10 / 118
9_白煙の森と魔王城
しおりを挟む――――遠乗りはいいものだ。
馬の背に乗り、夜明けの瑠璃色が染め上げる道を一心に駆け抜け、風を浴びていると、どこまでも逃げたい衝動に駆られる。
夜明けの光は、馬の鬣まで美しく輝かせ、私は思わず、その毛並みに触れていた。
(こんな風に、自由になれたらいいのに)
今思えば、私の人生は、箱に閉じ込められていただけの一生だった。子供時代はリーベラ家の屋敷に、嫁いでからは、オレウム城の北の塔に閉じ込められていた。
――――いや、自分の意志で閉じこもった。何もかもがつらかった。
こんな開放感を味わった瞬間は、数えるほどしかなかったように思う。
だけど、解放感は長くは続かない。
――――目の前に、目的地である白煙の樹海が広がっていた。
その樹海には一年中、白煙のような薄黒い濃霧が蔓延っている。だから、白煙の樹海という名前を冠しているのだ。迷う人が多いので、近隣の住人も、この樹海にだけは近づかないのだという。
馬を下り、私は樹海の前に立ったけれど、すぐには中に入らなかった。
魔王の使い魔にうながされるまま、この森に足を踏み入れていいのだろうか。今さら、そんな躊躇いに囚われてしまったからだ。
「・・・・!」
すると空から、黒い鳥が舞い降りてきて、私の肩に留まる。
――――オディウムの使い魔、ムニンだった。
『森の奥へ』
ムニンは、一言だけ呟く。
それで心が決まって、私は白煙の樹海の中に足を踏み入れた。
――――内部は、まるで白い海のようだった。すべてが白くけぶり、木々の輪郭は霧の中に頼りなく立ち尽くしている。
木々もどこかしょぼくれて見えて、枝は天を目指すどころか、地面に根を張ろうとしているように、下へ垂れ下がっていた。
濃霧が漂う世界の中、ムニンが私の肩から飛び立って、道を示してくれる。
足が止まりがちになると、ムニンは頭上を旋回して、私を急かした。
「・・・・私をどこに連れていくつもりなの?」
『魔王様の居城です。樹海の奥にあります』
私は耳を疑う。
「そんなはずない。だって魔王討伐の際、騎士団が白煙の樹海を何度も捜索したけど、オディウムの城は見つけられなかった。もし白煙の樹海に城があったのなら、騎士団が気づいているはず」
魔王討伐はまず、魔王の居城の捜索からはじめられた。魔物達の根城になっている場所があらかた捜索されたけれど、結局居城は見つけられず、オディウムの討伐も果たせなかったのだ。
『――――魔王の居城は、確かにここにあります』
だけどムニンは、同じ言葉を繰り返す。
そして私達は、森の中の湖にたどり着く。
またムニンは私の肩から離れると、白樺の木で囲われた湖の縁に降り立つ。
『この中に』
短い言葉では意味がわからず、私は小首を傾げた。
するとムニンは、お辞儀のように頭を前に倒す。その仕草から、覗き込め、という意味を読みとり、私は湖の中を覗き込んだ。
湖面は鏡面となって、森の景色を写し取っている。その景色はとても幻想的で、同時に不気味だ。ここが冥界の入口だと言われても、私は驚かない。
――――だけど湖に、おかしな点は一つもなかった。
「この湖が何?」
ムニンは答えず、飛び上がった。急上昇したかと思うと、急下降してきて、湖の中央に降り立つ。
ムニンの足は、湖の中に沈むことはなかった。一羽の鴉が着地した場所に生じた波紋が、やがて大きな輪になっていく。
「・・・・!」
するとその波紋の輪に沿って、湖面に別の景色が浮かび上がった。
――――湖面から白い色が取り払われると、深い水底に存在する、巨大な城が見えた。
「・・・・まさか、湖の底に、城が?」
『オディウムの様の招待を受けた者にしか、居城は見えません。・・・・捜索にやってきた、カーヌスの兵士達は実に愚かでした。彼らは水底を探ろうとせず、浅い部分だけ適当に棒でつつき、去ってしまった』
表情もなく、声にも抑揚がないのに、なぜかムニンは笑っているように視える。
湖の表面は、魔法で外の景色だけを映す鏡にして、水底が映らないようにしてあるのだろう。
「で、でも、どうやってあの城まで行けばいいの?」
白く見えていた湖だけれど、波紋が広がり、水面が鏡面ではなくなると、透明度が高いことがわかった。水深はかなり深いようだ。
湖に沈んでいる城に行くには、水中に入るしかないのだろうか。でも私は泳げないから、躊躇してしまう。
『すべては、幻です』
そう言いながら、ムニンはちょんちょんと、細い足で湖の上を歩き回る。
不思議なことに、彼の歩みは水面に波紋を投げるばかりで、その黒い身体が湖に沈むことはなかった。
そしてムニンは、私の足元までやってくる。
「もしかして――――」
それである可能性に気づいて、私は意を決し、湖の中に足を踏み出した。
突き刺さるような冷たい感触が、膝下まで浸食する。
だけどそれ以上深く、身体が沈んでいくことはなかった。
視線を下げると、私の足の下を悠々と泳いでいく魚が見える。
――――でも、その光景は現実じゃない。湖の水深は現実でも、私が立っている場所だけは、城の入口に繋がる通路がある。その通路は、幻術で隠されているのだ。
『私の後に続いてください』
ムニンは飛ばずに、歩くことを選んだ。私に、幻術に隠されている、通路の位置を教えてくれようとしているのだろう。
おそらく通路から足を踏み外せば、湖の中に転落してしまうだろう。だけどどこまでが通路で、どこからが湖なのか、幻術で隠されているため、私にはわからない。
私は通路から落ちないように、用心深く、ムニンがたどった道順を追いかけた。
そして、ある地点でムニンは立ち止まる。
「・・・・!」
振動を感じ、よろめいた瞬間、水の中から何かが張り出してきた。それは水を散らしながら、私の前に立ちはだかる。
巨大な洞穴のようなそれの奥には、地下に降りていく階段が見えた。魔王城の入口のようだ。
『行きましょう』
ムニンはようやく飛び立ち、入口の奥の闇に溶けていった。
「・・・・・・・・」
――――もう、後戻りはできない。
私も覚悟を決めて、魔王城の中に踏み込んだ。
0
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?
百谷シカ
恋愛
フロリアン伯爵、つまり私の兄が赤ん坊を押し付けてきたのよ。
恋人がいたんですって。その恋人、亡くなったんですって。
で、孤児にできないけど妻が恐いから、私の私生児って事にしろですって。
「は?」
「既にバーヴァ伯爵にはお前が妊娠したと告げ、賠償金を払った」
「はっ?」
「お前の婚約は破棄されたし、お前が母親になればすべて丸く収まるんだ」
「はあっ!?」
年の離れた兄には、私より1才下の妻リヴィエラがいるの。
親の決めた結婚を受け入れてオジサンに嫁いだ、真面目なイイコなのよ。
「お兄様? 私の未来を潰した上で、共犯になれって仰るの?」
「違う。私の妹のお前にフロリアン伯爵家を守れと命じている」
なんのメリットもないご命令だけど、そこで泣いてる赤ん坊を放っておけないじゃない。
「心配する必要はない。乳母のスージーだ」
「よろしくお願い致します、ソニア様」
ピンと来たわ。
この女が兄の浮気相手、赤ん坊の生みの親だって。
舐めた事してくれちゃって……小娘だろうと、女は怒ると恐いのよ?
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる