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 6・えへん! どうですか。

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 空間の『揺らぎ』を感じました。

 真っ先に反応したのは、さすがというか、給仕長でした。席を蹴立てるようにして、飛びしさると『揺らぎ』に向かって、拝跪して、片手を胸に、片手を床につけます。
『揺らぎ』が、見る間におぼろげな影を、形作ったかと思うと、魔王様が顕現したのです。

『ピピッ!』

 ラビちゃんも、小さく悲鳴を上げて、大慌てで給仕長に倣います。
 悲鳴が可愛すぎます。
 カレーに目が釘付けになっていた、ウルちゃんは、給仕長に首根っこを掴まれて、椅子から引きずり降ろされてしまいました。

「魔王さま~!」

 マリは大はしゃぎです。勢いよく飛びつこうとしたマリを、魔王様は片手で軽々と、すくい上げるようにして抱きかかえます。
 私は椅子に座ったまま黙礼をしただけで、肩肘張った挨拶などしませんが、さすがに魔王様を前にして、無視して食事をするわけにもいきません。早く食べないと、焼き立てナンの裏側のパリパリ感が無くなってしまいそうで、気が気ではありません。

『あ~、皆さん、私的にお伺いしただけですから、堅苦しい挨拶は結構です。楽にして下さい』

 魔王様は、そう言ってから、で、マリに問いかけます

「マリさん。私の分も作って頂けるのでしょうか?」

「うん、あるよ」

「おー、それは有り難い」

 魔王様はマリを、そっと、降ろします。マリは脇目もふらずに駆け出して、食器棚から一番大きい木皿を取り出すと、たっぷりと、カレーをよそって……あれ? 何だか肉の量が多くないですか? 魔王様だからといって、えこひいきは良くないと思います。

『では、遠慮なく頂きましょう』

 と、魔王様が言いました。いや、いや、少しは遠慮して下さい。
 なにはともあれ、魔王様の一言で、試食会の開始と相成りました。
 グラスの水で口を湿らし、まずは、ナンを手にして、千切ってひと口。

 美味すぎます!

 上質な小麦粉をふっくらと焼き上げた、ほのかな甘みのする、優しい素朴な味わいです。かすかに、何ともいえない果実の香りがするのは、果物から作った、マリお手製の天然酵母を使っているからですね。山羊の油ギーと相まって、ナンに豊かなコクを加えています。なにより、裏のパリパリの香ばしさと、歯触りがたまりません。

 すかさず、カレーをひと口。

 美味すぎます!

 羊肉は臭みがあるから、と、嫌う方がいます。独善かもしれませんが、それは大きな間違いで、私に言わせてもらえば『独特の風味がある』という事だと思います。脂身の少ない、程よい弾力を持った肉を噛みしめると、複層的で鮮烈な自己主張をしてくる香辛料に、負けじと張り合える、羊肉ならではの、力強い肉の旨味が溢れ出してきました。口の中が肉だらけです。なるほど、生クリームを使っているのか、とてもまろやかで、辛みは押さえてあって、私には少々物足りない気もしますが、皆さんは、素直に受け入れて下さるに違いありません。

 ふと、気が付くと、皆さん、私が食べるのを、マジマジと見ています。口で説明したものの、実際、どのようにして食べるか、分からなかったのでしょう。私に倣って、ナンを手に取り、千切って口にすると、眼をみはり、驚いた表情をします。続いてスプーンでカレーを口にすると、

『ロキエル様! なんスか、コレ。コレ、なんスか!?』

 と、興奮して、テーブルを両手で叩いて、身を乗り出して尋ねて来たのは、ウルちゃんです。普段の給仕長なら、『ウルさん、魔王様の御前です。お静かに』と、叱責されるところでしょうが、皆さん、その言葉に、固唾を飲んで、私の返事に耳を傾けます。

『これは、マリの住んでいた世界の、インドという国の北部で作られる……』

 私は、たかぶる気持ちが抑えきれませんでした。何故、こんなにも、誇らしい気持ちが湧き上がってくるのでしょうか。グラスを傾け、ひと息で飲み干して、言います。

『北インド地方風カレーです』
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