虎の威を狩る猫

ほそあき

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虎の威を狩る猫

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 虎谷総司とらやそうじは案外いい奴かもしれない。
 俺が最近、目の前のクラスメイトに対して感じている印象だ。
「ほら、来いよ」
 脱色されて元の色が何だったのか分からなくなった髪に、痛くないのだろうかと思うほどの数のピアスが付けられた耳と、どこからどう見てもヤンキーだ。なのに今、その手には似合わない猫缶を持ち、俺を手招きしている。
「にゃー」
 そう、俺を。――俺が、今、猫なのである。
 俺の家には満月の夜にだけ猫に変身する能力、というか呪いのようなものが受け継がれている。それは不可避で、満月を見なければ大丈夫なわけでもない。満月の夜は、明けるまで猫の姿になる。狼男ならぬ猫男だ。
 こんなことは誰にも言ったことはないので、もちろん虎谷は俺がクラスメイトの猫田透真ねこたとうまであるなんてことは知らない。半年くらい前の満月の夜、猫の姿で散歩してた俺と、喧嘩してたんだろうと一目で分かるような怪我を負った虎谷が出会ったのがきっかけで、猫になったら虎谷に会いに来るのが習慣になった。
 俺が虎谷の部屋の窓を小突き、それに気付いた虎谷が部屋に招き入れてくれる。今も虎谷の部屋の中で、虎谷が俺を撫でる手に身を任せている。人間の時だと男に撫でられるなんてたまったもんじゃないと思うんだろうが、猫の姿のときは感覚まで猫に似るのかあまり気にならない。むしろ、虎谷の撫で方は上手なのか、気持ちが良くてもっと撫でてほしくなる。
「気持ちいいのか」
 擦り寄るように体を押し付けると、虎谷が笑う。こんな風に笑うんだなんて、こうして猫になって会うまでは知らなかった。
 クラスメイトとはいえ、至極平凡な男子高校生である俺と、遅刻や無断欠席は当たり前で喧嘩の怪我も絶えない虎谷に接点なんてあるわけがない。だから、虎谷のことは噂でしか知らなかった。他校の生徒と喧嘩してボコボコにしたとか、大人相手にも勝つとか、深夜徘徊を注意してきた警察をぶん殴って逃げたとか……多分さすがに尾ひれが付いているとは思うが、そうした悪い噂がたくさん聞こえてくる。
 猫が遊びに来るから猫缶を買って部屋に置いたり、撫でる手つきがこんなにも優しかったり、なんてことは俺しか知らない。学校で見るときには目つきは悪いし口は引き結ばれているし、正直関わりたくないくらいには怖いのに、猫に笑いかける顔はとても綺麗だ。
 ――この顔を人間の時の俺にも向けてほしい。
 いつしかそう思うようになった。多分俺は、虎谷のことが好きなんだ。

※※※

 新年を迎えて一ヶ月が経過し、二月も半ば。
 男にとっての一大イベント、バレンタインデーを明日に控え、クラスの男子はそわそわしているのを隠しきれていない。今年はいくつもらえるのかなーなんて言葉も聞こえてくる。
 俺みたいな人生で一度もモテたことのない平凡男子には無縁のイベントだったが、今年は違う。好きな人ができたからだ。
 虎谷にチョコを渡そうと思う。接点のない俺から直接渡すわけにもいかないし、誰もいない時に机の中にチョコを入れておくつもりだ。名前は書かないつもりだからかなり怪しいし、食べてもらえる保証はない。でも、虎谷は意外と甘い物が好きだ。部屋に遊びに行った時には、俺には猫缶を出して虎谷自身はお菓子を食べていることが多い。その中でも虎谷の好みのお菓子が学校の近くにあるケーキ屋の焼き菓子詰め合わせであることも、詰め合わせの中身をメニューとは別の好きな物に変更してもらっていることも知っている。
 とにかく、甘い物が好きな虎谷に、特に虎谷の好みのお菓子をプレゼントしたら食べてもらえる可能性が高いんじゃないか。そう考えた俺は、すでにお菓子を用意して持って来ている。これを放課後に机の中に入れておけば、明日気付いてくれるだろう。虎谷がちゃんと登校すれば、だが。

