7 / 33
7.目的達成だけど、まさかの
しおりを挟む
扉が開いていたのでドアを二度ノックしてから中へ入ると、先生が一人きりで仕事をしていた。
「おう」
作業中の手を止めて、椅子をくるりと回して振り返る先生の顔色は昼間より良くなっている気がした。
(よかった……)
ホッとして顔が綻ぶ。
「どーした?」
「えっと……今日は体調悪いのに、練習見てくださって本当にありがとうございました」
近くに駆け寄りそう口にしながら深々と頭を下げると、先生が喉の奥でククッと笑う。
「わざわざそれ言いに来たのかよ。律儀なやつだなぁ、お前」
先生が言い終わったのと同時くらいに頭を下げたまま持っていたのど飴を前に差し出す。
「あと、風邪じゃないのかもしれないけど、咳してたから……これしか思い付かなくて……」
(先生受け取ってくれるかな)
「たまたま持ってたから、お礼、です」
(いらないって言われたらどうしよう)
心臓が口から飛び出そうなくらい鼓動が鳴り止まない。
先生の反応が怖くて顔を上げられずにいると、手が軽くなったのを感じた。
(あ……)
「サンキュ! ちょうど痛かったからありがたくもらっとくよ。でも、風邪じゃねぇから気にすんな」
ポン、と先生が軽く私の頭を撫でる。
「!」
一瞬何が起こったのかわからなくて。
それを理解した時には先ほどよりも心臓が壊れそうなほど激しく鼓動する。
(頭ポンて、頭ポンて! 先生が私の頭撫でたんですけど!?)
「七瀬?」
「……っえ?」
「なんだ、聞いてなかったのか」
先生の口ぶりから、話しかけられていたらしい。あまりの出来事に動揺していて全く気づかなかった。
「す、すみません」
慌てて謝ると、先生が後ろ頭を軽くかきながら先ほど言ったであろう言葉をもう一度口にする。
「明日の昼休みも練習するのか、って言ったんだけど」
「えっ? 明日もいいんですか?」
「やるなら付き合うぞ」
(本当? 先生と一緒にいられる時間が増える! 嬉しい!)
「やり──」
先生からの提案は思いもよらないもので、感情のままに『やりたい』そう言いかけて口を噤んだ。
(いくら真面目に練習するといっても、不純な動機でこれ以上先生に迷惑かけていいのかな……)
自分勝手な行動で、結果先生に無理をさせてしまったと反省したばかりだ。やりたいと言って本当にいいのだろうか。
返答に悩んでいると不思議に思った先生が声をかけてくれる。
「どうした? 用事あるんなら無理しなくてもいいぞ?」
「あ……その、練習はしたいですが、先生の貴重な昼休み潰しちゃってるし、先生に迷惑かけてるんじゃないかなって、思って……」
正直に思っていることを伝えると、先生が安堵したかのような息を吐く。
「なんだ、そんなこと気にしてんのか? 頑張りたいって言ってる生徒に指導するなんて、教師として冥利に尽きるからな」
それに、と続けて。
「授業がない時にしっかり休んでるから心配すんな! しかもここはあんまり澤口先生こないから快適」
と、悪戯っぽく笑ってみせた。
先生は、生徒のことを本当に考えてくれていて、『やらなきゃいけない』とか『仕方ない』とか少しも思っていなかった。
本当にいい先生なんだなと改めて思うし、先生のことがもっと好きになる。
「で、やるのか? やらないのか?」
改めて先生がそう聞いてきて、私は少しだけ考えて笑顔で答える。
「よろしくお願いします!」
少しでも仲良くなりたいと思う。
少しでも先生の瞳に映りたいと思う。
だって先生が好きだから。
だけど、それ以上に先生の気持ちに応えたい。
教えて良かったって思ってもらいたい。
「ははっ、はりきってんなぁ」
「そりゃあ、高得点目指してますから!」
「お前は練習すればきっと出来るよ」
「はい! 頑張ります!」
「おー」
──キーンコーン
下校時間を知らせるチャイムが鳴った。
話もひと段落ちょうどついたところでのタイミング。もう少し話したいけれど、これ以上いても不思議がられるだけだ。
(仕方ない……帰りたくないけど帰るか)
「せんせ……」
『私帰ります』そう言おうとして、ふと先生に『七瀬』と呼ばれたことを思い出す。
「どうした?」
「……先生、私の名前知ってたんですね」
不思議そうな顔をしているので、続けて話す。
「だって、いつも『お前』とか言うから、知らないのかなって思ってた」
「……くくっ」
一瞬の間が空いたと思ったら、先生が突然笑い出す。
「ごめんごめん。だってそっちの方が呼びやすいだろ? こんなんでも、ちゃんと教えてる生徒の名前くらい把握してるって!」
「な? 3年D組七瀬葵サン?」
(下の名前まで……)
受け持ちの生徒の名前だから把握してるはずだって希望はもっていた。でもそれ以上に先生が私を私だと認識してくれていて、おまけに下の名前まで覚えていてくれたことがわかって、すごく嬉しかった。
(今日一日で色んなことがあったけど、まずは目的達成……かな?)
「おう」
作業中の手を止めて、椅子をくるりと回して振り返る先生の顔色は昼間より良くなっている気がした。
(よかった……)
ホッとして顔が綻ぶ。
「どーした?」
「えっと……今日は体調悪いのに、練習見てくださって本当にありがとうございました」
近くに駆け寄りそう口にしながら深々と頭を下げると、先生が喉の奥でククッと笑う。
「わざわざそれ言いに来たのかよ。律儀なやつだなぁ、お前」
先生が言い終わったのと同時くらいに頭を下げたまま持っていたのど飴を前に差し出す。
「あと、風邪じゃないのかもしれないけど、咳してたから……これしか思い付かなくて……」
(先生受け取ってくれるかな)
「たまたま持ってたから、お礼、です」
(いらないって言われたらどうしよう)
心臓が口から飛び出そうなくらい鼓動が鳴り止まない。
先生の反応が怖くて顔を上げられずにいると、手が軽くなったのを感じた。
(あ……)
「サンキュ! ちょうど痛かったからありがたくもらっとくよ。でも、風邪じゃねぇから気にすんな」
ポン、と先生が軽く私の頭を撫でる。
「!」
一瞬何が起こったのかわからなくて。
それを理解した時には先ほどよりも心臓が壊れそうなほど激しく鼓動する。
(頭ポンて、頭ポンて! 先生が私の頭撫でたんですけど!?)
「七瀬?」
「……っえ?」
「なんだ、聞いてなかったのか」
先生の口ぶりから、話しかけられていたらしい。あまりの出来事に動揺していて全く気づかなかった。
「す、すみません」
慌てて謝ると、先生が後ろ頭を軽くかきながら先ほど言ったであろう言葉をもう一度口にする。
「明日の昼休みも練習するのか、って言ったんだけど」
「えっ? 明日もいいんですか?」
「やるなら付き合うぞ」
(本当? 先生と一緒にいられる時間が増える! 嬉しい!)
「やり──」
先生からの提案は思いもよらないもので、感情のままに『やりたい』そう言いかけて口を噤んだ。
(いくら真面目に練習するといっても、不純な動機でこれ以上先生に迷惑かけていいのかな……)
自分勝手な行動で、結果先生に無理をさせてしまったと反省したばかりだ。やりたいと言って本当にいいのだろうか。
返答に悩んでいると不思議に思った先生が声をかけてくれる。
「どうした? 用事あるんなら無理しなくてもいいぞ?」
「あ……その、練習はしたいですが、先生の貴重な昼休み潰しちゃってるし、先生に迷惑かけてるんじゃないかなって、思って……」
正直に思っていることを伝えると、先生が安堵したかのような息を吐く。
「なんだ、そんなこと気にしてんのか? 頑張りたいって言ってる生徒に指導するなんて、教師として冥利に尽きるからな」
それに、と続けて。
「授業がない時にしっかり休んでるから心配すんな! しかもここはあんまり澤口先生こないから快適」
と、悪戯っぽく笑ってみせた。
先生は、生徒のことを本当に考えてくれていて、『やらなきゃいけない』とか『仕方ない』とか少しも思っていなかった。
本当にいい先生なんだなと改めて思うし、先生のことがもっと好きになる。
「で、やるのか? やらないのか?」
改めて先生がそう聞いてきて、私は少しだけ考えて笑顔で答える。
「よろしくお願いします!」
少しでも仲良くなりたいと思う。
少しでも先生の瞳に映りたいと思う。
だって先生が好きだから。
だけど、それ以上に先生の気持ちに応えたい。
教えて良かったって思ってもらいたい。
「ははっ、はりきってんなぁ」
「そりゃあ、高得点目指してますから!」
「お前は練習すればきっと出来るよ」
「はい! 頑張ります!」
「おー」
──キーンコーン
下校時間を知らせるチャイムが鳴った。
話もひと段落ちょうどついたところでのタイミング。もう少し話したいけれど、これ以上いても不思議がられるだけだ。
(仕方ない……帰りたくないけど帰るか)
「せんせ……」
『私帰ります』そう言おうとして、ふと先生に『七瀬』と呼ばれたことを思い出す。
「どうした?」
「……先生、私の名前知ってたんですね」
不思議そうな顔をしているので、続けて話す。
「だって、いつも『お前』とか言うから、知らないのかなって思ってた」
「……くくっ」
一瞬の間が空いたと思ったら、先生が突然笑い出す。
「ごめんごめん。だってそっちの方が呼びやすいだろ? こんなんでも、ちゃんと教えてる生徒の名前くらい把握してるって!」
「な? 3年D組七瀬葵サン?」
(下の名前まで……)
受け持ちの生徒の名前だから把握してるはずだって希望はもっていた。でもそれ以上に先生が私を私だと認識してくれていて、おまけに下の名前まで覚えていてくれたことがわかって、すごく嬉しかった。
(今日一日で色んなことがあったけど、まずは目的達成……かな?)
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる