27 / 65
【第四章】王子様は記憶を辿る
(3)王子様は苦しめられる
しおりを挟む
ベリルが王城へ来てから数ヶ月の時が流れた。
一年を通して穏やかな気候のレブラス王国は大地に祝福された神聖国としても有名だが、今日も優しい陽気に包まれている。
僕は洗面台で顔を洗い、使用人が差し出したタオルを受け取って顔を拭く。
(今日こそ、ベリルを止める)
決意を新たにすると僕は表情を引き締めた。
奇妙なオブジェ事件は最近はなくなっていた。
彼が飽きたのかどうかはわからないが、かわりにレブラス王国の危機が迫っていた。
(想定はしていたが、最悪な展開だ…)
なんと、ベリルが僕の兄上である第一王子のフランベルクに接近したのである。
フランベルク・ギル・レブラス。
兄上であるフランベルクは僕より五歳年上の実の兄である。
優しく温厚な性格でありながらも王族として芯の強さを兼ね備えた人物。
次期国王として清く正しい道を突き進む自慢の兄上だ。
そして兄上の王族の加護は『天空の恵み』であり、やせ細った大地でも兄上がその力を振るえば豊かな場所となる。
雨が少なく干上がった村では雨を降らし、逆に雨が続き洪水の恐れがある場所では雨を止めることができる。
雪が続き長い冬に見舞われれば雪を止めることもできる。
それこそ、穏やかなこの国を象徴するような加護の持ち主だった。
だが…
無論、魔法を無効にすることができる僕とは違い、兄上は魔法の効果も通用してしまう。
もしもあの悪魔が兄上に近づいて口に出すのもはばかられるような魔法を身に受ける事があれば、たまったものではない。
婚約者もまだ決まっていないというのに、使用人たちのようになっては困る。
いや、困るどころの騒ぎではない。
レブラス王国の未来が危ない。
兄上は家臣と共にしばらく国内を回って各地に加護を灯していたのだが、一週間前から王城に帰っている。
いつも忙しい兄上の限られた暇な時間を狙ってベリルは暗躍していた。
(そうはさせない)
僕は決意を固めて王城を走り、ベリルを探した。
兄上と接触する前に止めなければ。
そう思ったところで、王城の廊下に銀髪の後ろ姿があった。
「ベリル!」
僕が名前を呼ぶとベリルは振り返った。
さらりと揺れる銀髪の合間に見える紫苑色の瞳が僕を見下ろす。
すぐに興味を失ったように目線をそらすと、歩みを続行した。
「待ってくれ!」
「…なんだ?」
手短に済ませろとベリルは言う。
僕はここまで走ってきた息を整えると言葉を続けた。
「君が…なにを考えているのか僕にはわからない、それでも…」
「お前に俺を止める資格はないだろう?」
ベリルはパチンと指を打ち鳴らす。
頭の上から地面まで叩きつけるような反動が僕を襲う。
「ぐぅっ!」
即死魔法。
出会った頃に比べたら僕もこの痛みに耐える事ができる。
床に膝をついたが、歯を食いしばってその痛みをやり過ごした。
そんな僕を見下ろしていたベリルはやれやれと頭を振り、もう一度指を打ち鳴らした。
瞬間。
「がハッ!?」
味わったことのない激痛が襲い、僕はその場に倒れた。
神経をバイオリンのごとく掻き鳴らすような痛み。
脳みそにスプーンを突っ込まれてグチャグチャにされるような痛み。
体中が悲鳴を上げると僕は絶叫した。
吐くような感覚はなかったが、かわりに持続する痛みが今も尾を引いている。
「煩わしい」
「ぅッ!」
床に倒れ、悲鳴を吐き出していた僕の口に片足の靴を突っ込んで黙らせた。
痛みによる悲鳴も満足に吐き出せず、嗚咽を漏らしながら僕は耐えるしかなかった。
精神クラッシュ。
普通の人間なら、体中の神経を引き千切られて廃人になる魔法だった。
精神を侵食する激痛の中で死を迎えることもできずに内側から人間を破壊する。
魔法は加護で無力化されたものの、永遠にも感じる痛みが反動で残っていた。
「ふん」
僕が悲鳴を上げることもできず、息も絶え絶えにか細い呼吸を繰り返していると、ベリルは僕の口から靴を引き抜いて何事もなかったかのように廊下の先へと向かった。
振り返ることはない。
その背中を見上げながら僕は意識を失った。
ベリルは今日も悪魔だった。
