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38・夏の西瓜を、忘れていました。

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 最後の一皿。

「何だ、もう終わりか」
「スープはおまけです」
「?」

 勇者のせいです。

 えぇ、そうです、私もマリに品数が少ないのではと尋ねたら、マリは言ったのです「スープはおまけ」と、勇者は気がつかないようですが、私はすぐに気づきました。マリは素直に、勇者の言った通りに、肉と魚と野菜のお料理を作ったという事です。いろいろな意味で腹が立ちます。
 腹が立つと言えば、お腹一杯です。
 私もさすがに食べ過ぎかなとは思いました。結局一枚味見した後、三枚のお肉を食べてしまっています。しかも最後の一枚は極厚でしたし、お酒も給仕長に勧められるまま、結構な量を飲んでいます。
 扉が開いて、ウルちゃんがワゴンを押して……ウルちゃんの尻尾が膨れ上がって、プルプル震えています! いったい何事? 私の目の前に運ばれたのは、意外な一品でした。綺麗なカットの入った小さなカクテルグラスです。

『ヒッ!』

 給仕長が、口を押えて、小さな悲鳴を上げました。
 ……って、これ、魔王様秘蔵の国宝級カクテルグラスではないですか! 私もこれで一度ごちそうになった事がありますが、グラスが良いと、中身も美味くなった気がしたものです。
 幹部連中も気づいたのでしょう、ざわめきが一段と高く上がりました。

 いつの間にマリは………違いますね。
 魔王様に違いありません。
 私が味見した後に開発室に出向いたに違いありません。
 グラスの中には実にシンプルなコールスロー? でしょうか。小さな黄色いレモンピールが混ぜ込んであり、光の反射を受けて輝いています。グラスを傾け、口に含みますと、シャクッとした歯ごたえ、チコリです。抑えられた酸味に、わずかな苦みにレモンの風味、物足りないと思える塩味が、次の一品を美味しく頂くための伏線ですね。

「この料理にふさわしい器をご用意します」

 とか、言っているに違いない魔王様の顔が目に浮かびます。
 勇者は当然この料理の、お口直しの意味合いを理解していますから、次の料理はガツンと肉が来るのだなとソワソワしています。
 給仕長も、お口直しの重要性を学んでいますので、お酒を飲むのも忘れて、会議室の扉を凝視して、開くのを待ちかねている様子です。
 総料理長を始めとした幹部連中は『なんだこれは?』と、言わんばかりの、怪訝な顔をしています。
 ぽつりと勇者が呟きます。

「こういうの食べると、流石の俺も日本への郷愁を感じるな」

 どういう事でしょう。

「季節を感じるっていうの? 春の山菜に似た味で」
「確かに、私、ふきのとうの天ぷら大好きでした、抹茶塩で頂くと最高だったなぁあ」
「いや、味覚の郷愁じゃなくて、季節の催し物。春は花見とか、夏祭りの花火とかの」
「こっちは季節感あまりないものね、秋のサンマ、冬のお鍋とか」
「だから、食い物の事じゃないって言っているだろ」

 似合わねー!
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