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68_面倒事は避けたい_燿茜視点
しおりを挟む「よく来た、燿茜!」
その日、浪健長老は満面の笑顔で、俺を出迎えた。
「ささ、上がってくれ」
「・・・・失礼します」
座敷に通されると、浪健長老自ら、お茶を入れてくれた。
「忙しいなか、わざわざここへ足を運んでくれたこと、本当にありがたく思っている」
「・・・・・・・・」
浪健長老に、御政堂ではなく、自宅に呼ばれた時から、嫌な予感を感じていた。そして嫌な予感は、不自然なまでに明るく塗装された浪健長老の顔を見て、確信に変わる。
「・・・・それで、今日はどんなご用件でしょう?」
「鐘達の捜索をしていると聞いた。捜査の進捗状況を聞こうと思ってな」
浪健長老は、すぐには本題を切り出さなかった。鐘達に関することは、すでに御政堂で報告しているのに、仕事熱心じゃない浪健長老が、わざわざ俺を呼び出してまで、捜査状況を知ろうとするはずがない。
他に、何か別の用件があることは見え透いている。浪健長老が最初から用件を言わないのは、その゛用件゛を俺が即座に断らないように、様子を見ながら話したほうがいいと考えているからだろう。
(・・・・本題が、俺にとって面倒なことであることは間違いないようだな)
浪健長老の嘘の下手さには、呆れてしまう。よくこれで、嶺長老を務めていられると、ある意味感心する。
(早めに退散しよう)
向こうの用件が見え透いている以上、こちらも逃げる用意をしていたほうがいい。
「――――報告は以上です」
「そ、そうか」
俺は、浪健長老が口を挟む隙がない速さで、報告を終える。隙を狙っていた浪健長老は、おろおろと取り乱していた。
「そ、そうだ! おぬしの叔父が、最近不穏な動きをしていると諒影から聞いたが、大丈夫なのか?」
虚を突かれて、少し間が開いてしまった。
「・・・・なぜ、刑門部が俺の叔父のことを把握しているんですか?」
「別の事件を捜査していた武官が、おぬしの叔父が、山高組の幹部の男と接触しているところを見たらしい。武官に調べさせたところ、おぬしの叔父が腕利きの鬼を集めていることが判明したそうだ」
「・・・・そうですか」
敵対することが多い刑門部省に、鬼久家の事情を把握されているというのも、あまりいい気分じゃない。
だが、思いがけない収穫でもあった。――――叔父は着々と準備を進めているようだ。動くのも、時間の問題だろう。
「・・・・落ち着いているな」
「問題ありません」
「だが、おぬしの叔父は黒い噂が絶えん人物じゃぞ。短気なことでも有名だ。腕利きの鬼を集めているところを見ると、目的は一つしかないじゃろう。護衛を連れて歩くべきではないか?」
「この程度のことで狼狽えていては、鬼峻隊の頭首など務まりません。それでは、鐘達の捜索に忙しいので、俺はこれで失礼します」
「ま、待て!」
素早く席を立とうとしたが、浪健長老に止められた。
「まだ、他に何か?」
「ま、まあ、そう急がずともいいじゃろうが」
「ですが、もう他に報告すべきことはありません」
「急ぐな、急ぐな。・・・・今、茶菓子を持ってこさせるから、もう少しゆっくりしていけ」
「結構です」
「いい天気だなー」
「・・・・・・・・」
互いににこやかな笑顔で表面を取り繕いつつ、言葉の裏で攻防戦が繰り広げられる。浪健長老はすっとぼける方向で、なんとか俺をこの場に引き留めようとしているようだった。
「鐘達についてまだ何も情報を得られていないのは、こうして貴重な時間をどうでもいいことに費やされているからです。俺に仕事をさせてください」
「どうでもいいこととは・・・・おぬしは仕事人間過ぎる。久しぶりに会話をすることも重要じゃろう?」
「それが益になる情報なら、聞きます」
「・・・・まったく、おぬしときたら」
浪健長老は袖の中に腕を突っ込み、束の間、難しい顔で考え込んでいた。
「ああ、そうじゃ、おぬしに良い縁談が――――」
「失礼します」
「ま、待て! も、もう少しだけ、話をしていかぬか?」
「いえ、急いでいるので」
「そ、そうツレナイことを言わずに――――もう少し!あと少しだけでいいから、話を聞いてくれ!」
――――予想以上に、必死に食い下がってくる。さっさと退室することで面倒事を回避しようと考えていたが、無駄だったようだ。
俺は座り直し、一息ついた。
「用件があるのならば、率直に用件だけを言ってもらえないでしょうか。そうしてもらえたほうが、時間を無駄にせずにすみます」
「・・・・・・・・」
表面的な日常会話に付き合わされるのは面倒だったので、確信を切り出すと、浪健長老は岩のように固まり、数分、黙していた。
「じ、実は、おぬしに頼みたいことがあるんだ・・・・」
「何でしょう?」
「・・・・引き受けてくれるか?」
「内容次第です。まずは、話してください」
潤んだ瞳と上目遣いで頼んでくる浪健長老から、そっと目を逸らす。
翔肇曰く、女性が使うとその武器には効果があるらしいが、言うまでもなく、浪健長老が使っても不気味でしかない。
取り付く島もないと思われたのか、浪健長老は深い深い息を吐き出す。
「・・・・ある人物が、鐘達を追っている。詳しい事情は話せないから、彼女のことは詳しく聞かないでくれ。とにかく、鐘達は危険な男だ。女一人で追うなんて、危険すぎる。――――だからおぬしに、彼女を守ってもらいたい」
予想外の内容だった。無意識のうちに表情が険しくなっていたのか、浪健長老の目の動きが、忙しくなる。
「・・・・その民間人の動きを封じておきたいというのなら、捜査妨害を理由に、拘束しておくことはできます」
「い、いや、拘束などもってのほかだ! もっと穏便な方法で頼む」
「今は民間人の護衛に、人手を割いている余裕はありません」
「お、おぬしらの事情はわかっておる。だが、今のままでは危険なのだ」
溜息が口から零れる。
浪健長老は詳しくは語らなかったが、わざわざ呼び出してまで俺に守らせようとしている相手ということは、それなりの地位にいる人間なのだろう。
――――面倒だが、無視するわけにもいかないようだ。
「・・・・その人物は今、どこにいますか?」
立ち上がり、問いかけると、浪健長老は目を見開いた。
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