※※※

 バレンタインデーは例年通りの結果だった。つまり、特に義理以外のチョコはもらっていない。
 虎谷は登校してきた。俺が机の中に入れたお菓子に気付いて、怪訝な顔をしながらもカバンの中に入れたのも確認した。
 俺からだって気付いてもらえなくてもいい。好きだって、俺が勝手に言いたいだけで。それに、いつも猫缶をくれるから、お返しの気持ちもある。
 今日はバレンタインデーの翌日、ちょうど満月だから虎谷の部屋へ行く日だ。あわよくば感想とか聞かせてもらえないだろうか。誰からか分からないお菓子が置かれていた、くらいのことは言いそうだ。
 いつも通りに猫の姿になった俺は、家を出て行き慣れた道を進む。道路を、塀を、時には民家の屋根も通る。人間よりも通れるスペースも多いし、俺は案外猫の姿での散歩が好きだ。
 いつも通りに虎谷の部屋の窓を小突いた俺だが、虎谷の顔はいつも通りではなかった。何かあったんだろうか。悩みごとでもあるような顔をしているが、きっとまた猫に話しかけるんだろう。言葉の分からない猫相手に嫌なことを吐き出すことで、虎谷のストレス発散になっているようだ。他にも暇つぶしに話しかけてくることも多く、虎谷の好きなお菓子の情報はそれで知った。俺は猫だが中身は人間だから虎谷の言葉も分かっていて、誰にも知られたくないんだろうと思うことも知ってしまっていることには罪悪感を覚えている。例えば家庭環境とか。
 いつもと違う顔をしている虎谷だが、窓は開けてくれたのでありがたく部屋へお邪魔する。ただ、今日は近くに猫缶は見当たらない。このパターンは初めてだ。
「んなー?」
 通じるわけもないが、一応「どうした?」と問いかけてみる。立ち尽くす虎谷の足元へ擦り寄って行くと、わずかに身を引かれた。本当にどうしたんだろう。先月はそんなことなかったはずだ。
「お前は……」
 俺を見下ろして虎谷が口を開く。言葉の続きを待つが、迷うように口を開閉させたままで音が発せられることはない。
「にゃあー」
 催促するように声を出してみたが、虎谷の反応は薄い。何も発言されることのないまま、虎谷は床に座り込んだ。あぐらをかく膝に乗り上げて体を丸めると、いつもなら撫でてくれるのにそれもない。それでも、見上げた虎谷の目は、まっすぐに俺を見据えていた。
「なあ、猫、お前……猫田、なのか……?」
「んぁ!?」
 何だって? 俺が? 俺が猫田だって?
 いやそうなんだが、そうなんだが……そんな素振りは微塵も見せていなかったはずだ。人間が猫になるなんてファンタジーなこと、普通はあり得ないと思うだろう。その上、俺が猫田だって言い当ててきた。どうして。なんで。
「いや、いい……。人間が猫になるなんておかしな話だよな……。昨日、机の中に俺のよく買う焼き菓子が入れられてたんだ。差出人は書いてなかったが、俺があの菓子を好きだと言ったのはお前だけだ。あの店は俺のいとこ一家がやってる店で、俺と全く同じ中身の変更をした客がいたのを覚えてた。俺のいとこは俺と同じ高校の一つ下の学年にいて、猫田のことを知ってたらしく、あの菓子を買ったのは猫田だと俺に教えてくれた。だから、お前が猫田なんじゃないかと思った。猫に対して人間じゃないのかなんて言うのは馬鹿げてると思う。俺だって、自分で言っておきながら意味がわかんねぇ。でももし……もし本当にお前が猫田だというなら、人間の姿でここに来てくれ。基本的に夜は俺しか家にいねぇから」
 頭が追いつかない。虎谷の好きなお菓子を知っているのが猫だけで、そのお菓子を買ったのが俺で、だから猫イコール俺だと思ったって? いや、だからって人間が猫になるなんて信じられないのか、虎谷もすごく困惑している。話を終えてやっと虎谷の手が俺の体に触れたが、撫でる手は今までになくぎこちない。
 その後虎谷は一言も発することはなく、俺も特に何も言わず、というか鳴かず、気まずくなって虎谷の部屋から出た。

※※※

 学校で顔を合わせたらどうしようかと思っていた。
 猫田なのかと問いかけられたのが昨日の夜のことだ。虎谷に会ったら、変な反応をしてしまいそうだと思った。だから緊張しながら登校したが、結局虎谷は学校には来なかった。
 安心したような、でも虎谷のことを考えたら登校しないと出席日数に響くんじゃないか、とかいろいろ考える。
 虎谷は、父親がある日突然蒸発して、母親と二人で暮らしている。父親がいなくなってから、それまで優しかった母親は豹変して、虎谷にもきつく当たるようになった。普段は夜の仕事をしているから、夜は虎谷一人で家にいる。虎谷も休日は日雇いのバイトをしている。そんな複雑な家庭環境だから、まともに生活するのも面倒になってぐれちゃったらしい、というのが、猫の時の俺が虎谷本人から聞いた家庭事情。虎谷が学校に来ない日は、だいたい母親と揉めているか、どこかのヤンキーに絡まれているかのどっちかだ。
 こんな時、俺が本当に猫だったら虎谷を癒してあげられるのに、とは思うが、残念ながら俺は人間だ。今日は初めて、虎谷の家のインターホンを押した。
「……猫田だけど」
 インターホン越しに聞こえる誰何の声に、名乗りを返す。ああ、来てしまった。
 でも、昨日の困惑したままの虎谷をそのままにすることはできなくて、気味悪がられたって嫌われたっていいから、虎谷の気持ちを楽にしたかった。
「やっぱり、お前だったのか」
「ごめんね、黙ってて」
 玄関扉を開けてくれた虎谷の表情は、やっぱり困惑だった。俺がこうして来ても、やっぱり人間が猫の姿をしているなんて信じられないんだろう。
 虎谷のあとを追って家に入る。窓からしか入ったことがないから、虎谷の部屋以外の場所を見るのは初めてだ。
「どこでもいいから、空いてるところに座れ」
 見覚えのある虎谷の部屋に案内され、指示された通り床に座る。虎谷は部屋を出たと思ったら、数分後に飲み物を持って戻ってきた。渡された飲み物をありがたく受け取って、俺の正面に座った虎谷の顔を見る。
「虎谷……その、何から話したらいいか……」
 分からなくて、と消え入るような声で告げる。
 虎谷は、そんな俺を見て大きなため息を吐いた。
「そもそも、お前は猫なのか?」
「いや、人間だよ」
 虎谷の問いに答える。そのまま、俺の家に伝わる呪いについて説明する。
「満月の夜だけ猫になる、か。そういえば、猫が来るのは月一だったな」
「そうなんだよ。大人たちは変身をコントロールすることができるけど、俺にはまだ無理なんだ」
 納得したのかと思ったが、虎谷はまた悩んでいるような表情を浮かべている。昨日も見た、同じ顔だ。しばらく逡巡した後、虎谷は新たな問いを口にした。
「じゃあ……お前が俺の机に焼き菓子を入れた理由は、何だ?」
 ああ、それも聞かれるのか。そうだよな、バレンタインデーだったんだ。虎谷も薄々理由は察しているんだろう。
「好きだから。虎谷のことが」
 本当は言うつもりのなかった言葉。でも、差出人がばれた以上、言うしかない言葉。
「俺はお前とまともにしゃべったこともないのにか。俺は、猫のお前としか接したことがない」
「うん。それでも。虎谷は俺に……猫に優しくしてくれたから。好きになっちゃった。別に、同じ気持ちを返してもらおうと思ってたわけじゃないんだ。だから名前も書かなかったし、日頃の、猫缶のお礼とかそういう気持ちも込みで贈ったものだから。気にしなくていいよ」
 本当は同じ気持ちでいてくれたら嬉しいけど。でも、接点のない人間を好きになってくれというほうが難しいだろう。
「お前は、俺にどうしてほしいんだ」
 虎谷が問う。どうって、そんなの。
「気にしなくていいんだってば。俺の一方的な気持ちの押し付け。虎谷に何かしてほしいわけじゃないよ」
 苦笑する。虎谷は優しいな。俺を慮ってくれる。
「何かしてほしいわけじゃないなら、わざわざバレンタインにお菓子なんて贈ってこねぇだろ。本当はどうしたいんだよ、猫田」
 本当は、本当はなんて、決まっているじゃないか。言ってもいいだろうか。俺のわがままを。言えと言ったのは虎谷だし、口にするだけなら許されたい。
「……虎谷と付き合いたい。俺の、恋人になってほしい」
「ちゃんと言えるじゃねぇか」
 綺麗に笑う虎谷の顔から目が離せない。猫の時にはよく見た顔だが、人間の俺に向けられたことのない笑顔。
「嫌、でしょ。こんなこと言われて。よく知りもしないクラスメイトで、しかも男で、猫に変身する変な体質の俺に。だから気にしなくていいよ。本当に」
「お前のことなら知ってる。俺のクラスメイトで、男なのは見りゃ分かるし、満月の夜にだけ猫に変身する体質で、名前は猫田透真。そうだろ? それだけ知ってりゃ十分だ。俺はな、猫のお前に話したことがあるが、家庭環境は最悪で自暴自棄になってた時期もある。それがだいたい初めて猫と出会ったくらいの時期で、それから度々訪れる猫に愚痴を吐いて、俺に身を預けてくる様子に心が落ち着くのを実感してた。だから、お前は俺を救ってくれたし、俺はお前に感謝してる。次は俺がお前に返す番だ。お前の望みを叶えてやるよ。俺は、猫田の恋人だ」
「虎谷……本当に、いいのか……?」
 信じられない。夢じゃないのか。虎谷が、俺の、恋人になってくれるって?
「いいって言ってんだろ。これからお前のことを詳しく知っていけばいいし、それで気に食わねぇ奴だと思ったらぶん殴って別れればいい」
「物騒なんだけど!? せめて穏便に別れてくれないかな!?」
 いや別れたくないが。そのための努力は惜しまないつもりでいるが。
「逆に、お前が俺のことを気に食わないと思ったら殴っていい。変な遠慮なんかするなよ」
「うん、ありがとう」
 虎谷は優しい。猫に対してだけじゃなくて、人間の俺にも。性根が優しい人間なんだろうな。
 だから、好きになったんだ。
「そういえば」
「何?」
 虎谷が何かに思い当たったように俺の顔を見る。何かあったっけ。猫になる話もしたし、焼き菓子を贈った話もした。他に何か話さないといけないことはないはずなんだが。
「猫に変身するのを大人はコントロールできるって言ったな。それはいつできるようになるんだ?」
 言った。確かに言った。でもそれは今じゃなくて、そもそも虎谷に言いたくないというか……でも恋人だから言ってもいいかなという気持ちもあるというか……。
「……引かない?」
「そんなやべぇ話なのか……? 単にいつでも変身してもらえるなら、猫を撫で放題だなと思っただけなんだが……いや、中身が人間なら撫でられるのは嫌なのか? 人間だと思うと撫で放題って言うのもやべぇな」
「猫の姿になると感覚も猫に寄るから、撫でられるのは好きなんだけど……虎谷の手は気持ちいいし……」
 俺の発言も大概やばいな。顔が熱くなるのを感じる。大人まであと数年という年齢の男が、クラスメイトに撫でられるのが好き、って。
「そっか、それならいいんだが……そうじゃなくて、どうなんだ? 俺に言えない話なのか?」
 猫に変身するのは不可避であり、それは満月の夜に必ず訪れる。満月の夜以外に猫に変身することはなく、変身を回避できないのと同様に、変身を行うこともできない。
 今の俺はそうだ。でも、変身を自分の意思で行えるようになる方法がある。方法というか、ある条件を満たせばそうなると言ったほうが正しい。
「言えないこともないんだけど……恥ずかしいというか、恋人になったばっかりの虎谷にこういうことを言うのもどうかと思うというか……」
「俺のことは気にしなくていいから言ってみろ。倫理的にアウトとかじゃねぇよな」
「それは違う! さすがにそんな問題のある家系じゃないよ! あー……あのね、変身をコントロールできるようになる条件が……童貞を捨てること、なんだ」
 言ってしまった。付き合ったばかりで性行為を匂わすようなことを言うのは気が引けるし、俺が童貞を捨てるということは虎谷が俺に抱かれるということになる。男なのに。
「童貞……お前、俺を抱きたいのか? 抱けるのか?」
「抱けるかと言われると抱けるし、抱きたいかと言われると抱きたいけど、虎谷は嫌じゃない? 男に抱かれるなんて」
「まぁ……考えたことねぇしな。いけるかどうかは分かんねぇけど、やってみたらどうだ? 無理ならぶん殴って止めるし」
「だから物騒なんだけど!?」
 何にも気にすることなんてないかのように笑って言う虎谷に、俺の緊張も解れる。簡単に受け入れられることじゃないと思う。別に虎谷は同性愛者ってわけじゃないし。俺も違うが、虎谷のことは抱けるし、虎谷が抱きたいと言うなら受け入れるだけの覚悟はある。抱かれた場合に変身がコントロールできるかどうかは未知だが。
「とにかく、嫌かと言われたら今の時点では嫌じゃねぇし、実際やってみないと分かんねぇってのが正直な気持ちだ。どうする? 試してみるか?」
 何で抱かれる側の虎谷のほうが前向きに検討しているんだろうか。俺にとっては嬉しいし、願ってもない状況ではある。あるが、じゃあ今からすぐに、とはいけない。
「虎谷がいいなら抱かせてください。でも俺、男同士でどうすればいいのかなんて分かんないし、そもそも童貞だし、一日だけ時間をちょうだい。明日また、同じ時間に来るから。ちゃんと調べるから。虎谷の負担が減るように」
「分かった。明日な。待ってる」
 俺は虎谷の家を出た。ちゃんと調べよう。失敗しないために。

※※※

 男同士の性行為の仕方を一晩かけて調べた。
 お尻の穴を使うっていうのは知っていたが、女性と違って受け入れるための穴じゃないから、入念な準備が必要らしい。ローションやコンドームも買った。あとは実践だが……虎谷は本当に大丈夫だろうか。無理なら殴って止めると言われたが、優しい虎谷が本当に俺を殴るとは考え難い。痛いのに我慢して受け入れてもらうのも気が引けるし、しっかり頑張らないと。受け入れる覚悟をしてくれた虎谷の想いを裏切らないためにも。
 昨日と同じ時間にインターホンを鳴らして名乗る。
 俺が来るのが分かっていたからか、すぐに開いた玄関扉の向こうには虎谷がいる。なんとなくいつもと様子が違う気がする。
「もしかして、お風呂入った?」
 髪が湿っている。違和感の正体はそれだ。
「入った。準備してたのはお前だけじゃないってことだ」
「えっ……ありがとう」
 ほんのりと赤みが差す虎谷の顔をまじまじと見つめてしまう。嬉しい。顔が緩む。
「さっさと入れよ」
 照れた様子のまま、虎谷が踵を返す。慌てて追いかけて、虎谷の部屋に入る。
「一応、いろいろ調べて準備してきたけど……俺、本当に初めてで上手くできるか分かんないし、痛かったり嫌だったりしたら遠慮なく殴って止めてね」
「うるせぇ。俺のことばっか気にすんな。お前も覚悟を決めろ。何があっても、俺を抱く覚悟を」
 言いながらベッドに腰かけた虎谷が俺を手招く。猫の時に散々見た動作だ。それが人間の俺に向けられてるのがたまらなく嬉しい。
 手招きにしたがって虎谷の横に座る。俺を呼んでいた手が俺の肩に回り、そのまま虎谷のほうに引き寄せられる。反対の手が俺の顎に添えられ、上を向けたところで、虎谷の顔が間近にあることに気付いた。近くで見る虎谷の顔は相変わらず綺麗で、見惚れているうちにだんだん見づらくなって、あれ? と思った時には虎谷と俺の距離はゼロになっていた。
「ん、ぁ……」
 口の中に入ってきた熱い塊に舌を絡められて弄られる。それが虎谷の舌だということに数秒遅れて思い当たる。
 散々口内で好き勝手暴れた虎谷が顔を離す時には、俺は肩で息をするほど余裕を失っていた。
「キスも初めてか、猫田」
 口の端から垂れた唾液を拭いながら虎谷が笑う。この笑顔は見たことがない。獲物を見据えた肉食獣のような目――まさに虎だ。
「初めて、だし、初心者にやるようなキスじゃないと思うんだけど……」
 虎谷はヤンキーだから怖がられているが、顔はかっこいいしスタイルもいいし、結構モテる。だから経験はあるんだろうと思っていたが、ここまで手慣れたキスをされるとは思っていなかった。
「キスくらいでへばるなよ。まだここからだろ」
 どさっと音を立てて虎谷の背がシーツに沈む。肩に回された手はそのままだったから、俺も虎谷の上に倒れ込む。ベッドで好きな人とこの体勢って、今更ながらそういうことをするんだと実感させられる。
「虎谷ってさ、かっこいいよね」
「何だ急に」
 見た目もそうだけど、性格も。不慣れな俺に気を遣ってくれているのが分かる。虎谷だって受け入れる側は初めてのはずなのに。
「ううん、俺、虎谷みたいにかっこよくいろいろしてあげられないだろうなって思って。もう余裕ないし……。手際よくもできないだろうし」
「余裕ないのはよく分かるな。すでに勃ってるし」
「い、言わないで……」
 キスだけでしっかり股間を膨らませて、それを指摘されることの恥ずかしさに抱き寄せられたままの虎谷の胸に顔を隠す。耳まで真っ赤になっている気がするから、きっと虎谷にも丸分かりだろう。
「別に悪いとは言ってねぇよ。それだけ感じてたってことだろ。あと、この先への期待」
「や、やめっ……!」
 ぐりぐりと膨らみを太ももで刺激される。そんなことされたらすぐイっちゃう。
「イきそうか?」
「んっ! そう、だから!」
 虎谷の胸を叩いて抗議する。喉を震わせて笑った虎谷が、俺の体を押して起こす。
「まだ早いだろ。イくなら入れてからにしろよ」
 虎谷が服に手をかけるのを見て、俺も自分の服を脱ぐ。
 虎谷は体まで綺麗だ。身長も高いし、しっかり割れた腹筋に、足も引き締まってて、股間のそれも大きい。男らしい体っていうのはこういう体のことをいうんだろう。
 それに比べて俺は、脂肪こそそんなにないと思っているものの筋肉はそんなにないし、堂々と他人に見せられる体じゃない。股間のモノはそんなに小さくないとは思う。虎谷のが大きいだけで。
「あのさ」
「何だ?」
 いくら虎谷が経験豊富でリードしてくれているとは言っても、それに甘えてばかりではいられない。ただ、上手にできる自信は微塵もない。
「俺、手順とかよく分からなくて、ごめん、虎谷に任せてばっかりで」
「気にすんな。でも、俺も男とヤんのは初めてだから、そこはお互い頑張ろうぜ」
「うん、ありがとう」
 恐る恐る虎谷に触れる。胸から腹へ、そしてまた胸へ。
 慣れてないな、と思った。俺もだし、虎谷もこうして他人に好き勝手触らせることなんてなかったんだろう。さっきまではずっと俺が虎谷のしたいように触られていた。
「猫田、さっさと……」
「ここ、気持ち良くない?」
 胸の尖りを指でつつく。触れれば触れるほど芯を持つから、つついて摘まんで押し潰してと指で遊んでみる。
「気持ちいいかどうかは微妙だな……。どちらかというとくすぐったい」
「そっか。調べた情報によると、ここも気持ち良くなれるらしいんだけど、慣れるとって書いてあったから今日いきなりは無理かな」
「悪い、とりあえず挿れてくれ。今のところ、猫田に触られることに抵抗はないけど、挿れられても平気かどうかが俺にとっていちばんの問題なんだ」
「分かった。えっと……うつ伏せになってお尻だけ上げてもらってもいい? その体勢がいちばん楽らしくて……」
 インターネットで調べた情報しかないので、あとは虎谷自身の反応を見つつ進めるしかない。できるだろうか。
「これでいいか?」
 俺の指示通りの体勢をとった虎谷のお尻の割れ目にローションを垂らす。きゅっと締まったお尻の穴に俺のモノを挿れようと思ったら、しっかり濡らして解さないと切れてしまう。
 穴にローションをなじませるように指でなぞる。
「指、挿れるよ、虎谷」
「おう、いいぞ」
 ゆっくりと右手の人差し指を差し込む。びくっと震えた虎谷だが、特に痛みを感じている様子はない。
「大丈夫?」
 あとの問題は、虎谷自身の精神的な部分だ。
「大丈夫……そのまま続けろ」
「無理だと思ったら言ってね」
 虎谷からのオーケーが出たので、指を抜き差ししてみる。ゆっくり、あくまでゆっくり動かしながら、中を解していく。
 男性のお尻の中には、前立腺という性感帯があるというのも調べた。多分この辺りだと思う、というところを指で探ると、お腹側に他と感触が違う膨らみを見つけた。そこを何度か擦ると、虎谷が小さく息を漏らすのが聞こえた。
「っ……」
「虎谷、ごめん、痛い?」
「痛く、ねぇ。そこ、なんか……違う……」
「多分前立腺だと思うんだけど。気持ち良くない?」
 聞きながら膨らみを押す。何度か繰り返すと、虎谷の口からは我慢できない声が溢れる。
「あ、ぁ、気持ち、いい、猫田、ぁ」
「よかった。虎谷が気持ち良くなってくれて嬉しいよ」
 だいぶ解れたし、指をもう一本足しても大丈夫そうだ。
 人差し指を一度抜いて、中指を添えてゆっくり中へ。一本だけの時と同じように、ゆっくり解してから前立腺に触れる。
