25 / 38
25. 悪役令嬢 vs 悪役令嬢
しおりを挟む
「レオナルド殿下!」
青い塊が、猛然とこちらに近付いてくる。
マリア嬢はエスコート役も連れず、一人で会場を横切って来た。
「今夜はこのような素敵なパーティーに参加できて、本当に光栄ですわ」
ちょこんと膝を折るだけの浅いカーテシーをして、レオナルド殿下に思わせぶりな視線を送る。
コバルトブルーの光沢のあるドレスに、見事なサファイアのアクセサリーを身につけ、ここまで殿下の瞳の色を前面に出されると、彼女が張り切って今夜の夜会に挑んできたのが露骨に分かった。
「今晩は、アメリア様」
「マリア様。良い夜ですわね」
レオナルド殿下がお目当てでもそこは貴族の端くれ、私への挨拶も忘れない。私も和かに微笑み返したが、彼女の目的はあくまで殿下なので、その後はひたすら無視だ。
マリア嬢はどことなく憂いを帯びた表情を浮かべ、心配そうにレオナルド殿下にすり寄った。
「ところでレオナルド殿下、先程少し耳に挟んだのですが、足をお捻りになったとか。大丈夫ですか?」
「はは、そうなんだよ。恥ずかしい話、最近随分と鍛錬をサボっていたからね。久々にやったら捻挫してしまって。やはり日頃の積み重ねが大事だね」
「まあ、そんなこと……でも大事になさって下さいね。ああ、出来ることならーー」
突然、マリア嬢がまるで祈るように胸元で両手を組んだ。伏し目がちな目が、どこか芝居がかっているように見えるけれど。
「殿下のお痛みになる足を、私が治るまでずうっと、優しく摩って差し上げたいくらいですわ……」
言葉だけなら……辛うじて、献身的に受け取れなくもないが。「是非そう言いつけて下さいな」と言わんばかりのその表情は、まるで獲物を狙うしなやかな猫科の獣のようだった。艶やかに塗られた、真っ赤な厚めの唇がとても蠱惑的だ。
「でも残念ですわ。折角、ダンスの名手と名高いレオナルド殿下に、お相手をして頂きたかったのに……」
いきなり、マリア嬢が意味ありげに私の方に顔を向けた。
「でも、アメリア様まで踊らないのは勿体無いですわ。ほら、そこにジョセフ様もいらっしゃいますし、ぜひお美しいアメリア様のダンスを拝見させて下さい」
「……」
そう来たか……!
まさか私を追い払おうと考えているとは思わず、無意識に表情が固まった。すぐ近くで違う方と会話していたジョセフ様も、いきなり自分の名前を出されて驚いている。
さて、この場をどう切り抜けるかーー
もし私が踊りに行った場合、殿下はこの『伯爵令嬢』とのルートに突入するかもしれない。殿下とマリア嬢のイベントを全く知らないが、その可能性は常にあるだろう。
確かに彼女はとても魅力的な容姿をしている。一言で表すなら、妖艶。口元にあるホクロも色っぽいし、殿方の劣情を刺激するだろうその仕草も随分と様になっている。彼女がその気になれば、大抵の男性は彼女の虜になるのではなかろうか。
思わず、マリア嬢が未来の王妃になったところを想像してみた。がーー「ないな」と即座に打ち消した。
彼女は自己顕示欲が強すぎるし、今までの言動を見ている限り典型的な貴族主義者だ。決して私の目指す、未来のラッセル王国にふさわしいタイプの王妃ではない。それどころか自分の私欲のために、その権力を手にした途端、国を私物化しそうだ。
そうまるで、以前、国を混乱に陥れた私のお祖父様のように……
「ふふ。そうですわね。折角の舞踏会ですもの、踊らないと勿体無いですわね」
きちんとマリア嬢の言葉を肯定しつつ、「でも」と続ける。
「この素敵な雰囲気に当てられて、浮かれて少し飲み過ぎてしまいましたの。今は足元がおぼつきませんから、また後で楽しませていただきますわ」
少しだけ殿下に身を寄せて、酔っ払っているように見せかける。恐らく、彼女は私の挑発的な目に気付いていることだろう。淑女が酔っ払うなどお母様が知ったら雷ものだが、今は非常事態だ。
打って変わってしおらしく、上目遣いで殿下を見上げると、彼は困ったように眉尻を下げた。
「ああ、すまない。踊らない私に付き合わせて、アメリアにグラスを渡し過ぎたね」
ナイスフォローですわ、殿下!
私はさらにレオナルド殿下に寄りかかって、甘えるように言った。
「いいえ、私が調子に乗り過ぎたのです。でも少し、酔いを覚ましたいですわ」
「じゃあ、ちょっと夜風にでも当りに行こうか?」
「はい……」
完全に2人の世界を見せつけてやった!
