女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ

文字の大きさ
上 下
30 / 38

30. 重い想い

しおりを挟む
「お嬢様、こんなものですか?」

「もっと薄くよ」

「こうですか?」

「もっと、向こう側が透けて見えるぐらい薄く」

「えー……そんなの無理ですよ」

「文句を言わないで。そんなことでは、『親方』に怒られるわよ」

「……誰ですか、『おやかた』って?」

「いいから、ここにあるじゃが芋全部、同じように切ってね」

「へーい……」

 泣き言を言う調理場の下働きに激を飛ばし、更に『ぽてち』用に大量のじゃが芋を彼に押し付ける。

 今日は朝から、私は公爵家の調理場に入り浸っていた。

「ふふふ、一年に一度の、スペシャルデー~」

 鼻歌を歌いながら、今夜のために万事抜かりがないか進行状況を確認して回る。

「お嬢様、ちょっとよろしいですか?」

「何かしら?」

 シェフ長に呼ばれて、上機嫌で振り向く。

「今夜のメニューですが、先にお嬢様が言っていた、『しーざーさらだ』を加えようと思うのです。『まよねーず』にニンニクとチーズをおろして加えると、それらしい味になるかと」

「まあ、それはいい考えね! ではバゲットをサイコロ状に切って、カリカリに焼いて多めに入れてね」

「はい!」

 シェフ長も今日は張り切っている。
 なぜなら今日は、私の誕生日だからだ!

 昔から、招待客を招くような大きなパーティーをせず、家族だけに祝って貰うのが私の希望だった。そして、シェフ長に私の好物だけを作って貰うのだ。

 所謂、『ぴざ』『はんばーがー』『ぽてち』『ぽてとさらだ』といったジャンクフードばかりだ。ケーキはもちろん『苺のしょーとけーき』を出して貰う。

 最近、八方塞がりの自分の状況に気落ちすることが多かったが、今日ばかりは私は浮かれていた。



             ***



「誕生日おめでとう、アメリア」

「……ありがとうございます、レオナルド殿下」

 最近のレオナルド殿下は私への好意を隠そうともしない。きちんとした返事をしていないにも拘らず、私をまるで婚約者のように扱う。

 今日の主役として玄関先で彼を迎えた途端、頬に軽くキスされて抱きしめられた。

「で、殿下!」

 びっくりして体を引こうとするが、そのまま腰を抱かれて小食堂の方に導かれる。我が家に何度も入り浸っているので慣れたものだ。

 今日、レオナルド殿下が公爵邸に来ることは分かっていた。もちろんきちんと先触れもあったが、私の誕生日を祝う目的以上に、『まよらー』の彼が今夜のメニューを見逃すはずがなかった。

 普段はマナーに煩いお父様もお母様も、今日だけは目を瞑ってくれる。異国ではこれらの食べ物は手で持って食べるのですと言う私の主張を受け入れ、自らもフォークやナイフを使わず口に運んでくれるのだ。
 加奈子の世界で見た、何気ない普通の家族の団欒みたいで、私は自分の誕生日が大好きだった。

 とりとめない会話に美味しい食事、デザートはもちろん『苺のしょーとけーき』。そしてなんと、シェフ長が私のあやふやな説明だけで根性で作り上げた『しゅーくりーむ』が並んだ。

「改めて、誕生日おめでとう」

「おめでとうございます、お姉様」

 皆からお祝いされて、プレゼントを渡される。妹からは彼女が一生懸命時間をかけて刺繍したハンカチ。お父様からは例年通り、何冊かの海外の学術書を。お母様からはお香用の綺麗な小壺を貰った。
 問題は……レオナルド殿下だった。

「君が産まれた今日という日をお祝いできて、本当に嬉しいよ」

「……ありがとうございます」

 以前から、これぐらいのことは言われていたような気もするが、殿下の気持ちを知った今、改めて口にされるととても照れてしまう。そして差し出されたものが……また凄かった。

「これはまた……」

「まあ、素晴らしいネックレスですこと」

「お姉様、凄く綺麗ですわね。早く付けてみて下さい!」

 家族全員が私の手の中のものを見つめて、其々に感想を言う。私は言葉もなく固まっていた。

 胡桃大の、色も鮮やかなコーンフラワーブルーの大きなサファイヤに、それを取りか囲むように、何粒もの少しだけ緑がかったイエローダイヤモンドと、無色のダイヤモンドが並んでいる。
 その意味するところは、明らかに私達の瞳の色だった。サファイアはレオナルド殿下の色、そしてイエローダイヤモンドは榛色の私の瞳の色だ。

 キラキラと美しく光を織りなすその輝きが、この贈り物の凄さを物語っていた。たとえ王族といえど、ただの親戚に贈るにしては明らかに高価すぎるプレゼントだ。
 それなりに重みのあるネックレスを手に唖然とする私に笑って、殿下が私からそれを取り上げた。

「どれ、付けてあげるよ」

 そう言って私の後ろに回り、スルリと首元にネックレスが垂らされた。留め金を止める殿下の指が私の頸に触れて、ドクンと心臓が跳ね上がる。

「まあ、お姉様。凄く綺麗ですわ」

 カトレアのうっとりとした声に、「ええ、本当に……」としか返せない。
 お母様から手鏡を渡され、ネックレスを身に付けた自分を改めて見ると、鏡の中でレオナルド殿下と目が合った。

「ありがとうございます。こんな高価なもの……」

「アメリアに似合って良かったよ」

「……」

 しっとりと首元に馴染んだサファイアに指先で触れ、つい見惚れる。
 頭の中では、余計なことを考えながら。

 このネックレスだけで、恐らく、公爵領の遅れている街路の整備が賄えるわ……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。

カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

処理中です...