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不機嫌? いいえ違います
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恋人の機嫌が悪い。
大住樹生は困っている。何も心当たりがない。
昨日は土曜日で、朝から夜まで大住の部屋で恋人と過ごした。昨夜の時点では、不機嫌そうな様子はなかった。
大住は全寮制の男子校で生徒会長を務めており、通常二人部屋の寮生活において、生徒会特権で一人部屋を使用している。そのため、恋人とも二人きりで心置きなく過ごすことができる。もちろん夜はベッドで愛し合い、そのまま大住の部屋で夜を明かした。
「直、機嫌悪いのか?」
「別に、そんなことないですけど」
キッチンで朝ご飯を作る恋人──依田直の後ろ姿に声をかけても、返ってくるのはそっけない返事だけだ。普段であれば作業中でも声をかければ振り向いて返事をしてくれるだけに、そんなことないという依田の返事は疑わしい。
「そんなことなくないだろ。どうした?」
「何もない!」
依然として振り向くことはないが、返事は語気が荒い。
依田は大住の一つ下の学年であり、後輩という意識が常にあるため、強い態度に出ることはほとんどない。そんな依田の珍しい様子に、大住はソファから立ち上がってキッチンへ向かう。
「直。手伝おうか?」
「いらない! 何でこっち来るんですか……」
「何でって、お前の機嫌が悪そうだから。直が朝ご飯の用意してるのに、俺がのんびりしてたら申し訳ないなって」
「いつものことじゃないですか。俺は料理好きですし、会長はおいしそうに食べてくれるからそれだけで満足です。だからあっち行っててください!」
本当に珍しい。料理中に大住がキッチンに行っても、依田が追い払ったことはない。
大住は料理が得意なわけではないが、依田は大住にできる範囲で手伝いを要求する。二人で一緒に作業をすることを楽しむ性格をしている。
「……ふうん。お前、俺がいると何か不都合でもあるのか。分かった。出ていくから一人で過ごせばいい。生徒会室で仕事でもしてくる」
大住がそう言ってキッチンから離れようとすると、やっと振り向いた依田が大住の服の裾を掴んだ。
「待って! 不都合なんかじゃない……」
振り向いたものの、依田は俯いていて表情は窺い知れない。
大住にとっては、ここで依田が大住を引き留めることは予想通りの展開だ。とにかく、不機嫌な理由を聞き出すために依田を振り向かせる必要があった。まともに話をするために。
「不都合じゃないなら、俺を避ける理由は何だ?」
大住の服を握る力が強くなる。十秒ほどの無言を経て、依田の口から言葉が漏れた。
「昨日の、夜……」
「ああ」
「その……ベッドで……」
俯いたまま、ぽつりぽつりと依田が話し出す。
大住には全く心当たりがないが、昨日依田を抱いた時に何かしてしまっただろうか。そうであるならば、依田に詫びる必要がある。
依田は再び十秒ほど悩んだ末に、続きを話し出した。
「いつもと違うこと、したじゃないですか……」
「違うこと?」
当然ながら、依田を抱くのは初めてではない。付き合って数ヶ月、同じ寮内というすぐ会える環境に、大住の一人部屋という好条件が重なって、ほぼ毎週のように週末になると依田は泊まりに来る。そうなると、何もせず朝を迎えるという結果にはならない。
依田は二人部屋だが同室者との折り合いが悪く、その同室者も週末はどこにいるのか知らないが、部屋を出ていくのでちょうどいい。
何度も依田と閨を共にした大住にとって、昨夜だけ何か特別なことをした覚えはない。いつも通り依田は感じていたし、回数だっていつも通りだった。
違うこととは何かという大住の疑問の答えは、意外なものだった。
「あの……寝転んだまま後ろから抱かれる体勢……!」
「ああ、そういや初めてだったか。嫌だったか?」
昨夜は何度か達して脱力した依田にそのまま挿入した。うつ伏せのまま全身をシーツに預けた依田に体重を載せて、肌をぴったりくっつけ合って、奥まで身を埋めた。
