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49_壁の中の死体の真相_三
しおりを挟む(陛下に直接、お二人のお顔を見てもらうほうが早いかも)
私は浩成様に目配せする。すぐに、浩成様が動き出してくれた。
そして広間に、三人の男の子が入ってきた。正廷殿下、克誠殿下、そして独秀殿下の末子の、振玉様だ。
「正廷、克誠――――それに振玉」
俊煕殿下に名前を呼ばれた三人は、きょとんと目を丸くする。
「三人とも、陛下の前に並ぶのだ」
「え? 兄上、どうして?」
「今は、兄の言葉に従ってくれ」
三人は戸惑いながら、陛下の前に出て行って、横に並んだ。
陛下は三人のお子の顔を順番に見つめてから、私と俊煕殿下の顔を見る。
「それで、なぜそなたらは、私の息子達と甥を並ばせたのだ?」
「――――似ていると思いませんか?」
陛下の片眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「・・・・何だと?」
「正廷殿下と、振玉様の顔です」
「貴様ぁ!」
武官の一人がこめかみに青筋を浮かばせて、剣の柄に手を置く。おそらく彼は、曹氏の人間だろう。
「曹貴妃様が不貞を働いたと申すのか!?」
「ま、まさか! 陛下、そんなことはありえません!」
今度は、独秀殿下が青ざめ、跪いて釈明した。
「私は確かに、取り返しがつかない、愚かなことをしました。しかしながら、陛下のお妃様に手を出したことは、誓ってありません!」
「陛下! 卑賤の者の、かような空言になど、耳を貸してはなりません!」
「そなたのような輩が、貴人を侮辱するなど・・・・身の程を知れ!」
独秀殿下の声に触発されたのか、文官武官がいっせいに怒鳴りはじめ、避難の声がごうごうと鳴り響く。
「どうして、曹貴妃様を辱めるようなことをする? 貴様の目的はなんだ?」
「よせ」
陛下の声は大きくはなかったのに、突き刺さるような鋭さを持って、武官の怒鳴り声を制していた。
「必要な時は、私が制す。そなたらは黙っていろ」
「は、はい・・・・」
陛下から放たれる威圧感に声を奪われ、文官武官達は項垂れたまま、下がっていった。深呼吸してから、陛下は私を見る。
「・・・・嶺依よ。そなたの今の言葉は、いかようにも受け取ることができる。だからこそ、次の言葉はよく考えてからのべよ。――――でなければ、そなたの首が飛ぶことになるだろう」
陛下の冷たい声に、冷えきった眼光に、背筋が凍える。
「・・・・俊煕のお気に入りであっても、妃嬪の一人を侮辱したとなれば、さすがに見過ごせぬ。賢いそなたなら、それが空言だとわかったとき、どのような罰を受けるか、存じておるな?」
「・・・・はい、存じております」
さすがは陛下だ。私は恐怖心を押し殺し、笑って見せた。
「ですがこれは、申し上げなければならないことなのです」
「陛下、耳を貸してはなりませぬ!」
また、武官の一人が前に出てきた。
「馬大臣、陛下は、必要な時は私が制すとおっしゃった。今は貴公が、口を開く時ではない」
今度は俊煕殿下が、馬大臣を冷たく威圧する。
「いいえ、いくら陛下や殿下のお言葉でも、黙ってはいられませぬ。陛下、これ以上、この者の発言を許してはなりません。なぜこの者が、貴妃を中傷するためだけに、かような空言を口にするのか、思惑はわかりませぬが、これでは貴妃の名誉ばかりか、皇宮の品格まで傷つけられてしまいます!」
「空言ではありません」
私は責めてくる馬大臣を、まっすぐ睨みつけた。
「このような場で空言を口にすれば、私は毒酒を飲むか、首を括らなければならなくなるでしょう。翠蘭さんを殺した人物を見つけろと言う、陛下の勅命をまっとうするために、命を賭けてここにいます。中傷するためだけに、空言など申しません」
「・・・・・・・・」
「馬大臣、今は下がっておれ」
「・・・・はい」
馬大臣は下がっていく。
「・・・・では、続きを申すがよい」
私の覚悟を感じてくれたのか、陛下もそう言った。
「・・・・そなたは、曹貴妃が独秀と通じていたと言いたいのだな?」
