後宮の死体は語りかける

炭田おと

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33_狩場にいる女_前編

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 後は独秀どくしゅう殿下と仲弓ちゅうきゅうさん達と合流するだけ――――私達はそう思い、油断していた。


「そこで止まってもらおうか」


 だけど洞窟を出たところで、自分の甘さを思い知る。


 待ち構えていた男達が、洞窟から這い出してきた私達を取り囲んだ。


「見つけられねえと思っていたら、そんなところに隠れてやがったのか」


 男の数は五人、麻の衣の上に、薄片鎧はくへんよろいをまとっている。粗末な衣と、高価そうな薄片鎧はくへんよろいがまったく釣り合っていなかった。

 おそらく鎧はどこかで、身分の高い武人から強奪したものなのだろう。鎧だけじゃなく、剣や兜、靴すら、おそらく元は彼らのものではない。


「このまま見つからないと思っていたが――――見つけてくれて、助かったよ」


 刃をひらひらさせながら、頭と思われる男が近づいてくる。彼の左目には、目を囲むような半円の傷跡があった。


 彼らの剣には、変色した血と油が張り付いている。その剣ですでに、彼らが何人も斬っていることがわかった。


「あんたらの後ろにいる男と子供を、こちらに引き渡せ。それで、お前らの命は見逃してやろう」

 独秀どくしゅう殿下は怯え、喉を締められたような呻き声を上げた。

「・・・・私達が、子供を差し出すと?」

「差し出さないと、死ぬことになりますよ?」

「・・・・貴公らが何者なのかは知らぬが、狙いは何だ? 私達が何者なのかを知った上での、狼藉なのか?」

 すると男達は、へらへらと笑った。


「こりゃ、すみません。なにせ、学がないもんで、敬語を知らないんですよ。許しください、殿下」


 その言葉に、戦慄する。


 彼らは間違いなく、殿下と呼んだ。


 ――――彼らは、独秀どくしゅう殿下が皇太弟こうたいていであると知りながら命を狙い、俊煕しゅんき殿下が皇子であると知りながら、今、剣を向けているのだ。


「・・・・不可解だな。どれだけ報酬をもらったか知らぬが、皇太弟こうたいていを狙えば、一生追われる身となる。それに釣り合うだけの報酬だったのか?」

「一生遊んで暮らせる程度には、もらえる予定――――だったんですけどね。標的の首を持っていかないことには、金を貰えないんですよぉ」

 薄ら笑いの合間に、ぎらりと光る彼らの目が、独秀どくしゅう殿下をとらえる。独秀どくしゅう殿下は、震え上がっていた。

「殿下、俺達に莫氏ばくしへの忠誠を求めても無駄です。俺達は北の遊牧民の出身なんでね。皇宮の中心でふんぞり返っているだけの一族なんかに、忠誠心はない」

「そうか」

 殿下も、納得したように呟いた。

「俺達にとっては、殿下の行動こそ不可解ですね。狩場に、女なんか連れてきやがるとは!」

 目元に傷がある男は笑いながら、剣先をずらして私を差した。

「商売女には見えねえな。殿下は真面目だと聞いていましたが、こんな場所に女を連れてきて、いったい何をするつもりだったのか・・・・」


 ――――高い音が、大気を震わせる。


 抜刀した俊煕しゅんき殿下が、私に向けられていた剣を上に弾いたのだ。


 衝撃で男は後ろによろめき、仲間は殺気立って、緊張感が高まる。


「・・・・問いかけは無意味だったな。貴公らの目的が何であれ、関係なかった。――――私の叔父に剣を向け、客人を侮辱するのであれば、すべきことは一つだ」


 俊煕しゅんき殿下が一歩前に出ると、男達は気圧され、少し後退する。


 戦うしかない。


 だけどその直後、俊煕しゅんき殿下がちらりと、私のほうを一瞥する。

俊煕しゅんき殿下、私のことならご心配なく」

 一瞬の視線から、不安を感じたので、私はそう答えた。

 それから、独秀どくしゅうの腕の中に、振玉しんぎょく様を返す。

「・・・・独秀どくしゅう殿下、殿下はご自分と振玉しんぎょく様の安全だけ、お考え下さい」

 自由になった手で、剣の柄を握る私を見て、殿下は安心したようだった。


 殿下は、片方の足の爪先を、土の中に差し込む。


 ――――それで、殿下の狙いがわかった。


「あくまでも戦うつもりですか」

 男達も、覚悟を決めたようだ。

「殿下は武芸に秀でているという噂だが・・・・数で負けていても、簡単に勝てると考えているのなら、それは思い上がりと言う他ありません」

 男達の構えは、様になっている。かなり戦い慣れている様子だった。

「確かに、それは思い上がりだ。――――だが、油断しているのは、貴公らではないか?」

「何・・・・?」


 殿下が、足元の土を跳ね上げる。


「うわっ!」


 土で目を潰された男達は、悲鳴を上げながらさらに後退した。


 ――――その隙に、殿下は一歩踏み出して、大きく剣を薙ぎ払う。


「ぎゃ!」


 殿下の剣が、目元に傷がある男の脇腹をとらえる。


 男はのけぞり、後ろに倒れていった。


「この!」

 残りの男達が殿下に飛びかかるけれど、殿下の敵ではなかった。

 殿下の不意打ちで男達の動きがばらついたため、殿下が彼らの攻撃を避けることは難しくなかったのだ。

 隙をついて懐に入り込んだ殿下は、男達を殴り倒していった。動きは見事で、隙はない。

 殿下は男達を、生かして捕らえたいようだ。だから刃を使わずに、柄頭つかがしらを使って、男達の急所を殴打していく。



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