上 下
9 / 63

 9・青空を見上げて食べると、美味しさ三割増しです。

しおりを挟む
  
 降りた所は海岸通りの繁華街です。
 
 まだエドアルド商会に向かうのは幾分早いですし、小腹も減ったので屋台街へと向かいました。

 青い空に映える、色とりどりの様々な商品が並べられた屋台が軒を連ね、行き交う人々で混雑を極める中、客寄せの賑やかな売り声、お客の値切る声、冷やかしの声が響きます。
 あたりに漂う食欲をそそる様々な香りに惹かれ、領内の繁栄に身も心も浮き立ちます。

 そんな想いを巡らせていると、リリアは屋台の海老の鬼がら焼きに目が釘付けになっていました。
 
 長方形の石造りの炉に炭がこしてあり、その上に金網が置かれています。
 どうしてそこまで無愛想な顔ができるのか聞きたい位の、いかつい顔した親爺さんが、おが屑の入った木箱から無雑作に、大海老を鷲掴みにして取り出すと、傍らにある水桶に突っ込み、おが屑を洗い流して、まな板の上で大きな包丁で縦二つ割りにして、金網の上に乗せます。
 オリーブ油を回しかけ、薄切りにしたニンニクと藻塩を振りかけ、その上にハーブをたっぷりと乗せました。
 
(おー!)

 あまりの手際の良さに、無愛想な顔が神々しく見えて来るから不思議です。

『パチッ!』弾ける音がして、海老の殻が色付き始めると『クツッ』、と海老の汁が音を奏で、ハーブが、『チリッ』と身を焦がすと、海老、オリーブ油、ニンニク、ハーブ、様々な香りが螺旋を描いて煌めきながら立ち昇ります。

 リリアの海老を見詰める眼が怖いぐらい真剣です。

 親爺さん、熱々を平気な顔して摘まんで、蓮の葉に載せて差し出すと、顎を突き上げて、炉の前にあるライムの櫛切りを指し示します。
 
 まったくぶれない、見事な無愛想っぷりです。
 
 海老の赤と、葉の緑。鮮やかな色調がとても映えています。
 リリアにライムを渡そうとしたら、海老の半分を葉っぱで隠しました。
 あぁ、半分だけにかけろという事ですか。
 食べ物の事になると主従関係が一切無くなるのは、いつもの事ですので気にはしません。 
 私もそうしましょう。
 青空の下、潮風に吹かれ、お下品ですが立ったまま手掴みで食べる旬の海老。

(うんめ~!)

 美味しく無い筈がありません。
 歯が触れると『ムニュニュ』と心地良く押し返してきたかと思うと『プッツン』と弾けて、磯の香りと旨味たっぷりの身汁が溢れ出します。
 内臓エビミソを絡めて食べると、これがまた微かな苦みとコクが加わり旨味倍増です。
 最後に残った焼き汁を一息に飲み干すと、様々な味わいが複層的に絡み合い正に絶品。
 あっという間に食べ終わり少々物足りません。
 もう一つ頼もうかしらと思い、

「リリア、もう一つ……」

 あれ? リリアが居ません。

 って、隣の串焼き肉の屋台にいやがった。

 リリアの食べ物に対する嗅覚は間違いありませんので、さぞや美味しい串焼きだろうと思い歩み寄ろうとした、その時です。

 私の全身に緊張が……走ります!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

幼馴染、幼馴染、そんなに彼女のことが大切ですか。――いいでしょう、ならば、婚約破棄をしましょう。~病弱な幼馴染の彼女は、実は……~

銀灰
恋愛
テリシアの婚約者セシルは、病弱だという幼馴染にばかりかまけていた。 自身で稼ぐこともせず、幼馴染を庇護するため、テシリアに金を無心する毎日を送るセシル。 そんな関係に限界を感じ、テリシアはセシルに婚約破棄を突き付けた。 テリシアに見捨てられたセシルは、てっきりその幼馴染と添い遂げると思われたが――。 その幼馴染は、道化のようなとんでもない秘密を抱えていた!? はたして、物語の結末は――?

処理中です...