38 / 38
38. 女公爵になるはずが、なぜこうなった?
しおりを挟む
その日、朝からラッセル王国では、近日からのお祭り騒ぎが最高潮に達していた。
特に王都では矢車菊を中心に色とりどりの花が至る所に飾られ、王太子成婚の記念品を売る露店も多く出ていた。
ラッセル王国第一王子、レオナルド・ラッセル王太子と、名家フェルマー公爵家の長女、アメリア・フェルマー令嬢のご結婚ーー
国中が祝賀ムードに包まれ、今か今かとその瞬間を待つ中、私は最後の仕上げをスタイリストとドレスメーカーの2人から受けていた。
綺麗に結い上げられたダークブロンドの髪に、煌びやかなティアラを乗せられてヴェールが掛けられる。
敢えて細身のドレスにはバックにだけ少しボリュームがあり、そこから伸びる流れるようなロングトレーンが見事だった。胸まわりから腹部にかけて金糸で美しい刺繍がなされ、所々イエローダイヤモンドが縫い付けられている。フレアの袖は総レースで、同じく金糸で刺繍が施されていた。公爵家の名に恥じない、最高の出来だった。
ほぼ支度が終わったところで、同じく準備の整ったレオナルド殿下がこっそり花嫁の支度室に忍び込んできた。
私を見るなり、ハッと息を飲むように棒立ちになる。
「凄く綺麗だ」
そっと抱きしめられて、感動したように耳元で囁かれた。
「……レオナルド殿下も、凄く素敵ですわ」
本当、目に痛いぐらい……
いつにも増して、きちんと正装したレオナルド殿下は輝いていた。自身も名を置く王室騎士団の礼服。濃紺のジャケットには幾つもの勲章が付けられ、肩からは真紅のサッシュを掛けている。左の小指には、普段はしていないが、王太子の証である王家の紋章の入った指輪が。
その姿は、この結婚が王家に認められた公式のものであると物語っていた。
思わずうっとりと、その凛々しい姿に見惚れてしまう。
殿下は私の手を掬い取って、思いを込めるようにその甲にキスをした。
「今はここで我慢するよ。折角の化粧が崩れたら、色々と怒られそうだから。本当はしっかり抱きしめて、唇にキスしたいところだけど」
「レオナルド殿下……」
ええ、絶対にやめて下さい。ほらそこの壁際で、スタイリストが目を吊り上げてこちらを睨んでいますよ。
殿下は笑って、そのまま私の手を握り締めた。
「アメリア……今日この日を迎えることができて、私は本当に幸せ者だ。……君は?」
「……殿下?」
「自分でも少し、君を追い込んだ自覚はあるんだ。色々と夢もあっただろうに、どうしても私の側にいて欲しくて」
ここにきて、不安そうに私の顔色を窺う。まさかこの期に及んで、そんなことを考えているなんて。
私は安心させるように笑って、そっと殿下の手を握り返した。
「私も、今日この日を迎えられて感無量ですわ。殿下の熱意はもちろん嬉しかったですし、何より私が、殿下のお側にお仕えしたいと願ったのです」
「じゃあなんで、嫁入り道具にベッドがあるの?」
随分不服そうに、突然レオナルド殿下が私を問い詰めてきた。
いきなりの話の飛びように、私は驚いて目を瞬かせる。どうも殿下は、先日完成した王宮の私の部屋を既にチェックしたらしい。
私は笑って、珍しく拗ねる殿下の矢車菊の目を覗き込んだ。
「念の為ですわ。あのベッドは幼少の頃から私のお気に入りですの」
そう、念の為。だってあのベッドは、私を異世界に運んでくれる魔法の乗り物だから。もしかしたら、再び異国の友達に会える日が来るかもしれない。
その為に、私は幼少の頃から使っていたベッドをどうしても手元に置いておきたかった。わざわざ王宮の、私の書斎になる予定だった部屋を小さな寝室に変えて、そこに納めたのだ。
書斎ーーいや、執務室は後で場所を見つけて、改めて作って貰おうと考えている。
「念の為?」
レオナルド殿下はどうにも不満そうだった。その綺麗なコバルブルーの目が、「これからは夫婦の寝室で一緒に寝るのに」と非難している。私は頷いて、
「安心して下さいまし。使う予定はありませんわ……今のところ。どなたかが、無体なことをしなければ」
「……なら、私の奥方は一生使うことはないね」
爽やかに言い切った殿下に、私は遂に声に出して笑った。
「ええ。期待してますわ、旦那様」
「レオナルド殿下、お時間です」
扉の向こうからノックと共に声を掛けられて、ハッと息を飲む。
いよいよだ。急に緊張してきた。
レオナルド殿下と顔を見合わせ、コツンと互いの額をくっ付ける。2人で静かに深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。そして再び目を見て頷き合い、しっかりと姿勢を伸ばした。
「では行こうか。さあ、お姫様、お手をどうぞ」
昔と変わらない優しい言葉と共に、殿下が左手を差し出してきた。エスコートの形を取ったその腕に、私はそっと手を添える。
あの異世界で見た『げーむ』の中に、このようなエンディングがあったかどうかは分からない。
でも今この瞬間は、私が考えて、悩んで、そうして選んできた結果だ。
決してエンディングでなく、新たな未来へのスタート地点。
「よろしくお願い致します、私の王子様」
私は愛しい旦那様と共に、初めの一歩を踏み出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
最後まで読んで下さって感謝しています!
特に王都では矢車菊を中心に色とりどりの花が至る所に飾られ、王太子成婚の記念品を売る露店も多く出ていた。
ラッセル王国第一王子、レオナルド・ラッセル王太子と、名家フェルマー公爵家の長女、アメリア・フェルマー令嬢のご結婚ーー
国中が祝賀ムードに包まれ、今か今かとその瞬間を待つ中、私は最後の仕上げをスタイリストとドレスメーカーの2人から受けていた。
綺麗に結い上げられたダークブロンドの髪に、煌びやかなティアラを乗せられてヴェールが掛けられる。
敢えて細身のドレスにはバックにだけ少しボリュームがあり、そこから伸びる流れるようなロングトレーンが見事だった。胸まわりから腹部にかけて金糸で美しい刺繍がなされ、所々イエローダイヤモンドが縫い付けられている。フレアの袖は総レースで、同じく金糸で刺繍が施されていた。公爵家の名に恥じない、最高の出来だった。
ほぼ支度が終わったところで、同じく準備の整ったレオナルド殿下がこっそり花嫁の支度室に忍び込んできた。
私を見るなり、ハッと息を飲むように棒立ちになる。
「凄く綺麗だ」
そっと抱きしめられて、感動したように耳元で囁かれた。
「……レオナルド殿下も、凄く素敵ですわ」
本当、目に痛いぐらい……
いつにも増して、きちんと正装したレオナルド殿下は輝いていた。自身も名を置く王室騎士団の礼服。濃紺のジャケットには幾つもの勲章が付けられ、肩からは真紅のサッシュを掛けている。左の小指には、普段はしていないが、王太子の証である王家の紋章の入った指輪が。
その姿は、この結婚が王家に認められた公式のものであると物語っていた。
思わずうっとりと、その凛々しい姿に見惚れてしまう。
殿下は私の手を掬い取って、思いを込めるようにその甲にキスをした。
「今はここで我慢するよ。折角の化粧が崩れたら、色々と怒られそうだから。本当はしっかり抱きしめて、唇にキスしたいところだけど」
「レオナルド殿下……」
ええ、絶対にやめて下さい。ほらそこの壁際で、スタイリストが目を吊り上げてこちらを睨んでいますよ。
殿下は笑って、そのまま私の手を握り締めた。
「アメリア……今日この日を迎えることができて、私は本当に幸せ者だ。……君は?」
「……殿下?」
「自分でも少し、君を追い込んだ自覚はあるんだ。色々と夢もあっただろうに、どうしても私の側にいて欲しくて」
ここにきて、不安そうに私の顔色を窺う。まさかこの期に及んで、そんなことを考えているなんて。
私は安心させるように笑って、そっと殿下の手を握り返した。
「私も、今日この日を迎えられて感無量ですわ。殿下の熱意はもちろん嬉しかったですし、何より私が、殿下のお側にお仕えしたいと願ったのです」
「じゃあなんで、嫁入り道具にベッドがあるの?」
随分不服そうに、突然レオナルド殿下が私を問い詰めてきた。
いきなりの話の飛びように、私は驚いて目を瞬かせる。どうも殿下は、先日完成した王宮の私の部屋を既にチェックしたらしい。
私は笑って、珍しく拗ねる殿下の矢車菊の目を覗き込んだ。
「念の為ですわ。あのベッドは幼少の頃から私のお気に入りですの」
そう、念の為。だってあのベッドは、私を異世界に運んでくれる魔法の乗り物だから。もしかしたら、再び異国の友達に会える日が来るかもしれない。
その為に、私は幼少の頃から使っていたベッドをどうしても手元に置いておきたかった。わざわざ王宮の、私の書斎になる予定だった部屋を小さな寝室に変えて、そこに納めたのだ。
書斎ーーいや、執務室は後で場所を見つけて、改めて作って貰おうと考えている。
「念の為?」
レオナルド殿下はどうにも不満そうだった。その綺麗なコバルブルーの目が、「これからは夫婦の寝室で一緒に寝るのに」と非難している。私は頷いて、
「安心して下さいまし。使う予定はありませんわ……今のところ。どなたかが、無体なことをしなければ」
「……なら、私の奥方は一生使うことはないね」
爽やかに言い切った殿下に、私は遂に声に出して笑った。
「ええ。期待してますわ、旦那様」
「レオナルド殿下、お時間です」
扉の向こうからノックと共に声を掛けられて、ハッと息を飲む。
いよいよだ。急に緊張してきた。
レオナルド殿下と顔を見合わせ、コツンと互いの額をくっ付ける。2人で静かに深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。そして再び目を見て頷き合い、しっかりと姿勢を伸ばした。
「では行こうか。さあ、お姫様、お手をどうぞ」
昔と変わらない優しい言葉と共に、殿下が左手を差し出してきた。エスコートの形を取ったその腕に、私はそっと手を添える。
あの異世界で見た『げーむ』の中に、このようなエンディングがあったかどうかは分からない。
でも今この瞬間は、私が考えて、悩んで、そうして選んできた結果だ。
決してエンディングでなく、新たな未来へのスタート地点。
「よろしくお願い致します、私の王子様」
私は愛しい旦那様と共に、初めの一歩を踏み出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
最後まで読んで下さって感謝しています!
25
お気に入りに追加
303
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
騎士様に甘いお仕置きをされました~聖女の姉君は媚薬の調合がお得意~
二階堂まや
恋愛
聖女エルネの姉であるイエヴァは、悩める婦人達のために媚薬の調合と受け渡しを行っていた。それは、妹に対して劣等感を抱いてきた彼女の心の支えとなっていた。
しかしある日、生真面目で仕事人間な夫のアルヴィスにそのことを知られてしまう。
離婚を覚悟したイエヴァだが、アルヴィスは媚薬を使った''仕置き''が必要だと言い出して……?
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
+2/16小話追加しました。
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
【R18】塩対応な副団長、本当は私のことが好きらしい
ほづみ
恋愛
騎士団の副団長グレアムは、事務官のフェイに塩対応する上司。魔法事故でそのグレアムと体が入れ替わってしまった! キスすれば一時的に元に戻るけれど、魔法石の影響が抜けるまではこのままみたい。その上、体が覚えているグレアムの気持ちが丸見えなんですけど!
上司だからとフェイへの気持ちを秘密にしていたのに、入れ替わりで何もかもバレたあげく開き直ったグレアムが、事務官のフェイをペロリしちゃうお話。ヒーローが片想い拗らせています。いつものようにふわふわ設定ですので、深く考えないでお付き合いください。
※大規模火災の描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。
他サイトにも掲載しております。
2023/08/31 タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる