上 下
38 / 63

38・簡単に返事のできない気持ちは、分かりますけどね。

しおりを挟む
 
 ファス様のお言葉。

 私には分かる気がします。
 優秀な生徒とは言えませんでしたが、何度かご指導を受けましたし、武技に対する信条もお伺いしました。
 曰く『実戦に小手先の技術は要りません。恐怖に打ち勝ち、相手の間合いに踏み込み、気魂を以って制する事が何より大事なのです。後は、剣を振る、ただそれだけです』
 私はあの時、へっぽこなりに、恐怖に打ち勝ち、ファス様を気魂で制し、剣を取り上げて、教え通りの事が出来たのだと思います。
 
 リリアには自慢話の様なので言いませんが、ファス様は指導者として間違っていなかった事を、お喜びになられたのでしょう。

 それよりも気になる事が有ります。

「ところでリリア、随分とファス様の事をお気に入りのようだけど?」

「え、え、え!?」

 何ですかこの反応は。
 何だか嫌な予感がしますが、まさか、また『好きなんです』などと言いださないでしょうね。
 ファス様は私も大好きです。
 しかし、その想いは『敬慕』であり、リリアがどのような感情を抱いたとしても、素直に受け入れられる事ができますが、それにしたって、気が多いような。

「先生、素敵ですよね」

(乙女か! モジモジしやがって、可愛いじゃねーか)
 
「憧れているの、ランツ様みたいに?」

「いえ、どちらかと言えば、かなりエド小父様寄りで……」

「お父様にお願いする?」

「う~ん、考えどころですね」

(あれれ!? 本気で悩んでいらっしゃる!)

 私はからかい半分、冗談のつもりで言ったのですが、リリアは眉根を寄せて、腕を組み、何度と無く身体を左に右にと折り曲げて、考え込んでいます。
 その姿は愛らしい事この上ないのですが『お嬢の隣を離れるつもりはないから』の台詞はいったい何処へ行ってしまったのでしょうか?
 
「公爵様のお声がかりといえば、先生も断ることが出来ないじゃありませんか、それで先生がお困りになられたらと思うと」

「『先生がお困りになる』そんな事ある訳ないじゃない。ファス様はお喜びになるに決まっているわ」

「本当ですか~?」

 あ! いけません、つい、軽はずみな事を言ってしまいました。
 リリアの美貌と誠実な人柄を嫌う人などいないと思いたいですが、縁は水物、剛直なファス様の事ですから、例え、お父様の口添えが有っても、気に入らないなら突っぱねてしまうでしょう。

「あ~! でも誤解しないで下さいよ。お恐れながら、公爵様にお願いするのはご勘弁頂きたいです」

「嫁ぐつもりは無いと?」

「そ~ですね、そのつもりが、無くは無いは無くは無いのかな?」

「どっちよ!」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます

下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...