思い返してみても嫌そうな様子はなかった。だが、依田が実際にどう思っていたのかは、依田本人にしか分からない。
「体重を、かけられると重くて……身動きできなくて……肩を押さえられると、余計に動けなくなって……」
「……そうか。悪かった」
身を捩る依田を押さえた覚えはある。快感から逃れることは許さないように。
それが嫌だったから、機嫌が悪かったのか。申し訳ないことをした。
大住が反省している間にも、依田の話は続く。
「ぐっと押さえられると会長のが奥に当たって……いつもみたいに動かされるんじゃなくて、奥だけ……奥だけ当てられて……俺の体も……シーツに擦れるし……」
ああ、なるほど。つまりそういうことか。
合点がいった。依田は確かに、機嫌が悪かったわけではない。
大住は、未だに顔を上げない依田を見下ろして笑みを浮かべる。
「気持ちよかったのか」
「……っ!」
びくっと反応する様子を見るに、大住の予想は当たっているらしい。
「で、機嫌が悪いんじゃなくて、自分の中で処理できなくて俺の顔を見られなかったってところか」
「ち、ちがっ……!」
「違うか? 耳まで真っ赤だぞ」
俯いたままの依田の髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっている。
堪えきれない笑いが大住の口から漏れる。
「だって……あんなの初めてで……会長が動いてるわけじゃないのに気持ちよくなるなんて……俺変態になっちゃったんだ……」
「俺に抱かれて気持ちよくなって何が悪いんだ? ほら、朝ご飯食べたらもう一回やろうか」
「なっ、ま、まだ朝だし!」
「……鍋が吹きこぼれそうだぞ」
「うわっ!」
大住の指摘に依田はやっと顔を上げて、大住の服から手を離して慌ててコンロを振り返る。
顔の赤みは引いていないようだが、時間帯を理由に断ってきたあたり、どうやら大住のお誘いそのものは嫌ではないらしい。
どうやってかわいがってやろうかと考えている大住の視線に気付くことなく、依田は今日もおいしい朝ご飯を作り上げるのだった。
大住樹生は困っている。何も心当たりがない。
昨日は土曜日で、朝から夜まで大住の部屋で恋人と過ごした。昨夜の時点では、不機嫌そうな様子はなかった。
大住は全寮制の男子校で生徒会長を務めており、通常二人部屋の寮生活において、生徒会特権で一人部屋を使用している。そのため、恋人とも二人きりで心置きなく過ごすことができる。もちろん夜はベッドで愛し合い、そのまま大住の部屋で夜を明かした。
「直、機嫌悪いのか?」
「別に、そんなことないですけど」
キッチンで朝ご飯を作る恋人──依田直の後ろ姿に声をかけても、返ってくるのはそっけない返事だけだ。普段であれば作業中でも声をかければ振り向いて返事をしてくれるだけに、そんなことないという依田の返事は疑わしい。
「そんなことなくないだろ。どうした?」
「何もない!」
依然として振り向くことはないが、返事は語気が荒い。
依田は大住の一つ下の学年であり、後輩という意識が常にあるため、強い態度に出ることはほとんどない。そんな依田の珍しい様子に、大住はソファから立ち上がってキッチンへ向かう。
「直。手伝おうか?」
「いらない! 何でこっち来るんですか……」
「何でって、お前の機嫌が悪そうだから。直が朝ご飯の用意してるのに、俺がのんびりしてたら申し訳ないなって」
「いつものことじゃないですか。俺は料理好きですし、会長はおいしそうに食べてくれるからそれだけで満足です。だからあっち行っててください!」
本当に珍しい。料理中に大住がキッチンに行っても、依田が追い払ったことはない。
大住は料理が得意なわけではないが、依田は大住にできる範囲で手伝いを要求する。二人で一緒に作業をすることを楽しむ性格をしている。
「……ふうん。お前、俺がいると何か不都合でもあるのか。分かった。出ていくから一人で過ごせばいい。生徒会室で仕事でもしてくる」
大住がそう言ってキッチンから離れようとすると、やっと振り向いた依田が大住の服の裾を掴んだ。
