鬼の花嫁

炭田おと

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55_声の主を捜せ_後半_耀茜視点

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「・・・・!」

 考えながら進んでいると、俺の目に、あるものが飛びこんできた。

 長屋の格子戸の端に、白い何かが張り付いている。


 人の形に切り抜いた、小さな紙片だ。


(形代か)


 形代――――そして、女性の悲鳴。


 予感でしかなかったものが、その瞬間、確信に変わっていた。


 その格子戸の障子は古く、いつくも穴が開いている。その穴から、こちらを窺う目を見つけ、さらに息を潜めている気配も伝わってきた。


「これは・・・・」

 なぜか夜堵も、その形代に注目していた。


 翔肇と明獅が、俺達の後ろで立ち止まる。

「二人とも、どうしたんだ? もしかして、立ったまま寝てる?」

「・・・・お前じゃないんだから、そんなはずないだろ。――――って、夜堵。何してるんだ?」

 夜堵はなぜか、敵もいないのに鎖分銅を取り出していた。翔肇は嫌な気配を感じているのか、少し青ざめている。

「近くに刑門部の連中がいるんだから、なるべく問題を起こさないようにしてくれよ。本当に、頼むから」

「ん? なんの話?」

「だから、その武器のことだ! なんで武器を取りだしたんだよ! 絶対、問題を起こすつもりだろ!」

「違う、違う」

 夜堵は笑いながら、鎖を振るって、分銅に勢いをつけていく。分銅の動きで、大気の流れが変わっていった。


「――――俺は問題を起こそうとしてるんじゃなくて、解決しようとしてるんだ」


「待て・・・・!」

 夜堵が大きく踏み出して、腕を前に振るった瞬間に、分銅が飛んでいく。


 遠心力によって力を得た分銅は、長屋の戸を突き破り、勢いよく中に飛び込んでいった。


「うおおおっ!?」


 隙間からこちらを窺っていた男ごと、戸が飛んでいく。


「ちょっと、夜堵ぉっ!」

 翔肇の声を無視して、俺と夜堵は、長屋の中に入っていった。


「・・・・!」

 中にいたのは、五人の男達。最初に吹き飛ばした男を含めると、六人の男が、この狭い部屋の中で息を潜めていたらしい。

 彼らの背後には、縛られた上に、さるぐつわを噛まされ、声を発することもできなくなっている女性が、二人いた。

 一人の顔は、髪に隠れて見えない。――――もう一人は。


「御嶌・・・・」

 御嶌は、足首に傷を負っていた。だが、命に別状はないようだ。


「く、くそ・・・・!」

 吹き飛ばされた男が、勢いよく立ち上がる。

 着物の襟が開いていて、鎖骨の部分に鴉の刺青が見えた。その入れ墨の形には、見覚えがある。

「お前が岩蝉か」

 どうやら俺達よりも先に、御嶌が岩蝉を見つけていたようだ。

「どうして逸禾ちゃんがここに・・・・」

「坂本屋の調査から、なにかを見つけたんだろう」

 だが、無茶をする。一歩間違えば、命を落とすことになっていたかもしれない。そのことに、怒りを覚えた。

「何事ですか、鬼久頭代!」

 隊士だけじゃなく、刑門部の武官まで、長屋のまわりに集まってきた。

「勝手なことをしないでください! 立ち退くようにと、言ったはず・・・・」

 腕を上げることで、黙れと指示した。

 武官は一瞬、不満そうな顔を見せたものの、すぐに長屋の中に囚われた女性がいることに気づいて、顔色を変えた。

「見ろ! 縛られてる女がいる!」

「あの男達は何者だ?」

「見覚えがあります! 半数は三船衆だ! 残るは――――」