一年を通して穏やかな気候のレブラス王国は大地に祝福された神聖国としても有名だが、今日も優しい陽気に包まれている。
僕は洗面台で顔を洗い、使用人が差し出したタオルを受け取って顔を拭く。
(今日こそ、ベリルを止める)
決意を新たにすると僕は表情を引き締めた。
奇妙なオブジェ事件は最近はなくなっていた。
彼が飽きたのかどうかはわからないが、かわりにレブラス王国の危機が迫っていた。
(想定はしていたが、最悪な展開だ…)
なんと、ベリルが僕の兄上である第一王子のフランベルクに接近したのである。
フランベルク・ギル・レブラス。
兄上であるフランベルクは僕より五歳年上の実の兄である。
優しく温厚な性格でありながらも王族として芯の強さを兼ね備えた人物。
次期国王として清く正しい道を突き進む自慢の兄上だ。
そして兄上の王族の加護は『天空の恵み』であり、やせ細った大地でも兄上がその力を振るえば豊かな場所となる。
雨が少なく干上がった村では雨を降らし、逆に雨が続き洪水の恐れがある場所では雨を止めることができる。
雪が続き長い冬に見舞われれば雪を止めることもできる。
それこそ、穏やかなこの国を象徴するような加護の持ち主だった。
だが…
無論、魔法を無効にすることができる僕とは違い、兄上は魔法の効果も通用してしまう。
もしもあの悪魔が兄上に近づいて口に出すのもはばかられるような魔法を身に受ける事があれば、たまったものではない。
婚約者もまだ決まっていないというのに、使用人たちのようになっては困る。
いや、困るどころの騒ぎではない。
レブラス王国の未来が危ない。
兄上は家臣と共にしばらく国内を回って各地に加護を灯していたのだが、一週間前から王城に帰っている。
いつも忙しい兄上の限られた暇な時間を狙ってベリルは暗躍していた。
(そうはさせない)
僕は決意を固めて王城を走り、ベリルを探した。
兄上と接触する前に止めなければ。
そう思ったところで、王城の廊下に銀髪の後ろ姿があった。
「ベリル!」
僕が名前を呼ぶとベリルは振り返った。
さらりと揺れる銀髪の合間に見える紫苑色の瞳が僕を見下ろす。
すぐに興味を失ったように目線をそらすと、歩みを続行した。
「待ってくれ!」
「…なんだ?」
手短に済ませろとベリルは言う。
僕はここまで走ってきた息を整えると言葉を続けた。
「君が…なにを考えているのか僕にはわからない、それでも…」
「お前に俺を止める資格はないだろう?」
ベリルはパチンと指を打ち鳴らす。
頭の上から地面まで叩きつけるような反動が僕を襲う。
「ぐぅっ!」
即死魔法。
出会った頃に比べたら僕もこの痛みに耐える事ができる。
床に膝をついたが、歯を食いしばってその痛みをやり過ごした。
そんな僕を見下ろしていたベリルはやれやれと頭を振り、もう一度指を打ち鳴らした。
瞬間。
「がハッ!?」
味わったことのない激痛が襲い、僕はその場に倒れた。
神経をバイオリンのごとく掻き鳴らすような痛み。
脳みそにスプーンを突っ込まれてグチャグチャにされるような痛み。
体中が悲鳴を上げると僕は絶叫した。
吐くような感覚はなかったが、かわりに持続する痛みが今も尾を引いている。
「煩わしい」
「ぅッ!」
床に倒れ、悲鳴を吐き出していた僕の口に片足の靴を突っ込んで黙らせた。
痛みによる悲鳴も満足に吐き出せず、嗚咽を漏らしながら僕は耐えるしかなかった。
精神クラッシュ。
普通の人間なら、体中の神経を引き千切られて廃人になる魔法だった。
精神を侵食する激痛の中で死を迎えることもできずに内側から人間を破壊する。
魔法は加護で無力化されたものの、永遠にも感じる痛みが反動で残っていた。
「ふん」
僕が悲鳴を上げることもできず、息も絶え絶えにか細い呼吸を繰り返していると、ベリルは僕の口から靴を引き抜いて何事もなかったかのように廊下の先へと向かった。
振り返ることはない。
その背中を見上げながら僕は意識を失った。
ベリルは今日も悪魔だった。
10
お気に入りに追加
1,614
あなたにおすすめの小説
義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!
ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。
貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。
実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。
嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。
そして告げられたのは。
「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」
理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。
…はずだったが。
「やった!自由だ!」
夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。
これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが…
これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。
生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。
縁を切ったはずが…
「生活費を負担してちょうだい」
「可愛い妹の為でしょ?」
手のひらを返すのだった。
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜
高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。
フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。
湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。
夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。
悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。
ちんすこう
BL
現代日本で男子高校生だった羽白ゆう(はじろゆう)は、日本で絶賛放送中のアニメ『婚約破棄されたけど悪役令嬢の恋人にプロポーズされましたっ!?』に登場する悪役令嬢の兄・ユーリに転生してしまう。
悪役令息として処罰されそうになったとき、物語のヒーローであるカイに助けられるが――
『助けてくれた王子様は現実世界の義弟でした!?
しかもヒロインにプロポーズするはずなのに悪役令息の俺が求婚されちゃって!?』
な、高校生義兄弟の大プロポーズ劇から始まる異世界転生悪役令息ハッピーゴールイン短編小説(予定)。
現実では幼いころに新しい家族になった兄・ゆう(平凡一般人)、弟・奏(美形で強火オタクでお兄ちゃん過激派)のドタバタコメディ※たまにちょっとエロ※なお話をどうぞお楽しみに!!
転生してませんが、悪役令嬢の弟です。
フジミサヤ
BL
この世界はゲームの世界で、「主人公」が「第一王子」ルートを選択すれば、王子から婚約破棄され一家は破滅……などというn番煎じのトンチキな妄言を繰り出す「悪役令嬢」アリシアを姉に持つ公爵令息のカミルは、甘いお菓子に目がなく、お菓子のためなら何でも従ってしまう。
一家の破滅を避けるために、姉アリシアから「主人公」シャルロッテと恋仲になるよう命じられたカミルは、なぜか姉の婚約者「第一王子」レオンハルトの膝の上でお菓子を食べさせてもらっていた。
◇悪役令嬢の弟が、甘いお菓子で餌付けされるお話です。第一王子✕悪役令嬢の弟。ふんわりテキトー設定のコメディです。無理矢理描写、攻以外との絡みあります。ハッピーエンド。
◇主人公は流されやすく、すぐ泣いてしまうアホの子です。
◇完結済。番外編は投稿するかもしれません。ムーンライトノベルズにも投稿してます(内容少し違います)。
【完結(続編)ほかに相手がいるのに】
もえこ
恋愛
恋愛小説大賞に参加中、投票いただけると嬉しいです。
遂に、杉崎への気持ちを完全に自覚した葉月。
理性に抗えずに杉崎と再び身体を重ねた葉月は、出張先から帰るまさにその日に、遠距離恋愛中である恋人の拓海が自身の自宅まで来ている事を知り、動揺する…。
拓海は空港まで迎えにくるというが…
男女間の性描写があるため、苦手な方は読むのをお控えください。
こちらは、既に公開・完結済みの「ほかに相手がいるのに」の続編となります。
よろしければそちらを先にご覧ください。
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる