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34・かつ丼が出てきそうです。
しおりを挟む扉が荒々しく叩かれました。
返事を待たずに入室して来たのは酒管長です。
『シュカンチョウサマ~!』
真っ先に気付いたマリが、すっ飛んで行きました。マリは器用に「うんしょ、うんしょ」酒管長によじ登る? と、首根っこにしがみつきます。酒管長は困惑の表情を浮かべています。生まれたての赤ちゃんを、どのぐらいの力加減で抱えれば傷つけずに済むのか分からない、お父さんの顔です。
『お、おう。マリ、だよな。呼んでくれて、ありがとな』
『ウム、クルシュウナイ』
マリはどこで覚えたのか、また変な言葉を!
しかし、不思議なのですが、言葉すら交わしていない、ほんのちょっとしか面識の無い、見るからに恐ろしい強面の酒管長に、すっかり懐いています。
まったく、マリの感性は理解に苦しみます。
『おどきなさい!』
いけません、辺りを凍り付かせるような冷気を纏った声がしました。
給仕長が酒管長を押しのけ、メイドさんを引き連れてお越しです。何の事情も説明していない二人を鉢合わせさせては不味い事になります。
『あ、すまん、すまん』
あれれ? 酒管長は身体を縮こませて給仕長達に道を譲ります。
『貴男は一体、何をしているのですか!』
すれ違いざま、酒管長の首にぶら下がっているマリに気づいた給仕長が声を荒げました。
「マリサマ、アブナイデスカラ、コチラニ」
「は~い」
給仕長が伸ばした手に、マリは素直に身を預けました。それにしても給仕長は、既に日本語の敬語まで覚えてしまっているとは驚きです。
酒管長はマリが離れてホッとした表情を浮かべたのも束の間の事、残念そうな、寂しそうな、僅かに眉尻を下げて、泣きだしそうな顔をしています。すると、魔王様がいらっしゃるのに気付いて、驚き、でっかい目を真ん丸にして見開きました。強面ながらも実に表情が豊かで、何だか可愛く思えてきてしまいました。女性人気が高いのも頷けます。
『あ! ココ様、魔王様。申し訳ねぇ挨拶が遅れ……』
『あぁ、良いです酒管長、私もココ様も私的に来ているだけなので、堅苦しい挨拶は抜きで』
『ん? 何でしょうか、この香りは?』
給仕長は挨拶もそこそこに、マリを抱えたまま、乱暴に酒管長を突き飛ばして、テーブルに向かって行き、その上にある空になった大皿をじっと見つめます。フラットブレッドでソースを拭き取るようにして食べてしまっているので、大皿の上には、わずかに一筋のソースの跡が残るだけなのですが、給仕長の鼻は誤魔化せないようで、冷たく言い放ちます。
『ブランデーですね』『ブランデーだな』
給仕長の背中越しに覗き込んだ酒管長と声が被りました。
『ロキエル様、この大皿の上には、一体何が置かれていたのでしょうか?』
え!? なぜ私に訊く?
言葉は丁寧でも、その口調は、どんな些細な嘘も許さないといった、冷徹な含みが込められていました。私に何か後ろめたい事がある訳でもありません。
正直に答えて問題は無い……よね?
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