「いいえ、違います。独秀殿下と通じていたのは、翠蘭さんだけでしょう」
「ではなぜ、二人が似ていると申した? それが誤解を招くことは、わかっておったはずだぞ」
「お二人が似ていることに、今回の事件の原因があると思ったからです」
私は深く息を吸い込む。
「独秀殿下が襲われたとき、賊の標的は独秀殿下だと、誰もが考えたでしょう。私もそう思いました。・・・・でもおそらく、違ったんです」
「では、誰が狙われたのだ?」
「――――おそらく、振玉様でしょう」
また、ざわめきが大きくなった。
「なぜ、振玉が狙われる? 曹貴妃が不貞を働いていないのなら、独秀の息子を殺す必要などあるまい」
「・・・・おそらくその疑問が、病気と繋がると、私は考えています」
「莫氏の者によく表れる、咳と蕁麻疹の症状のことか?」
「はい、そうです。咳と蕁麻疹、そして高熱という症状が表れた方の中で、その後快癒された方が一人もいないことは、さきほどお話しました。そのうえ、子供はまだ弱いものです。・・・・曹貴妃様のお子だけ、病を退けられたとは、考えにくいのでは?」
今度は、ざわめきは起こらなかった。代わりに温度が下がり、春だというのに、真冬のように凍えた空気に、肌を泡立てられる。
「――――陛下と曹貴妃様のお子は、天に召されたのではないでしょうか」
その一言に、私の命がかかっていた。陛下がその一言を許せなければ、私は即座に、斬られる可能性もあったのだ。
「・・・・続けよ」
怒りを見せず、ただ一言、陛下はそう言い放った。
「曹貴妃様はおそらく、その事実を隠そうとしたのです。しかし、すでに天に召された皇子を生き返らせることは、何者にも叶いません。――――だから、代わりの子を用意した」
「貴様、何を・・・・!」
「――――翠蘭の子を、皇子の身代わりにした――――そなたは、そう言いたいのだな?」
一人の文官が、私の言葉を遮ろうとしたけれど、代わりに陛下が、私の答えを言い当ててくれた。
「・・・・おっしゃる通りです」
私は陛下の顔を直視できず、目を伏せた。
「一年前と言えば、正廷殿下はまだ四歳、成長期で、数か月の間にぐんぐんと背が伸び、面立ちも変わったことでしょう。一年で、別人のようなお姿になったはずです」
「確かに一年ぶりに再会した時、はじめは正廷だとはわからなかった。曹貴妃に言われ、ようやく気づいたほどだ。政務に追われ、静養地に赴く暇もないまま、一年が過ぎたからな。背もかなり伸びていた」
「陛下と独秀殿下はご兄弟、お子の面立ちも似ておられるでしょう」
息子と甥ならば、似ていてもおかしくない。
それでも趙徳妃様が不貞を働いたのではと噂が立つほどには、二人の顔立ちには相違点も目立ったようだ。
「曹貴妃様は皇子を産んだ功績により、位を賜りました。お子を失えば、それが貴妃のせいでなくとも、責めを受け、内廷での立場は悪くなります」
後宮の妃嬪達に課せられた、もっとも大事な役目は、権力を持つことでも、陛下の寵愛を受けることでもない。
莫氏の子孫繁栄のために、子を産むことだ。
だから子を産めばもてはやされ、権力を持つことができるけれど、その権力も子を失うことで弱まってしまう。子を持つことが、すべての世界なのだ。
「莫氏の男子が何人も、原因不明の病でお亡くなりになったことは、曹貴妃様のお耳にも入っていたはず。曹一族のため、皇宮での権力を盤石にしておくために、曹貴妃様は子を失うわけにはいかないと考えたのではないでしょうか」
「曹貴妃が翠蘭の過ちを知りながらそれを隠し、あまつさえ子を産むことに協力までしたのは、皇子が死んだときに備えてのことだと、そなたは考えておるのだな?」
「はい。翠蘭さんの子は、曹貴妃様の御用邸で育てられていたのでしょう」
仲弓さんの、翠蘭さんの子は皇子にされたのでは、という推論は、なかなか的を射た推測だったと思う。
だけどそんな仲弓さんにも、本物の正廷殿下がすでに亡くなっていたことは、想像できなかったのだろう。
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