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30. 重い想い
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「お嬢様、こんなものですか?」
「もっと薄くよ」
「こうですか?」
「もっと、向こう側が透けて見えるぐらい薄く」
「えー……そんなの無理ですよ」
「文句を言わないで。そんなことでは、『親方』に怒られるわよ」
「……誰ですか、『おやかた』って?」
「いいから、ここにあるじゃが芋全部、同じように切ってね」
「へーい……」
泣き言を言う調理場の下働きに激を飛ばし、更に『ぽてち』用に大量のじゃが芋を彼に押し付ける。
今日は朝から、私は公爵家の調理場に入り浸っていた。
「ふふふ、一年に一度の、スペシャルデー~」
鼻歌を歌いながら、今夜のために万事抜かりがないか進行状況を確認して回る。
「お嬢様、ちょっとよろしいですか?」
「何かしら?」
シェフ長に呼ばれて、上機嫌で振り向く。
「今夜のメニューですが、先にお嬢様が言っていた、『しーざーさらだ』を加えようと思うのです。『まよねーず』にニンニクとチーズをおろして加えると、それらしい味になるかと」
「まあ、それはいい考えね! ではバゲットをサイコロ状に切って、カリカリに焼いて多めに入れてね」
「はい!」
シェフ長も今日は張り切っている。
なぜなら今日は、私の誕生日だからだ!
昔から、招待客を招くような大きなパーティーをせず、家族だけに祝って貰うのが私の希望だった。そして、シェフ長に私の好物だけを作って貰うのだ。
所謂、『ぴざ』『はんばーがー』『ぽてち』『ぽてとさらだ』といったジャンクフードばかりだ。ケーキはもちろん『苺のしょーとけーき』を出して貰う。
最近、八方塞がりの自分の状況に気落ちすることが多かったが、今日ばかりは私は浮かれていた。
***
「誕生日おめでとう、アメリア」
「……ありがとうございます、レオナルド殿下」
最近のレオナルド殿下は私への好意を隠そうともしない。きちんとした返事をしていないにも拘らず、私をまるで婚約者のように扱う。
今日の主役として玄関先で彼を迎えた途端、頬に軽くキスされて抱きしめられた。
「で、殿下!」
びっくりして体を引こうとするが、そのまま腰を抱かれて小食堂の方に導かれる。我が家に何度も入り浸っているので慣れたものだ。
今日、レオナルド殿下が公爵邸に来ることは分かっていた。もちろんきちんと先触れもあったが、私の誕生日を祝う目的以上に、『まよらー』の彼が今夜のメニューを見逃すはずがなかった。
普段はマナーに煩いお父様もお母様も、今日だけは目を瞑ってくれる。異国ではこれらの食べ物は手で持って食べるのですと言う私の主張を受け入れ、自らもフォークやナイフを使わず口に運んでくれるのだ。
加奈子の世界で見た、何気ない普通の家族の団欒みたいで、私は自分の誕生日が大好きだった。
とりとめない会話に美味しい食事、デザートはもちろん『苺のしょーとけーき』。そしてなんと、シェフ長が私のあやふやな説明だけで根性で作り上げた『しゅーくりーむ』が並んだ。
「改めて、誕生日おめでとう」
「おめでとうございます、お姉様」
皆からお祝いされて、プレゼントを渡される。妹からは彼女が一生懸命時間をかけて刺繍したハンカチ。お父様からは例年通り、何冊かの海外の学術書を。お母様からはお香用の綺麗な小壺を貰った。
問題は……レオナルド殿下だった。
「君が産まれた今日という日をお祝いできて、本当に嬉しいよ」
「……ありがとうございます」
以前から、これぐらいのことは言われていたような気もするが、殿下の気持ちを知った今、改めて口にされるととても照れてしまう。そして差し出されたものが……また凄かった。
「これはまた……」
「まあ、素晴らしいネックレスですこと」
「お姉様、凄く綺麗ですわね。早く付けてみて下さい!」
家族全員が私の手の中のものを見つめて、其々に感想を言う。私は言葉もなく固まっていた。
胡桃大の、色も鮮やかなコーンフラワーブルーの大きなサファイヤに、それを取りか囲むように、何粒もの少しだけ緑がかったイエローダイヤモンドと、無色のダイヤモンドが並んでいる。
その意味するところは、明らかに私達の瞳の色だった。サファイアはレオナルド殿下の色、そしてイエローダイヤモンドは榛色の私の瞳の色だ。
キラキラと美しく光を織りなすその輝きが、この贈り物の凄さを物語っていた。たとえ王族といえど、ただの親戚に贈るにしては明らかに高価すぎるプレゼントだ。
それなりに重みのあるネックレスを手に唖然とする私に笑って、殿下が私からそれを取り上げた。
「どれ、付けてあげるよ」
そう言って私の後ろに回り、スルリと首元にネックレスが垂らされた。留め金を止める殿下の指が私の頸に触れて、ドクンと心臓が跳ね上がる。
「まあ、お姉様。凄く綺麗ですわ」
カトレアのうっとりとした声に、「ええ、本当に……」としか返せない。
お母様から手鏡を渡され、ネックレスを身に付けた自分を改めて見ると、鏡の中でレオナルド殿下と目が合った。
「ありがとうございます。こんな高価なもの……」
「アメリアに似合って良かったよ」
「……」
しっとりと首元に馴染んだサファイアに指先で触れ、つい見惚れる。
頭の中では、余計なことを考えながら。
このネックレスだけで、恐らく、公爵領の遅れている街路の整備が賄えるわ……
「もっと薄くよ」
「こうですか?」
「もっと、向こう側が透けて見えるぐらい薄く」
「えー……そんなの無理ですよ」
「文句を言わないで。そんなことでは、『親方』に怒られるわよ」
「……誰ですか、『おやかた』って?」
「いいから、ここにあるじゃが芋全部、同じように切ってね」
「へーい……」
泣き言を言う調理場の下働きに激を飛ばし、更に『ぽてち』用に大量のじゃが芋を彼に押し付ける。
今日は朝から、私は公爵家の調理場に入り浸っていた。
「ふふふ、一年に一度の、スペシャルデー~」
鼻歌を歌いながら、今夜のために万事抜かりがないか進行状況を確認して回る。
「お嬢様、ちょっとよろしいですか?」
「何かしら?」
シェフ長に呼ばれて、上機嫌で振り向く。
「今夜のメニューですが、先にお嬢様が言っていた、『しーざーさらだ』を加えようと思うのです。『まよねーず』にニンニクとチーズをおろして加えると、それらしい味になるかと」
「まあ、それはいい考えね! ではバゲットをサイコロ状に切って、カリカリに焼いて多めに入れてね」
「はい!」
シェフ長も今日は張り切っている。
なぜなら今日は、私の誕生日だからだ!
昔から、招待客を招くような大きなパーティーをせず、家族だけに祝って貰うのが私の希望だった。そして、シェフ長に私の好物だけを作って貰うのだ。
所謂、『ぴざ』『はんばーがー』『ぽてち』『ぽてとさらだ』といったジャンクフードばかりだ。ケーキはもちろん『苺のしょーとけーき』を出して貰う。
最近、八方塞がりの自分の状況に気落ちすることが多かったが、今日ばかりは私は浮かれていた。
***
「誕生日おめでとう、アメリア」
「……ありがとうございます、レオナルド殿下」
最近のレオナルド殿下は私への好意を隠そうともしない。きちんとした返事をしていないにも拘らず、私をまるで婚約者のように扱う。
今日の主役として玄関先で彼を迎えた途端、頬に軽くキスされて抱きしめられた。
「で、殿下!」
びっくりして体を引こうとするが、そのまま腰を抱かれて小食堂の方に導かれる。我が家に何度も入り浸っているので慣れたものだ。
今日、レオナルド殿下が公爵邸に来ることは分かっていた。もちろんきちんと先触れもあったが、私の誕生日を祝う目的以上に、『まよらー』の彼が今夜のメニューを見逃すはずがなかった。
普段はマナーに煩いお父様もお母様も、今日だけは目を瞑ってくれる。異国ではこれらの食べ物は手で持って食べるのですと言う私の主張を受け入れ、自らもフォークやナイフを使わず口に運んでくれるのだ。
加奈子の世界で見た、何気ない普通の家族の団欒みたいで、私は自分の誕生日が大好きだった。
とりとめない会話に美味しい食事、デザートはもちろん『苺のしょーとけーき』。そしてなんと、シェフ長が私のあやふやな説明だけで根性で作り上げた『しゅーくりーむ』が並んだ。
「改めて、誕生日おめでとう」
「おめでとうございます、お姉様」
皆からお祝いされて、プレゼントを渡される。妹からは彼女が一生懸命時間をかけて刺繍したハンカチ。お父様からは例年通り、何冊かの海外の学術書を。お母様からはお香用の綺麗な小壺を貰った。
問題は……レオナルド殿下だった。
「君が産まれた今日という日をお祝いできて、本当に嬉しいよ」
「……ありがとうございます」
以前から、これぐらいのことは言われていたような気もするが、殿下の気持ちを知った今、改めて口にされるととても照れてしまう。そして差し出されたものが……また凄かった。
「これはまた……」
「まあ、素晴らしいネックレスですこと」
「お姉様、凄く綺麗ですわね。早く付けてみて下さい!」
家族全員が私の手の中のものを見つめて、其々に感想を言う。私は言葉もなく固まっていた。
胡桃大の、色も鮮やかなコーンフラワーブルーの大きなサファイヤに、それを取りか囲むように、何粒もの少しだけ緑がかったイエローダイヤモンドと、無色のダイヤモンドが並んでいる。
その意味するところは、明らかに私達の瞳の色だった。サファイアはレオナルド殿下の色、そしてイエローダイヤモンドは榛色の私の瞳の色だ。
キラキラと美しく光を織りなすその輝きが、この贈り物の凄さを物語っていた。たとえ王族といえど、ただの親戚に贈るにしては明らかに高価すぎるプレゼントだ。
それなりに重みのあるネックレスを手に唖然とする私に笑って、殿下が私からそれを取り上げた。
「どれ、付けてあげるよ」
そう言って私の後ろに回り、スルリと首元にネックレスが垂らされた。留め金を止める殿下の指が私の頸に触れて、ドクンと心臓が跳ね上がる。
「まあ、お姉様。凄く綺麗ですわ」
カトレアのうっとりとした声に、「ええ、本当に……」としか返せない。
お母様から手鏡を渡され、ネックレスを身に付けた自分を改めて見ると、鏡の中でレオナルド殿下と目が合った。
「ありがとうございます。こんな高価なもの……」
「アメリアに似合って良かったよ」
「……」
しっとりと首元に馴染んだサファイアに指先で触れ、つい見惚れる。
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