上 下
58 / 63

56・可笑しいのには変わりないのですが。

しおりを挟む
 
「見た事ありませんな?」

 調理長が首を傾げながらも、押し花の芳香に興味津々です。

 あ! 調理長、いきなり葉と茎を千切って口に含みました。
 止める暇など有りません。

「調理長! それ、リリアのですから千切らないでもらえます」

 あわてて、調理長の手から押し花を奪い戻しましたが、調理長、まったく聞いちゃいません。
 大真面目な顔をして、懸命になって咀嚼しては、鼻から息を吐き出し、どうやら味と芳香をじっくりと吟味しているようです。
 まあ、私もリリアも人の事は言えないのですが、料理と食材の事となると、他の事は一切目に見えず、耳に聞こえないのは、いつもの事とは言え、随分とこの押し花が気になる様子です。
 よほど気に入ったのでしょうか、何度と無く鼻から深呼吸を繰り返すのですが、その度に大きく丸いお腹が波打つように震えるものですから、可笑しくなってしまいます。

「おや、お嬢様、何が可笑しいのですかな?」

「ええ、調理長が楽しそうにしているものですから、つい」

「おぉ、そうですか。いやいや、食べた事の無い、美味しいものを口にするのは楽しいですからな」

 調理長の無邪気な笑顔に、ふと、カロの面影が重なりました。
 もっとも、あの子だったら、この押し花の香りを嗅いだら、花ごと一口で食べてしまうかもしれません。

「カロリーナ様がお好みになりそうな風味ですな。この香草を使って、お料理や、お菓子を作ったら、お喜びになりそうです」

 カロの事を思い浮かべている時に、調理長の口からカロの名前が突然でてきたものですから、驚いてしまいましたが、カロの事を気に掛けてくれているのかと思うと嬉しくなってしまいます。

 ところが、調理長の顔が一変して、眉根を寄せて、不機嫌そうな、やたらと難しい顔になりました。
 
「エドアルド商会ですな」

 調理長は、疑問ではなく、確信を込めて言いました。

「気に入りません?」

「どうも、あの男の評判が耳に入ると」

 私がエドと親しくしているのを知っている所為か、あからさまな悪口は言わないものの、眉根の皺がさらに深く影を落とします。
 調理長もエドも、どちらも大好きな二人ですから、その表情を見て、何だか悲しくなってしまいました。
 その途端、調理長がお腹をポンポンと、太鼓のように叩いて弾ませます。
 やれやれ、まだ、私の事を子供だと思っているようで、よく、こうやってヘソを曲げた私の機嫌を取っていたものです。
 気を取り直して、ことさらに声を弾ませて言います。

「近々、エドアルド商会に赴く用がありますので、詳しい事を聞いてきますわ」

「はい、是非とも」

 調理長の笑顔に送られて、調理場を後にしました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

処理中です...