わないのなら、私が戦うわ! さあ、かかってきなさい!」
亜人達の前に飛び出して、目立つことで彼らの注目を集め、口の動きだけで撤退だと伝える。――――最善の作戦だとは言えないけれど、とっさに考えた作戦にしては、マシなほうではないだろうか。
(どうか通じて!)
そう願い、口の動きだけで、撤退、撤退と繰り返した。
(お願いだから、気づいてよ!)
どうか通じますようにと願い続けたけれど――――案の定、察しが悪い亜人達は棒立ちのままで、気づく気配すらなかった。
「ボス、なんで――――」
「どうしたの? かかってこないの!?」
「いや、わけがわからないんだけど――――」
「そっちが来ないなら、こっちから行くわよ!」
近衛兵達が見守る中で、会話をするわけにはいかないのに、空気を読めないリュシアン達は普通に話しかけてこようとする。私は声を張り上げ、リュシアン達の声を強引に掻き消すしかなかった。
(どどど、どうすればいいの!?)
――――作戦を考えようとしても、混乱した頭は限界まで絞った雑巾のような状態で、妙案なんてもう何も出てこない。
(誰か、助けて!)
その時、鋭い声が飛んできた。
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