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16_脳筋な魔王様
しおりを挟む「この呪いを解くには、ドラゴンレーベンの力を、この力を与えた〝何か〟に返さなければならない」
「どうすれば、それに力を返すことができるの?」
するとオディウムは薄く笑う。
「・・・・方法は簡単だ。――――現在のドラゴンレーベンの保有者であるエセキアスを、ドラゴンの口の中に放り込んでやればよい」
「っ・・・・!」
「原書を読むかぎり、所有者が死ねば、契約は無効となるようだ。。ドラゴンレーベンの支配から解き放たれれば、ドラゴンは命令に従わなくなるらしい。エセキアスに近づける貴様なら――――暗殺も可能かもしれぬ」
呼吸が止まり、私は声が出なくなった。その言葉の意味なんて、考えなくてもわかることなのに、呑み込むまで長い時間がかかってしまったのだ。
「――――まさか私に、エセキアスを殺せって言うの?」
思わず聞き返すと、オディウムは私を嘲笑するような笑みを浮かべる。
「何を間の抜けた顔をしている? 私がただで真実を教えてやるためだけに、わざわざ貴様を呼び寄せたと思っているのか?」
「・・・・・・・・」
「・・・・予想以上に頭が悪いな。これでは、先が思いやられる」
オディウムは額をさする。
「頭が悪い貴様のために、わかりやすく説明してやろう。エセキアスの息子が産まれる前に、奴を殺せ。そうすれば契約は無効となり、ドラゴンが奴の死体を食らうために現れるだろう。ドラゴンレーベンは、本来の持ち主の手元に戻るのだ」
呆然と立ち尽くす私に向かって、オディウムはそう言った。――――いや、命じた。
「そ、それはおかしいわ。じゃあどうして、歴代の保有者が亡くなった時に、ドラゴンの反逆が怒らなかったの?」
「ドラゴンレーベンを失わないために、保有者に死が近づくと、その人物が完全なる死を迎える前に、息子に継承させてきたからだ。そのやり方で契約を、半永久的に持続させてきた」
ドラゴンレーベンの継承は、宿主である国王が亡くなった直後、一部の王室関係者によって、ひっそりと執り行われる。外部の者の立ち入りは許されず、継承のためにどのような儀式が必要なのか、一部を除いて誰も知らない。
「・・・・いいえ、それはおかしいわ。だって過去には、国王の死に際に、王子が間に合わないこともあった。戴冠式が執り行われるまで、国王の遺体は城の地下に安置されていたそうだけれど、その後もドラゴンレーベンは問題なく、次の国王に引き継がれているのよ」
保有者の死の直後に契約が無効になるのなら、とっくの昔に、ドラゴンレーベンはカーヌスから失われていたはずだ。
「おそらく城の術者が、ドラゴンレーベンの力を一時的に死体に封じ込めているのだろう。長いカーヌスの歴史の中で、関係者はドラゴンレーベンを研究し続け、ある程度封じ込めることもできるようになったのだろう」
「・・・・・・・・」
オディウムの笑みが深くなる。
「エセキアスが死に、その遺体をドラゴンへ返せば、呪いに苦しむカルデロンの亡霊達が、解放されるんだ。そのために力を尽くそうとは思わないのか?」
「どうにかしたいって、私だって思ってるわ! でも、私には無理よ! エセキアスのまわりには、常に近衛兵がいる。殺す隙がないわ!」
するとオディウムは、ますます不機嫌な顔になる。
「本当に頭の悪い女だ。罠を仕掛けるなり、毒を盛るなり、色々と方法があるだろう」
「エセキアスは私が作ったものなんて食べない。それに食事の前に必ず毒見役に食べさせて、無毒だと確信できた料理しか口にしないの。もちろん調理場からテーブルまで、大勢の人が監視しているから、こっそり毒を入れるなんて不可能よ」
「・・・・ほう」
オディウムは、なぜか感心したような反応を見せていた。
「ドラゴンレーベンのみに頼る、愚かな国王かと思いきや、意外に用心深いのだな。・・・・だが、決死の覚悟で挑めば、貴様のような小娘にもできるはず」
「それじゃ、私が殺される」
「――――ならば、死ね」
オディウムは迷いなく、その一言を吐き捨てた。私は雷に打たれたように、呆然と立ち尽くす。
「貴様は幸い、呪いの影響で、死んでもまたよみがえる。エセキアスに近づけば、殺されるというのなら、成功するまで死んでやり直せばよかろう」
オディウムの、軽々しい言葉が信じられなかった。
何度も死んで、学ぶ。そういうのは簡単だけれど、そのたびに私がどれだけの苦痛と恐怖を味わわなければならないのか、そのことはオディウムも理解しているはず。その場で斬り殺されるかもしれないし、国王を殺そうとした重罪人として、じわじわと嬲り殺されるのかもしれないのだ。
なのに彼は当然のように、私にその犠牲を払わせようとしている。
「何度も死に、そのたびに学べ。私達の目的は一致している。――――エセキアスを殺し、呪いを解くこと。なのに、なぜ迷う?」
「か、簡単に言わないでよ。まずは考えさせて」
そう答えるのが、やっとだった。
だけどオディウムは、私の答えを嘲笑う。
「考える、だと? ・・・・貴様はどうやら、勘違いをしているようだな」
「・・・・どういう意味?」
「――――貴様に、拒否権などない」
オディウムの声は、刃のように鋭かった。
「貴様に残されているのは、私に従うか、それとも死ぬか――――その二つの選択肢だけだ」
「エセキアスを殺すことに成功したら、呪いは解けて、私は蘇らない。それでもやれというの?」
「だとしても――――やれ」
オディウムは笑いながら、なおも私に迫る。
私には退路がない。だから、少しでも現状を打破する手がかりが得られれば、と、藁にも縋る思いで、敵地に乗り込んできた。
――――だけど、オディウムも私の味方じゃない。
よく考えなくても、当たり前の話だ。何百年もの間、国を荒らし、カーヌスの人々の命を蹂躙してきた悪魔のような存在が、私のちっぽけな命を顧みるはずがないのだ。彼にとって私は、はじめから捨て駒でしかなかった。
「・・・・いや、今回は諦めたほうがいいかもしれぬな。ここで貴様を城に戻したところで、初夜に脱走した王妃を、エセキアスが信用するとは思えぬ。・・・・一度殺して、やり直させたほうがいいかもしれん」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
近づいてくるオディウムを見て、私はパニックになった。
このままだと、私は本当にまた殺されることになる。でも逃げたくても、ここは敵地のど真ん中、逃げ道があるとは思えない。
「ここで死んでも、貴様はよみがえる。なのになぜ、慌てるのだ?」
「殺される身にもなってよ! 痛くて苦しくて、恐ろしいのよ!」
火に追いつめられ、塔から飛び下りることにも、大きな勇気が必要だった。剣の前に、首を差し出す気にはなれない。
「首を綺麗に刎ねてやる。首が飛んでも、少し意識が残るそうだが、それは我慢しろ」
「首を刎ねる前に、そういうこと言うの、やめてくれる!?」
「ボス!」
その時広間に、リュシアンが駆け込んできた。
「・・・・何だ、騒々しい」
大事な話を中断することになり、オディウムは不快感を滲ませる。
「誰かが、白煙の樹海に入ってきた! 多分、スクトゥム騎士団だ!」
その報告にオディウムは顔色を変え、勢いよく立ち上がっていた。
そしてオディウムは、私を睨みつける。
「貴様が連れてきたのか」
「わ、私は誰も呼んでない!」
まさか、私を捜しに来たのだろうか。この速さでスクトゥム騎士団に追いつかれるなんて、私にとっても予想外だ。
「スクトゥム騎士団は、エセキアスの味方よ。私が呼ぶはずがないでしょ」
そう主張したものの、オディウムの目から疑心が消えることはなかった。
「・・・・まあ、いい。リュシアン」
「何です、ボス」
「その女を地下に閉じ込めておけ」
「わかりました」
リュシアンが近づいてくる気配を、背中に感じる。
「スクトゥム騎士団のほうはどうします?」
リュシアンのその問いかけに、オディウムは薄く笑う。
「――――無粋にも、私の領地に、許可なく踏み込んできた輩には、私みずから、丁寧にもてなすことにしよう」
オディウムが一歩前に踏み出すと、地鳴りのようにわずかに地面が振動した。
――――オディウムの身体が膨張したように見えて、私は目をこする。
だけどそれは、目の錯覚ではなかった。
実際にオディウムの身体は、内部から押し広げられるように膨張していた。骨がきしみ、何かが千切れるような音がするたびに、苦しげに食い縛られたオディウムの奥歯から、苦痛の音が吐き出される。
オディウムの肌色は、内側から膨らんだ肉に食い破られ、緑色の鱗に覆われた外皮が表れていた。
「な、何? 何が起こっているの?」
目の前で異様なことが起こっているのに、私は根が生えたように、動けなかった。
やがてオディウムは、体高四メートルはありそうな、獣の形状へと変貌していた。
――――巨大なトカゲを思わせるその姿は、伝説通りの姿だった。あるいは首が短いドラゴンのようでもある。
体表は緑色に輝く鱗で覆われていて、口は鰐のように大きく、胴体は太くて、尾は短い。頭部の角の間には少量の髪があり、金色に輝く瞳の内部には、黒い縦線が瞬いている。その瞳に蓋をする瞼は、彼には存在しなかった。
背中には、蝙蝠の羽に似た巨大な両翼がついている。広げた翼を幅に加えると、横幅は五メートルにも及びそうだった。
「あれがオディウムの本当の姿なの・・・・?」
私の問いかけに答えてくれる人は、誰もいなかった。
オディウムは広げた両翼をはためかせる。羽が風を巻き上げ、絡めとられた砂が宙を舞う。私が目を守るため、瞼を閉じている間に、オディウムの気配は上空へ消えていた。
目を開けると、すでにオディウムの姿はそこにはなかった。天井に開いた巨大な穴から、外に飛び出していったようだ。そこでようやく、私は天井の巨大な穴の意味を知る。
しばらくはその穴から、羽音が落ちてきていたけれど、やがてそれも聞こえなくなった。
「さあ、行こう」
リュシアンにうながされ、私は呆然としたまま歩き出した。
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