後宮の死体は語りかける

炭田おと

文字の大きさ
上 下
39 / 56

38_陛下への捧げもの

しおりを挟む


嶺依りょうい! 嶺依りょういはどこにおる?」

 陛下の声が聞こえて、ハッとした。


「そこにおったか。嶺依りょうい、そばへ参れ」

 呼ばれたので、私は陛下の前に行き、ひざまずく。


「今、妃嬪ひひん達と面白い話をしていた」

「どのような話か、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。そなた、話して聞かせよ」

 妃の一人に、陛下はそう命じる。お妃様は、はい、陛下、と優雅に答え、私に向きなおる。

「皇帝陛下がもし、独秀どくしゅう殿下のように危険な目に遭われ、無事御帰還なされたのなら、宴の席で、陛下に何を捧げるべきかを話していました。私は歌を」

「私は踊りを」

「私は刺繍を送りたいと思います」

 妃嬪ひひん達がそれぞれ、得意なものを答える。


「それで、そなたはどんな答えを言うのだろうと気になって、側へ呼んだのだ」


 陛下はそう言った。


「私の答え、ですか?」

「ジェマ族の娘は、仕えるべき主人に、宴の席で何を送るのだ?」

 まさか、そんなことを聞かれるなんて思わずに、とっさに答えが出てこなかった。

 おそらく陛下は、定型文のような答えではなく、少し変わった答えが聞きたかったのだろう。だから私のような、変わり者に白羽の矢が立ったようだ。

「そなたは何を送る? 教えてくれ」

 陛下に問われて、私は考え込んだ。

「ジェマ族の宴は、質素なものです。それぞれ、みなで料理を持ち合い、囲んで料理を分けあいます。身分も儀礼もなく、食べて、酒を飲み交わすだけ。ですから、陛下に差し上げるとなると――――」

「差し上げるとなると?」

「捕れたての肉料理ぐらいでしょうか」

 私の答えを無礼だと思ったのか、大官たいかん達は眉を顰め、女性達はくすくす笑った。

「捕れたての肉料理か。それはよい!」

 だが意外にも、陛下は私の答えを気に入ってくれたようだ。

「そなたは、狩猟を生業なりわいとしているからな」

「新鮮なお肉は塩を振り、直火で焼くだけで、ここに置かれた料理に引けも取らぬほど美味なのです。陛下は、ジェマ族の問題に尽力してくださいました。いずれぜひ、陛下に献上したく思います」

「ただ塩を降っただけの肉料理を、陛下に献上するつもりか? そなた、無礼であるぞ」

「よせ、興が醒めるようなことを申すな。よいではないか、私はぜひとも、ジェマ族の者達と肩を並べ、彼らの郷土料理を味わってみたいと思ったぞ」

「身に余る光栄です」

「・・・・・・・・」

 私を注意した大官たいかんは、陛下の言葉で口ごもった。


「他には? 他には何かないか?」

「・・・・そうですね」

 さらに聞かれて、私は困ってしまう。

「・・・・私には学もなく、歌も舞もできず、刺繍も苦手です。できることと言えば、狩りだけですから――――」

 そこで私は一つ、陛下に捧げられるものを思いついた。


「皇帝陛下。陛下は多忙でありながら、身内に潜む敵にも煩わされていることでしょう。大変、苦労なされていることと存じます」

「ああ、まったくだ」

 陛下は渋面になり、頬杖をついた。

「・・・・敵だけじゃない。悪癖を持つ弟にも、煩わされておる」

 陛下が冗談交じりに言うと、人々の視線が独秀どくしゅう殿下に向かい、笑い声が零れる。独秀どくしゅう殿下は俯いてしまい、反対に膝に抱かれていた振玉しんぎょく様は、不思議そうに父親を見上げる。

「・・・・父上、何をしたの?」

 振玉しんぎょく殿下の無邪気な一言に、またどっと笑い声が弾けた。


女人にょにんを近づけようとしない、俊煕しゅんきのことにも、頭を悩ませておるな」

 今度は矛先が、俊煕しゅんき殿下に向かったようだ。水を向けられた俊煕しゅんき殿下も、顰め面になってしまう。その顔を見て、また忍び笑いが宴席を満たした。


俊煕しゅんき、お前も早く結婚して、身を固めよ」

「・・・・私はまだ未熟者です。今は武芸や学問に集中したいと思います」

「またそれか」

 陛下は呆れたのか、のけぞって、背もたれに寄りかかる。


「それで、その話が捧げものと関係あるのか?」

「ええ、ございます。さきほど申し上げた通り、私にできることは狩りだけです。ですから」

 顔を上げて、微笑した。


「――――皇帝陛下が敵に煩わされているのなら、私が陛下の敵を一人、斬ってみせましょう」


 宴席の賑わいが、煙のようにふっと消えてしまう。妃嬪ひひん達は青ざめ、陛下の表情を窺っていた。


「うはははは!」


 だけど皇帝陛下だけは笑い声を弾けさせ、何度も膝を叩いた。


 笑い声が響いたおかげで、一瞬硬直した空気はすぐに緩んで、元通り、場は和やかになった。


「・・・・敵を斬る、か。まことにそなたは、面白い女子だ」

 ひとしきり笑い、陛下は満足そうに呟く。


「私には、他にできることがございません。であれば、できることの中で、陛下に捧げるものを探さねばなりません。このような答えしか思いつかず、まことに申し訳なく思っています」

「いいや、そんなことはない。そなたは私を楽しませてくれた。そなたのような女子は、妃嬪ひひんの中にも、宮女きゅうじょの中にもいない。そなたがよいと言うならば、召し上げたいと思うほどだ」

 その言葉に驚いたものの、それを隠すため、顔を上げなかった。


(・・・・深い意味はないのよね、きっと)

 私は、宮廷でのしきたりに疎い。だから、言葉に含みがあったとしても、それを読み取るのは難しい。

 召し上げる、という言葉には、広い意味がある。貴人が、気に入った女性を寝所に呼ぶときにも、使われたはずだ。

(いくらなんでも、考えすぎだ)

 陛下の態度を見るに、深く考えずにその言葉を使っただけなのだろう。


 だけど陛下の一言は、とても大きい。その証拠に、群臣ぐんしんは戸惑ったような態度を見せていて、妃嬪ひひん達も面白くなさそうな顔をしている。


「ま、まことに光栄なことではありますが、私は宮中の儀礼などに疎く、とてもお役に立てるとは思えません」

「だが、私のために人を斬ると言ったではないか」

「はい。ですから、もし私の力を役立てたいとお考えなら、密偵としてお使いください」

「まことに変わった娘だな。だがそれでは、そなたとあまり話ができぬ。それよりも――――」


「・・・・父上」


 俊煕しゅんき殿下が立ち上がる。


「・・・・少し酒の量が多すぎます。量が過ぎれば、お身体に触りますよ」


 俊煕しゅんき殿下の声は冷えていた。空気まで凍えて、宴席はさらに静かになる。


「お、おお、そうだな」

 不穏なものを感じたのか、陛下は食膳しょくぜんに盃を置く。

嶺依りょうい、煩わせたな。席に戻ってよいぞ」

「感謝します」

 許しを得て、私は自分の席に戻った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

縦ロール悪女は黒髪ボブ令嬢になって愛される

瀬名 翠
恋愛
そこにいるだけで『悪女』と怖がられる公爵令嬢・エルフリーデ。 とある夜会で、婚約者たちが自分の容姿をバカにしているのを聞く。悲しみのあまり逃げたバルコニーで、「君は肩上くらいの髪の長さが似合うと思っていたんだ」と言ってくる不思議な青年と出会った。しかし、風が吹いた拍子にバルコニーから落ちてしまう。 死を覚悟したが、次に目が覚めるとその夜会の朝に戻っていた。彼女は思いきって髪を切ると、とんでもない美女になってしまう。 そんなエルフリーデが、いろんな人から愛されるようになるお話。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

あなはにす
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...