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15・信頼してはいますけど、本当ですか。

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 海岸通りの繁華街に戻ります。

 石造りの建物が軒を連ねる突き当りに、異彩を放つ、黒味がかった飴色に磨き込まれた古木を組み上げて作られた、大きな建物がエドアルド商会です。
 玄関前の短い階段を上り、開け放たれた大きな扉から足を踏み入れると、吹き抜けになった天上高のある開放的な空間に、大きな広間ロビーがあり、幾つもの受付窓口があります。
 多くの人々が行き交いながら、商談の声がざわめき、活気に満ち溢れています。

 広間の横の長椅子に所在無げに座り込んでいた大男が、木の床を軋ませる事無く、滑るように近づいてきました。
 大男は私を見るともなく見て、密かに目配せをします。
 黙ってリリアと一緒に大男の後について行き、広間の死角になっている太い柱の陰にある階段を上って行きました。
 吹き抜けになった2階をぐるりと回った奥に、エドの執務室があります。
 大男が扉を叩き、中から返事を待つことなく開けて、辺りに人のいない事を見計らって大仰な礼をしました。
 軽く手を挙げその大仰な礼を制して部屋の中へ入ります。

「お嬢! よく来てくれたね」

 エドが相変わらずの精気に満ちた声で言いました。
 細身ながら屈強な体躯に上品な仕立ての衣装をまとい、白髪混じりの茶褐色の髪を綺麗に撫で付け、目元に油断のならない険のある、端整ながらも少しかげのある顔立ちなのですが、それが少しも不快ではなく、贔屓目ひいきめかもしれませんが、理知的で経歴の重みがゆえと思わせる、壮年の男性です。
 
 書き物の手を止めて執務席を立ちながら、大きく両手を広げて迎え入れてくれましたので、

「どーん!」

 勢いよくその厚い胸に飛び込むと、微かに最愛のお母さまとの香りがしました。

「おー! 相変わらず元気一杯だ」

「エドも元気だった?」

 エドの一言に甘えるように答えてしまったのですが、少し荒んでいた気持ちが癒された気がします。

「勿論、さあ、リリアも掛けてくれたまえ」 

 軽々と私を持ち上げて応接用の長椅子に腰掛けさせると、リリアに手を差し伸べます。

「はい! 失礼いたします」

 リリアは眩しい位の満面の笑みで、その手を両手でしっかりと握り返しました。

「リリアはここに来るのは久しぶりじゃない?」

 長椅子に腰掛けようとするリリアに問いかけると。

「そーですね」

 何ですか、エドには上機嫌で応じたというのに、私の問い掛けには何処か上の空の素っ気ない返事、と思いきや応接机の上の焼き菓子を凝視しているではありませんか。

 エドはその視線に直ぐに気付いたのか、自慢げに言います。

「ちょっと面白いものを用意させてもらったよ」

 机の上の焼き菓子は、甘く芳ばしい香りに混じって、かすかに爽やかな香りが漂いますが、見た目は何の変哲もない地味な物です。
 しかし、リリアは焼き菓子をまだ食べてもいないのに、大きく頷いてうたいあげるように断言します。

「美味しいです!」
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