 虎谷の反応を見ながら繰り返し、薬指も中に入るようになり、現在は三本の指を出し入れしている。三本くらい入れば大丈夫らしいし、そろそろいいだろうか。
 正直、俺の指で感じている虎谷を見て、早く挿入したい気持ちが高まっている。無理をさせたくないという気持ちだけで欲望を抑え込んでいるが、もういいんじゃないかと思うとそろそろ我慢の限界だ。
 あとは、虎谷が、男に抱かれることを許せるかどうかだが。
「猫田、も、いい……お前の、挿れろ」
「いいの? 大丈夫? 俺に、抱かれても」
 虎谷のほうから許しを出してくれたのは嬉しい。今すぐ挿れたい。でも、俺にとっては虎谷の気持ちがいちばん大事で。無理やりはしたくない。
「いいって、言ってんだろ。は、あ、お前だって、挿れたいくせに、変な我慢すんじゃねぇ……!」
 その言葉を聞いて、俺の頭の何かが切れた気がする。
 ゴムだけはしなきゃと頭の片隅から声が響いて、突き動かされるようにゴムの封を破る。初めてだから上手く付けられない。さっさと虎谷の中に入りたいのに。
「チッ……」
 らしくもなく、無意識に舌打ちする。こんなに我慢ができないなんて。
「下手くそ。初めてだからしょうがねぇか」
 体を起こして、俺を見て笑った虎谷がゴムを奪って俺のモノに被せていく。
 その手際のよさに複雑な感情を覚えながら、されるがままにしていると、ゴムを付け終わった虎谷がまたさっきと同じ体勢に戻る。
「虎谷、挿れるね」
「さっさと来いよ」
 虎谷にゴムを被せてもらったモノの上にローションを浴びせて、先端で穴を突く。そのまま腰を押し進めて、中に沈めていく。ゆっくり、ゆっくりと念じていないと、衝動のままに奥まで突き刺してしまいそうだ。そんなことをしてしまえば、虎谷に大きな負担をかけてしまう。受け入れてくれるんだから、せめて少しでも楽でいてほしい。感じてほしい。だから、ゆっくり、ゆっくり……根本まで埋めた。
「入ったよ、分かる? 痛くない?」
「分かる……痛みもない。そんなに、気を遣うなよ。俺は、見ての通り丈夫な体だし、多少無茶されたくらいどうってことねぇから。好きに動いて、好きにイけよ、猫田」
 虎谷の言葉に導かれるように、中をゆっくり擦る。指で散々弄った前立腺を狙って動かすと、虎谷の腰を掴んだ手から震えが伝わる。
 ゆっくりと思っていたのに、だんだん気持ち良さに我慢できなくなって、ガツガツと勢いよく虎谷の中を突いてしまう。気持ちいい。イきそう。虎谷は?
「虎谷……俺、イきそうなんだけど」
「ぁ、何、イけ、よ」
「そうじゃ、なくて……虎谷は?」
「俺、は……あっ、ケツ、気持ちい、けど、それだけじゃ、イけね……っ」
 その言葉を聞くなり、虎谷の腰から片手を離して、前で勃つモノを扱きながら中を突いた。
 どくどくと俺のモノが虎谷の中に欲を吐き出すのとほぼ同時に、虎谷のモノに触れていた俺の手に熱い飛沫がかかった。

※※※

 結局その後も、体勢を変えて二ラウンドに突入した。
 でも、初めてだった俺の体力がもたなくて、今日はそれで終了。
「ありがとう、虎谷。最高だった。体はどう? 無理はしてない?」
「大丈夫だって言ったろ。で? どうだ? 猫にはなれそうか?」
「試してみるね」
 余韻を残したままベッドに身を預ける虎谷の前で、自分が猫になったときを思い浮かべる。すると、目線がかなり低くなった。
「お、成功か」
「んなぁ」
 ベッドに飛び乗って、虎谷の頭の横に丸まって寝転ぶ。優しく俺の背を撫でる虎谷の手に、幸せを噛み締める。
「これからもよろしくな、猫田」
「にゃーん」
 こちらこそよろしくな、虎谷。
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