後宮の死体は語りかける

炭田おと

文字の大きさ
上 下
38 / 56

37_きらびやかな宴_後編

しおりを挟む


 食膳しょくぜんに置かれていた盃を、口に運ぶ。

 涼冷すずびえの冷酒を一口飲むと、喉がすっと冷えて、心地いい。


「・・・・しかし今回のことを、私達はどう考えればいいのでしょうか?」

 盃を食膳しょくぜんに戻して、私は呟くように問いかけた。


独秀どくしゅう殿下は、犯人ではないようです。その上、命を狙われるなんて・・・・」

 皇太弟こうたいていが、帝位を奪うために皇帝陛下の命を狙うならば、まだわかる。

 だが、今回は逆だ。

「父上は関与していません。叔父上が襲われたことを聞いて、父上はたいへん驚き、叔父上の身を案じていらっしゃいました」

「ええ、私も陛下の関与はないと思っています」

 陛下が自分の地位を盤石ばんじゃくにするため、独秀どくしゅう殿下を目障りに思っていたのなら、今まで、暗殺の機会は多くあったはずだ。なのに今さら、暗殺を企てたりしないだろう。

「刺客を捕らえ、自白させられなかったのが、痛手です」

「陛下はどのようにお考えなのでしょう」

「父上には、心当たりはないようです。代わりに大臣が、商売敵の仕業ではないかと言っていました」

「商売敵?」

「最近叔父上は、磁器の販売に力を入れていたそうです。その件で商売敵から命を狙われたのでは、と考えているようですが・・・・私はどうにも、腑に落ちません」

「ええ、私も納得できません。・・・・それに、困ったことになりました。独秀どくしゅう殿下が何も知らないとなると、今後、どこを調べればいいのやら・・・・」

「叔父上が無実だとするならば、やはり、曹貴妃そうきひ様が怪しいのではないでしょうか?」

 殿下は、陛下の隣にいる曹貴妃そうきひ様を見た。

「私も最初は、曹貴妃そうきひ様が怪しいと思っていましたが、そちらの推測も、どうも腑に落ちません。子を産むことに協力するほど、翠蘭すいらんさんのことを思いやっていたのに、殺すほどの罰を与えるでしょうか?」

「確かに・・・・」


「殿下。俺も自分なりに考えてみたんですが」

 そこで仲弓ちゅうきゅうさんが、会話に入ってくる。


「―――――曹貴妃そうきひ様が翠蘭すいらんを殺したのは、子を奪うため、とは考えられませんか?」


「子を?」

「ええ。内廷ないていの女性の望みは、陛下のお子を授かることです。曹貴妃そうきひ様も、ずっと皇子を授かることを望んでおられたことでしょう。ですが、なかなか子を授からないこともあります。それで――――」

 そこから先は言いにくかったのか、仲弓ちゅうきゅうさんは言い淀んでしまう。

曹貴妃そうきひ様が翠蘭すいらんさんのお子を、自分が産んだ皇子に仕立て上げたのでは、とおっしゃりたいんですか?」

嶺依りょうい、声が大きい!」

 仲弓ちゅうきゅうさんは、唇の前に指を立てる。

「声を落とせ。たとえ推測だとしても、こんな話を誰かに聞かれたら・・・・!」

「大丈夫、誰も聞いていませんよ」

 私達のまわりにいる人達は、すっかり酩酊している。おまけにこの騒ぎだ、小声で話しているから、誰かに聞かれる心配はないだろう。

「俺の推測は、どうでしょうか、殿下」

「面白い推測だと思いますが、それはないでしょう。曹貴妃そうきひ様の出産には、貴妃とお子の命を守るため、大勢の宮人きゅうじん医官いかんが立ち会いました。その状況では、翠蘭すいらんの子を自分の子だと偽るのは不可能です」

「そ、そうですか・・・・」

 渾身の推理が外れてしまい、仲弓ちゅうきゅうさんは項垂れてしまう。


「あ、あの、殿下。念のために言っておきたいのですが、俺には曹貴妃そうきひ様を中傷するつもりはまったくありません。どうか、誤解なさいませんよう――――」

 殿下はにこりと笑う。

「ご安心ください。仲弓ちゅうきゅう殿に悪意がないことは、存じております」

「そ、そうですか・・・・」

「気が小さいですね、仲弓ちゅうきゅうさん」

「う、うるさい! 誰もがお前のように、豪胆じゃないんだ」

「しかし、惜しいですね。もし貴妃の出産が密かに行われていたのであれば、今の推理で、翠蘭すいらんが殺されたことにも、子の行方にも、合理的な答えを当てはめることができます」

「ですが実際は、曹貴妃そうきひ様が翠蘭すいらんさんの子を、自分の子だと偽ることは不可能――――でも状況から見て、一番怪しいのはやはり、曹貴妃そうきひ様です。仮に曹貴妃そうきひ様が翠蘭すいらんさんを殺したのだとしたら――――動機は何だったのでしょうか?」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。 目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸 3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。 「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。 不定期投稿となります。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

処理中です...