口惜しそうにギリリと手にしたハンカチを握りしめるマリア嬢を横目に、私は「ふふん」と笑って、胸のすく思いで殿下にエスコートされながら庭に続くドアへと向かった。
青い塊が、猛然とこちらに近付いてくる。
マリア嬢はエスコート役も連れず、一人で会場を横切って来た。
「今夜はこのような素敵なパーティーに参加できて、本当に光栄ですわ」
ちょこんと膝を折るだけの浅いカーテシーをして、レオナルド殿下に思わせぶりな視線を送る。
コバルトブルーの光沢のあるドレスに、見事なサファイアのアクセサリーを身につけ、ここまで殿下の瞳の色を前面に出されると、彼女が張り切って今夜の夜会に挑んできたのが露骨に分かった。
「今晩は、アメリア様」
「マリア様。良い夜ですわね」
レオナルド殿下がお目当てでもそこは貴族の端くれ、私への挨拶も忘れない。私も和かに微笑み返したが、彼女の目的はあくまで殿下なので、その後はひたすら無視だ。
マリア嬢はどことなく憂いを帯びた表情を浮かべ、心配そうにレオナルド殿下にすり寄った。
「ところでレオナルド殿下、先程少し耳に挟んだのですが、足をお捻りになったとか。大丈夫ですか?」
「はは、そうなんだよ。恥ずかしい話、最近随分と鍛錬をサボっていたからね。久々にやったら捻挫してしまって。やはり日頃の積み重ねが大事だね」
「まあ、そんなこと……でも大事になさって下さいね。ああ、出来ることならーー」
突然、マリア嬢がまるで祈るように胸元で両手を組んだ。伏し目がちな目が、どこか芝居がかっているように見えるけれど。
「殿下のお痛みになる足を、私が治るまでずうっと、優しく摩って差し上げたいくらいですわ……」
言葉だけなら……辛うじて、献身的に受け取れなくもないが。「是非そう言いつけて下さいな」と言わんばかりのその表情は、まるで獲物を狙うしなやかな猫科の獣のようだった。艶やかに塗られた、真っ赤な厚めの唇がとても蠱惑的だ。
「でも残念ですわ。折角、ダンスの名手と名高いレオナルド殿下に、お相手をして頂きたかったのに……」
いきなり、マリア嬢が意味ありげに私の方に顔を向けた。
「でも、アメリア様まで踊らないのは勿体無いですわ。ほら、そこにジョセフ様もいらっしゃいますし、ぜひお美しいアメリア様のダンスを拝見させて下さい」
「……」
そう来たか……!
まさか私を追い払おうと考えているとは思わず、無意識に表情が固まった。すぐ近くで違う方と会話していたジョセフ様も、いきなり自分の名前を出されて驚いている。
さて、この場をどう切り抜けるかーー
もし私が踊りに行った場合、殿下はこの『伯爵令嬢』とのルートに突入するかもしれない。殿下とマリア嬢のイベントを全く知らないが、その可能性は常にあるだろう。
確かに彼女はとても魅力的な容姿をしている。一言で表すなら、妖艶。口元にあるホクロも色っぽいし、殿方の劣情を刺激するだろうその仕草も随分と様になっている。彼女がその気になれば、大抵の男性は彼女の虜になるのではなかろうか。
思わず、マリア嬢が未来の王妃になったところを想像してみた。がーー「ないな」と即座に打ち消した。
彼女は自己顕示欲が強すぎるし、今までの言動を見ている限り典型的な貴族主義者だ。決して私の目指す、未来のラッセル王国にふさわしいタイプの王妃ではない。それどころか自分の私欲のために、その権力を手にした途端、国を私物化しそうだ。
そうまるで、以前、国を混乱に陥れた私のお祖父様のように……
「ふふ。そうですわね。折角の舞踏会ですもの、踊らないと勿体無いですわね」
きちんとマリア嬢の言葉を肯定しつつ、「でも」と続ける。
「この素敵な雰囲気に当てられて、浮かれて少し飲み過ぎてしまいましたの。今は足元がおぼつきませんから、また後で楽しませていただきますわ」
少しだけ殿下に身を寄せて、酔っ払っているように見せかける。恐らく、彼女は私の挑発的な目に気付いていることだろう。淑女が酔っ払うなどお母様が知ったら雷ものだが、今は非常事態だ。
打って変わってしおらしく、上目遣いで殿下を見上げると、彼は困ったように眉尻を下げた。
「ああ、すまない。踊らない私に付き合わせて、アメリアにグラスを渡し過ぎたね」
ナイスフォローですわ、殿下!
私はさらにレオナルド殿下に寄りかかって、甘えるように言った。
「いいえ、私が調子に乗り過ぎたのです。でも少し、酔いを覚ましたいですわ」
「じゃあ、ちょっと夜風にでも当りに行こうか?」
「はい……」
完全に2人の世界を見せつけてやった!
口惜しそうにギリリと手にしたハンカチを握りしめるマリア嬢を横目に、私は「ふふん」と笑って、胸のすく思いで殿下にエスコートされながら庭に続くドアへと向かった。
2
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】
高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。
全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。
断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
本日をもって、魔術師団長の射精係を退職するになりました。ここでの経験や学んだことを大切にしながら、今後も頑張っていきたいと考えております。
シェルビビ
恋愛
膨大な魔力の引き換えに、自慰をしてはいけない制約がある宮廷魔術師。他人の手で射精をして貰わないといけないが、彼らの精液を受け入れられる人間は限られていた。
平民であるユニスは、偶然の出来事で射精師として才能が目覚めてしまう。ある日、襲われそうになった同僚を助けるために、制限魔法を解除して右手を酷使した結果、気絶してしまい前世を思い出してしまう。ユニスが触れた性器は、尋常じゃない快楽とおびただしい量の射精をする事が出来る。
前世の記憶を思い出した事で、冷静さを取り戻し、射精させる事が出来なくなった。徐々に射精に対する情熱を失っていくユニス。
突然仕事を辞める事を責める魔術師団長のイースは、普通の恋愛をしたいと話すユニスを説得するために行動をする。
「ユニス、本気で射精師辞めるのか? 心の髄まで射精が好きだっただろう。俺を射精させるまで辞めさせない」
射精させる情熱を思い出し愛を知った時、ユニスが選ぶ運命は――。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました
ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。
リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』
R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる