上 下
24 / 118

23_ぼろぼろの凱旋

しおりを挟む


 私達が城門に近づくと、見張りの兵士達の動きが忙しくなり、楼閣の上のやぐらに人影が集まった。


「何者だ! それ以上近づくなら、攻撃するぞ!」


 遠目では誰なのかわからなかったようで、警告を受けてしまった。


「スクトゥム騎士団の団長、エンリケ・カルデロンだ! 開門してくれ!」

「カルデロン卿ですか!?」


 兵士の声が明るくなる。


「妃殿下もご一緒なのですか!?」

「ああ、妃殿下も我らとともにいらっしゃる」

「団長と妃殿下がお戻りになられたぞ!」


 兵士達は胸壁の上で盛り上がり、笑い声が落ちてくる。私達は門の前で、騒ぎが静まるのを待った。


「団長! 妃殿下! 無事の御帰還、我ら一同お喜び申し上げます!」


「どうも、どうも」


 エンリケは笑うけれど、笑っていても疲れは隠せていない。


「妃殿下はお疲れだ! 早く休ませたい! ただちに開門せよ!」


 エンリケの代わりに、アルフレド卿が声を上げる。


「はい! ただいま開門いたします!」



 そして、門は開かれる。


 普段通りの朝を迎えていたブランデの人々は、まず突然の開門に驚き、満身創痍の私達を怪訝そうに見やった後、荷台に乗っている化物の首に仰天する。そうして彼らの足は止まり、あっという間に、私達は人々のざわめきに取り囲まれていた。


 だけど魔王の首が発する異様な気配におののいているのか、積極的に近づいてくる人はいなかった。



「カルデロン卿、その首は一体、何なのですか?」


 胸壁から降りてきた兵士が、怖々と首を覗き込む。


 アルフレド卿が、兵士に事情を説明してくれた。


「ま、魔王を!? それは本当ですか?」


 兵士は目を丸くし、食い入るように荷台の首に見入る。

 そうこうしているうちに、私達のまわりには人だかりができていた。


「人払いを頼む。今は急いで城に帰還しなければならないんだ」

「す、すみません」


 兵士は我を取り戻し、民衆の前に立つ。



「道を開けろ! 魔王を倒した、勇者御一行の凱旋だ!」


 兵士の言葉に、ぎょっとする。彼が民衆を煽るようなことを言ったものだから、騒ぎはさらに大きくなってしまった。



「魔王を倒した!?」

「まさかと思っていたが、荷台に乗っているあの不気味な頭は、魔王オディウムの首か!?」

「信じられない・・・・本当に魔王を討ち取ったのか?」


 事態を呑み込むと、民衆の声は歓声に代わっていた。


「これはめでたい! めでたいぞ! 数百年にわたって、カーヌスを苦しめてきた魔王が、ようやく討伐されたんだ!」

「魔王を討ち取ったのは、カルデロン卿なのか?」

「おい、お前ら、近づくんじゃない!」


 歓喜する民衆が押し寄せてきて、私達は押し潰されそうになる。


「うわっ・・・・!」

「ルーナティア妃殿下、こちらへ」


 突き飛ばされ、倒れそうになった私を、またエンリケが支えてくれた。

 この騒ぎにおののいた騎士達の顔からは、とっくに笑顔が消えているのに、民衆はそれに気づかず、下がろうとはしない。火が付いたような勢いだ。


「おい、お前達! 下がれって言ってるだろ!」


 兵士が止めても、彼らの耳には入らない様子だった。


「お前が余計なことを言うから!」

「す、すみません・・・・!」


 意図せず、民衆の好奇心に火をつけてしまった兵士は、この騒ぎを目の当たりにして反省したのか、慌てている。


「馬車を用意しました! お乗りください!」

「助かった!」


 もう一人の兵士が仲間のフォローをするために、馬車を用意してくれた。


 これでこの騒ぎを抜けられる――――と安堵したのも束の間、馬車を見て、私達は落胆する。残念ながら馬車は二人乗りで、全員が乗ることはできない。


「今借りられる馬車が、これしかなくて・・・・申し訳ありません」

「いや、構わない。エンリケ、お前がルーナティア妃殿下を城までお連れしろ。俺達も、すぐに後を追いかける」

「わかった」


 私はエンリケに手を引かれ、馬車の中に駆け込んだ。


「ふう・・・・」

「お怪我はありませんか、妃殿下」

「だ、大丈夫。ありがとう」

 もみくちゃにされている間に、爆発に巻き込まれたように逆立った髪型を手櫛てぐしで戻し、スカートの皺を伸ばす。


「・・・・大変な騒ぎになりましたね」


 馬車が出発した後もしばらくは、窓の外に追いかけてくる人々の姿がちらついていた。御者が速度を上げてくれたようで、幸い、引き離すことができたようだ。


「なんで俺達を追いかけてくるんだか・・・・」

「そんなの、決まってるじゃない。みんな英雄の姿を、一目見たいのよ」

「英雄って・・・・まさか俺のことですか?」


 エンリケは目を丸くする。私はその反応を、おかしく思った。


「他に誰がいるの?」

「魔王の討伐は、スクトゥム騎士団の団員達の力で、成し遂げたことですよ」

「そうだとしても、騎士団を指揮して、それを成功させたのはあなたよ」

「俺よりも、魔王に囚われていた姫の姿を、一目見てみたかったんじゃないでしょうか?」

「姫ぇ・・・・」


 姫という響きに、脱力してしまう。


「私が、姫という言葉に相応しいと思う? ・・・・それに一応、結婚したことになってるから、もう姫なんて呼ばれる身分じゃない」

「人妻って、なんか蠱惑的な響きですよね」

「・・・・・・・・」

「す、すみません、空気を和ませようとしたんですが、失言だったようです。不謹慎でした、許してください」


 馬鹿な会話をしているうちに、馬車はいつの間にか城門に到達していた。



 城門を抜けたところで、私達は馬車を下りる。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...