「待って! 不都合なんかじゃない……」
振り向いたものの、依田は俯いていて表情は窺い知れない。
大住にとっては、ここで依田が大住を引き留めることは予想通りの展開だ。とにかく、不機嫌な理由を聞き出すために依田を振り向かせる必要があった。まともに話をするために。
「不都合じゃないなら、俺を避ける理由は何だ?」
大住の服を握る力が強くなる。十秒ほどの無言を経て、依田の口から言葉が漏れた。
「昨日の、夜……」
「ああ」
「その……ベッドで……」
俯いたまま、ぽつりぽつりと依田が話し出す。
大住には全く心当たりがないが、昨日依田を抱いた時に何かしてしまっただろうか。そうであるならば、依田に詫びる必要がある。
依田は再び十秒ほど悩んだ末に、続きを話し出した。
「いつもと違うこと、したじゃないですか……」
「違うこと?」
当然ながら、依田を抱くのは初めてではない。付き合って数ヶ月、同じ寮内というすぐ会える環境に、大住の一人部屋という好条件が重なって、ほぼ毎週のように週末になると依田は泊まりに来る。そうなると、何もせず朝を迎えるという結果にはならない。
依田は二人部屋だが同室者との折り合いが悪く、その同室者も週末はどこにいるのか知らないが、部屋を出ていくのでちょうどいい。
何度も依田と閨を共にした大住にとって、昨夜だけ何か特別なことをした覚えはない。いつも通り依田は感じていたし、回数だっていつも通りだった。
違うこととは何かという大住の疑問の答えは、意外なものだった。
「あの……寝転んだまま後ろから抱かれる体勢……!」
「ああ、そういや初めてだったか。嫌だったか?」
昨夜は何度か達して脱力した依田にそのまま挿入した。うつ伏せのまま全身をシーツに預けた依田に体重を載せて、肌をぴったりくっつけ合って、奥まで身を埋めた。
思い返してみても嫌そうな様子はなかった。だが、依田が実際にどう思っていたのかは、依田本人にしか分からない。
「体重を、かけられると重くて……身動きできなくて……肩を押さえられると、余計に動けなくなって……」
「……そうか。悪かった」
身を捩る依田を押さえた覚えはある。快感から逃れることは許さないように。
それが嫌だったから、機嫌が悪かったのか。申し訳ないことをした。
大住が反省している間にも、依田の話は続く。
「ぐっと押さえられると会長のが奥に当たって……いつもみたいに動かされるんじゃなくて、奥だけ……奥だけ当てられて……俺の体も……シーツに擦れるし……」
ああ、なるほど。つまりそういうことか。
合点がいった。依田は確かに、機嫌が悪かったわけではない。
大住は、未だに顔を上げない依田を見下ろして笑みを浮かべる。
「気持ちよかったのか」
「……っ!」
びくっと反応する様子を見るに、大住の予想は当たっているらしい。
「で、機嫌が悪いんじゃなくて、自分の中で処理できなくて俺の顔を見られなかったってところか」
「ち、ちがっ……!」
「違うか? 耳まで真っ赤だぞ」
俯いたままの依田の髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっている。
堪えきれない笑いが大住の口から漏れる。
「だって……あんなの初めてで……会長が動いてるわけじゃないのに気持ちよくなるなんて……俺変態になっちゃったんだ……」
「俺に抱かれて気持ちよくなって何が悪いんだ? ほら、朝ご飯食べたらもう一回やろうか」
「なっ、ま、まだ朝だし!」
「……鍋が吹きこぼれそうだぞ」
「うわっ!」
大住の指摘に依田はやっと顔を上げて、大住の服から手を離して慌ててコンロを振り返る。
顔の赤みは引いていないようだが、時間帯を理由に断ってきたあたり、どうやら大住のお誘いそのものは嫌ではないらしい。
どうやってかわいがってやろうかと考えている大住の視線に気付くことなく、依田は今日もおいしい朝ご飯を作り上げるのだった。
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