「――――鴉衆の鬼か」

「くそ!」

 一人の男が、俺達の脇を擦り抜けて、逃走しようとした。


 だがその男の背中めがけて、夜堵が分銅を打ち込む。


 男は吹き飛んで、通りの奥まで転がっていく。


「夜堵、気を付けろ。半数は人間のようだ。お前が全力を出すと、死んでしまう」

「・・・・悪いけど今は、力の制御はできない」

 夜堵はなぜか、冷静さを失っている。

 部屋の中にいた男が動こうとしたので、夜堵は今度は、奥の壁際に立っていた男に向かって、分銅を打ち込んだ。

「ぐえっ!」

 分銅を胸に食らい、男の身体は壁を突き破って、向こう側に転がる。

 だが夜堵のその行動が、敵に逃げ道を与えてしまった。

 仲間の身体が作ったその穴から、岩蝉達は外に飛び出してしまう。

「囲い込め!」

 隊士と武官が協力して、長屋を取り囲もうとするが、その前に二人が、屋根の上に逃げてしまっていた。動きから見て、あの二人は鴉衆の鬼だろう。

「見ろ! 連中は屋根に逃げたぞ!」

「逃がすな! 追いかけろ!」

 隊士達が屋根に上ろうとするが、その前に鬼達は屋根の棟を駆け抜け、姿を消そうとしていた。

「・・・・!」


 だが、行く手に立ち塞がった翔肇を見て、速度が落ちる。


「どこに行くつもり? もう、逃げ場なんてないよ」

「そこをどけ!」

 二人は一瞬怯んだものの、相手は一人、自分達が有利だと考えたのか、そのまま突き進み続けた。

 翔肇は動かず、二人を待ち受ける。

 距離が縮まると、鬼達は抜刀し、切っ先を前に向けた。

 翔肇は目を光らせ、担ぐように肩に置いていた刃を、水平に振るった。

 鈍色の光がたなびいて、三日月の線を描く。

「あっ・・・・!?」


 鬼の刀は、一つは横に弾かれ、もう一つは弾き落されて、刃が瓦の中に食い込んだ。翔肇はその刃の峰を踏みつけ、腕を横に薙ぐ。


「ぎっ・・・・!」


 閃光が横に走って、鬼の首に赤い線が走った。


 慌てた鬼は、血を止めるために首を抑え、刀を手放してしまう。


「ぐあっ・・・・!?」


 その隙に、翔肇はもう一人の鬼の、がら空きになった腹に蹴りを入れた。尻餅をついた鬼の首に、翔肇は刃の切っ先をあてがう。


「・・・・安心しなよ。傷は浅くした。返り血はできるだけ浴びたくないから」


 あっさりと、勝敗は決したようだ。


 俺は長屋の壁の穴を通り、反対側に出る。


「よーせん! こいつら、どうする?」


 俺が翔肇の動きに気を取られている間に、明獅が先に、反対側の道に出ていた。


 明獅は逃げようとしていた二人のうち、片方を肩に担ぎ上げ、もう一人は後ろ襟をつかむことで、動きを封じていた。


「は、放せ!」

 男達は必死に暴れているが、怪力の明獅の腕を、その程度の動きで振り払えるはずもない。

「縛り上げて、そのへんに捨てておけ」

「りょーかい」

「ぐああ!」

 枕を投げるように、地面に投げ落とされた鬼の悲鳴が、空に響きわたった。

「・・・・・・・・」

 岩蝉は、進路は明獅に、退路は俺に塞がれ、どちらにも進めず、道の真ん中で立ち往生していた。

「大人しく投降したほうが、痛い目に遭わずにすむぞ」

「くそぉぉ!」

 岩蝉は勢いよく抜刀すると、俺に突進してきた。

 だが捨て鉢な攻撃が、俺に当たるはずもない。


 刀が振り下ろされる前に、俺は岩蝉の間合いに入り込む。


 下段から刃を振り上げ、岩蝉の刀を弾き返した後、そのままの勢いで刀を振り下ろした。


「・・・・っ!」


 岩蝉は、膝から崩れ落ちていった。

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