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13.大好きな人の声

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 先生の顔が見れなくなってから、今日で4日。私のスマホは、3日前から電源を切ったままだ。
 もしかしたら返事が来ているかもしれないけれど、来ていなかった時の事を思うと怖くて電源を入れられない。

「ねぇ葵、既読つかないんだけどちゃんと読んだ?」
「ご、ごめん! 実はスマホの充電切れちゃってて……」
「昨日の夕方に送ったのに? なんで充電しないの?」
「そ、それがさー、充電器見当たらなくて! ホントどこいっちゃったんだろー」

 本当のことは言えないから嘘をついて、嘘をごまかすために、また嘘をつく。
 そんな自分が、ほんと嫌になる。

「もー、はやく探しなよねー」
「ん、ごめん……なにか急ぎの用事だった?」
「ほら、今日マットのテストでしょ? 体育は午後一だし、早めに行って練習しないかと思って」

 昼休みの練習もあの日から行っていなくて、授業以外は体育館に近付かないようにしていた。
 前までだったら二つ返事で頷いていたけれど、今はやっぱり行きたくない。

「んー……考えとく。ちょっと体調悪くて、ね」
「えっ、大丈夫?」
「うん、だから行けないかも」
「そっか」
「……ごめんね」
「いや、体調悪いなら仕方ないでしょ」

(嘘ついて……ごめん)


 昼休み、屋上で一人ベンチに座って空を仰ぐ。
 私の心模様とは違って、どこまでも澄んだ青空。

「はぁ……」

 『卒業まで逃げ続けるの?』と、もう一人の自分が囁く。
 このままではいけないことは、わかっている。わかっているけど、気持ちの整理が追いつかない。

(そろそろ行かなきゃ……)

 重い腰を上げて体育館へ向かった。


(先生いるよね?)

 目を合わせなくて済むように、あらかじめ先生がどの辺にいるのか把握しようと入り口から中の様子を伺う。
 今日はテストの日だからか、たくさんの生徒が練習をしていた。

「あれ?」

 隈無く見回してもどこにも先生の姿がない。

(いつもなら昼練で体育館にいるはずなのに……)

 先生に会いたくないとか思っていたくせに、姿が見えないと不安になるとか、自分のことなのに自分の気持ちが分からない。
 
 体操が終わっても先生が体育館に来ることはなく、生徒たちの間でざわめきが起こる。

(どうしたんだろう……先生になにかあった?)

 不安が一層大きくなる。

──ドスドス

 重量感のある足音が近付いてきた。振り向かなくても誰なのかすぐにわかる。
 『どうして澤口が』と言いたげにみんなの顔が強張る。

「えー、倉田先生は事情があって授業に少し遅れる」

(え……)

「今日はマット運動のテストだったな。予定通り行う。5分後にやりたいやつからやるぞー」

(事情が何かはわからないけど……)

 澤口先生の様子だと、少なくとも命に関わることではなさそうだ。
 遅れてくると言っていたし、教えてくれた先生にあの練習が無駄な時間だったと思われないよう、今はテストに集中しよう。
 これ以上嫌われたく……ない。

「やるじゃないか!」

 一生懸命頑張ったテストは、難しい技も綺麗に決まり自分でいうのもなんだが素晴らしい出来だった。澤口先生に誉められて、少しだけ先生に見てもらえなかったことを残念に思う。

(きっと先生も……ううん、誉めてなんてくれないよね。だって……あー、だめだめ、授業に集中集中!)

「倒立? 手伝うよ」
「ありがとー! 助かる~」

 テストをまだ終えていない友達の練習に付き合うことにした。

「いくよー」
「いいよー! いち、にの、さ……っ!」

 埃っぽいせいだろうか。
 目に異物が入り、思わずうつむいた瞬間──大好きな人の声が、聞こえた気がした。

 目の前がいきなり真っ暗になり、重みと後頭部に鈍い痛みを感じる。
 何が起きたのかわからない。

「葵!」

(そっか……)

「しっかりして! 葵!」

(私……)

 状況が理解できた時には、意識が朦朧としていて、息をするのがやっとだった。
 薄れてゆく意識の中、先生の声が聞こえる。

「おい! 七瀬! 大丈夫か?」

(やっぱり……さっきの先生だった)

「……っ」

 久しぶりに見た先生の顔は、悲しい顔をしていた。
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