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新たな依頼にご用心?

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 6月、桜の季節が去って、私にとってあるようでなかったゴールデンウィークも佐藤母娘の依頼を受けている最中に見送り、あっという間に雨の多い時期に突入した。

「だ~か~ら!アンタはこの依頼黙って、受けます!って言うたら話終わんねん!」
 今日もファミリーヒストリアの仕事は繁盛·····して、います?
 脳内で思わず、近況報告のような言葉を並べ立てているのは、目の前のお客様に困惑しつつも、努めて冷静にお引き取り願おうと努力しているところだからだ。
 でないと、うっかり気の抜けた返事か、勢いに負けて頷いてしまう可能性があるからだ。

 さて、現在の状況を整理しよう。
 今日は朝からジメジメしてて、いつもなら家と事務所が一駅圏内なので、歩いて向かうところをそのジメジメの元凶である雨を避けるため、地下鉄を一駅乗ることにした。
 だって、こんな天気の日こそテンションを上げなければ仕事にならない!と考えている派の私にとって手早くテンションを上げる方法は、お気に入りの服を身に纏うことだ。
 お気に入りの服は、丈も切らずに買えたシルエットが少しワイドになっているブラックのパンツに、スカイブルーのカッターシャツを羽織り、クリーム色の半袖サマーニットを中に着るスタイルだ。何となくできるオフィスワーカーに見える、ビジネスカジュアルっぽいシルエットが私のお気に入りポイントだ。
 ただし、この服で気をつけないといけないのは、上も下もゆったりしたシルエットになりやすいので、ある程度のスタイルを維持していないと似合わない。·····と私自身が勝手に思って、日頃この服に見合うスタイル維持を目的として散歩をしたり、家から事務所まで歩いているのだ。

 とにかく、ここまではいい。
 問題はこの後だ。駅に着いて、鞄から折り畳み傘を取り出し、なるべく服が濡れないように慌てて事務所へ向かった。
 すると事務所の前に一人のおじいさんが立っていた。散歩途中に雨宿りのご近所さんだろうか?それにしてもなんでこの階に?と建物の1階でなく、それよりも上の階で立っているのが不思議で、折り畳み傘を綺麗に畳みつつ、首を右に僅かに傾げながら立ち止まった。
 おじいさんは、私の気配を感じたのだろうか。こちらへと目を向け、些か偉そうな雰囲気を醸し出しながら近寄ってきて話し掛けてきた。
 ·····そう、このおじいさんこそ今、目の前にいる御仁だ。
 何でも自分の先祖は何処ぞの戦国武将らしく、その武将から現在の自分に至るまでの話を依頼したい、というまあ、歴史好きや偉人好きあるあるかもしれないお話しと言えばそれまでかもしれない。
「でも、この話はお受けできません」
「なんでや!アンタ、人様の家族の歴史書く仕事してんねんやろ?なんでオレの依頼は、アカン言うねん!」
「それは、お引き受けすると歴史の捏造に繋がりかねないからです」
 そう、このおじいさんの依頼は仮に過去の文書などを調べてもこちらも学芸員や研究者ではないのだから、確証のない話を鵜呑みにして引き受けられない。
 いつもなら取材などをして、見積もりをすることでお互いに改めて依頼するのか、依頼を受けるのか決めるところではある。だが、依頼者の様子からすると、下調べ段階からもう書くことが決定しているかのように振る舞う危険性と、自分の話は本当だったのだ、と宣伝をする可能性が見えたからだ。
 普段も、特にこの仕事を始めたばかりの頃はご先祖さま捏造とかに関する依頼はよくあったので、このタイプだと推測される依頼人は断ることをうちの顧問弁護士様からもアドバイスをいただいているし、応援してくれている友人や家族にも揉め事や犯罪の片棒を担ぐような仕事は、引き受けないように!と何度も言われている。
 決して、このおじいさんがそうだ!と100%の確証はないが、そこは個人事業主として毅然と断らせていただこうとハッキリ言わせてもらった。
「·····そうか。オレの言うたことやとご先祖さまとの繋がりハッキリせんし、どっかの文書みたいに証拠捏造の片棒担がされる思てんか」
「端的に言えば、そうです。失礼ながら今までも似たような依頼は何度かあり、私も一人で切り盛りする身。全てのご依頼が本当かどうか、確認がしかねますし、本を作成する前の下準備だけで大変費用がかかる可能性があります。それで、私もお客様も徒労に終わることはお互いの不幸だと私は考えています」
 本当はこの人のご先祖さまがあの武将って本当?と興味本位のままに、ある程度は調べても面白いかもしれない。けれど話し始めの態度や内容、仕事として受けられるものかどうかを基準にすると断るべきだろうと思ったのだ。
 すると、先程から調子が一気に落ちた様子のおじいさんは、あんなに偉そうな口調と態度だったのに、全身が小さくしぼんだように見える。もしかして、先程の態度は武装だったのだろうか。
「エラいハッキリ言うな。·····そらそうか、なんか横文字のケッタイな仕事一人でしとる姉ちゃんが、オッサンの剣幕に負けて仕事ホイホイ引き受けてたら潰れてまうわな。スマンな、でもどうしても引き受け貰いたいねん」
 いきなりおじいさんは、ソファの上に靴を脱いで正座し、土下座に近い姿勢で頭を下げてきた。
 このパターンのお客様は、初めてで私も一瞬固まってしまった。

「·····ひとまずその姿勢は、危ないから止めてください。良ければ、なんでそんな無茶な依頼をしよう思たんか、から教えてください。そっから、私も引き受けられる範囲と無理な範囲を整理させてもらって依頼を受けるかどうか、改めて返事します·····どうです?」
「おおきに。実はな、孫が生意気盛りになってな。こんなショボイ家、って娘と婿に言いよってな。一生懸命働いて暮らしとる二人がどんだけ孫を大事に育てとるか知っとるから、つい、『何がしょぼい家じゃ!うちのご先祖さんは、由緒正しいわ!謝らんかい!』って口挟んでしもて·····」
 つまり、おじいさんはお孫さんが反抗期になって親に対して、他の家の子はもっと贅沢しているなどと批難しながらこんなショボイ家に産まれて損をした、という趣旨の発言をしたのを聞いてしまったらしい。
 そこで勢いで、ご先祖さまについて口を挟んで反論し、じゃあ証拠を見せようじゃないか·····と引くに引けない状況になったそうだ。
「だから、無理やりにでもお孫さんが納得しそうな本が必要だったんですね」
「せやねん。本当はアンタに頭下げてお願いしなアカンねんやろうけど、ついいつも仕事とかの時に舐められたらアカンってなってた時の態度になってたわ。勘弁してくれるとありがたい」
「まあ、実害があったのでもないので、構いませんがあの態度はオススメしませんよ。·····さて、お孫さんのために、となりますと下調べまでは一旦お受けしてもいいかと考えています。しかし、数百年分の人の話となると、本も一冊辺りの単価が高くなりますし、何よりそれは伝説の範囲で終わり、空振りだった。そんな可能性もあります。それでもよろしいですか?」
 また、下調べ自体も高額になる覚悟を問う。おじいさんは、それこそ覚悟の上だと自分自身も本当はご先祖さまが自分の亡くなった両親や親戚が言っていた通りなのか、知りたいのだ、と最初に来た時とは異なり真剣な眼差しで頷いた。

 こうして私はこの依頼を引き受けた。
 さて、今回はどのような物語を書くことになるのだろうか。
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