上 下
11 / 33

11.080××××××××

しおりを挟む
「大分時間たっちまったな……」

(ほんとだ……もうこんな時間)

「そろそろ帰るか」

 先生がコーヒーを飲み干し、帰り支度を始めた。

(そうだよね)

 いつまでもこんな時間が続くわけない。
 たまたま相席になっただけで。
 たまたま会話が弾んでいただけで。
 私と先生は、ただの生徒と先生なのだから。

『あたしぃ、倉田のメアド知ってるんだけどぉ~』

ふと、森田さんの言葉が頭を過ぎった。

(……ダメ元で聞いてみる?)

 こんなチャンスはきっと二度とこないだろうし、このまま帰ったら絶対後悔する気がする。

「どーした? 七瀬」

 黙ったままの私を不思議に思ったのか先生が声をかけてくれて、
私は思い切って聞いてみることにした。

「せっ……先生、あの……」
「ん?」
「携帯の番号教えてくれませんか!?」

(言っちゃったけど……)

「……」

(先生困った顔してる……)

「……」

 沈黙が先生の答えを物語っているようで。

(教えてもらえないのはやっぱり、森田さんは特別だった……ってこと、だよね)

 わかっていたことだけど、現実を突きつけられたようで胸が痛い。

「……」

 先生は断る理由を探しているのかもしれない。いっそのこと私から『気にしないで』と言って謝ろうか。
 まだ、私が笑っていられるうちに。
 そう思ったその時——

「080××××××××」
「えっ?」

 先生が口にしたのは耳にしたことのある数字の羅列で、耳を疑った私は思わず聞き返す。

(今の……もしかして)

「知りたいんだろ?」

(やっぱり先生の番号だ!)

「待って待って! いま登録するから! もう一回!」

 ずっと黙っていたし、無理なんだと思っていたから準備もなにもしていなくて、慌てて自分のスマホを取り出す。

「そういや、お前は知らなかったんだな」

 スマホに先生の番号を登録していると、先生が思い出したかのように言った。

「え、なにをですか?」
「俺の番号」
「そんなの当たり前じゃないですか」

 なんでそんなことを聞いてきたのか不思議に思ったけれど、その理由はすぐにわかった。

「まぁそうなんだけどな、生徒たちに番号が出回ってたっぽくてさ」
「そうなんですか?」
「おそらく部活の奴らから、だろうけどな」

(そっか、先生サッカー部の顧問だもんね)

「……メールアドレスも?」

 もしかしたら森田さんもそういう経緯で知ったのかもしれないと思い、聞いてみる。

「さすがにアドレスは知ってる奴いないだろ。誰にも教えてないし」

(誰にも教えてない?)

 一体どういうことだろう。
 彼女はあの日『知っている』と言っていた。だけど、先生が本当に誰にも教えていないのだとしたら、あの言葉は嘘だったことになる。

(嘘……かもしれないんだ)

 確かに、もし彼女がずっと前から先生のことが好きで距離を縮めようとしていたのに、後から出てきた私が先生の周りをちょろちょろしていたら、特別感を出して牽制したくなる気持ちも、なんとなくわかる。
 本当のところは森田さんしかわからないけれど、嘘かもしれないと思えたことで、モヤモヤしていた心がすっかり晴れたのを感じた。

(あれ?)

 森田さんの件が解決したことで、ふと疑問を抱く。
 どうして先生は、私に番号を教えてくれたのだろう。
 大方、生徒に出回っているし『いまさら』ってとこだろうけれど、直接教えてもらえたのはすごく嬉しい。

「着信残しますね」
「ん? おう」

 登録したての番号にかけたら先生のスマホが震えて、本当に先生のなんだって実感した。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るけど、お前も気をつけて帰れよ」
「はい! 先生も気をつけてください!」
「おー、お前は言いふらしたりしないだろうけど、今日のこと他の生徒に言うなよ? うるせーから」

 そう口にしながら席を徐に立ち、軽く微笑んでは『じゃあな』と店をあとにした。

 先生がいなくなって、今更ながら心臓がドキドキしてくる。
 手元のスマホに視線を落とすと、先生の名前が目に入り、今日の出来事は夢じゃなかったのだと実感する。
 ひとしきり余韻に浸った後、気持ちも落ち着いたので帰ることにした。

(あれ?)

 お会計の伝票を探したけれど、どこにも見当たらない。仕方がないのでそのままレジに向かうことにした。

「すみません」
「いかがなさいましたか?」
「お会計をお願いしたいのですが、伝票が見つからなくて」
「?」

 変なことは口にしていないはずなのに、なぜか不思議そうな顔をされて戸惑う。

「え? あれ? お金、払ってないですよね?」
「いえ、相席の方よりお客様の分もすでに頂戴しておりますが……」

(先生が? 一体いつの間に……)

「お客様もご存知だとばかり……申し訳ございません」
「あっ、大丈夫です。えと、美味しかったです。ごちそうさまでした」
「またのご来店、心よりお待ちしております」

 会釈をして店を出る。

 学校ではない場所で二人きりで話をして。
 知らない間に会計を済ませてご馳走してくれて。

(本当に先生とデート、したみたい)

 店を出てからもしばらくの間、私は夢心地な気分だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

処理中です...