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【第四章】王子様は記憶を辿る

(3)王子様は苦しめられる

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ベリルが王城へ来てから数ヶ月の時が流れた。
一年を通して穏やかな気候のレブラス王国は大地に祝福された神聖国としても有名だが、今日も優しい陽気に包まれている。
僕は洗面台で顔を洗い、使用人が差し出したタオルを受け取って顔を拭く。

(今日こそ、ベリルを止める)

決意を新たにすると僕は表情を引き締めた。
奇妙なオブジェ事件は最近はなくなっていた。
彼が飽きたのかどうかはわからないが、かわりにレブラス王国の危機が迫っていた。

(想定はしていたが、最悪な展開だ…)

なんと、ベリルが僕の兄上である第一王子のフランベルクに接近したのである。
フランベルク・ギル・レブラス。
兄上であるフランベルクは僕より五歳年上の実の兄である。
優しく温厚な性格でありながらも王族として芯の強さを兼ね備えた人物。
次期国王として清く正しい道を突き進む自慢の兄上だ。
そして兄上の王族の加護は『天空の恵み』であり、やせ細った大地でも兄上がその力を振るえば豊かな場所となる。
雨が少なく干上がった村では雨を降らし、逆に雨が続き洪水の恐れがある場所では雨を止めることができる。
雪が続き長い冬に見舞われれば雪を止めることもできる。
それこそ、穏やかなこの国を象徴するような加護の持ち主だった。

だが…

無論、魔法を無効にすることができる僕とは違い、兄上は魔法の効果も通用してしまう。
もしもあの悪魔が兄上に近づいて口に出すのもはばかられるような魔法を身に受ける事があれば、たまったものではない。
婚約者もまだ決まっていないというのに、使用人たちのようになっては困る。
いや、困るどころの騒ぎではない。
レブラス王国の未来が危ない。
兄上は家臣と共にしばらく国内を回って各地に加護を灯していたのだが、一週間前から王城に帰っている。
いつも忙しい兄上の限られた暇な時間を狙ってベリルは暗躍していた。

(そうはさせない)

僕は決意を固めて王城を走り、ベリルを探した。
兄上と接触する前に止めなければ。
そう思ったところで、王城の廊下に銀髪の後ろ姿があった。

「ベリル!」

僕が名前を呼ぶとベリルは振り返った。
さらりと揺れる銀髪の合間に見える紫苑色の瞳が僕を見下ろす。
すぐに興味を失ったように目線をそらすと、歩みを続行した。

「待ってくれ!」
「…なんだ?」

手短に済ませろとベリルは言う。
僕はここまで走ってきた息を整えると言葉を続けた。

「君が…なにを考えているのか僕にはわからない、それでも…」
「お前に俺を止める資格はないだろう?」

ベリルはパチンと指を打ち鳴らす。
頭の上から地面まで叩きつけるような反動が僕を襲う。

「ぐぅっ!」

即死魔法。
出会った頃に比べたら僕もこの痛みに耐える事ができる。
床に膝をついたが、歯を食いしばってその痛みをやり過ごした。
そんな僕を見下ろしていたベリルはやれやれと頭を振り、もう一度指を打ち鳴らした。
瞬間。

「がハッ!?」

味わったことのない激痛が襲い、僕はその場に倒れた。
神経をバイオリンのごとく掻き鳴らすような痛み。
脳みそにスプーンを突っ込まれてグチャグチャにされるような痛み。
体中が悲鳴を上げると僕は絶叫した。
吐くような感覚はなかったが、かわりに持続する痛みが今も尾を引いている。

「煩わしい」
「ぅッ!」

床に倒れ、悲鳴を吐き出していた僕の口に片足の靴を突っ込んで黙らせた。
痛みによる悲鳴も満足に吐き出せず、嗚咽を漏らしながら僕は耐えるしかなかった。
精神クラッシュ。
普通の人間なら、体中の神経を引き千切られて廃人になる魔法だった。
精神を侵食する激痛の中で死を迎えることもできずに内側から人間を破壊する。
魔法は加護で無力化されたものの、永遠にも感じる痛みが反動で残っていた。

「ふん」

僕が悲鳴を上げることもできず、息も絶え絶えにか細い呼吸を繰り返していると、ベリルは僕の口から靴を引き抜いて何事もなかったかのように廊下の先へと向かった。
振り返ることはない。
その背中を見上げながら僕は意識を失った。
ベリルは今日も悪魔だった。


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