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17・荷馬車なんて見た事ありません。
しおりを挟む塩昆布美味しいです。
マリの真似をして、親指の先ぐらいに小さく切った物を噛まずに口に含んで、焙じ茶を頂くと昆布の旨味と塩気でお茶の甘みが引き立ちますし、焙じ茶を飲み終わった後に、ふやけて塩気の無くなった昆布を噛みしめると良い味わいです。
咲ちゃんが納豆の入っていた袋を仕舞おうとして『なんかある』と気付いたのですが、確かに駅の売店で必ず見かけます、塩昆布。
『ちゃっかりしてるわ』と思いましたが、マリはご満悦の様子ですから、まあ良しとしましょう。
おや!? 焙じ茶を飲み終えたマリの表情が急に変わりました。
「マリ、どうしたの!?」
咲ちゃんが声を上げ慌ててハンカチを取り出し、マリの眼元に浮かんだ大粒の涙を拭いました。
ああ、これは物語で良くあります。
今は亡き母の想い出の料理の味に出会えたとか、事情があって一人きりで冷たい食事をしている子が、暖かい食事と、人とのふれあいに感極まったとか、思わずもらい泣きしてしまいそうになる場面です。
「おかね、ない」
現実はシビアでした。
「何だと―! それがどういう事か分かっているだろうな。マリの身柄確保だ」
そう言って咲ちゃんが抱き付くと、マリは震える声で答えます。
「どな、どな、ですか。マリ、にばしゃで、はこばれますか?」
「いいや、身体で支払ってもらう」
「マリ、しっていますね。えんじょこーさい?」
マリに変な事を教えているのは、あの2人に違いありません。
『食事をしたら代金を支払わなくてはならない』という常識を知っているだけマシかもしれません。
咲ちゃんは空気の読める娘ですから、私が眉をひそめただけで、おふざけを止めてくれます。
「大丈夫だよマリ、これは私が作った賄いだから、お金は要らないよ」
「ほんとうですか、ほんとうなのですか?」
マリの半べそ顔が可笑しくて、笑いをこらえるのが大変でした。
「マリは、さらを、あらうのですか?」
無銭飲食をして皿洗いで償うなどという物話も耳にしますが、私は勿論、同業の知人からも聞いた事がありません。
ましてや私の店は健全なホワイト企業ですから、労働基準法や児童福祉法、コンプライアンス厳守は当然で、マリに皿洗いなどさせる訳にはいきません。
「あらいます!」
マリは真剣な表情で、それがまた、やけに可笑しいのですが、みんなの食器を集めるとシンクに持って行き、空のビールケースをひっくり返して踏み台代わりに置いて洗い物を始めました。
まあ、この位はお手伝いの範疇ですから大丈夫でしょう。
ビールケースに乗っかって不安定で危なっかしいので、咲ちゃんが『大丈夫ですか?』と尋ねてきましたが、何かしら超常的な力を持っている娘だから平気だろうと見ていたら『え!』マリ達と接していると驚く事ばかりなのですが、食器を洗う手際が尋常ではありません。
あっという間に片付けると、唖然としている咲ちゃんの所に駆け寄り。
「おわった!」
満面の笑みで言うと、厨房の裏口に向かって駆け出します。
「また、くる!」
一言残して去っていきました。
あー成る程、あの娘の中では『作ってくれた人に対価を支払わなければならない』という認識なのですね。
「日向さん、何ですかあの子?」
知りません!
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