鬼の花嫁

炭田おと

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14_墓穴を掘ってしまった

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 負傷した勇啓様は、急いで御政堂に運ばれ、侍医による治療を受けた。

 けれど幸い、武官達が駆け付けた時には、誰かが応急処置をしてくれていたらしく、大事には至らなかったそうだ。

 胸を撫で下ろしたのも束の間、私達は、刑門部省からやってきた武官に、事情を聞かれることになった。

 刺客の鬼達の特徴を聞かれたけれど、記憶に残っているどの顔にも、特徴と呼べるほどの目立つ点がなくて、わからないと答えるしかなかった。

 素直に答えているのに、苛立った武官に怒鳴られて、一緒にいた女中は、ますます萎縮してしまう。

 そうして、聞き取りは長引いてしまった。

(ようやく解放された・・・・)

 長時間の拘束から、やっと解放されたとき、私は真っ直ぐ立てないほど、疲労困憊していた。

(早く部屋に戻ろう・・・・)

 今日は色々なことが起こりすぎた。早く休みたいと、私はよろめきながら自分の部屋を目指す。

「・・・・・っ!」

 足早に通路を歩いていると、角を曲がったところで、私は誰かにぶつかりそうになって、慌てて後ろに下がった。

「申し訳ありませ――――」


「顔を上げろ」

 その声に、心臓が跳びあがった。


(――――鬼久頭代ききゅうとうだい――――)

 おそるおそる顔を上げると、やはりそこにいたのは、鬼久頭代だった。


「鬼久頭代・・・・」

 動揺して、目が泳いでしまった。そのことを悟られないために、顔が上げられない。

「顔を上げろと言った」

「・・・・!」

 私は仕方なく、もう一度顔を上げる。

「私になにか、ご用でしょうか」

 御三家の人間で、しかも鬼峻隊の隊長が、下女にすぎない私を捜すはずがないと思ったけれど、一応聞いた。

「昼間のことで、お前に聞きたいことがある」

「私は、何も見ておりません」

 白鳥の庭園で襲いかかってきた、刺客のことを聞かれたのだと思って、そう答える。

(・・・・私の顔を覚えていたの?)

 容貌が優れてるわけじゃないことは、自覚している。鬼久頭代の目に留まるようなことは、なかったはずなのに、彼は覚えていた。随伴した女中一人一人の顔を覚えてるなんて、すごい記憶力だ。

「怯えて、逃げ惑っていましたので」

「逃げ惑っていた? お前が?」

 鬼久頭代の顔に、含みがある微笑が浮かぶ。

「えっ・・・・」

 鬼久頭代が近づいてきたから、私は反射的に後退り、壁際に追いつめられてしまう。


「――――鬼道で、刺客の動きを止めたのは、お前だな?」


「・・・・っ!?」

 呼吸が止まり、瞬きを忘れた。

「この形代は、お前のものだろう?」

 鬼久頭代の手の中には、私が回収し損ねた形代があった。

 頭が真っ白で、言い訳が何も思いつかない。

「な、何を・・・・」

「襲撃されて、全員が慌てふためいている中、お前は一人冷静に、敵の狙いを見定め、巻き込まれないように、俺達から離れていた。悲鳴を上げれば、他の女中のように敵の注意を引き付けてしまうから、隠れている間、一度も声を上げなかったな」

「・・・・・・・」

「しかも最初から、役人に成りすましていた男を見ていた。どうしてあの役人が偽物だと、気づくことができた?」

「・・・・・・・・」

「そして極めつけは、最後の鬼道による攻撃だ。・・・・鬼道を、どこで習った? ――――女中が必要とする技能だとは、とても思えないが」

 質問攻めにされて、私はますます動揺し、声が出なくなった。鬼久頭代の鋭い視線が、私から冷静さを奪っていく。

 感情が宿っていない、宝石のように冷たい質感の瞳だった。武官だから、普段から感情を斬り捨てているのだろうか。

 ――――眼差しが強すぎる。何ものにも、どんなものにもへりくだらない、毅然とした瞳だ。精神の強さに貴賤は関係ないと思っているけれど、この人の場合は、背負った一族の名前に相応しい強さを持っているように思える。

(お、落ち着かないと・・・・!)

 私は血の味がするほど強く、唇を噛みしめる。

「・・・・・何の話でしょうか? 私にはまったく、わかりません」

 怒る場面なのに、鬼久頭代はむしろ面白そうに口角を歪める。

「まあ、いい」

 そしてようやく、私から離れてくれた。私は息ができるようになる。

「勇啓様や詠誓御主を殺すために潜伏していたなら、彼らを殺そうとした刺客の邪魔をして、助けようとはしないだろう」

「・・・・私を刑門部省へ引き渡しますか?」

「刑門部省か」

 鬼久頭代は、また面白そうに笑った。

「刑門部省を恐れるということは、お前は御政堂で働く隠密というわけでもないようだ。・・・・かといって、刺客の仲間でもない。不思議な立ち位置にいるようだな。興味深い」

「・・・・・・・・・」

 墓穴を掘ってしまった。そのことに気づいて、後悔しても、もう遅い。

「さっきから何の話でしょうか? 私が気づかぬうちに粗相をしてしまったようで、鬼久頭代がお怒りのため、てっきり刑門部に引き渡されるのだと思い、怯えていただけです」

「もういい。・・・・今は、これ以上は追求しない」

「・・・・私は、もう行っていいでしょうか?」

「ああ、今日は休むといい」

 私は胸を撫で下ろして、深く頭を下げたまま、鬼久頭代の横を擦り抜けようとした。


「いや、待て」

 ほっとしたのに、また呼びとめられて、肩が震えた。

「お前の名前を聞いていなかった。名前はなんという?」

「私の名前など、お耳汚しで・・・・」

「いいから答えろ」

 また壁際に追いつめられそうになって、私は観念した。

御嶌みしま逸禾いちかです・・・・」

「逸禾か。変わった名だな。――――だが、響きはいい」

「・・・・!」

 鬼久頭代は、いい意味でも悪い意味でも素直な方だと思う。だからその言葉からは、嘘は感じられなかった。

「・・・・・・失礼します」

 頭を下げて、すばやくそこから立ち去る。


 ――――背中にはいつまでも視線を感じていた。

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